政策形成の意義と手法

政策形成の意義と手法
関西地域開発研究部
主任研究員 石井 良一
地方自治体においては、今後ますます政策開発
2)地域経営体としての地方自治体
が重要となってきている。本稿では、なぜ政策開
地方分権が進展し、地域経営能力の選別が行わ
発が重要なのか、どのようにして、庁内において
れる中で、県や市町村の地方自治体は地域経営を
政策を開発し、政策を形成していくか、そのため
適切に行うための、首長をヘッドとする地域経営
にどのようにミーティングを効率的に進めていく
体としての性格を強める必要がある。地域経営と
かを述べることとする。
は、域内の資源(人材・自然・技術・ノウハウ・
土地など)を最大限に活用して、市民に最大の満
足を与えるための諸活動を総合的にマネジメント
1.政策開発の重要性と政策形成の視点
することであり、そのために、市民とのパートナ
ーシップの下で、社会変化にしなやかに対応しな
1)地方分権の具体化と選別される地域経営能力
平成 11 年の今国会において、機関委任事務制度
がら、戦略的に事業を位置づけ、着実に実行する
ことである。
の廃止、権限委譲の推進、地方債発行の事前協議
すなわち、地域経営体としての地方自治体は、
制度への移行などが盛り込まれた地方分権推進一
地域の資源を最大限に活用して、地域における経
括法案が成立し、平成 12 年4月の施行が予定され、 済及び物質循環を高め、市民のネットワークを強
地方分権は大きく進展することになった。
め、市民に最大の満足を与えるための諸活動を総
一方、近年、地方財政が急速に悪化している。
合的にマネジメントする会社(コミュニティマネ
今後も、地方債の元利償還金の増加、介護保険の
ジメントコーポレーション)とみることができる。
導入をはじめとする総合的な地域福祉施策の充実、
株主であり顧客である地域で活動する市民・企
市民に身近な社会資本の整備や災害に強い安全な
業等の声を適切に反映し、市民・企業等と協働し
まちづくり等の重要政策課題を推進していくため
てその利益の最大化を図るため、地方自治体の組
の財政需要がますます増大するものと見込まれて
織は、ビジョンに基づいて適切な事業部門に分か
いる。このような状況下で、今後は、安定した財
れ、スピーディーで効率的なマネジメントを行え
政運営を行う自治体とそうでない自治体の格差が
る簡素な組織構造を有する必要がある。
拡大すると考えられ、地方債の発行などに関して、
このため、地域経営体としての地方自治体は、
市場から地域経営力が選別される時代に突入する
自立的、安定的、発展的に地域経営を行うため、
と考えられる。
地域の創意と工夫に基づく政策開発が重要となっ
ている。
地域経営ニュースレター July 1999 Vol.11
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図1 コミュニティマネジメントコーポレーション
事業部門
健康福祉部門
地域経営システム
(総務・企画・財務・広報・R&D
教育文化部門
資産管理・情報等)
首長
生活環境部門
産業経済部門
議会
市民協働システム
都市基盤部門
地域センター
株主・顧客
市民・企業・NPO・まちづくりグループ・地域コミュニティ協
議会(自治会)など
2.政策形成の視点
③地域所得、付加価値の向上が図られるか
地域の知恵や技術の活用により、経済的付加価
地域経営体としての地方自治体の政策形成の視
点は次のとおりである。
値の向上、地域の富の向上に結びつくものでなけ
ればならない。具体的には、地域総生産や税収の
向上が図られるものでなければならない。
①市民のサービスの向上が飛躍的に図られるか
提案される政策は市民の立場にたって、市民の
サービスの向上が飛躍的に図られるものでなけれ
ばならない。
④地域経済及び物質循環が十分図られるか
物資、資金、人、技術の地域内の流動性が高ま
り、雇用やビジネスチャンスなどが広く域内に広
がり循環しなければならない。また、廃棄物をで
②民間や市民の知恵、ノウハウが十分に活かして
きるだけ外に出さずに再利用しなければならない。
いるか
政策は行政の一人よがりでなく、広く民間や市
民の知恵やノウハウを十分活かすことができるも
のでなければならない。
⑤公共として行うことが適切か、どこまで関与す
るか
本当に民間でなく公共として行うことが適切か、
適切ならば範囲や期間などどこまで公共が関与す
地域経営ニュースレター July 1999 Vol.11
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べきかを明らかにしなければならない。
など予算の執行面を中心に行われていた。しかし
これまでの政策形成に重視されていた、
ながら、分権型社会では地方自治体が政策形成か
×行政だけで対応できるか
ら政策評価までを一貫して行うことが求められ、
×行政としての継続性があるか
政策形成と政策評価が重要となる。
×国の資金を十分活用できるか
政策形成は、さらに、
「問題発見」→「課題設定」
については、政策形成の発案の出発点から排除す
→「問題分析」→「政策立案」→「政策決定」と
べきである。
いうプロセスに分かれる。現状分析を踏まえ、課
題解決のために必要とされる様々なアイデアが検
討され、代替案の検討の中から最適案を選択し政
3.政策形成のマネジメント
策原案を提示する政策立案過程は、行政職員が主
政策過程は、「政策形成」(Plan)→「政策実施」
体となって行われる。しかしながら、多元化、多
(Do)→「政策評価」(See)の3つのステップに
様化した社会においては、政策立案過程において
分けることができる。従来型の中央集権型の構造
も市民を加え、政策実施、政策評価も市民ととも
では、中央省庁が政策形成を行い、地方が政策実
に行う新しい行政スタイルを確立することが求め
施を行う図式であり、政策評価は国の会計監査
られている。
表1 政策の各ステップの内容と担い手
図2 政策過程
ステップ
内容
・争点提起
市民、団体、
政党、議会、
首長、職員
課題設定
・問題評価
・政策課題設定
市民、団体、
政党、議会、
首長、職員
問題分析
・現状分析・評価
・未来予測
・課題設定
首長、職員、
市民
政策立案
・目標設定
・複数案作成・最適案選択
・政策原案作成
首長、職員、
議会、市民
政策決定
・合意形成
・首長の決定
・議会の決定
首長、議会、
市民
政策実施
・実施方法選択
・実施手続・規則
・進行管理
首長、職員、
市民
政策評価
・政策効果測定
・政策効果評価
・修正改善
市民、団体、
政党、議会、
首長、職員
問題発見
問題評価
政
課題設定
策
政
問題分析
政策立案過程
サ
形
成
策
政策立案
イ
政策案評価
ク
ル
政策決定
政策形成(Plan)
政策実施
政策評価
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担い手
問題発見
4.政策立案のステップ
一般的には、提起された政策課題に対して、次
図のようなフローで検討が進められ、政策原案の
作成が行われる。
図3 政策立案のステップ
課
題
設
定
政策課題
現状分析
問
題
分
析
現状の問題点
活かすべき資質
将来の環境変化
ニーズの把握
先進事例分析
課題
基本理念・目標
政
策
立
案
施策・プロジェクト
推進方策
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代替案の評価
政策立案のステップにおける要点は次のとおり
である。
4)将来の環境変化
人口の変化、高齢化、高度情報化、主要プロジ
ェクトの進展など政策を実施する期間に予想され
1)現状分析
る環境変化をデータ等を活用し整理する。
地域の現状、これまでの施策の状況、法制度な
ど、統計データやアンケート、ヒヤリングなどを
5)ニーズの把握
活用して、地域の現状を分析する。現状分析を行
政策が対象とするサービスの受け手(一般的に
うにあたっては、「課題」、「基本理念・目標」につ
は市民)に対するニーズを把握する。その手法と
いてまず仮説を構築し、その検証を行うものとし
しては、アンケート、グループインタビュー、委
てデータ等を整理するようにする。
員会などがある。
また必要に応じて、サービスのミスマッチを防
2)現状の問題点
ぐため、サービスの送り手(一般的には担当部局)
現状の問題点を項目だてて整理する。
に対するヒヤリングを行う。
3)活かすべき資質
6)先進事例分析
問題点を整理すると同時に、これまでの取り組
同様な政策を実施している先進事例を分析し、
みの優れている点、地域における優れた資質を項
成功要因、失敗要因等を把握し、政策の参考にす
目だてて整理する。政策は、
「−」を「0」にする
ることは重要である。先進事例の分析は、現地を
(不足している所を改善する)と同時に、
「+」を
視察したり、直接の担当者に直接話を聞くことが
より強い「+」(優れた所をより伸ばす)にするこ
最も有効であるが、1次的な情報は、新聞、雑誌、
とであり、オンリーワンの地域づくりにあたって
書籍のほか、インターネットで入手を行う。
後者がより重要となっている。
表2 インターネットで入手できる主な情報
区分
中央省庁情報の
総合案内
地方自治体ホー
ムページ
地域情報
地域づくり事例
概要
中央省庁に関する情報のキー
ワード検索、各省庁のホーム
ページを検索
地図から地方自治体のホーム
ページが検索、キーワード検
索も可能
まちづくり情報の検索が可能
法律検索
地域づくりの事例の検索が可
能
日経アーキテクチャー所載の
建築記事の検索
日経、地方紙の記事検索(有
料)
法律の検索
統計情報検索
統計の所在を検索
書籍検索
書籍の検索が可能
建築事例
記事検索
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アドレス
http://www.clearing.admix.ne.jp/
http://www.nipponnet.ne.jp/japan.html
http://web.kyotoinet.or.jp/org/gakugei/link/07tiiki
/index.htm
http://www.chiiki-dukurihyakka.or.jp/
http://kenplatz.nikkeibp.co.jp/
http://telecom21.nikkeidb.or.jp/t2
1ad/t21index11.html
http://www.houko.com/
http://uran.wwws.nri.co.jp/newst
at/index.html
http://www.trc.co.jp/index.asp
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7)現状の課題
8)基本理念・目標
以上をまとめて、現状の課題を項目だてて整理
現状の課題を踏まえて、基本理念及び目標を整
する。課題の整理は、基本理念・目標につながる
理する。一般的には、次のように政策は体系づけ
よう考慮する。
られる。
図4 政策体系
基本理念
基本目標
施策
9)施策・プロジェクト
プロジェクト
12)効果の予測
基本目標に対応して、施策及びプロジェクトを
施策の結果の効果について予測する。できるだ
整理する。施策及びプロジェクトについては、主
け定量的予測が望ましいが、定性的にまとめるこ
体が想定され、かつ期間内に着手可能な実効性の
とも重要である。
高いものをあげる。
10)代替案の評価
5.ミーティングマネジメント
施策、プロジェクトについては、代替案を作成
し、公共性、経済性、効率性、効果性などの点か
ら事前評価を行い、最適案を選択する。
政策立案にあたっては、個々人が対等な立場で
さまざまな意見やアイデアを出し合い、その評価
とフィードバックを行いながら合意形成を図り、
11)推進方策
政策提案書という形で文書としてまとめることが
施策及びプロジェクトの推進方策を整理する。
必要である。この一連の作業を効率的、効果的に
主体、時期、場所、費用(収入)をできるだけ明
進めるために、ミーティングを適切に行う必要が
確にすることが望ましい。
ある。庁内における政策原案作成の研究会を想定
したミーティングのプロセスは次のとおりである。
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表3 ミーティングの進め方
プロセス
グループ編成
仮説の構築
研究の設計
研究実施
研究内容の吟味
成果のまとめ
発表
ミーティング内容
・メンバー自己紹介(テーマ選択の理由、問題意識等)
・リーダー及び係の決定
・グループ名称の決定、連絡方法
・課題の共有化
・基本理念・基本目標の仮説構築
・アイデアフラッシュ
・研究方法(研究項目の整理、アンケート・インタビュー・先進事
例視察・関連資料整理等)
・役割分担、次回までのアウトプット内容
・成果の持ち寄り、議論、方向性の共有化
・次回までのアウトプット内容
(繰り返し)
・現状の課題、基本理念、基本目標、施策のつながり
・表現のわかりやすさ、適切さ
・関係部局ヒヤリング
・政策提案書の作成
・発表者の決定
・プレゼンテーションの手法
・発表内容及び質問への対応
1)グループ編成
2)仮説の構築
良い提案はグループの各人の知恵やアイデアの
リーダーが司会進行役となり、グループの最初
総和である。1人の良い提案がお互いを刺激し、
の実質的な会合は十分時間をとり、どういう政策
相乗効果でアイデアがふくらむようなグループに
提案をするか議論しなければならない。最初の会
なることが望まれる。このためには、個人の平等
合の前に、課題、基本理念、基本目標などのキー
と尊重に基づき、それを束ね方向づけるリーダー
ポイントについて各人がメモを作り、お互いに発
が必要である。
表しあうといいでしょう。それを受けて、皆が納
まずはお互いを知ることから始まる。職場では
どのような業務についているかから始まって、テ
得する仮説を作る。納得できなければ何度も会合
を持つべきである。
ーマ選択の理由、問題意識などまずは自己紹介を
3)研究の設計
するといいでしょう。
次に、リーダー、サブリーダーの他、必要な係
仮説の構築が終わり、調査研究に入る。最初に、
を決める。リーダーは互選で決めることが望まし
調査項目、調査方法(アンケート、インタビュー、
いが、抽選でも構わない。リーダーは育っていく
先進事例調査、関連資料整理など)、調査スケジュ
ものであり、最初はお世話係で構わない。グルー
ール、分担を示した調査計画書を作成し、皆で共
プ名称を決める。何やら怪しげで、楽しげなもの
有するといいでしょう。
がいいでしょう。気楽に考えればいい。
最後に、情報共有化のルールを定める必要があ
る。最近は、電子メールが発達し、お互いの連絡
が非常に容易になっている。
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4)研究実施
次回のミーティングのスケジュールとそれまで
行うべき業務を決め、手分けして研究を実施する。
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ミーティングにおいては、書面で成果をまとめ、
それぞれが成果を発表し、議論し、方向性を定め
る。1回1回のミーティングは重要であり、最後
にホワイトボードやパソコンなどを活用して、ミ
ーティングでの議論を整理することが望ましい。
ミーティングを重ねることにより、内容は深め
られるはずである。研究の結果、仮説が誤ってい
たら、大胆に方向転換も検討すべきである。
5)研究内容の吟味
ある程度成果がまとめられたら、いろいろな角
度から全体のつながり、表現のわかりやすさや適
切さをチェックする。政策が適切か、ユニークか、
関係部局の担当者の意見も参考にするといいでし
ょう。
6)成果のまとめ
成果は政策提案書としてまとめる。政策提案書
は厚さを競うものではない。無駄を省き、わかり
やすいものにすべきである。参考資料は巻末や別
冊にし、数枚の概要も作成することが望ましい。
7)発表
最後に発表である。時間内で提案の主旨をわか
りやすく説明する。事前に予行練習を行い、予想
される質問への対応も事前に考えておくことが望
まれる。
おわりに
地方自治体においては、これまで国の政策への
依存や他の自治体と横並び指向が強く、独自の政
策を立案する機会や能力が必ずしも十分でなかっ
た。地方分権が推進する中で、地域経営の視点を
筆者
踏まえた政策形成能力を身につけることが重要で
石井
あり、本稿が参考になることを期待する。
関西地域開発研究部 主任研究員
なお、本稿は、香川県職員政策研究の講義資料
を加筆修正したものである。
地域経営ニュースレター July 1999 Vol.11
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良一(いしい りょういち)
専門は都市計画、都市経営