法と経済学2(13) 情報開示と取引前の情報生産 今日の講義の目的 (1) unravelingという発想を理解する (2) 情報開示が過大になるメカニズムを理解する (3) 情報生産が過大になるメカニズムと瑕疵担保責 任のルールの関係を理解する 法と経済学2 1 証券に関する情報開示 ・発行開示~証券を発行する際にする開示 ・継続開示~決算期などに定期的にする開示 ・適時開示~情報が発生するごとにする開示 法と経済学2 2 議論の前提 (1) 虚偽表示に対しては規制は当然必要。 →虚偽表示が罰則なしに自由にできるとすれば、表 示の意味がなくなってしまう。 (2) 今期の利益・財産とその処分に関する情報の株 主に対する開示は当然。 ~株主の財産がどう処分されるのかを株主が知らな ければコントロールのしようがない。 法と経済学2 3 問題の所在 売上高、研究開発の動向など企業価値の算定に重要 な意味を持つ情報を強制的に開示させることは経 済厚生をたかめるのか? 大恐慌以前:売上高のような基本的な情報に関して も開示するか否かは企業の自由。自主的に開示す る企業も開示しない企業もあった。 ⇒法律の整備及び上場規則の整備に伴い強制的な開 示が充実←規制をする必要が本当にあるのか? 法と経済学2 4 情報開示の利益 ・企業と投資家の情報のギャップを埋め、投資費用 が適切な水準になる。 →収益性の低い企業の過大投資と高い企業の過大投 資を防ぐ ・投資家のポートフォリオ選択を適切にする ・インサイダー取引の機会を減らす ・無駄な情報収集費用・重複投資を防ぐ →情報収集をするのは投資家・アナリストだけでは ない。研究者、政府も~大きな外部性 法と経済学2 5 情報開示の費用 ・事務費用(上場企業だと年間数百万のオーダー。 監査費用全部を考えると場合によっては3桁高い 費用。ある種の金融情報は開示を強制されると数 百億円の投資を強いられる者もある。) ・投資家が負担する情報選別費用 →情報開示の強化によって価値の低い情報が氾濫し、 肝心な情報を峻別する費用がかさむ ・企業秘密、ライバルに知られたくない経営情報が 外部に漏れて企業収益を下げる ・カルテルをより容易にする(社会的な費用) 法と経済学2 6 unraveling 企業は十分な情報開示の誘因を持つという議論 情報を隠す →悪い情報を隠していると消費者(投資家)は合理 的に推定 →本当にひどい情報を持つものだけが情報を隠すこ とになり、結果的に情報が消費者(投資家)にす べて伝わる。 法と経済学2 7 unravelingの例 国産そば粉を何%使っているかの情報(10%刻み)。 割合が高いほど高評価。企業は情報を開示するこ とも隠すこともできる。虚偽の情報は出せない。 100%の業者は開示して製品の品質をアピールする →情報を開示しない企業の製品は90%以下と判断 →使用率90%の企業は情報を開示 →情報を開示しない企業の製品は80%以下と判断 ・・・・・・ 法と経済学2 8 unravelingの例 100%の業者は開示して製品の品質をアピールする →情報を開示しない企業の製品は90%以下と判断 →使用率90%の企業は情報を開示 →情報を開示しない企業の製品は80%以下と判断 ・・・・・・ →情報を開示しない企業の製品は10%以下と判断 →使用率10%の企業は情報を開示 ⇒最終的に消費者は製品の品質を全て知る 法と経済学2 9 unravelingの議論のポイント 情報を開示しない。 →消費者は企業にとって不利な情報だから隠すと判断 →最悪の情報をもつ企業以外は情報を開示 →最終的に消費者は製品の品質を全て知ることができる 消費者を投資家と置き換えれば発行開示の話に unravelingの議論の問題点 ・情報開示の費用を考慮していない →原理的に情報開示の誘因が過大になることはない 法と経済学2 10 Costly Disclosure 情報を開示するのに費用がかかる。 →売手(企業)は消費者(投資家)に情報を伝えるメ リットと情報開示費用を見比べて開示するか否か を決める。 ~この誘因が経済全体の効率性の基準と一致する か? 法と経済学2 11 An example of Costly Disclosure 家を売ろうとしている売手、買手がいる。売手は 家の品質を知っているが買手は知らない。品質 の良い家はそのままで15年もち、更に買手が購 入後すぐに300の費用をかけて投資すれば更に5 年もつ。品質の悪い家は10年しかもたない。追 加投資も無意味。買手は1年あたり100の価値が あると思っている。元々は良い家と悪い家が同 じ割合で存在している。売手は費用Cをかけれ ば買手に品質を伝えられる。売手が100%の交 渉力を持つ。買手は危険中立的である。 法と経済学2 12 Efficient Disclosure 買手の補修行動 費用は300、便益は良い家なら500、悪い家なら0 →買手は良い家か悪い家か全く分からなければ補 修しない。良い家だと分かれば補修する。 情報開示の社会的利益~良い家一軒あたり200 情報開示の社会的費用~良い家一軒あたりC C < 200なら情報開示によって社会全体の余剰が増 え、C > 200なら減る。 法と経済学2 13 情報が開示される均衡 良い家を持つ者が開示する均衡が存在する条件 ~全ての良い家を持つ者が開示し、それを買手が 知っている状況から出発→1人の(良い家の)売 手が均衡からdeviateして非開示を選ぶ誘因なし 情報を開示しない→悪い家だと思われて1000でし か売れない 情報を開示する→良い家だと分かって1700で売れ る 1700-C≧1000⇔700≧Cなら開示を選ぶ ~情報開示均衡の存在条件 法と経済学2 14 情報が開示されない均衡 良い家を持つ者が開示しない均衡が存在する条件 ~全ての良い家を持つ者が開示せず、それを買手 が知っている状況から出発→1人の(良い家の) 売手が均衡からdeviateして開示を選ぶ誘因なし 情報を開示しない→良い家か悪い家かわからず1 250でしか売れない 情報を開示する→良い家だと分かって1700で売れ る 1700-C≦1250⇔450≦Cなら非開示を選ぶ ~情報非開示均衡の存在条件 法と経済学2 15 均衡条件と社会的効率性 非開示均衡が存在する領域 開示均衡が存在する領域 0 200 450 700 C 開示が効率的な領域 法と経済学2 16 ポイント (1) 開示が効率的な時には均衡においても必ず開示 されるが逆は真ではない ~開示の誘因は過大である (2) 700≧C≧450の場合には複数均衡 ~開示に関して戦略的補完性があるから 法と経済学2 17 Costly Disclosure: Question 家を売ろうとしている売手、買手がいる。売手は 家の品質を知っているが買手は知らない。品質 の良い家はそのままで15年もち、更に買手が購 入後すぐに350の費用をかけて投資すれば更に6 年もつ。品質の悪い家は10年しかもたない。追 加投資も無意味。買手は1年あたり100の価値が あると思っている。元々は良い家と悪い家が同 じ割合で存在している。売手は費用Cをかけれ ば買手に品質を伝えられる。売手が100%の交 渉力を持つ。買手は危険中立的である。 法と経済学2 18 Costly Disclosure: Question 買手の補修行動 費用は350、便益は良い家なら600,悪い家なら0 →買手は良い家か悪い家か全く分からなければ補 修しない。良い家だと分かれば補修する。 情報開示の社会的利益~良い家一軒あたり○ 情報開示の社会的費用~良い家一軒あたりC C < ○なら情報開示によって社会全体の余剰が増 え、C > ○なら減る。 法と経済学2 19 情報が開示される均衡:問題 良い家を持つ者が開示する均衡が存在する条件 ~全ての良い家を持つ者が開示し、それを買手が 知っている状況から出発→1人の(良い家の)売 手が均衡からdeviateして非開示を選ぶ誘因なし 情報を開示しない→悪い家だと思われて1000でし か売れない 情報を開示する→良い家だと分かって○○で売れ る ○○-C≧1000⇔△△≧Cなら開示を選ぶ ~情報開示均衡の存在条件 法と経済学2 20 情報が開示されない均衡:問題 良い家を持つ者が開示しない均衡が存在する条件 ~全ての良い家を持つ者が開示せず、それを買手 が知っている状況から出発→1人の(良い家の) 売手が均衡からdeviateして開示を選ぶ誘因なし 情報を開示しない→良い家か悪い家かわからず1 250でしか売れない 情報を開示する→良い家だと分かって○○で売れ る ○○-C≦1250⇔△△≦Cなら非開示を選ぶ ~情報非開示均衡の存在条件 法と経済学2 21 なぜ開示の誘因が過大になる? 情報開示の二つの効果 (1) 適切な投資が可能になる(社会的な利益) →これに反応して売値も上がる ~社会的な利益と私的な利益の乖離なし (2) 良い家が良い家として評価される=悪い家が悪い 家として評価される~unravelingの効果 ~開示によって悪い家の価格は下がる ⇒悪い家を持つ売手から良い家を持つ売手への所得移 転~社会的な利益を生まないが私的な利益にはなる →社会的利益と私的利益の乖離 法と経済学2 22 なぜ複数均衡が存在するか? 700≧C≧450の場合に複数均衡 誰も情報を開示しないと皆が思っている →情報を開示しなくても1250で売れる 良い家の売手は情報を開示すると皆が思っている →開示しないと悪い家だと思われ1000で売れる ⇒開示しないのが当たり前の社会では開示の誘因 が減り、開示するのが当たり前の世界では開示 の誘因が増える→複数均衡 法と経済学2 23 発行開示規制 既に見たように発行開示に関する開示の誘因は過大 →規制によって無理に開示させるよりも開示費用 の低減の方が重要な問題 ~現実に規制体系の中で発行開示の重要性は低下し ている (例) 継続開示を行っている企業の発行開示の簡略化 法と経済学2 24 このモデルの限界(継続開示) このモデルは発行開示についてはうまく問題の所在 をとらえているが、継続開示、適時開示の問題を 必ずしもうまくとらえていない 継続開示 (1) 定期的に情報を開示。売上高の増減に依らず (good newsもbad newsも)継続的に開示する →悪い情報は開示されないことによって悪い情報と わかるunravelingの世界とは原理が多少異なる (2) 外部性:投資家以外にも大きな利益~自主的な 開示では過小開示 法と経済学2 25 このモデルの限界(適時開示) (1) いつ開示されるかも重要。しかし企業は必ずし も早く開示する誘因を持たない。 →インサイダー取引の未然防止、無駄な情報収集 の排除には適時の開示が重要~適切なときに開 示する規制が必要 法と経済学2 26 このモデルの限界(適時開示) (2) 良い情報を持つものでなく悪い情報を持つもの に開示させた方が費用が低い場合も (例) ルールに反する取り引きで巨額の損失 →普通はこんな事はおきないので、事件のなかっ た企業が開示するより、事件のあった企業のみ が開示する方が費用は明らかに小さい~自主的 な開示では開示されない ⇒情報生産の議論 法と経済学2 27 情報生産 情報開示の議論:既に情報を持っている売手がこ れを買い手に伝えるかを議論 現実には費用をかけて情報を獲得する側面もある。 古典的な議論:費用なしで得た情報は公開すべき かもしれないが、費用をかけて得た情報まで公 開を強制されると情報の価値が下がり、情報獲 得の誘因を損ねるので望ましくない。 →情報獲得の誘因を損ねるのは正しいかもしれな いが、それが本当に望ましくないかは、調べて みないと分からない 法と経済学2 28 情報生産の例 (状況1) 家を売ろうとしている売手、買手がいる。売手・ 買手とも家の品質を知らない。品質の良い家は そのままで15年もち、更に買手が購入後すぐに 300の費用をかけて投資すれば更に5年もつ。品 質の悪い家は10年しかもたない。追加投資も無 意味。買手は住宅1年あたり100の価値があると 評価する。元々は良い家と悪い家が同じ割合で 存在している。売手は費用Cをかければ品質が わかる。売手が100%の交渉力を持つ。買手は 危険中立的である。情報開示費用はないものと する。情報開示をするかしないかは売手の自由。 法と経済学2 29 効率的な情報生産 情報開示の社会的利益 ~良い家一軒あたり200 情報開示の社会的費用 ~調査一件あたりC C<○○なら情報開示によって社会全体の余剰が増 えC>○○なら減る。(調査した結果悪い家と分 かることもあるから社会的な利益が発生する確 率は1/2。) 法と経済学2 30 情報が生産される均衡 全ての人が情報を生産する均衡が存在する条件 ~全ての売手が情報を持ち良い家を持つ者が開示する。 それを買手が知っている状況から出発 →1人の売手が均衡からdeviateして情報を生産しない 誘因がない 情報を生産しない→情報を得た結果悪い情報だったと 誤解され1000でしか売れない 情報を生産する→確率1/2で良い家だと分かって1700 で売れる。確率1/2で1000で売れる △△-C≧1000なら情報生産を選ぶ ~情報生産均衡の存在条件 法と経済学2 31 情報が生産されない均衡 全ての売手が情報生産しない均衡が存在する条件 ~全ての売手が生産せず、それを買手が知っている 状況から出発→1人の売手が均衡からdeviateして 生産を選ぶ誘因がない。 情報を生産しない→良い家か悪い家かわからず1250 でしか売れない。 情報を生産する→確率1/2で良い家だと分かって 1700で売れる。確率1/2で1250で売れる。 □□-C≦○○なら情報非生産を選ぶ。 ~情報を生産非開示均衡の存在条件 法と経済学2 32 均衡条件と社会的効率性 非生産均衡が存在する領域 生産均衡が存在する領域 0 100 225 350 C 生産が効率的な領域 情報開示の問題とそっくり同じ構造 法と経済学2 33 情報が全て公開されたら(状況2) 仮に情報を生産した人が情報を隠せないとすれば? 情報を生産する→確率1/2で良い家だと分かって1700 で売れる。確率1/2で1000で売れる 情報を生産しない→1250で売れる 1350-C≧1250⇔100≧Cなら情報生産を選ぶ ~情報生産均衡の存在条件 法と経済学2 34 均衡条件と社会的効率性 非生産均衡が存在する領域 生産均衡が存在する領域 0 100 C 生産が効率的な領域 情報生産の誘因は適切=常に 効率的な資源配分が実現→情 報開示を強制すればよい 法と経済学2 35 議論のポイント 悪い情報も強制的に出させる。 →情報を生産しない人(情報を知らない売手)への negativeな外部性が消える →過大な情報生産の誘因が消える 実際に悪い情報も強制的に出させるのは難しいが、 もしできれば効率的になる。 ~情報開示でも同じ構造の問題 どうやって悪い情報を開示する誘因を与えるか? (1) 評判のメカニズム (2) 間接的なルール 法と経済学2 36 瑕疵担保責任 悪い情報を知っているのに買手に伝えなかったら ひどい目にあう効果を持つルールは、状況を状 況1から状況2に近づける。 ・悪い情報を適時に出させる情報開示規制 ・株主訴訟 ・瑕疵担保責任 法と経済学2 37
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