(6) 脳実質が痩せ細ることに伴う脳室の拡大等の所見が 現れます。従って、あくまで脳の器質的損傷に基づ く後遺障害であることに注意が必要です。 (3)平成13年1月からは、自賠責保険の後遺障害認 定において、高次脳機能障害に関する専門審査制度 9 が導入され、「神経系統の機能又は精神の障害」の 系列における1級から9級のいずれかで認定するもの とされました。労災新基準(平15.8.8基発0808002号) 目に見えにくい 後遺障害 (高次脳機能障害、 PTSD、RSD) 今回は、目に見えにくい後 によって労災保険の後遺障害認定においても、びま 遺障害として問題となってい ん性軸索損傷による高次脳機能障害は脳の器質的損 る高次脳機能障害、PTSD 及 傷に基づく精神障害と位置づけられ、先行した自賠 びRSDの3つをとり上げます。 の認定システムと同様の後遺障害認定が行われるよ うになりました。ただ、自賠責と異なり、労災は事 故外傷によるものに限られませんし、等級について も9級以下の12、14級まで等級が定められています。 1 高次脳機能障害 (4)高次脳機能障害については 3 級以下でも看視 (見守り)のための将来介護費用が認められるかど (1)脳の機能には、目や耳で感じた光や音を脳に伝 うか等が判例上も問題となっています。2005年版赤 え(入力)、あるいは脳から出た命令に従って手足 い本下巻67頁「高次脳機能障害の要件と損害評価」、 を動かす(出力)といった「一次的機能」と、その 2006年版赤い本下巻239頁「脳外傷による高次脳機 途中の「計算」の「高次脳機能」があります。ひと 能障害審査制度について」、青本20訂版253頁を参照 つひとつの脳細胞は細胞組織と神経繊維(軸索)か してください。 らなっていますが、脳損傷により軸索同士の連絡が 絶たれてしまうと「計算」ができなくなり、身体的 2 PTSD に麻痺等が残るだけでなく、事故前とは別人のよう に幼稚あるいは怒りっぽくなったり、羞恥心がなく (1)PTSD とは、英語名「Post-traumatic stress なるというような人格・性格の変化が発生したり、 disorder」の略称で、日本語名で「心的外傷後スト 記憶力、注意力や集中力が低下して、感情や行動の レス障害」あるいは単に「外傷後ストレス障害」と 抑制ができず、周囲とのトラブルを繰り返し社会生 呼ばれる精神疾患です。高次脳機能障害が器質的精 活が営めなくなってしまうなど知的・情動的にも 神障害であるのに対し、PTSDは非器質的精神障害 様々な異常がでてしまうことがあります。これが といえます。 「高次脳機能障害」です。 (2)PTSDの症状は、生命を脅かされるような凄ま (2)一次的機能の障害は脳の局在損傷の部位によっ じい体験(➀強烈な外傷体験)をした人が、本当は て比較的容易に説明できます。しかし、高次脳機能 思い出したくないのに、その意思と関係なく何度も の障害は、急な衝撃により髄液に浮かんでいる脳に 繰り返し思い出したり、その外傷体験が目の前で起 加速度が加わり軸索同士のネットワークが広範囲に こっているかのような錯覚に襲われたり( ➁ 再体 (びまん性)切断されてしまうことによると言われ 験)、他人と距離感を感じ、眠れなくなったり、外 ており、むしろ急性期の画像上からは大脳の形態的 傷体験と類似した場面に遭遇しただけで心臓がドキ 異常が確認できないのが特徴です。しかし、➀受傷 ドキしたり、すごく驚いたり、怯えたり(➂ 覚醒亢 時に意識障害があり、➁急性期に点状出血が認めら 進)、あるいは、外傷体験を想起させる活動や状況 れたり、➂ 慢性期には軸索に再生能力がないために を避けてしまう(➃ 回避)といった諸症状で、つま (7) り、心的外傷体験が自分の意思に反して侵入してき って血管が収縮し出血を抑える役割を果たすのです て打ち消せない状態が持続することといわれていま が、何らかの原因で、傷が回復しても交感神経が作 す。 用したままとなって、血管が収縮したまま末梢の血 (3)自賠責実務上、非器質的精神障害は、因果関係 流が阻害され組織に栄養が行き渡らず組織がやせ細 の有無・詐病の疑い等から、仮に交通事故との因果 って新たな疼痛が発生して悪循環に陥るという理解 関係が肯定されても、いわゆる外傷性神経症として が一般的です。 14 級どまりでした。ところが、後遺障害としての 症状としては、疼痛の外、腫脹、関節拘縮、皮膚 PTSDが7級に該当するとした平成10年6月8日横浜 の変色、発汗異常、皮膚温の変動、骨萎縮、皮膚の 地裁判決が大きく注目を集め、PTSD肯定判決もい 栄養障害などが見られ、外傷による器質的病変であ くつか続きました。けれども、PTSDをめぐっては って、得られる他覚的所見は多くあります。 未解明な部分が多く、PTSD該当性だけで後遺障害 (3)労災新基準は、RSDについても、程度に応じて、 等級が左右されることの不合理さから、結局、平成 7級、9級、12級の3段階に区分して後遺障害等級認 14年10月11日、東京、大阪、名古屋、横浜各地裁 定されるとし、一定の基準は示していますが、RSD の交通部裁判官による四庁協議会では、「PTSDと がしばしば外傷と不釣り合いな「激しい疼痛」の様 いえるためには上述の➀ から ➃ の4要件を厳格・厳 を呈することや、未だ「疼痛」を定量的・客観的に 密に適用していく必要がある」ことが確認され 計測することができないため、過剰に痛がっている (2003年版赤い本河邊義典裁判官講演録)、それ以降 に過ぎないとか、本人の気のせいなのではないか、 の判例はPTSD否定例が多くなっています。 しかし、現在は、労災新基準の下で、「PTSD」 といった印象をぬぐい去ることができず、「目に見 えにくい後遺障害」のひとつであることは否めませ という診断名か否かに左右されず、事故と因果関係 ん。RSDについては、平成18年2月10日発売の2006 が認められる限り、非器質的精神障害の現実の障害 年版赤い本下巻53頁に高取真理子裁判官の最新の の程度に応じて基本的には9級から14級までの範囲 論文「RSDについて」が掲載されていますので参照 で等級が認められるようになったといっていいでし してください。 ょう。2004年版赤い本384頁「交通損害賠償訴訟に おけるPTSD」を参照してください。 3 RSD ( 1) RSD と は 、 英 語 名 「 Reflex Sympathetic Dystrophy」の略称で、日本語名で「反射性交感神 経萎縮症」「反射性交感神経ジストロフィー」と呼 ばれる「疼痛」に関する病態です。 (2)RSD は一口に言って、「外傷」が軽快しても 「疼痛」が消失しない場合を指します。そもそも外 傷起因の疼痛には、 ➀ 生理的疼痛(受傷時疼痛)、 ➁ 炎症性疼痛及び ➂ 神経因性疼痛の3種があります が、RSDは、神経因性の慢性的持続的疼痛であり、 灼熱痛(焼け火箸を当てられたような痛み)又はナ イフで切り裂かれたような痛みなどと表現される極 めて強烈な持続的な疼痛であることが特徴です。 外傷が生じると自律神経(交感神経)の作用によ (センター本部医事知識チーム)
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