第5章 貯蓄と投資を結ぶもの

第5章
貯蓄と投資を結ぶもの
資金市場
5.1
5.1.1
金融市場(Financial markets)
金融市場とは何で、どのような役割を果たすのか?
貯蓄超過主体
1年間の所得
1年間の消費
Aさん
この両者を
仲介するのが
金融市場なのだ!!
貯蓄(余っている資金)
貯金
金融仲介機関
銀行など
マイホームが
ほしい
融資
投資超過主体
1年間の所得
足りない資金
マイホームを建てるのに必要な資金
Bさん
金融市場
重要な役割を果たすのは、
金融仲介機関(代表例は銀行)を介した取引と証券市場を介した取引の2つ。
図をみていこう。
間接金融
直接金融
貯蓄超過主体
資金
間接証券
資金
金融仲介機関
資金
本源的証券
証券市場
本源的証券
投資超過主体
まずは、借り手の資金調達手段を考えてみよう。
投資超過主体は資金を調達するために、本源的証券(債券、株式)を発行。
債券:債務証書で、借り手が貸し手に対して果たす義務を記載した証明書。
債券を保有すると利子を受け取ることができる。
通常2つの価格がついている。
額面価格・・・満期が来たときに、この価格で償還を受けることができる。
市場価格・・・人々が債券を購入するときの価格。満期前の債券はこの
価格で販売しなければならない。
債券の種類には、国債(国が発行)、社債(民間企業が発行)などがある。
株式:株式会社の持分権を意味し、株式を買う=その会社の所有権を買う
所有者は株主総会に出席し、議決権を行使できる。
企業の利益を配当として受け取ることができる。
次に、金融仲介機関の1つの銀行をみてみよう。
貸し手は証券会社から債券や株式を購入するだけでなく、
銀行へ自分の資金を預けることもできる。
間接証券、預金という。
預金には、いつでも引き出せる流動性預金の当座預金(小切手発行ができる)、普
通預金、一定期間預けることを強制される定期性預金がある。
銀行は預金を集めてまとめ、大きな資金として企業に貸し出しする。
直接金融と間接金融の違いはどこ?
直接金融:
債券や株式の価格は日々変動
→得するときも損するときもある。
→危険性のある株式や社債については貸し手は証券市場を通して
購入
→購入後、発行して企業が倒産した場合は購入者である貸し手に
責任。
間接金融:
銀行は預金を集めてさまざまな企業に貸し出ししているため、
リスクを分散できる。
→株式や債券の購入に比較して安全である。
5.1.2 どのような金融市場が存在するか?
短期金融市場
インターバンク市場:銀行間の取引
オープン市場:短期国債、譲渡性預金、
CPの取引
金融市場
債券市場:社債や長期国債の取引
長期金融市場
株式市場:株式の取引
外国為替市場:外国通貨の取引
金融派生商品(デリバティブ)市場:
スワップ取引、オプション取引といっ
た新しい金融商品の取引
5.2
貯蓄と投資
国内総支出
国内総生産(GDP)
Y
企業によ 政府の消費
および投資
る投資
家計の
消費
=
+
C
+
I
純輸出
+
G
EXーIM
まず、簡単化のために海外と財・サービスの取引のない閉鎖経済を考え
EX-IM=0 とする。
=
Y
C
+
I
+
=
I
(5.1)
)
=
G
C+G を左辺に移項
変形
ー
Y
(Y
ー
C
可処分所得
T
ー
税金
民間貯蓄
)
C
+
ー
(
G
T
ー
G
I
税収入
政府(公的)貯蓄
投資
(5.2)
貯蓄と投資
(Y
ー
C
ー
可処分所得
民間貯蓄
T
)
税金
+
(
T
ー
G
)
=
I
税収入
+
政府(公的)貯蓄
=
投資
この差額がプラス→財政黒字
マイナス→財政赤字
つまり5.2式は、1国の貯蓄と投資が等しくなることを意味し、経済全
体で貯蓄が投資をまかなっていることを示す。
貯蓄と投資
国際的な取引を考慮するとどうなるか.
=
Y
C
ー
Y
C
ー
(Y
ー
C
ー
T
)+ (
(Y
ー
C
ー
T
)
ー
民間部門の資金余剰
+
I
G
=
T
+
I
+
+
ー
(
G
+
I
G
T
+
EXーIM
EXーIM
)
=
ー
G
+
I
)
公的部門の資金余剰
=
EXーIM
EXーIM
=
(5.3)
(5.4)
純輸出
民間部門が資金不足= (Y-C-T)-I<0 で、 輸出=海外からお金を受け取
ること(資金の流入)
公共部門も資金不足= (T-G)<0 ならば
EX-IM<0より、輸出<輸入が成立。
これは何を意味するのか?
輸入=海外へお金を支払うこと
(資金の流出)
したがって、ここでは資金が海外
へ流出していることを意味する。
だがしかし、
民間部門も公的部門も資金に余剰がないため、
輸出を超えて輸入をするための資金は持っていない!
誰がこの海外への資金流出の資金を手に入れているのか?
「海外から借りている」
輸入が輸出を上回っている経済は経済全体での消費が多く、
貯蓄は少なく、また経済全体での投資も大きいので海外から
必要な資金を借りてきて、現在の消費や投資を行う。
5.3
利子率の決定:資金市場
簡単化のためにひとつの金融市場、資金市場というものしか存在し
ないとする。この市場では次の需要と供給が軸になる。
資金の供給=貯蓄超過主体の資金余剰(貯蓄)
 資金の需要=投資超過主体の資金不足(投資)

(Y-C-T)+(T-G)=I
資金の供給
資金の需要
ここでは閉鎖経済を仮定し、これを次のように書くことにする。
Sp+(T-G)=I
民間貯蓄
貯蓄を決定する主体(主に家計)と投資をする主体(主に企業)は異な
るから、いつも左辺と右辺が等しくなるとは限らない。
貯蓄と投資の決定のあり方を考えよう。
5.3.1

家計の貯蓄決定
家計は次のことを守らなければならない。
「予算を超えて消費してはならない」

以下、次の仮定を置く。
1. 財は1種類。
2. 家計は2期間のみ生き、家計は資産を次の世代に
残さない。
3. 貯蓄をするとその貯蓄に一定の利子がつく。この
とき借金をしても同じ利子率が適用される。
このとき家計は次の制約式を守らなければならない。
第1期目
p1c1  s  y1
第2期目
p2c2  y2  a2  i  a2
a a s
2
1
p :第1期の財の価格
p :第2期の財の価格
a :第1期に持っている資産
a :第2期に持ちこす資産
2
1
1
y :第1期の所得
1
s:第1期目に行う貯蓄
i
2
y
:第2期の所得
:名目利子率
2
式の意味を考えよう!
第1期には家計は所得を財の購入と貯蓄の2つに振り分け
ることを示す。貯蓄sは資産を a1 から a2へ増やす。
第2期には第2期に受け取った所得と第1期に貯蓄した資産
の利子と資産 2 を取り崩して消費を行う。
a
第2期では財を次世代に遺さない仮定だったので、消費の
みを行う。
先のスライドの2式から
a
2
を消去する。
(1  i) で割る。 p2 c2  y2  a2
1 i 1 i
p 2 c2
y2
a2  a1  s を代入する。

 a1  s
1 i 1 i
第2期目の両辺を
第1期の予算制約式を使って
s
を消去する。
p 2 c2
y2

 a1  y1  p1c1
1 i 1 i
pc
y
 p1c1  2 2  a1  y1  2
1 i
1 i
両辺を
p1
c1 
で割る。
p2c2
a
y
p
y2
 1 1 2
p1 (1  i) p1 p1 p1 p2 (1  i)
議論を簡単にするために、第1期に持っている資産と各期の実質所得を
一定とする。つまり、
a1
 a1
p1
y1
 y1
p1
y2
 y2
p2
→これらが一定
所得を実質額に変更すると、
p2c2
p2 y2
c1 
 a1  y1 
p1 (1  i)
p1 (1  i)
3.6節のフィッシャー方程式を思い出そう。
p2
1 
1


p1 (1  i) 1  i 1  r
rが利子率だった。ゆえに実質額で制約式を書くと
c2
y2
c1 
 a1  y1 
(1  r )
(1  r )
この式を家計の異時点間の予算制約式と呼ぶ。
c1 
c2
y2
 a1  y1 
(1  r )
(1  r )
この式から次のことがわかる。消費者にとって大切なのは、
初期の実質資産
実質利子率
生涯に得られる実質所得
という物価の変動を除去したもの。
(5.6)式の両辺に1+r をかけて
c
2
c2  (1  r )c1  (1  r )(a1  y1 )  y2
について解くと、
c2  (1  r )c1  (1  r )(a1  y1 )  y2
家計が決定する(家計が選ぶ変数)
c
2
(1  r )(a1 
y) y
1
のは、
2
第1期の消費と第2期の消費。
c
c
利子率は所与。
A
*
2
所得は簡単化のために一定とする。
B
**
浪費家
直線の傾き;-(1+r)
2
y
X
縦軸との交点; (1  r )(a1 
2
0
c
1
c
**
1
ay
1
1
1
さらに特徴的なのは、この直線
が必ず点X (a  y , y )
1
-(1+r)
*
y) y
c
1
を通ること。
1
2
2
家計は予算制約の中で最も満足の得られる消費
パターンを選択する。
例えば点 A のプラン
同じ所得をもつ浪費家ならば、点 B のプランを選ぶ。
(
浪費家は第1期により多くの消費を行うが、第2期には
より少ない消費しかできない。
)
さて、点Aのプランで消費を行うと、貯蓄はどう表せるだろうか。
y
1
 c1
*
ということになる。
したがって浪費家の場合は少ない貯蓄しかできない。
利子率が上がったときに消費パターンはどう変化
するだろう??
c
傾き(1+r)が上昇するので,点Xを軸
に時計回りに回転する。
2
ある家計が貯蓄している場合、両方の
期で消費できる量は増加する。
また、実質利子率は貯蓄することの利
益を意味しており、実質利子率の上昇
は貯蓄を増やす誘引を持つ。
X
c
1
5.3.2
企業の投資決定
・来年(第1年)と再来年(第2年)の2年間にわたる事業の開始
第2年が終了すると事業も解散し、何の残存価値も残さない。
・このために、今年(第0年)に株式を発行して資金集めを開始。
F氏の構想
株主への配当計画
第1年=
d1円、
第2年= d2円
Q;あなたは、この株式をいくらまで購入しますか??
何はともあれ、いくつかのお金儲けの手段の中から
1番儲かるものを選ぶべきですよね。
手段
(1)F氏から株を購入する
or
(2)持っている資金を銀行に預金する
(1) 株の購入
株式を購入して得る額は・・・ d1 + d 2 円
第1年目に獲得した d1 円を銀行に預金すると、以下のようになる。
第1年目
第2年目
銀行
配当金
d1
よって、第2年には、
d1 (1  i)
利子率i
d1 (1  i)
+ d 2 円を獲得できる。
(2)銀行預金
株式を買うときに支払う株式購入代金q円を、第0年に利子率をiとし、銀行に預金すると、
1年後
q
q(1  i )
2年後
q(1  i) 2
この(1)と(2)の方法のうち、より大きな金額を得る方を選ぶべき
q1  i   d1 (1  i )  d 2  株式を購入
2
q1  i   d1 1  i   d 2 株式を購入しない
2
したがって、最大いくらまでの株式価格までであれば購入していいのかというと
q* 1  i   d1 1  i   d2 2
となるまでである。
あるいは、次のように考えることもできる。
q1  i   d1 (1  i)  d2
2
のとき、
株を買いたい人たちで競争が起き、上の等式が成立す
る限り、すべての人が株を買いたいと思っている。
*
q
F氏は1番高い値で売るのが良いので、株式は
ま
で上昇する。
*
この最大の価格 q が企業価値である株価を表す。
ゆえに、q* 1  i 2  d1 1  i   d 2 が成立する。
この式の両辺を
1  i 2
で割ると、
d1
d2
q 

1  i 1  i 2
*
第1年目を 1  i で、第2年目を (1  i)
で割り引くという。
2
で割る操作を利子率
つまり、1年後の1円の価値≠現在の1円の価値
1
= 1  i 円の価値
重要
株価(企業価値)は配当の割引現在価値の和で決
まる。
ここで、企業にとって重要なのは実質値
財の価格の変化を考慮に入れる必要がある。
つまり、価格の上昇率をπで一定と仮定し、実質値に変換してゆく。
まず、財の価格を考慮した式に変換する。
p0
q*
p0
d1
d2
p2
p1
p2


1 i
(1  i ) 2
p1
pi : 第i年の価格
両辺 p0で割ると、
p1 d1
p1 p2 d 2
p0 p1
p0 p1 p2
q



p0
1 i
1  i 2
p
p
ここで、1  1   , 2  1  より、
p0
p1
*
q*

p0
(1   )
1 i
d1
p1
(1   ) 2

d2
p2
(1  i ) 2
d1
d2
q*
p1
p2



(1  i ) 2
p0 1  i
1   (1   ) 2
ここで再びフィッシャ
ー方程式を用いると、
d1
d2
q*
p
p2
 1 
p0 1  r (1  r ) 2
・・・(5.9)式
株主にとっても実質額は大切!この式が1番重要な意
*
q
味を持つ。つまり、経営者は企業の実質価値
p0
を最大にするように行動しなければならない。
企業の行動は実質利子率によって影響を受けること
がわかる。
経営者はどのように投資を決定するのか??
企業の投資には費用がかかる。(Cost)
投資を行うと生産量が増大し、利潤、配当が増える。(Benefit)
ソローモデルを思い出してください。
生産量
配当の限界的な増加分
生産の限界
的な増加
資本1単位の増加
資本
生産関数の限界生産力の逓減
が原因
投資
投資が増えるにつれ、配当の限界的な増加分
は減少する
投資を行う費用
費用の限界的な増加分
投資
投資が増えるにつれ、費用の限界的な増加分
は増加する
費用逓増
どれだけ投資を行うか
配当の限界的な増加分
費用の限界的な増加分
費用の限界的な増加分
A からさらに1単位の投資を行
うとその1単位の投資による
配当の増加分が費用の増加分
を上回ることを意味する。
配当の限界的な増加分
投資
投資
A
A
だけ投資を行ったときは、 配当の限界的な増加分
>
費用の限界的な増加分
さらに投資を行うことで、企業は利潤をたくさん得ることができ、配当が増える。
配当の限界的な増加分
=
費用の限界的な増加分
となるところまで投資を行う。
実質利子率の上昇はどのような影響を企業の投資決定
に与えるか
→高い実質利子率は配当を大きく割り引く。
*
q
p0
d1
d2
p1
p2


1 r
(1  r ) 2
分母の値が大きい
ので右辺はより小
さい値をとる
よって、投資により資本が増加したときも、それによる配当
の増加は低く評価される。
なぜ??
利子率の上昇は
(1)銀行預金の魅力を増す
(2)株式購入の魅力を減らすから
費用の限界的な増加=配当の限界的な増加
となるポイントがより低い投資の水準となり、
実質利子率の上昇は企業の投資を減少させる。
以上見てきた家計の貯蓄決定と企業の投資決定を総合すると
民間貯蓄(資金供給)は実質利子率と正の相関がある。
企業投資(資金需要)は実質利子率と負の相関がある。
これをもとに、資金市場の分析を行おう。
資金市場
r
Sp+(T-G)
一定
Sp+(T-G)
実質利子率
=
I
を思い出そう!!
資金の需要
I
投資水準
資本市場
の均衡
資金の供給
E
r
Sp+(T-G)
*
民間貯蓄
r **
政府(公的)
貯蓄
I
0
資金供給、資金需要
I*
I
**
貯蓄意欲が強い経済では、同じ水準の利子率に対してより多くの貯蓄を家計が行うので、
貯蓄を表す右上がりの線がより右へと位置する。
ここでの投資水準は
I ** で、より大きな投資が実現。
財政赤字が拡大→(T-G)↓→資金の供給は左シフト
r
r
r
'
S p  T  G 
S p  T  G 
'
E'
I
0
'
資金供給、資金需要
I I
実質利子率を上昇させ、投資に回る資金を減らしてしまう。
物的資本の増加が抑制されるので、経済成長を遅ら
せることになる。
注意!!
ここでは財政赤字が膨らんだとしても家計の行動が変化しないと暗黙のうちに
仮定されている。
家計が将来の増税に備えるために現在の消費を減らして貯蓄を増やそうとすれ
ば、Spは増加するので、実質利子率の上昇は緩和される可能性がある。
6章
貨幣と銀行
6.1
貨幣の意味
貨幣が持っている大切な性質
流動性:いつでも好きなときに財と交換できる。
利子はどのように捉えることができるだろうか。
Aさん
貨幣
Bさん
貨幣を受け取る
貨幣(流動性)を手放し、
(BはAに債券を売った)。
Bさんから債券を購入。 債券&利子 Aさんに債券の利子を支払う。
この交換の結果、Aさんにとって流動性を手放す
(売った)ことの対価として利子を得たことになる。
つまり、利子は流動性の価格(プレミアム)
別の言い方では、貨幣保有の機会費用は利子であ
ると考えられる。
では、貨幣の機能(役割)は何であろうか?
1交換手段
2計算単位
3価値貯蔵手段
貨幣の種類にはどのようなものがあるだろうか?
昔・・・商品貨幣:本源的価値を持つ金や銀
今・・・不換紙幣:単なる紙切れ。日本銀行券。
一国にどれぐらいの貨幣が存在するかは経済に重要な影響を与える。
もしも、日本銀行がヘリコプターで、街中に1万円札をばらまいたら・・・
日銀
1万円札のばらまき
経済
現在の100倍の
紙幣
貨幣を手に入れた人は財やサービスの購入に向かうが、すでに存
在している財・サービスの量はすぐに増えるわけではない。
物価の上昇が起きる
インフレーションと呼ばれる持続的な物価上昇が起こる。
このように物価水準と密接な関係を持っている貨幣の機能を果たして
いるものとして何があるだろうか??
大雑把な定義として、
現金通貨と預金通貨がある。
現金通貨(日本銀行券+硬貨)
日本銀行券とは中央銀行の債務
かつての市中(商業)銀行は、金貨や銀貨と交換に自由に独自の銀行券を発行できた。銀
行券の保有者は、それを銀行に持ってゆけば金貨や銀貨と交換できた。すなわち、銀行券
は銀行の債務だった。
しかし、銀行が銀行券を金貨、銀貨の保有量以上に発行していたため、金貨や銀貨の引き
出しが増えたとき、銀行の倒産も起こるため、金融システムが不安定になったので中央銀
行のみが銀行券を発行できるようになった。
日本では当初、日本銀行が保有する金貨、銀貨以上に日本銀行券を発行することは禁じら
れていた。逆に言うと、発行した日本銀行券に相当する正貨(金、銀)を保有することを義務
付けられた(兌換紙幣)
したがって、日本銀行券は日本銀行の負債であった。これを本位貨幣制度という。その後
正貨準備義務は廃止され、不換紙幣が発行されて管理通貨制度へ移行した。しかし、日本
銀行券は日本銀行の負債の項目に現在でも計上されている。
預金通貨(要求払い預金+定期性預金)
これは市中(商業)銀行の債務を意味している。
預金の種類に従って、次のようなさまざまな定義が存在している。
M1=現金通貨+預金取扱機関に預け入れられた預金通貨
当座預金+普通預金
M2=現金通貨+国内銀行に預け入れられた預金
預金通貨+定期預金+外貨預金+譲渡性預金
M3=現金通貨+預金取扱機関に預け入れられた預金
日本銀行はこれらの指標を用いてその政策決定を行っている。
(注)
国内銀行にはゆうちょ銀行は含まれない。
預金取扱機関は国内銀行にゆうちょ銀行、信用組合、労働金庫、
農業協同組合などすべての預金取扱機関を含む。
6.2
日本銀行
日本銀行の目的:物価の安定と金融システムの安定
その最高意思決定機関は政策委員会
日本銀行の業務
(1)発券銀行
(2)銀行の銀行
金融政策の遂行、金融システムの安定性確保(最後の貸し手)
(3)政府の銀行
政府の預金(全国で集められた税金、罰金)、国債の発行、
償還事務
(4)国際関係業務
(5)企業物価指数の作成
日本銀行の組織
「日本銀行は法人とする」(日本銀行法第6条)
政府の組織ではなく、政府が55%、民間45%からの出資で資本金が構成されている。民
間の資金は出資証券という債券を証券市場で売ることで提供されているが、株主総会は
存在しないので、出資しても日本銀行の経営者、総裁を選ぶことはできない。
政府と日本銀行の関係について
日本銀行の行う政策決定は非常に重要なので、政府からさまざまな圧力がかかる。その
ため、中央銀行の政府からの独立性確保が必要になる。
日本銀行の独立性:
1 日本銀行の最高意思決定機関である政策委員会のメンバーは政府と意見
を異にすることを理由として解任されることはなく、
2 政府は日本銀行に業務を命令することはできない。
6.2.1 貨幣の供給:ハイパワード・マネーと貨幣乗数
6.1.1
日本銀行はハイパワード・マネーをコントロールすることにより、
経済の中の貨幣量を間接的にコントロールできる
ハイパワード・マネー(H)とは:
H=現金通貨C+銀行の預金準備R
銀行が家計の預金の引き出しに対応する
ために保有する現金のこと。
一方、日本銀行が指標とする貨幣量(M)は次のように定義される。
M=現金通貨C+預金通貨D(要求払い預金+定期性預金+CD)
貨幣量(M)とハイパワード・マネー(H)との関係
C
1
M CD

 D
H CR C  R
D D
貨幣乗数
(m>1)
M =m H
現金預金保有比率
短期的にあまり
変動しない。
預金準備率
MとHの比は比較的
安定的
この貨幣乗数を用いると貨幣量(M)とハイパワード・マネー(H)の関係
は次のような単純な関係で表せる。
M  m  H,
C
1
m  D
C
R

D
D
1
1
もし日本銀行がハイパワード・マネーをコントロールできれば、そ
の乗数倍の貨幣量が生まれる。
日本銀行がハイパワード・マネーや貨幣乗数をコントロールすることがで
きれば、日本銀行は貨幣量をコントロールできることになる
では、いかにコントロールするのだろうか。
6.1.2
貨幣供給量のコントロール
6.2.2
日本銀行は次の3つの方法でハイパワード・マネー
や貨幣乗数をコントロールする。
i. 公開市場操作
ii. 基準割引率および基準貸付利率操作
iii.法定準備率操作
ⅰ公開市場操作
日本銀行が債券市場で、国債や手形の売り買いを行うことを通じ
てハイパワード・マネーを調節する方法。買いオペレーションと売り
オペレーションがある。
預金準備↑
買いオペレーション
債券
日本銀行
市中銀行
現金
企業や家計に貸し
出す
貨幣量↑
売りオペレーション
債券
日本銀行
預金準備↓
市中銀行
現金
企業や家計に貸し
しぶる
貨幣量↓
ⅱ公定歩合操作(2006年8月10日まで)
公定歩合とは日本銀行が市中銀行に貸し出すときの利子率(手形を割り引く形で貸し
出される)のこと。
公定歩合の下げ(上げ)=市中銀行の資金調達コストの低下(上昇)
=日本銀行からの借り入れが容易(困難)になる
=市中銀行の預金準備増加(減少)
公定歩合の上げ下げを行うことで、市中銀行の資金調達の困難さの度合いを調節して
貨幣量をコントロールする。
90年代前半までは、公定歩合に連動してさまざまな金利が変動していたので、公定歩
合政策の効果は大きいものがあった。
しかし、90年代後半から金利の決定は各銀行に任されるようになり(金融自由化)、公
定歩合操作の政策的効果は限定的になっている。
ただ、日本銀行の政策決定態度はこの公定歩合の水準に表れるので、日本銀行のス
タンスを表明する効果、つまりアナウンスメント効果はあるといわれている。
ⅱ公定歩合操作⇒基準割引率および基準貸付利率
(2006年8月11日以降)
1994年より前は公定歩合に預金金利などの金利が連動していた。つまり、
前のスライドにあったように日本銀行の行う政策に重要な役割を果たし
た。しかし,1994年に金利自由化が完成して以降は金利は市場で決定さ
れることになった。
日本銀行の金利政策目標の目標は、銀行間貸出に適用される無担保コール
レートであるが、公定歩合はこの無担保コールレートの上限としての役
割のみになった。
よって:「公定歩合」には政策金利としての意味合いはなくなった。
日本銀行は、政策金利としての「公定歩合」という用語の使用をやめ、
「基準割引率および基準貸付利率」という用語を使用することとした。
ⅲ法定準備率操作
市中銀行の預金準備率R/Dは、ある水準以上でなければならな
いと定められている。それを法定準備率という。
つまり、
R
 法定準備率
D
M  m  H,
C
1
m  D
C
R

D
D
市中銀行にとって、法定準備率を上回って預金準備を持っていることは無駄に
なるので(あまった資金は貸し出したほうがもうけになるから)市中銀行の預金
準備率は、ほぼ法定準備率に等しい状態になる。
したがって次のような政策効果がある。
法定準備率を上げると貨幣乗数が下がり貨幣量が減る。
法定準備率を下げると貨幣乗数が上がり貨幣量が増える。
法定準備率の変更は銀行の行動基準に大きな影響を与えるのでこの方法は
頻繁には行われない。
第7章
インフレーション
7.1 貨幣とインフレーション
「物価水準が2倍に上昇する」が意味するのは、
「財を購入する際にこれまでの2倍の貨幣が必要」
具体的に考えてみよう。
1個のケーキ
に100円払う
→1個のケーキ
に200円払う
これを逆に貨幣の立場から見ると、
100円で1個のケーキ
を買う
→100円で1/2個のケーキ
を買う
つまり貨幣の実質価値(財で測った)が半分になった
ことを意味している。
したがって、次のように表現することができる。
物価上昇前:1円の価値はケーキ
1/100個
物価上昇後:1円の価値はケーキ
1/200個
一般的に表現してみよう。すると次のように言える:
「物価水準をPとすると、
1円の貨幣の実質価値は(財で測って)1/Pである」
では、実質価値を決めるものは何だろうか??
それはやはり、貨幣の需要と供給である。これらについて、以下の設定の下に
考察していこう。
ⅰ貨幣の供給
貨幣の供給は、公開市場操作などを通じて中央銀行が決めることが完全にで
きると仮定する。
ⅱ貨幣の需要
貨幣を必要とする理由は財との交換のための取引であるとする。
貨幣の需要量に影響を与える要因
10章で必要!!
(a)貨幣の需要に影響を与えるのは名目で測った取引額
(b)貨幣を多く保有することで失う利子収入
名目利子率
(a)名目額での取引が増えると(物価の上昇や生産量の増
加)取引に必要な貨幣量も当然増加する。
→今日の昼食のデザートに食べる
の値段が倍にな
れば、必要な金額、貨幣の量は当然倍になる。
(b)名目利子率の上昇は貨幣ではなく、利子のつく債券を
持っていれば得られたであろう利子収入をあきらめることに
なってしまうので、保有する貨幣量を節約、すなわち保有す
る貨幣量を減らそうとする。
名目GDP
短期
(a)、(b)2つの要因の両方が貨幣需要に影響を与える。
長期
10章
(a)の要因が大きな役割を果たす。
以下では(a)の要因に注目する。
簡単化のために、貨幣需要は名目GDPに比例すると仮定する。
貨幣需要
kY
 kPY 
(1 / P)
名目GDP
 GDPデフレーター ( P)
実質GDP(Y )
貨幣需要と名目GDPの関係の比例定数を
k (定数)
貨幣市場の均衡条件
M  kPY
貨幣の供給
or
貨幣の需要
*簡単化のため、実質GDP(Y)は
変化しないとしている。
左辺の貨幣供給量
は一定なのでグラフ
は垂直線になる。
1
P
kY
右辺は(1/P)の反比例のグラフに
M
(1 / P) なる。
貨幣の供給 M
貨幣市場の均衡
1/ P*
E
貨幣の需要
貨幣の需要・供給
中央銀行の政策の結果、貨幣量が増加したとする。例え
ば、中央銀行が債券の買いオペをしたとしよう。
すると、貨幣市場の均衡条件は次のように変化する。
増加前の貨幣市場:
増加後の貨幣市場:
M  kPY
M   kP Y
この2つの式の辺々を引くと、
M   M  kY ( P   P )
両辺を増加前の貨幣市場の需給均衡式 M  kPY
で割ると次の式に変形できる。
M   M kY ( P   P )

M
kPY
M   M P  P


M
P
貨幣の変化量÷変化 物価の上昇率
前の貨幣量より、
貨幣の増加率
つまり、貨幣供給の
増加率にインフレ率
が等しくなっている。
すなわち、中央銀行
が貨幣量を増やすと
インフレが起きる。
教科書のグラフをよ~くみよう。
図7-2 貨幣供給量と消費者物価指数
図7-3 貨幣供給の増加率と消費者物価指数の変化率(インフレ率)
この2つの間に深い関係があることがわかる。
7.2
貨幣鋳造権
異常に高率のインフレーションをハイパー・インフレーションと呼
ぶ。なぜ、このようなことが起きるのか?
なぜ、中央銀行は物価の番人の役割を果たせないことが起きるのだ
ろうか?それは政府との関係にある。
政府が必要とする資金は税収によってまかなわれるが、税収だけで
は資金が足りないとき、政府は国民からお金を借りることになる。
これだけで十分でないとき、さらに外国から多額の資金を借りる必
要がある。
しかし、ある国が多くの資金を借金に頼るようになると、国民や外
国の資金提供者は資金が返済されるかどうか不安になり、政府が借
金により資金を調達することは困難になる。
この場合に最も簡単な方法が中央銀行からお金を借りるという
手段、つまり、紙幣を増刷するということ。
この貨幣鋳造権(シニョレッジ)といい、次のように定義される。
財政赤字= M   M
この両辺を物価で割って実質値に変換し、少し変形をすると、
M M
実質財政赤字(貨幣鋳造権)=
P
M  M M

M
P
また、M  kPYを使うと貨幣鋳造権は次のように変形できる。
M M M
実質財政赤字(貨幣鋳造権)=
M
P
kP Y  kPY M

kPY
P
P  P M

P P
M

P
ここで、
 はインフレ率
この式は、
貨幣を保有しているものにインフレ率分の税率をかけた
分の税収を徴収して財政赤字をまかなっているのと同じ
ということ。
これをインフレ税という。
フィッシャー方程式: 1  r 
1 i
1 
を書き換えると、
1  i  (1  r )(1   )
この式から、インフレ率が高くなると名目利子率も高くなることが分かる。こ
れをフィッシャー効果という。
この結果の意味:名目利子率は貸し手が資金を借り手に貸すときの条件
で、インフレが発生しているときに、低い名目利子率で貸すと返済時点の
返済額で買うことのできる財の量が減ってしまう。すると、インフレ率が高
いときは高い名目利子率で貸さないと受け取ることのできる実質額の利子
が減るので損をすることになる。
したがって、インフレ率が高いときには名目利子率も上昇する。
逆に、名目利子率が低い値に固定されてしまうと、インフレ
率はマイナスになりインフレの反対にデフレが発生すること
になってしまう。
フィッシャー方程式で名目利子率を0にしてみよう。
1 r 
1
1 
という式が成立する。
実質利子率がプ インフレ率がプラスで
ラスであれば、左 あれば、右辺は1より
辺は1より大きい。 小さくなる。
実質利子率がプラスである限りインフレ率はマイナスになる。つまり、インフレの
反対のデフレが発生していることになる。
日本銀行は1999年からゼロ金利政策、量的緩和政策を行っている。(2006年2
月にゼロ金利政策は解除)このため金利水準はいまだに低い。名目利子率が
低く抑えられている限りデフレ(物価水準の低下)から逃れられないということに
なる。
これをデフレの罠という。
7.4
インフレーションのコスト
インフレーションの弊害にはどのようなものがあるか。
1.予想されたインフレーション(7.4.1-7.4.4)
2.予想されないインフレーション(7.4.5)
7.4.1
靴底(shoe leather)コスト
インフレによる通貨価値の下落を防ぐ方法は、手元の貨幣
保有量をできるだけ減らすこと。
そのために、私たちは次の点に注意しなければならない。
(a)できるだけ債券を保有し、頻繁に証券会社に通うこと。
(b)他の国の通貨(より安定した価値を有するアメリカのドル通貨のよ
うなもの)で外貨預金として保有し、必要なときに自国通貨に変換す
る。そのためにはやはり(a)と同様、銀行に頻繁に行く必要がある。
このように頻繁に銀行に行くことで靴底が磨り減ってしまうコストを
靴底コストという。実際には、銀行に頻繁に行くことによる煩雑さや
時間のロスをさす。
7.4.2
メニュー・コスト
インフレーションが起こると、企業は購入している原材料の価格の変
更に伴い自分が生産している財・サービスの価格を変更することを余
儀なくされる。
これに伴い、企業は購入者に生産物の価格を知らせるためのメニュー
やカタログに書かれている価格を書き換える必要が生じる。
このようなコストをメニュー・コストという。
7.4.3
相対価格の変動による資源配分の乱れ
インフレが発生したとき、すべての財・サービスの価格が同じペース
で上がってゆくわけではない。
企業は多くの投入物の中からできるだけコストが少なくなるような原
材料などの投入の組み合わせを考え、安いコストでできるだけ多くの
もうけ(利潤)を得ようとする。
消費者も多くの購入物の組み合わせで最も支出が少なくなるようにし、
できるだけ少ない支出でできるだけ大きな満足(効用)を得ようとす
る。
さまざまな財の価格が日々変動することは財・サービスを購入する消費者
や企業にとって、「どのような財・サービスを購入するか」という判断を
困難にさせる。これは市場経済における資源配分(財の購入や生産のあり
方)を混乱させる要因となる。
7.4.4 インフレーションによる税制の歪み
所得に対する課税は、累進課税制が行われている。
名目所得の高い人には高い所得税率が適用される。
物価上昇に伴い、所得が上昇したとしよう。
しかし、所得の上昇は物価の上昇を反映しているだけなので、名目所
得の上昇によって税率が上昇したことで政府に納める税金は増加した
ことになる。
したがって、物価上昇は税負担を重くする。
ここまでは、予想されたインフレーションを見てきた。
しかし、現実にはインフレーションを完全に予想するのは困難。その
ようなときには次のようなコストが加わる。
7.4.5 意図していない実質所得の低下、再分配の発生
予想されないインフレーションのときは、名目的な所得の上昇が、
インフレーションの進行に追いつかないので(例・賃金契約が長期
にわたっている・年金が物価スライド制になっていない)、インフ
レーションはそのような個人の実質的な所得を下げてしまう。
また、お金の貸し借り関係では、債務を負っている個人(借りてい
る人)は実質的な債務額が減少するので得をする。
しかし、債券を持っている人(貸している人は貸している額の実質
的な価値が減少してしまうので損をする。
つまり、インフレーションは債権者から債務者への意図していない
所得の再分配を行っていることになる。