Law and Economics 2 (3) コースの定理と法と経済学 今日の講義の目的 (1) コースの定理の基本的な考え方を理解する (2) 最小限の政府の役割と経済学の関係を理解する (3) なぜコースの定理だけでは分析が終わらないの かを理解する 法と経済学2 第3講 1 コースの定理のエッセンス 外部性の問題があったとしても、当事者間の話し 合い(取引・交渉)によって外部性の問題を内部化 し、効率的な資源配分が達成される →市場メカニズムが機能する領域が、それまで信 じられていたよりも大きいことを示す 法と経済学2 第3講 2 コースの定理 (1) 権利の帰属が明確 (2) 情報が完備 (3) 交渉(取引)に費用がかからない →どんな任意法規の体系であっても、交渉によって 効率的な資源配分が達成される 法と経済学2 第3講 3 コースの定理の例 甲はピアノを弾きたい。隣の乙はその騒音に迷惑 している 考えられる資源配分は以下の3つとする (1)ピアノを弾かない (2) 防音装置をつけてピアノ を弾く (3) 防音装置なしでピアノを弾く 状態iの時の甲の利益をUi、乙の被害をLi (i=1,2,3) とする。U1=L1=0とする。防音装置の設置費用は Cである。 法と経済学2 第3講 4 この例での効率的な資源配分 (a) 0 > U3 - L3かつ0 > U2 - C - L2 ⇒ (1)「ピアノを弾かない」が効率的 (b) U2 - C - L2 > U3 - L3 かつU2 - C - L2 > 0 ⇒(2)「防音装置をつけてピアノを弾く」が効率的 (c) U3 - L3 > U2 - C - L2 かつU3 - L3 > 0 ⇒(3)「防音装置なしでピアノを弾く」が効率的 法と経済学2 第3講 5 デフォルトルール (A) 乙の了解なしに甲はピアノを弾けない。 →乙の受忍限度が低い (B) 乙の了解がえられない場合には甲は防音装置 を付けないとピアノを弾けない。 →乙の受忍限度が中間 (C) 甲は自由にピアノ弾くことができる。 →乙の受忍限度が高い(ピアノの音ぐらい我慢せよ と裁判所に言われる) 法と経済学2 第3講 6 negotiation (A)+(a) ルール受忍限度低かつピアノを弾かないの が効率的 ⇒デフォルトルールが効率的⇒デフォルトがその まま実現 法と経済学2 第3講 7 交渉過程 (A)+(b) ルール受忍限度低かつ防音装置を付けてピアノ を弾くのが効率的 デフォルトから効率的な状態に移ると甲はU2 - Cのゲ イン。乙はL2の損害。甲は乙にXだけお金を払って 防音装置付きでピアノを弾くことを認めてもらう。 甲はX≦U2 - Cなら払ってもよく乙はX≧L2なら受け入 れる。(b)だからU2 - C >L2のはず。したがって交渉 の結果防音装置付きでピアノを弾く状態が実現 ⇒デフォルトルールが非効率的⇒デフォルトを出発点 として効率的な状態が交渉によって実現 法と経済学2 第3講 8 Renegotiation (A)+(b) ルール受忍限度低かつ防音装置を付けてピ アノを弾くのが効率的 交渉によって防音装置付きでピアノを弾く状態が 実現 「補償金をもっと払うから防音装置を付けない」 という交渉はまとまるか? 法と経済学2 第3講 9 再交渉過程 防音装置を設置しないと甲にはU3 - U2 + Cの追加 的なゲインが、乙にはL3 - L2の追加的なロスが 発生。 乙はY≧L3 - L2の追加所得をもらわないと承知しな い。甲はY≦ U3 - U2 + Cでないと諦める。(b)よ りU2 - C - L2 > U3 - L3だから2つの不等号を同時 に満たすYはない。 ⇒効率的な資源配分から交渉を始めれば出発点か ら動かない 法と経済学2 第3講 10 間違った交渉を最初にしたら? (A)+(b) ルール受忍限度低かつ防音装置を付けてピ アノを弾くのが効率的 間違えて最初「補償金を払うから防音装置を設置 しないでピアノを弾く権利を甲に与える」事を 了解してしまった。 乙が補償金を支払うから防音装置を設置してくれ と交渉。 法と経済学2 第3講 11 間違った交渉を最初にしたら? 乙が補償金を支払うから防音装置を付けてくれと交 渉。 防音装置を付けると甲にはU3 - U2 + Cの追加的な費 用が、乙にはL3 - L2の追加的なゲインが発生。 乙はY ≦ L3 - L2の補償なら承知する。甲はY ≧ U3 U2 + Cなら承知する。(b)よりU2 – C - L2 > U3 - L3 だから2つの不等号を同時に満たすYが存在。⇒ L3 - L2 ≧Y ≧ U3 - U2 + Cの範囲で補償金が決まり、 効率的な資源配分が達成される。 法と経済学2 第3講 12 コースの定理とルールの中立性 ・デフォルトルールが(A)(B)(C)いずれであっても交 渉の結果効率的な資源配分が達成される。 ・効率的な資源配分が一つなら、デフォルトルール と実現される状態は無関係 ⇒ルールの中立性:デフォルトルールの設計は実現 される状態と無関係 但し所得分配には大きな影響 もし(b)ならば、デフォルトルールが(A)なら甲から 乙への所得の移転、(C)なら乙から甲への所得の移 転 法と経済学2 第3講 14 コースの諸仮定の意味 ・権利の帰属が明確:デフォルトルールが明確 →交渉の出発点がはっきりしている。 ・情報が完備:情報の格差がない ⇒これ以上要求したら拒否されることを知っている ⇒お互い無茶はいわない(交渉過程のモデルは第7講 で) ・取引費用がゼロ ⇒取引費用が大きいと効率的な資源配分に移行でき ず、非効率的なデフォルトルールが実現 法と経済学2 第3講 15 コースの定理の重要性 ・市場観の革新 ~分権的な相対取引の集積⇔集権的な(整備され た)市場 ・相対交渉・契約の重要性の見直し ⇒法と経済学、契約の理論の出発点の一つ ・任意規定と強行法規の違いの認識 強行法規の非効率性を明らかにする 法と経済学2 第3講 16 なぜ強行法規が必要なのか? (1)第3者効果:当事者が合意しても第3者に悪影響 を与える契約条項は契約自由の原則に任せられない。 (例1)長期契約、高額な違約金⇒新規参入を抑制 (例2)約款⇒合理的に契約条項を読まない⇒ひどい(消 費者に一方的に不利な)契約ばかりになってしまう。 ~このメカニズムは後述 (2)スタンダードパッケージ: みんなが同じ契約だといちいち契約を読む必要がなく なり費用が削減できる ←実際には法律よりも上場規則に適している 法と経済学2 第3講 17 効率的な契約条項が生き残る 消費者に著しく不利な条項 ⇒消費者は買わなくなる(より安い価格でしか買わな くなる) ⇒供給者は自主的に効率案的な条項の契約を出す このメカニズムが働くための大前提~消費者は契約条 項をきちんと理解した上で買う 実際には消費者は読まないことの方が多い 法と経済学2 第3講 18 消費者に不利な契約条項が生き残る 消費者に著しく不利な条項 ⇒消費者はこれを認識しないで買う ⇒どんな契約条項でも同じ価格 ⇒供給者は自分に最も有利な条項にしてしまう 読まない消費者が悪い?消費者の自己責任? 法と経済学2 第3講 19 約款論 消費者は約款を丁寧に読まない。読まないのが合理的。 読んで悪い契約条項を見つけても再交渉の余地がない ので無意味。全供給者が最悪の契約を提示していれ ば、契約を読んでよい供給者を捜す努力は無意味。 これを所与とすると、供給者もよい契約を出す誘因なし。 ⇒悪循環 法と経済学2 第3講 20 約款論 消費者がみんな約款を丁寧に読む。 これを所与とすると供給者もよい契約を出す誘因をもつ。 ⇒市場メカニズムが機能するようになる。 消費者の努力~外部性(第3者効果):自分の利益だけ でなくすべての消費者の利益になる。 みんなが読むというのは均衡として維持できない ~フリーライダーの誘因があって消費者の努力は過小 供給。 ~強行法規の理論的根拠 法と経済学2 第3講 21 任意規定は何でもいいのか? コースの定理の世界 ~交渉の結果変えられるルールは何でも効率的 実際には取引費用がかかる ⇒取引費用が大きすぎると任意規定がそのまま実 現してしまう 任意規定の設計も重要 法と経済学2 第3講 22 ピアノの例再考:損害賠償 甲はピアノを自由に弾くことができるが、乙に与 える被害Liを賠償する必要があるルールにする 甲の利得 ピアノを弾かない 0 防音装置を設置して弾く U2 – C - L2 防音装置なしで弾く U3 - L3 甲が一番利得の大きな行動を取る→効率的な状態 を実現 賠償制度を通じて損害を内部化しているから →第4講 法と経済学2 第3講 23 コースの定理と市場均衡の効率性 再考 コースの定理は外部性のある市場だけで重要なので はない。 ・相対交渉・契約の重要性の見直し ⇒法と経済学、契約の理論の出発点の一つ 市場メカニズムと同様に相対交渉で効率的な資源配 分が達成されることを確認する 法と経済学2 第3講 24 基本例 ・潜在的な売手、買手それぞれ最大1単位のみ取引 ・潜在的な買手の支払意志額 100、90、80、70、60、50、40、30、20 ・潜在的な売手の費用 15、25、35、45、55、65、75、85、95 →効率的な取引量5単位 市場均衡では価格Pが60≧P≧55の範囲に収まって需 給が均衡し取引量は5単位になる。 法と経済学2 第3講 25 基本例における効率的な資源配分 効率的な資源配分になるための条件 (1) 取引しなかった売手、買手から一人ずつ選ぶ。 →支払意志額≦費用が成り立たなければならない。 ~もし成り立たなければ、この取引で売手・買手と も厚生があがる(パレート改善の余地がある)こと になる。 法と経済学2 第3講 26 基本例での効率的な資源配分 効率的な資源配分になるための条件 (2) 取引した売手、買手から一人ずつ選ぶ。 →支払意志額≧費用が成り立たなければならない。 ~もし成り立たなければ、この取引をやめれば売手・買 手とも厚生があがることになる。 (注)実際に取引したペアーをとればこの不等式が成り 立つのは当然。実際に買った買手全体の集合から一 人、実際に売った売手全体の集合から一人ランダム に選んでもこの不等式が常に成り立つ必要がある。 法と経済学2 第3講 27 効率的な資源配分 ・潜在的な売手、買手それぞれ最大1単位のみ取引 ・潜在的な買手の支払意志額 100、90、80、70、60、50、40、30、20 ・潜在的な売手の費用 15、25、35、45、55、65、75、85、95 →効率的な取引量5単位(100、90、80、70、60が 買う。 15、25、35、45、55が売る。) 法と経済学2 第3講 28 相対取引ではうまくいかない例? ・潜在的な売手、買手それぞれ最大1単位のみ取引 ・潜在的な買手の支払意志額 100、90、80、70、60、50、40、30、20 ・潜在的な売手の費用 15、25、35、45、55、65、75、85、95 マッチング 100 ~95 90 ~85 80 ~75 70 ~65 60 ~55 50 ~ 45 40 ~ 35 30 ~ 25 20~15 →9単位の取り引きが成立?過剰生産? 法と経済学2 第3講 29 完全競争市場における需給均衡 P(価格)>100 S(供給量)= 9 D(需要量)= 0 100≧P≧95 S=9 D=1 95≧P≧90 S=8 D=1 90 ≧P≧85 S=8 D=2 85 ≧P≧80 S=7 D=2 80≧P≧75 S=7 D=3 75 ≧P≧70 S=6 D=3 70≧P≧65 S=6 D=4 65 ≧P≧60 S=5 D=4 60≧P≧55 S=5 D=5 55 ≧P≧50 S=4 D=5 50≧P≧45 S=4 D=6 45 ≧P≧40 S=3 D=6 40≧P≧35 S=3 D=7 35 ≧P≧30 S=2 D=7 法と経済学2 第3講 30 市場均衡 買手 支払意志額≧P→購入 売手 費用≦P→販売 (1) 実際に取引しなかったどの売手の費用≧P、どの買 手の支払意志額≦P。どのペアーをとってきても支払 意志額>費用が満たされることはない。 (2) 実際に取引したどの売手、買手のペアーをとっても 支払意志額≧P≧費用が成り立つ ⇒市場均衡は効率的になる。 法と経済学2 第3講 31 相対取引再考 マッチング 100~95 90~85 80~75 70~65 60 ~55 50~45 40 ~35 30~25 20~15 →9単位の取り引きが成立?過剰生産? ここで95と20が交渉し20から95に財を転売(転売価格 は20と95の間)。95がこの財を100に売る。 →20の価値が失われ、95の費用削減。75の利益を2人 で分け合えば2人とも厚生が改善(パレート改善) ⇒パレート改善の余地がある限り相対交渉が続き、パ レート効率的な資源配分になるまで交渉は止まらな い。=コースの定理の世界。 法と経済学2 第3講 32 コースの定理のエッセンス 少数の人間しか取引しなくて(売手も買手も少なく て)制度化された市場(築地市場や東京証券取引所 のような市場)が存在しない領域でも、更に外部性 の問題があり市場の失敗があると考えられている ような領域でも、当事者間の話し合い(取引・交 渉)によって外部性の問題を内部化し、効率的な資 源配分が達成される →市場メカニズムが機能する領域が、それまで信じ られていたよりも大きいことを示す 法と経済学2 第3講 33
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