資料にもとづく宝永南海地震の 余震の推移分析 30616024 広岡 昌史 発表の流れ 研究内容 研究目的 南海地震について 宝永地震について 今後の課題 参考資料 研究内容 1707年10月28日に東海地震と同時に発生 した巨大地震である宝永南海地震の余震 調査を行う。 主に西日本の過去の日記を読んで分析する 研究目的 近い将来、東海・南海地震が起こる可能性 は非常に大きい。予想される地震の規模も M8クラスと大きく、M7クラスの余震も発 生する可能性がある。防災を目的とした上 で余震の起き方を過去から知ることは重 要なことである。 南海地震について 図の領域X付近を中心にして発生する地震のこ と。最も新しいものでは、1946年12月21日午前4 時19分に和歌山県潮岬沖で発生したマグニ チュード8.0の昭和南海地震。 南海地震について② 東海地震と同じく四国沖から駿河湾にかけ て日本列島の下に沈みこむフィリピン海プ レートと、ユーラシアプレートの摩擦によっ ておきるプレート境界地震である。地震の 周期は100~150年とされている。 東海・南海地震ではほぼ間違いなく津波 が発生することも予想されている。 東海・南海地震について 宝永型 東海地震と南海地震が同日同時刻に発生したもの. 684白鳳地震 887仁和地震 1498明応地震 1605慶長地震 1707宝永地震 安政型 東海地震が南海地震より先に発生したもの. 1096・1099永長・康和地震 1361康安地震 1854 安政地震 1944・1946昭和地震の9つがある 宝永地震について • 宝永地震は1707年10月28日におこった巨大地 震であり、駿河湾から四国沖までが一度に震源 域となった。 • 震度6以上の範囲は諏訪、飯田、甲府盆地、駿 河湾西岸から東海・近畿・四国・山陽・九州東部 まで及んだ。 • 地震による津波は房総から九州にまで至る太平 洋沿岸を襲った 。 非常に広範囲 宝永地震について② • 右の図の領域A、Bで 起こった地震が南海地 震、C域で起こった地震 が東南海地震、D、E域 で起こった地震が東海 地震 • 宝永地震ではA~E域 までが震源域となって いたことがわかる。 右図東海・南海地震の震源域と地震発生年表 小山(200 6) 上段の日本地図の数値はフィリピン海プレートの移動速度 日記から知る宝永地震 • 和歌山県の川辺遺跡の対岸にあたる小倉地 域の庄屋の日記である「万覚書」によると、 「大地震の時、大地所々に而壱尺余もゆり割 り、水吹き出し候」とある。 「地震により、大地が30センチ余り割れて、そこ から水がふきだした」ということがわかる。 壱尺=約30センチメートル 日記から知る宝永地震② • 地震当時、和歌山県の土木技術者として著名だっ た「大畑才蔵の日記」によると、「地一二寸ずつ割れ ひびき、地方に床より泥水砂土など吹き出す」とある。 「地面が3、6センチずつ割れひびいて、場所により床 から泥、水、砂、土が吹きだすところがある 」 一寸=約3センチ 今後の課題 • 史料原典を入手し、宝永地震についてもっと 深く学ぶ。 • 宝永南海地震について書かれた日記を読み 進め、地震についての記述を抜き出す。 • 記述の正確性を確かめるため、できるだけ多 くの日記を読むこととする。 参考資料 • • • • 葛馬さんのミニ卒論 谷田さんの卒論 南海トラフの巨大地震を考える 石橋克彦(2002b)フィリピン海スラブ沈み込 みの境界条件としての東海・南海巨大地震 • 小山真人・早川由紀夫(1999):はじめての史 料地震・火山学
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