Law and Economics 2 (6) 債務不履行に伴う損害賠償ル-ル 今日の講義の目的 (1) 不法行為に基づく損害賠償と債務不履行に伴う損 害賠償の問題の構造の違いを理解する (2) Optimal Breach of Contractの議論の意味と限界を 理解する (3) 予見可能性と情報開示の問題の関係を理解する (4) 特定履行の持つ機能を理解する 法と経済学2 1 債務不履行に伴う損害賠償 契約は神聖なものだから一旦結んだ以上履行するよ うに最大限努力すべき。 →損害賠償は本来履行不可能になった時の善処。履 行できるのにしないで金で済ませるとはもっての ほか!!(?) ⇒この心情は理解できるし、相手の信頼を得る上で は極めて重要ではあるが、常に現実的でもないし、 常に規範としてもふさわしいわけではない。 法と経済学2 2 Optimal Breach of Contract 文字通り履行できない契約だけが履行されないわけ ではない。履行できないという状況を履行する費 用が無限大と考えれば、実際には多くの契約が物 理的には履行できる。 →仮に履行可能でも馬鹿みたいに大きな社会的費用 をかけて履行させるのは効率的でない。 →どんなときに契約を破棄するのが社会全体にとっ て効率的か? 法と経済学2 3 例 (売手のキャンセル1) 甲1は売手。財を1つだけ持つ。乙1は買手。 甲1の支払意志額はC1、乙1の支払意志額はV1。 甲1と乙1が価格P1(V1>P1>C1)で売買契約を結ぶ。 乙1に財を引き渡す前に乙2が現れて、P1よりも高 い価格P2でこの財を買うという。甲1は乙1との 契約を取り消すかどうか考えている。 法と経済学2 4 例 (売手のキャンセル1) 乙2の支払意志額V2。もしV2>V1なら契約破棄は、 より支払意志額の高い人に財がわたることにな り効率的。 甲1 P2-D>P1なら契約を破棄する。Dは債務不履 行に伴う損害賠償金。 Dをいくらに設定すれば効率的な資源配分が達成さ れるか? 法と経済学2 5 例 (売手のキャンセル1) 仮にD = V1 - P1とする。 P2 – D > P1 ⇔ P2 > V1 V2 < V1なら上式を満たすP2を申し出ることはない。 V2 > V1ならば上式を満たすP2でも乙は買おうとする →V2 < V1なら契約履行、V2 > V1ならば契約破棄と いう効率的な状況が実現 D = V1 - P1とするのが最適。 V1- P1~債務不履行に伴う乙1の損害 ⇒債務不履行に伴う損害額の期待値を補償してやると 最適な契約の破棄が実現 法と経済学2 6 売手のキャンセル2 新しい買い手が現れたのではなく、自分の支払意 志額C1が急に上昇した場合にも同じ。 D = V1 - P1とすれば最適な契約の破棄が実現 法と経済学2 7 例 (買手のキャンセル) 甲1は売手。財を1つだけ持つ。乙1は買手。 甲1の支払意志額はC1、乙1の支払意志額はV1。 甲1と乙1が価格P1(V1 > P1 > C1)で売買契約を結ぶ。 乙1が財を受け取る前に甲2が現れて、P1よりも低 い価格P2でこの財を売るという。乙1は甲1との 契約を取り消すかどうか考えている。 法と経済学2 8 例(買手のキャンセル) 甲2の支払意志額C2。もしC1>C2なら契約破棄は、 より支払意志額の低い人から(普通の文脈ならよ り費用が安い方から)財がわたることになり効率 的 乙1 P2 + D < P1なら契約を破棄する。Dは債務不 履行に伴う損害賠償金。 Dをいくらに設定すれば効率的な資源配分が達成さ れるか? 法と経済学2 9 例(買手のキャンセル) 仮にD = P1 - C1とする。 P2 + D < P1⇔ P2 < C1 C2 > C1なら上式を満たすP2を申し出ることはない C1 > C2ならば上式を満たすP2でも甲2は売る →C2 > C1なら契約履行、C1 > C2ならば契約破棄と いう効率的な状況が実現 D = P1 - C1とするのが最適。 P1 - C1~債務不履行に伴う甲1の損害 ⇒債務不履行に伴う損害額の期待値を補償してやると 最適な契約の破棄が実現 法と経済学2 10 例 (買手のキャンセル) 甲1は売手。財を1つだけ持つ。乙1は唯一の買手。 甲1の支払意志額はC1、乙1の支払意志額はV1。 甲1と乙1が価格P1(V1 > P1 > C1)で売買契約を結 ぶ。 乙1が財を受け取る前に乙1の支払意志額が急にV1 からV1‘(< P1)に下がった。乙1は甲1との契約を 取り消すかどうかを考えている。 法と経済学2 11 例(買手のキャンセル) もしC1 > V1’なら契約破棄は、より支払意志額の 低い人から高い人に財がわたることになり効率 的 乙1 V1‘ - P1 < -Dなら契約を破棄する。Dは債務 不履行に伴う損害賠償金。 Dをいくらに設定すれば効率的な資源配分が達成さ れるか? 問題:仮にD = P1 - C1とする。 このとき効率的な資源配分が実現することを示せ。 法と経済学2 12 Optimal Breach of Contractの意味 本質的には不法行為の議論と同じ。相手の損失を補 償すれば、損失を防ぐための最適な努力を相互に する。 →不法行為の世界でも、実際の損害額と補償額が乖 離すれば事故回避の誘因が歪む。 法と経済学2 13 Optimal Breach of Contractの限界 最初の例(乙2が現れる例) V2 > V1なら契約が破棄されて乙2に財がわたるのが 効率的 →この発想はそもそも正しいか? 契約が履行されて財が乙1にわたってもV2 > V1なら、 再度乙1から乙2が買えばいい →取引や交渉が円滑に行われるなら、債務不履行を 起こさなくても効率的な資源配分が達成される →Optimal Breach of Contractの議論が意味をもつ状 況は限られる 法と経済学2 14 損害の期待値を賠償させるル-ルを強 制する必要があるか? Optimal Breach of Contract~損害額の期待値を賠償 させる →これは強行法規であるべきか? ・Optimal Breach of Contractの議論からこれが強行 法規であるべきという結論は出ない。わざとこれと 異なる違約金の条項を含む契約を結んだとしても、 この効力を否定する根拠はない。実際に戦略的に遅 延損害金を決めることがあり得る(第9講)。 ・強行法規であるべきだとすれば、別の根拠が必要。 法と経済学2 15 当事者が決めた違約金条項の効力を 否定する余地のあるケ-ス (甲2が現れる例) C1 > C2なら契約が破棄されて甲2から購入するの が効率的 甲1は今は独占企業。来期は甲2が現れるかもしれな いと甲1も乙1も知っている。甲1は乙1と今期だ けでなく来期の契約もむすぶ。来期甲2に契約を 切り替えたら違約金を甲1に払う。違約金を高め に設定。 法と経済学2 16 参入阻害 甲2は違約金がP1-C1より高く設定されると C2 < C1のケ-スですら参入できない→非効率 →C2が相当低いときには参入できる。でも高い違 約金のせいでより価格を下げなければならない。 →甲1と乙1は高い違約金によって将来現れる甲2か らレントを奪うことができる →高額の違約金は第3者効果を持つので、裁判所が 契約介入すると経済厚生が改善することがある。 (実際に米国では当事者が合意しているのにもか かわらず実損害より高い違約金が認められないケ -スもそれなりにある)。~強行法規の正当化 法と経済学2 17 慣習と契約条項のどちらを優先させ るか? 契約書には遅延損害金は1日100万円と書いてある。 しかしその業界では慣習として天災などの場合には 3日までは遅延損害金を請求しない慣行があった。 甲は台風によって乙の配送が2日遅れたため契約 に従い200万円の遅延損害金を請求。乙は類似ケスで今までも遅延損害金を払わない慣習があり、 現に甲は訴外丙に対しては同様の遅延に対して賠 償請求をしていない事を理由に支払いを拒否。 →慣習と契約条項のどちらを優先させるべきか? 法と経済学2 18 なぜ慣習と異なる契約条項を書く? 考えられる一つの解答→意図して2つを使い分ける。 ・信頼関係の下で継続的に取引している~慣習優先 ・信頼関係が壊れて取引関係解消~契約優先 信頼関係を壊すと不利な契約条項へ→信頼関係を壊 すような短期的な行動を抑制できる ⇒裁判は信頼関係が壊れた結果だとすれば、裁判所 が慣習を盾に契約の有効性を認めないと社会的な 損失が発生。⇒慣習を無視して杓子定規に契約を 履行させるのが効率的なこともある。 法と経済学2 19 予見可能性と損害賠償 Optimal Breach of Contractの世界 →損害を金銭賠償 実際には「現実の損害」ではなく「予見可能な損 害」のみを賠償する ~通常でない損害は賠償しない →なぜか? 法と経済学2 20 予見可能性の例 (1) 工場の部品が壊れ、スペア-も壊れていた(普通では 起きない例)→工場は止まってしまった。 (2) 工場主(甲)は部品の運送を運送業者(乙)に頼み、7 月1日までに届くように契約を結んだ。 (3) 実際に届いたのは7月4日。3日余分に工場が止 まった結果3億円の損失が発生した。 (4) 通常であれば損失はせいぜい3万円。 (5) 運送業者は非常事態であると知らなかった。 →賠償すべきなのは3万円か3億円か? 法と経済学2 21 予見可能性ル-ル 甲が乙に非常事態であることを伝えたときのみ3億 円取れる →甲は乙に伝える誘因を持つ →乙はより注意して運送する →乙の費用が上がるから料金もそれに対応してあが る ~コストもかさむが、効率的な注意水準の費用を負 担しても利益がそれを上回るから情報を伝える。 予見可能ル-ルが効率的 法と経済学2 22 全額賠償ルールではだめか? 甲が乙に非常事態であることを伝えなくても3億円取れ る →これを反映して運送料が上がる →通常品を依頼する甲は賠償金を抑えるかわりにやす くしろと交渉し、契約に特約をつける(賠償金の上限3 万円とする) →乙は特約をつけない人は特別な人だと結果的にわか る~unravelingの世界(第12講) 全額賠償ル-ルでも効率的 法と経済学2 23 全額賠償 vs 予見可能ル-ル 特約がつけられない→予見可能性ル-ルなら情報が 開示される 特約がつけられる→どちらでも情報が開示される 予見可能ル-ル→特別の事情があるものが開示 全額賠償ル-ル→通常のものが開示 ~開示費用の差がある可能性はあるが、予見可能性 ル-ルの方が費用のかかる場合はあまりなさそう。 法と経済学2 24
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