環境社会学 6. 身近な自然を考える 1957年8月8日,滋賀県大津市 瀬田,撮影者:前野隆資氏(琵琶湖博物館) 瀬田唐橋の東詰、竜王宮付近で洗濯する女性たち。後ろにはバケツに入れた洗濯物を 置いて、場所があくのを待つ女性も見られる。当時、湖で洗濯物をすすぐ光景は、琵琶湖 のあちこちでごく日常的に見受けられた。前野夫人「家で石けんで洗って、すすぎは湖や 川で、という人が多かったわね。船に乗ってゆすぐ人もいはったわ」。 1995年11月,滋賀県安曇川町北出区 撮影者:安原律子氏(琵琶湖博物館) 昔の川は暗渠となり道路の一部となったが、40年前は飲み水にも野菜洗い にも使われていた。そして家屋は左側だけで、右側の住宅は田んぼだった 所に昭和45年に建ったもの。 川は誰のものか(pp.42-44) • 地域住民による多様な利用 → 実利的な価値 • 近代化による公物としての川=河川法,漁業 法,水利権,漁業権などによる公的管理 • 川を中心とした生業の衰退,ライフスタイルの 変化 → 川は無価値になり暗渠化 4 里川の多様な価値 (水道が導入されるまで) 5 コモンズ(commons)森・川・海 • 地域住民を中心とする人々が,共同で所有・ 利用・管理している自然環境 • 里山:共有資源を手に入れる場所 田畑の肥料や牛馬の飼料となる落ち葉・草 燃料となる薪炭 食料となる山菜・木の実・海草・魚介 • 日本では「入会(地)」と呼ばれてきた 6 7 ハーディン「共有地の悲劇」(1968) ―資源枯渇問題― • 共有放牧地で,複数の 農家が牛を飼育している. • 所有する牛の数を増や すと利益になる. 過 放 牧 • しかし,過剰放牧になれ ば,牧草は枯渇して牛の 栄養状態は悪化し,経済 的損失になる. 8 ハーディン「共有地の悲劇」(1968) ―資源枯渇問題― • ところが,過放牧による損失はすべての農民 に分散されるので,牛を増やした場合でも, 頭数の増加による利益が損失よりも大きい場 合がある. • すなわち,全農民が自分の利益を最大化しよ うと合理的に行動するならば,他人より早く牛 の数を増やそうとする.しかし,このことは過 剰放牧を加速し,共有牧草地を荒廃させて, 結局は共倒れになってしまう. 9 フリーライダー(ただ乗り者) • 「共有地の悲劇」で,牛の数を他人よりも増や す農民は,共有牧草地をより多く荒廃させる ことになる.しかし,その影響は全員に均等に 現れる.つまり,牛の数を他人より増やす農 民は,自分の利益を他人の損失から得てい る. • 他者が協力行動(牛の数を制限する)をとっ ているときに,非協力行動(牛の数を増やす) をすると,協力による損失を受けないまま利 益を得ることができる.これがフリーライダー. 10 囚人のジレンマ(ゲーム理論) 囚人B 囚人A 黙秘 自白 黙秘 両人に1年の刑 Aに10年の刑 Bに3ヶ月の刑 自白 Aに3ヶ月の刑 Bに10年の刑 両人に8年の刑 11 相手がどちらの選択肢を選んだ場合でも, 協力(黙秘)よりも非協力(自白)のほうが 良い結果になる(優越戦略).しかし,両方 非協力の結果(ナッシュ均衡)は,協力の 結果より悪くなってしまう. B 協力 非協力 協力 優越戦略 A 非協力 優越戦略 ナッシュ均衡 非協力(牛を 増やす) 利益:1頭あたりの生産量が 下がっても数を増やせば利益 になる. コスト:短期的にはない.長 期的には牧草地が荒廃する. コスト‐ベネ フィット分 析 利益:短期的にはない.長期 的には牧草地の保護ができる. (CBA) 協力(牛を増 やさない) コスト:フリーライダーによっ て生産量が減少する 環境問題における 社会的ジレンマの構造 他人の環境配慮行動 自分の 環境配 慮行動 配慮する 配慮しない 配慮する (協力) 手間はかかるが 環境は良い(A) 手間がかかり 環境は悪い(B) 配慮しない (非協力) 手間がかからず 環境は良い(C) 手間はかからないが環 境は悪い(D) 14 利益:楽 ←規範意識を高める 非協力 ゴミの減量 使い捨て 不使用, 過剰包装 拒否,コン ポスト利用, リサイクル 推進 コスト:なし ←ゴミ収集有料化 透明なゴミ袋,罰則 協力 利益:なし ←規範意識を高める 価格還元 コスト:面倒,フリーライダー ←装置改良 協力行動を促進するための対策 • 非協力行動による利益を低くする=コストを 高くする. 例:資源利用の有料化,廃棄物処理の有料化, 環境税 • 協力行動の利益を高くする=コストを低くする. 例:協力すると補助金がもらえる 16 コモンズとしての入会(いりあい) Ⅰ ムラ Ⅱ ノラ Ⅲ ヤマ =入会 17 入会(いりあい) • 一定地域の住民が特定地域の山林原野や河海湖沼 を共同収益する慣行 • 総有的な共同体管理 共有地の自由な利用はできない. 地域共同体のルールが私有地の利用も制限す る. • 近代化とともに所有権の排他性や個人主義 が強まり,共同管理のルールが消滅 18 入会(いりあい) • 明治以降,従来の入会権の存在を主張する 地元住民と,所有権を貫こうとする国または 名義上の私的所有者との間にしばしば争論 が発生 • 今日では,山のみでなく,海の入会権論争も 展開されており,環境汚染・破壊との関連もク ローズアップされている 19 琵琶湖の漁業権:堅田 • 平安時代に京都の下鴨神社から,神社 へ献上することと引き替えに漁業権を 獲得. • しかし江戸時代には,他の沿岸の村と 漁場をめぐって対立するようになり,そ の特権が次第に制限されるようになっ た. 20 入会地に関する法規制 私的所有 (個人・法人) 所有者に排他的な処分権がある. 現行の入会地は複数個人の共同所有で あって,行政は介入できない. 「共的」所有 =入会地 近代法では規定なし. 公的所有 (国・自治体) 所有者である国や自治体が 利用規制を行うことが可能. 21 小繋事件 映画『こつなぎー山を巡る百年物語』 2010年 • 大正6年、岩手県北部にある小繋(こつなぎ)集落で、 山から自然の恵みを得て暮らしてきた農民たちが山 の入会権を求めて起こした裁判に端を発する「小繋事 件」を題材にしたドキュメンタリー。いまだ闘争が繰り ひろげられていた約50年前、3人のジャーナリストが取 材した膨大な量の映像資料を7年の歳月をかけて編 集し、現在の現地の様子も追加。山とともに生きる 人々の姿を通し、日本人の暮らしのあり方を問いかけ る。 • ダイジェスト版 https://www.youtube.com/watch?v=sa5rtVmCFew 22 小繋事件:入会地の崩壊 • 岩手県二戸郡一戸町字小繋(現在の一戸町)の小繋山の 入会権をめぐって起こった裁判闘争事件. • 小繋は人家40戸の小部落だったが,水田・畑とも少なく, 住民は2000ヘクタールの入会山に頼り,建築用材,燃料, 肥料,飼料や食料の一部もそこから得ていた. • 明治10年に旧名主の立花喜藤太名義で民有の地券を与 えられ,明治29年(1896年)約800ヘクタールを陸軍省に 売り込みを図ったが失敗した. • 1907年(明治40年):立花は運転資金回収のため,茨城 県の海産物商・鹿志村亀吉に利権を譲渡.同年9月,鹿 志村はこの所有権を陸軍に売り込む. • 1915年(大正4年):小繋で大火.2戸を残して全焼.旧記, 証書など焼失.鹿志村は農民が山から建築用材を切り出 すことを阻止し,暴力・警察力によって農民を追い出そう とする. 23 小繋事件:入会地の崩壊 • 1917年(大正6年):村民は「共有の性質を有する 入会権の確認および妨害排除」の判決を求め, 盛岡地方裁判所に提訴.民事訴訟事件に発展. • 1932年(昭和7年): 14年・63回に及んだ口頭弁 論を経て第一審判決.原告が敗訴. • 1936年(昭和11年):第二審(控訴審)判決,控訴 棄却. • 1939年(昭和14年):大審院判決.「部落民は ……入会権を自然放棄した」とされ村民側敗訴. • 1944年(昭和19年):村民4名が鹿志村側の妨害 を排除し,入会権の実力行使を行なったことに対 し,森林法違反のかどで告訴・投獄される. • 1946年(昭和21年):第2次訴訟始まる. 24 小繋事件:入会地の崩壊 • 1951年(昭和26年):「共有の性質を有する入会 権の存在は認める」が,「時効によって入会権の 付着しない所有権」を鹿志村が取得と判決. • 1953年(昭和28年):仙台高裁が職権調停の意思 表示.同年10月調停が成立するが,その内容は 鹿志村側が山林150町歩を贈与する代りに入会 権を放棄するものだった.反対派村民は調停無 効を仙台高裁に申し立て. 翌年,仙台高裁は申 し立てを棄却. • 1955年(昭和30年):仙台高裁,第2次訴訟は昭 和28年に終了したと判決. 25 小繋事件:入会地の崩壊 • 1955年(昭和30年): 岩手県警の警官隊150名が小繋 部落を急襲.反対派2人が家屋改築のため祖父が植 えた立木を伐採したことが「封印破棄・窃盗・強盗・森 林法違反」に問われ,支援した農民5人を含む10人を 逮捕. • 1959年(昭和34年):盛岡地裁「調停無効,入会権確 認,森林法違反の全員無罪」判決. 検察側控訴. • 1963年(昭和38年):仙台高裁が盛岡地裁判決を破棄. 森林法違反も有罪とする逆転判決が下る.被告団上 告. • 1966年(昭和41年):上告棄却判決,全被告有罪確定. 26
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