Law and Economics 2 (10) Corporate Finance and M&A 今日の講義の目的 (1) MMの第1、第2定理の理解を通じて、資本費 用という概念を理解する (2) 買収防衛策と株主の利益、及び社会厚生に与え る影響を理解する 法と経済学2 1 MMの第1定理 企業のキャッシュフローが与えられたとき、企業価値は 自己資本比率に依存しない →資本費用はどんな証券で資本を調達するかに依存 しない 仮定 ・完備情報 ・税は存在しないか中立的 ・完全な資本市場~取引費用なし 法と経済学2 2 MMの第1定理の適用例 企業は債券と株式のみで資金調達。 現在から将来にかけてのキャッシュフローが全く同 じA社とB社がいる。A社は自己資本比率100%(全 て株式で資金を調達)。B社の自己資本比率50%(必 要資金の半分を株式で資金を調達)。 →企業価値はA社とB社で等しくなる。 法と経済学2 3 MMの第1定理の証明(1) 仮に企業価値がAの方が大きいとする →Aの1%株主はこの株式を売ってBの1%の株式 と1%の社債を買う →より少ない投資額で同じ利益を得る →Aの株式をみんなが売る →Aの株価が下がる(両者の企業価値が等しくなる ところまで下がり続ける) 法と経済学2 4 MMの第1定理の証明(2) 仮に企業価値がBの方が大きいとする →Bの1%株主はこの株式を売ってAの1%の株を買う。 購入資金の半分を借入で賄う。担保としてAの株を 差し出す。 ~B社の社債とこの投資家の借入のリスクは同じだか ら同じ金利になるはず。 →より少ない投資額で同じ利益を得る。 →Bの株式をみんなが売る。 →Bの株価が下がる(両者の企業価値が等しくなると ころまで下がり続ける)。 法と経済学2 5 MMの第1定理の意味 この理屈は企業がどんな証券を発行していても適 用可能(例えば転換社債、ワラント債、劣後債、 優先株) →資本費用を下げるために企業が調達手段を工夫 するのは無意味 法と経済学2 6 MMの第1定理以前の議論 企業には最適な資本構成がある 自己資本比率を下げる →リスクは高くなるが成功したときのリターンは 大きくなる →企業は投資家のニーズに合わせて最適なリスク とリターンの組み合わせになるよう自己資本比 率を調整することによって株価を高くし、資本 費用を下げられる 法と経済学2 7 MMの第1定理以前の議論の弱点 MMの第1定理が示したこと リスク調整による最適自己資本比率の議論はナン センス 自己資本比率100%でも投資家は自らの資金調達の 仕方を変えることによって調整できるから 法と経済学2 8 類似のナンセンスな議論 メインバンクは好況期に相対的に高い金利で、不 況期に低い金利で事業会社との間でリスクシェ アリングをしている →投資家は銀行と事業会社の株を同時に持つこと ができるから無意味(市場の不完全性、とくに破 綻費用を前提とすれば別、第11講参照) コングロマリットは複数の無関係な事業を持つこ とで、リスクシェアリングをしている →同じ理由で無意味 法と経済学2 9 MMの第1定理の前提が成り立た なければ? ・現実には税効果がある。利払いは損金に算入で きるが配当金には法人税と個人所得税の2重課 税の問題がある →負債の方が資本コストは小さい ~MMの世界が税効果以外の点で貫徹すれば自己資 本比率は可能な限り低くなるはず →実際にはこうならない →現実の世界では破産費用が存在するから 法と経済学2 10 破産費用とMMの第1定理 ・破産が起こりえるというだけならMMの第1定理は 成立。株価がゼロになり所有者が株主から債権者に 移る可能性があってもMMの第一定理は成立する。 ・しかし破産による追加的な費用(破産費用)が存在す るとMMの第一定理は成り立たない。ステークホル ダーが得るキャッシュフローが変わるから。 資金調達手段が将来のキャッシュフローに影響を与え る→MMの最も重要な前提が崩れる 税効果と破産費用のトレードオフで最適自己資本比率 が決まる~破産費用の重要性→次回の議論へ 法と経済学2 11 資金調達手段と資本費用 企業のキャッシュフロー所与→キャッシュフロー を得るための企業の資金調達手段と資本費用(資 金調達費用)は無関係 実際には資本費用と資金調達手段はリンク 資金調達手段が将来のキャッシュフローとリンク している→MMの最も重要な前提が崩れる 法と経済学2 12 資金調達手段と資本費用 税効果や破産費用は資金調達の仕方が将来の キャッシュフローに影響を与える典型的な例。 他には? (1) 資金調達方法→経営者の行動を変える(モラル ハザード)~次週議論する (2) 資金調達方法→経営者の持つ情報を投資家に伝 える(逆淘汰、シグナリング)~ペッキングオー ダー理論 法と経済学2 13 増資と情報の非対称性 増資による資金調達を考える。(予想される)将来収益の 高い企業と低い企業がある。将来収益の高低を経営者 は知っているが投資家は知らない。投資家は資金調達 する企業の平均的な収益性に基づき株価を形成。 →優良(不良)企業の株価は過小(過大)評価。 →優良企業の資本費用は過大となる。 →優良企業は増資市場から退出する誘因が大きい ~逆淘汰の典型例 資金調達手段として増資を選択すると企業の収益性が低 いと投資家に判断されてしまって、資本費用が高くつく。 法と経済学2 14 社債発行と情報の非対称性 社債による資金調達。(予想される)デフォルト確率の高い 企業と低い企業があり、経営者は確率を知っているが 投資家は知らない。投資家は資金調達する企業の平均 的なデフォルト確率に基づき社債価格(金利)を形成。 →優良企業の社債価格は過小評価(金利が過大)。不良 企業の株価は過大評価(金利が過小)。 →優良企業の資本費用は過大となる。 →優良企業は社債市場から退出する誘因が大きい。 ~逆淘汰:資金調達手段として社債を選択するとデフォル ト率が高いと見なされて、資本費用が高くつく。 法と経済学2 15 ペッキングオーダー理論 情報の偏在のある市場で、資本費用は以下の順に低い (1)内部資金 (2)企業のことをよく知る者からの資金調達(親密な銀 行からの借入、企業をよく調べたVCからの出資) (3)社債 (4)株式 (3)、(4)の順はデフォルト確率か将来の収益性かどち らが情報の偏在の問題が大きいかに依存する。しかし、 デフォルト確率の場合にはデフォルトを起こさない水 準の利益の大小の情報が不要なので、将来の収益性 に関する情報の方が問題が大きいケースが多い。 法と経済学2 16 MMの第2定理 ・企業価値は今期の配当額に依存しない →企業価値はキャッシュフローにのみ依存し、そのうち どれだけを今期配当に回すかは企業価値と無関係 →利益額が不変で配当額だけ増やすとアナウンスしても 株価は反応しない。内部留保も株主のものだから 内部留保→(1)配当して増資によって資金を回収するの と本質的には同じ (2)MMの第一定理から配当して外部資金を調達しても 上記の方法をとっても企業価値は変わらないはず MMの第一定理の系 法と経済学2 17 配当パズル ・税効果を考えなければ今期の利益を今期配当す るか内部留保に回すかは企業価値に無関係 ・今配当しなければ税を後に引き延ばせる。仮に 株式を売却するとしてもキャピタルゲインに対 する課税はインカムゲイン(配当)に対する税より も軽かった(今は必ずしもそうではない) →配当しない(解散するときにまとめて払う)のが効 率的 ペッキングオーダ理論の発想からしても内部留保 を充実させるのが有利 でも実際に企業は配当する。なぜか? 法と経済学2 18 配当の機能 (1)配当のシグナル効果 →将来の利益の大きさを表すシグナルになりうる ~配当水準は社会的に見て効率的な水準よりも大きく なる可能性がある (2)内部資金を減らして経営者のモラルハザードを防 ぐ →内部資金が余分だと経営者に対する規律付けが働か ない (3)株主に流動性を供給~株を売れば流動性は得られ るのでこの効果はあまり重要ではない。 法と経済学2 19 企業の成長と配当 現在成長中で多くの投資を必要とし、またprofitableな 投資機会を豊富に持つ企業~配当をしない、投資家 も配当を求めないケースが多い。配当のコストが大 きく(ペッキングオーダー)、配当をしないコストが 小さいから。 ~一般に投資家は近視眼的ですぐに配当を求めるとい うのは誤解であることが多い (1) 配当のシグナル効果が弱い →現実の成長から将来の成長性が投資家に伝わる (2) 経営者のモラルハザードを防ぐ意味が小さい →内部資金は投資に回ってため込まれないから 法と経済学2 20 配当が求められる企業 必要以上の内部留保をため込んでいる →モラルハザードの温床になる →配当で投資家に返した方が効率的な資金の運用 がされ、結果的に企業価値が上がる。 配当をした方が企業価値が上がるのに配当しない で内部留保をため込んでいる。 →買収して配当させれば利益が得られる。 →買収の標的になりやすい。 法と経済学2 21 配当が求められる企業 急に大株主になって長年ためてきた内部留保を 「配当で払い出せ」という要求に感情的な反発 を持つ者がいるようだが、そもそも適切に運用 できない資金を貯め込むこと自体が経営上の問 題(モラルハザード)である可能性が高い。 →経営者は豊富な内部資金を持つことが企業価値 を高めていることを説明する義務がある。 法と経済学2 22 企業買収と経営効率性 経営の問題で企業価値が低いままに放置されている 企業を発見する。 →買収して経営を改めれば企業価値が向上し利益を 得られる。 買収後の企業価値の向上、あるいは買収の脅威によ る経営の規律付けの両面で、企業買収は経済効率 性を改善する。 現実にはこの機能が必ずしもうまく働かない 法と経済学2 23 企業買収とフリーライダー 経営に問題がある企業を発見→買収を提案→株主は自 分だけは株を持ち続け、他の人が買収に応じて買収 が成功すれば高株価を享受できる→経営改善後の利 益を反映した株価でないと買収に応じない→この高 株価では買収を仕掛けた側が儲からない 経営に問題がある企業を発見→買収を提案→他の投資 家もこの企業の株が割安であることを発見→企業買 収の競争相手が現れて株価がつり上がる→この高株 価では買収を仕掛けた側が儲からない ~買収の誘因は過小になってしまう ⇒買収防止のための措置など論外(本当か?) 法と経済学2 24 企業買収防止策 ・株式持ち合い、従業員持株会の活用 ・経営陣を支持する株主への増資 ・優良資産の売却 ・退任時の多額の報酬 ・将来の企業収益を下げる証券の大量発行 ・取締役に任期をずらす 法と経済学2 25 企業買収防止策が取られる理由 現実には買収防止策が多くの企業で導入されている。 なぜか? (1) 経営者あるいはより広く内部者のモラルハザード・ 保身 ←この目的で導入されないよう、買収防止策の合理性 に関する十分な予防策が必要 現実には、あからさまに保身のためこの制度を導入 するのは難しいので、グリーン・メイラーや短期的 な視野の株主が企業を食い物にするのを防ぐため、 という口実が使われることになる。 法と経済学2 26 企業買収防止策が取られる理由 (2) 買収価格をつり上げるため。~1株1票制の議 論と共通 (例)買収価格を引き上げないと買収防止策を発動 すると脅す→交渉上有利になってより高い買収価 格を引き出す ⇒株主の利益にはなるが、これは買収者から被買収 者への単なる所得移転 ⇒株主の利益最大化の観点からは正当化される。で も社会的にはない方が望ましい(?) ~強行法規による規制の可能性 法と経済学2 27 企業買収防止策が取られる理由 (3) 企業価値を下げるような買収の阻止 (3a) 長期的に企業価値に資するコミットメントの 破壊 (3b) 少数株主の搾取 (3c) Coordination Failureへの対応 法と経済学2 28 企業価値を下げる買収が成功するか? 買収者が、現行の経営が続く場合につく株価よりも より高いか少なくとも同じ買収価格を付けてきた ケース (1) 競合企業を消滅させその企業の企業価値をゼロに するが、元々所有している企業の価値がそれ以上 に増加するために買収する →社会的には大きな問題だが、本来は競争政策(独禁 法)で対応すべき 法と経済学2 29 企業価値を下げる買収が成功するか? (2) 買収によって企業価値は下がるが経営者の私的利 益が存在する。 100%未満の株式しか買収しないと宣言。買収が成立し、 自分の株が買い取られないと株価が下がるため売り 急ぐ。買収後の企業価値+買収者の私的利益が買収 前のそれを下回って社会的な損失を生む買収も成功。 →買取の上限株式数が100%であるTOBではこのタイプ の確信犯的な企業買収はなくなるはず ~買収するならTOBで上限を100%とする規制の根拠 法と経済学2 30 企業価値を下げる買収が成功するか? 買収者が、現行の経営が続く場合につく株価よりも より低い価格を付けてきたケース →普通に考えればこんな買収に成功するはずがない。 現株主はこんな買収提案に応じなければよい ~しかし理論的にはこんな買収が成功する可能性が ある 法と経済学2 31 企業価値を下げる買収? (例) 現行の企業価値100、買収後の企業価値80、買収 者の私的価値10。買収者が85の価格で買収を提案 (均衡1) 自分以外の株主が買収に応じない→自分1人 買収に応じれば85(×持ち株比率、以下省略)の利益、 応じなければ100の利益~応じないのが最適反応⇒ 全ての株主が買収に応じないのはナッシュ均衡 (均衡2) 自分以外の株主が買収に応じる→自分も買収 に応じれば85の利益、応じなければ80の利益~買 収に応じるのが最適反応⇒全株主が応じるのも均衡 ~典型的なcoordination failure⇒買収防止策が必要 場合によっては後者の均衡がrobustになってしまう。 法と経済学2 32 真の企業価値より低い価格で買収を 仕掛けることが現実にあり得るか? 現実にはあまりないが(全くないわけではない)、理論 的にはある。 (例) 株式交換等を使った買収~真の買収価格が不透明。 (例) 買収が予想された時点で価格が下がってしまう。 →市場価格より低い価格での買収ではないが、市場価 格が現行の経営が続いた場合の適切な株価でない。 ~この理論が当てはまるのは限定的。買収提案が予想 されて株価が上がるケースには当てはまらない。→ 買収防止策は限定された状況でしか使うべきでない。 法と経済学2 33 買収防衛策 Coordination Failureが問題→株主(とりわけ大株主) がきちんと話し合い調整できれば問題が解決する可 能性がある (a) 買収者に情報提供を要求 (b) 調査検討の時間を要求 →これが満たされないときのみ買収防衛策を発動 経営者のモラルハザードを起こしにくい買収防衛策 法と経済学2 34 株主の目的が株価最大化でなかった ら? ・社会的責任を意識した経営。株価は100。責任を無 視し利益を上げれば株価は110に(現実には責任を 果たすことが株価の上昇に結びつくことも多い)。 株主は責任を果たすことによる主観的な利益は50 で、現在の経営が望ましいと思っている。 ・買収者は責任を軽視して株価を110に上げるつもり。 買収者の私的利益は10。115の価格で買収提案。 →coordination failureの問題が発生し、企業価値を下 げる買収が成功する均衡も存在する。 法と経済学2 35 企業買収に関するまとめ ・企業買収が経営効率性を改善する効果は存在するが 買収の誘因はフリーライダーの問題のため過小。 ・買収防止条項によって買収価格を戦略的に引上げ、 事前の意味で株主の利益になることがある。しかし これは単なる所得移転でこの目的で買収防止条項が 多用されると社会的な利益を損なう可能性がある。 ・非効率的な買収が成功する可能性は存在する。買収 防止条項が効率性を高める可能性を否定はできない。 ・買収防止条項は経営者のモラルハザードの問題を深 刻にするので功罪を見極めて導入すべきである。 法と経済学2 36
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