第9講スライド

法と経済学2 (9)
金銭賠償と特定履行
今日の講義の目的
(1) 特定履行と金銭賠償の違いを理解する
(2) off pathとon pathの違いを理解する
(3) 特定履行、遅延損害金の果たす役割を理解する
法と経済学2
1
特定履行(specific performance)
金銭賠償ではなくあくまで相手に契約を履行させる
・土地を売る契約をしたが売主が売買契約を破棄した
がっている⇒あくまで土地を売らせる
・石油を卸すと契約したが手に入らなかったので金銭
賠償で済ませようとする⇒あくまで(どんなに高くつ
いても)石油を調達させる
文字通り絶対履行できないもの(絵を売る契約を結んだ
がその絵が火事で焼けてしまったとか)の履行を命じ
るわけではない。
法と経済学2
2
特定履行の類似物
差止請求
(例) 甲は乙に自社の信託部門を売却すると約束したが、
気が変わって丙に信託以外の部門もまとめて売却す
ることにした。
⇒乙は甲が丙に全部門を売却するのを差し止め、信託
部門をあくまで乙に売却するよう訴えた
⇒これは経済学的には金銭賠償ではなく特定履行を求
めたのと同じ意味を持つ
差止請求の全てがこの類型に当てはまるわけではな
いが一部は明らかにこの類型にあてはまる。
法と経済学2
3
差止請求の事前と事後
(事後の発想)
甲と乙が統合する社会的な利益と甲と丙が統合する
社会的な利益を比べて後者が十分に大きければ、
差止を認めるのは非効率的。差止は認めないで金
銭賠償で乙が被った損失を補填してやればよい。
⇒「経済効率性を比べているのだから、これが法と
経済学的な分析だ」と勘違いしている人は多い。
法と経済学2
4
差止請求の事前と事後
(事前の発想)
差止請求が認められない。⇒今後の類似ケースで
の交渉に影響を与え、行動を変化させる。この
判例を読み込んだ上であらかじめ契約を作る。
ここまで考えないとcompleteな分析とはいえない。
法と経済学2
5
モデル
BがAに部品X単位を価格Pで供給。最適なXは景気(Y)
に依存。しかしYに依存した契約は書けない(不完備
契約)。L, Kもverifiableではないので、契約には書け
ない。
Aの利益V(L,X,Y) – P - L、Bの利益P - C(K,X,Y) - K
L、Kは投資水準。LをAが選択、KをBが選択。VはLの
増加関数、CはKの減少関数。
法と経済学2
6
モデル
タイミング
(1) 契約を書く。P、Xを決める。遅延損害金も取決め
る。
(2) AがLを、BがKを決める。
(3) Yを観察した後で交渉によってP、Xを決めて取引
する。
(4) 交渉が決裂したら裁判所に行く。
(5) 裁判所がルールを適用。特定履行が認められる
ケースを考える。
法と経済学2
7
解くべき問題
AとBの利得の合計の期待値を最大化する投資水準
をそれぞれL*、K*とする。AにL*、BにK*の投資
水準を選ばせるような事前の契約が存在するか?
⇒次の契約がこれを達成することができる。
仮にYに依らず一定の価格でX*の取引を強いられる
とするとK*の投資をBが選ぶようなそんなX*を
見つける。契約ではこのX*を取引量に定める。
履行の遅れに対してBが遅延損害金を払う契約を結
ぶ。
法と経済学2
8
効率的な資源配分が達成される理由
遅延損害金→Bの交渉力を奪う→事後における再交渉
時にはBは威嚇点に対応する利得しか得られない(第
7講参照)。
・Bは威嚇点の利益、つまり価格PでX*、Bの取り引
きを常に強いられるときの利得しか得られない。
→Bはこれを最大化するようにKを選ぶ。X*の選び方
から必然的にK*の投資水準を選ぶ。
・Aは余剰を全て得る。当然最適な投資量L*を選ぶ。
法と経済学2
9
裁判所の判断
この効率的な資源配分が達成されるための2つのポ
イント
(1) 遅延損害金
(懲罰的な状況を除くと)実際の損害額を上回る損害
賠償の条項は、たとえ当事者が事前に合意してい
たとしても認められない傾向にある。
→Bの交渉力を十分に小さくできず、前記の契約が
うまく機能しなくなる。
法と経済学2
10
特定履行
効率的な資源配分が達成されるための2つのポイン
ト
(2) 特定履行
裁判所に訴えれば価格PでX*の取引量が強制される
→この状況を出発点(威嚇点)として交渉が始まる
特定履行を認めなければ?
仮に裁判所が事後的な最適取引量を認定し、後は金
銭賠償ですませたとしたら
→事後的には効率的な資源配分。しかしこれを読み
込むと事前の投資量が最適にならなくなる
法と経済学2
11
事前と事後の効率性のトレードオフ
か?
裁判所が事後に効率的な判断をすると事後の効率性
は改善
事前の効率性は前頁で示したように悪化する可能性
→前者の利益が大きければ裁判所の介入は経済厚生
を改善
~この発想には根本的な誤りがある
法と経済学2
12
事前と事後の効率性のトレードオ
フか?
裁判所がどんなルールを設定しても、事後的には交
渉によって効率的になる←コースの定理の世界
判例の規範効果は事後的な効率性に影響を与えるの
ではなく交渉の出発点を変えるだけ
→長期的には経済厚生を悪化させる効果しか残らな
い
経済学者が裁判所の契約自由の原則を踏み越えた介
入に批判的な理由
法と経済学2
13
特定履行でもうまくいかない例
遅延損害金+特定履行ではうまくいかない例
効率的な投資水準をもたらせないケース
典型例 Aは投資水準Lを、Bは投資水準Kを選ぶ。
Aの利益はV(K,X,Y) - P - L、
Bの利益はP - C(L,X,Y) - K
~部品メーカーの投資で財の付加価値が上がり、組
み立てメーカーの投資で部品の生産費用が下がる。
⇒交渉力を失った方は投資する誘因を全く失う
遅延損害金+特定履行が万能なわけではない
法と経済学2
14
まとめ
(1) 裁判所の判断に関しては当該事件における事後
的な効率性だけにとらわれると非効率的なルー
ルを生成してしまうことになる。
(2) 特定履行は事後的に非効率的に見える場合にも、
これをむやみに否定して金銭賠償だけを認める
と全体的な効率性を損ねることになる。
(3) 実際に裁判になるのは例外的なケースでも、判
例をベースに契約が書かれるので、この規範効
果を過小評価してはならない。
法と経済学2
15