「広域行政の多角的研究」 ~道州制を視野に入れた広域自治 - 千葉県

千葉県職員自主研究グループ論文
「広域行政の多角的研究」
~道州制を視野に入れた広域自治制度に関する各国制度比較と
歴史的経緯の検証~
総合企画部政策推進室 渡邊一之 ・ 総合企画部企画調整課 大島彩乃
環境生活部NPO活動推進課 中村敏彦 ・ 県土整備部都市計画課 平間良子
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はじめに
ても同様であった。一方、州権限や共管権限を列挙する・
しない、立法権と執行権のありかたについては、一様では
我々広域行政研究会は、広域自治体のあり方を問う「道
州制」について研究したいと考えた。このため我々は、①
なかった。
各国制度比較と②歴史的検証の2つの方法論を取り上げ
(3)単一国家にみる分権化の動き
単一国家を採るフランスとイタリアが起点とした中央
て考察することとした。
主権体制は、日本が明治時代に国家を築く礎の一つとなっ
2
各国制度比較
ていた。この章では両国の分権化の歩みを概観する。
近年両国では改革が進められており、その背景として、
(1)各国制度の比較考察に係る視座
近年、我が国においては、「国力の持続・発展」という
ともに欧州連合(以下EU)加盟国であることがあげられ
観点から、中央と地方政府の再構築についての議論が始ま
る。EUでは財政均衡や安定成長に立脚する経済統合を目
っている。この問題を検討するにあたっては、地方の行政
指しており、各加盟国へ対GDP比で財政赤字 3%以内、
活動に係る国の関与のあり方全般について、十分に議論さ
債務残高 60%以内とする経済収斂基準を課している。一方
れる必要がある。このため、どのような改革メニューが選
で、文化も規模も違う国々が広く恩恵を受けられるよう構
択し得るのかについて、諸外国の制度を比較することで包
造政策が採択され、地方団体への支援が行われている。従
括的に検討することとした。
って経済収斂基準を満たしていないフランスとイタリア
各国比較を行う第一の理由は、客観的な評価を行うため
は、財政赤字是正や地域経済活性化を図る必要があった。
であり、第二の理由は、因果関係を特定するためである。
はじめにフランスをみる。現在地方団体は三層構造とな
都道府県を超えた広域行政体との比較の対象としては、
っており、基礎自治体であるコミューン、広域レベルの県、
さらに広域な行政サービスを行う州が存在している。構成
連邦各国における州を対象とした。
また先進7カ国中、連邦制をとっていないフランス・イ
人口の少ないコミューンが大半という現状に対し、行政基
タリアについては直近の分権化の歩みについて概観した。
盤の強化や事務効率化を図るため、合併ではなく、必要な
(2)
業務に対して他のコミューンと共同体をつくる広域行政
連邦国家における分権制度
組織が発展してきた。歴史を遡ると、1980 年代より法律
連邦制を選択した国家が「なぜ連邦制をとったのか」に
による地方分権化が進められた。2003 年には憲法改正が
ついては、
「統合要因」と「権力非集中要因」の双方が存
行われ、「フランスの組織は地方分権的とする」との条項
在している。これらの要因については、どちらか一方では
なく、一つの国に双方の要因が存在し、それぞれの要因は、
連邦国によって相対的に強弱がある。またどのように権限
が加えられた。そして、欧州地方自治憲章第 4 条第 3 項の
「公的な任務は、一般に、市民に最も身近な行政主体に優
先的に帰属するべきである。他の行政主体への権限配分は、
分割されるかは、各国の事情によって異なっている。制度
任務の規模と性質及び効果性と経済性を考慮して行うべ
として連邦制であったとしても、必ずしも「分権的」国家
きである。」とする補完性の原則を憲法へ導入した。つま
となっているわけではない。
り個人ができることは個人が、実現不可能なことを地域社
このような連邦国家の憲法における分権のかたちにつ
会といった小さな単位が、さらに小さな単位で不可能なこ
いて、「立法権の分割を明記」、「連邦権限の列挙」、「州権
とを市町村などの大きな単位が順に補完する秩序原理で
限の列挙」、
「共管権限列挙」、
「共管権限分野を認知」、
「立
ある。これらの憲法改正を受け、2004 年には自主財源強
法権と執行権をセットで分割」、
「立法権は連邦、執行権は
化を目的とした「地方財政自治組織法」と、さらなる国か
州に分割」のパターンにわけて整理した。連邦憲法におけ
らの権限移譲が盛り込まれた「地方の自由と責任法」が成
る立法権の分割は共通であり、また連邦権限の列挙につい
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立した。
て「結果の平等」から「機会の平等へ」と、教育の充実を
またフランスでは、どの省庁にも属さない地方財政委員
国家政策として図り、地域間経済格差を財政調整によって
会が設置され、財源をどのように配分していくのか、国と
埋めるのではなく、国民一人一人の初期条件を平等化して、
地方の議論の場が持たれている。
各個人の所得を高めるという政策により、財政出動をでき
様々な法改正により分権化を進めるフランスだが、憲法
るだけ小さくしていこうとする試みが参考になる。
上の地方自治体ではない広域行政組織の位置付けや、権限
に伴う税源移譲など、各自治体が納得できる改革が求めら
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れている。
(1)都道府県の性格
次にイタリアは、フランスと同じく三層制になっており、
基礎自治体のコムーネ、県、州から成り立っている。統一
我が国制度の変遷
都道府県は、戦前は国の総合出先機関(普通地方行政官
庁)と地方公共自治体という二面性を兼ね備えていた。戦
されてから歴史が浅く地域への帰属意識が強いため、当初
後は地方公共団体としての性格のみとなった。
は中央集権を強化する動きがあった。しかしEU通貨統合
への参加が国民的な命題となっていたため、1990 年代に
(2)都道府県の変遷
入り急速に分権化が行われた。1999 年には州に関する制
度改正、2001 年には地方制度全般に関する憲法改正案が、
◆都道府県の区域
都道府県の現在の区域は100年以上変更されていな
それぞれ国民投票によって承認された。これらにより補完
性の原則が明記され、地方団体への権限移譲が進められた。
い。廃藩置県の時点においては、三府三〇六県の府県が設
置された。その後、この数は減少し明治12年には三府三
一方財政面では、国が地方の支出に対してシーリングを掛
六県までに減少した。明治22年に香川県が設置された。
けることができ、地方団体が決められた中で予算を執行し
これにより現在まで続く都道府県の行政区域が概ね確定
ていく制度となっている。
した。この後、1943年に東京都、1946年に北海道
近年イタリアでは南北の経済格差を受け、豊かな北部が
が設置され、1972年に沖縄県が復帰することによって
連邦制を強く求めており、2006 年に将来の連邦制を視野
現在の47都道府県になった。
にいれた憲法改正の国民投票が行われた。この改正は否決
◆地方制度
されたが、いまだ分権への議論は続いており、これからの
明治21年の市制町村制と明治23年の府県制、郡制の
動きに注目したい。
それぞれの施行により、地方制度は二層制と三層制が並立
する制度となった。
(4)各国制度の比較考察
郡制については1923年に選挙制が廃止され、国の出
日本国憲法第 92 条では「地方公共団体の組織及び運営
先機関たる郡役場のみが残された。これも1925年に廃
に関する事項は、地方自治の本旨に基いて、法律でこれを
止され、地方制度は二層制に統一された。
定める。」とされており、地方自治は制度上、存在してい
◆昭和平成の大合併
る。と同時に、
「地方の運営については、中央が(法律で)
定める。」という大前提があり、我が国における地方の自
①明治の大合併
・基準
由度は、限定されたものなっている。
明治21年に市制及び町村制を施行したのにあわせ、内
一方、アメリカ合衆国憲法では、地方団体の制度に関す
務大臣訓令で町村合併標準を示した。これに基づき各地方
る規定は、そもそも置かれておらず、また、フランスでは
長官に町村合併の推進を指示した。その結果、町村合併が
2003 年 3 月に憲法が改正されて①憲法第 1 条に共和国の
進められ、町村数は、明治21年末の71、314から明
地方分権化に関する一文が追加され、②補完性の原則が規
治22年末には15、859(39市を含む)となり、約
定され、③地方団体の財政自主権の強化の規定が置かれた。
憲法によって地方に配分された権能は、確固たる法源によ
5分の1に減少した。
②昭和の大合併
る権能である。このように権限が明確に列挙されている連
「町村合併促進法」では、人口8千人を基本単位とした。
邦憲法や、フランス等の憲法は「分権的」であるが、日本
この結果、1953年に9、868であった市町村数は1
国憲法は分権的とはいえない。
956年の法律失効時には3、975までに減少した。
このため我が国において地方分権を推進しようとする
③平成の大合併
ならば、連邦各国やフランス憲法などを参考に、補完性の
1995年に改定された「市町村の合併の特例に関する
原則をとりいれるべきではないだろうか。
法律」では、合併特例債制度などが盛り込まれ合併論議が
また、地域間経済格差調整については、イギリスにおい
加速されることになった。この結果、1995年に3、2
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34あった市町村は2007年3月までに1、804市町
村まで減少することとなった。
(3)税財政の中央集権のプロセス
参考文献
◆1940年以前の税財政制度
・赤井伸郎
①税
・猪口孝
基本的に間接税中心の国税制度。国税収入の2/3が間
他「地方交付税の経済学」
(2003)有斐閣
他「[縮小版]政治学辞典」(2005)弘文堂
・岩崎美紀子「分権と連邦制」
(1998)ぎょうせい
接税。地方税は国税の付加税と独立税から成り立っていた。
・岩波祐子「イタリア 2006 年憲法改正国民投票~改正案の概要
前者の裁量性は大きく、後者は自主決定していた。
と国民投票までの道程~」(2006)参議院常任委員会調査室・特
②財政
国の一般会計に占める地方への移転比率は1900年
別調査室「立法と調査」
で1.9%、1930年で5.4%。地方財政に占める国
・自治・分権ジャーナリストの会編「フランスの地方分権改革」
からの移転比率は1930年代でおおむね10%前後で
(2005)日本評論社
推移している。
・地方自治制度研究会編集
◆1940年の税制改革
松本英昭監修「道州制ハンドブック」
(2006)ぎょうせい
①税
直接税中心の税体系に変更。これにより直間比率は0.
5から1に変化した。また源泉徴収制度が導入された。現
・出井信夫・衆議院総務委員会調査室編「説
地方財政データブ
ック」(2005)学陽書房
在までの税制度の骨格ができる。
・土居史郎「地方分権改革の経済学」(2004)日本評論社
②財政
・土居史郎「政学からみた日本経済」(2002)光文社
地方税制調整交付制度が導入される。地方税は国税の付
加税とされ標準率が規定される。この制度改革により地方
・トーマス・クーン「科学革命の構造」
(1971)みすず書房
財政に占める国からの移転比率は20%に上昇し、戦後4
・林正義他「単一国家における分権改革―フランス、イタリア、
0%台まで上昇することになる。
イギリスにおける改革と財政規律―」(2007.1)財務省財務総
合政策研究所
3.おわりに
Discussion Paper Series(No.07A-02)
・比較地方自治研究会『平成17年度比較地方自治研究会
調査
都道府県を越える一定の地域をブロック化し、それぞれ
研究報告書』財団法人自治体国際化協会
に自立した経済圏を作る、という理屈は、驚くほど市町村
合併の論理と似ている。しかしながら道州制を議論するに
・森田朗
あたっては,その導入が国家制度の抜本的な改革にもつな
・山口二郎『ブレア時代のイギリス』(2005)岩波書店
がる事であるため,その効果と副作用の両面から検討し,
それを真に国民は是とするのか、という本質的な問いに答
他「分権と自治のデザイン」
.(2003)有斐閣
・財団法人自治体国際化協会
「フランスの新たな地方分権 その1」(2003)
えなければならないだろう。
「フランスの新たな地方分権 その2」(2005)
道州制の是非については,自治体職員が判断できるレベ
ルの問題ではないものの,地方自治にたずさわる一員とし
「フランスの広域行政-第4の地方団体-」(2005)
て,その議論の糸口を掴むため,第1部で各国の制度を、
「欧州から見たフランスの地方分権改革」(2006)笹川日仏財団
第2部で我が国の地方制度の変遷を見てきた。
講演会(共催:(財)自治体国際化協会)
今回,都道府県を越える広域的な行政を考察するために
「イタリアの地方自治」(2004)
行った歴史的検証と各国制度比較は、いわば地方制度を時
間軸と空間軸の2つの軸で重層的に解析しようとする試
「ニューヨーク州地方自治ハンドブック」(2006)
みである。結果的にそれぞれの検討整理に時間が割かれ、
・財政制度等審議会財政制度分科会
2軸を重ね合わせる作業を図る時間がほとんど取れなか
った。この点は時間不足と我々の力不足の結果であるが、
何分業務の間を縫っての自主研究であるので、ご理解をい
ただき,研究の不足している点についてご助言いただけれ
ば幸いである。
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海外報告書(2006.8)