5 金融システム

5 金融システム
2006年度「企業論」
川端 望
1
5-1 間接金融システム
2
直接金融と間接金融
経済学上の意味 日常用語の意味
直接金融
資金不足主体が本源的証券
(国債、地方債、株式、社債、
CPなど)を発行し、資金余剰
主体がそれを買って資金を提
供する。
証券会社のサービスで仲介さ
れる資金の流れ
間接金融
金融機関が一方で間接的証
銀行等のサービスで仲介され
る資金の流れ
券(預貯金、金融債、保険証
書など)を売却して資金調達し、
他方で資金不足主体の発行
する本源的証券を購入して資
金を提供する。
 投資信託は経済学上は間接金融だが、日常用語では直接
金融
3
企業と個人の間の金融取引にかかる取引費
用
 審査コストを高める不確実性・複雑性・限定合理性
投資プロジェクトの将来収益予測の困難
プロジェクト期間中に生じる事象に関する予測の困難
 監視コストを高める情報の非対称性
提供した資金は、収益を生み出すように用いられているか
どうかの監視の困難
 流動性を犠牲にする取引の少数性
資金の固定化
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金融仲介機関による解決(間接金融)
 銀行による審査と監視
個人が企業を審査・監視するコストの削減
 預金保険制度
個人が銀行を審査・監視するコストの削減
 金融当局による銀行の監督
銀行のモラル・ハザード防止
 審査・監視コストへの対処
支払い準備を預金に依存するため長期金融が困難→短期
金融に特化
財務制限条項の設定
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証券市場による解決(直接金融)
 請求権の証券化・証券市場形成による流動性の確
保
市場での評価による不確実性の減少
市場での評価による監視コストの削減
証券の売却による流動性確保。取引少数性の回避
 審査・監視コストへの対処
ディスクロージャーと格付け
証券の流動性により長期金融も可能(株式・社債)
 投資銀行が仲介
株式の場合、株主は売却による退出(exit)だけでなく発言
(voice)も可能(次章)
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銀行の本質は審査・監視の組織的解決では
ないDO
 銀行の本質は信用貨幣を創造して現金取引のコス
トを節約することにある→信用による資本主義の発
展
 銀行成立の2契機
支払い決裁システム
信用の普遍化(商業信用→手形割引→銀行券で割り引き)
 銀行は通貨を創造する
債務証書としての銀行券→発券集中により中央銀行券に
貸し付けることによる預金通貨の創造
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銀行の機能に関する注意DO
銀行だけが通貨を創造できる
貸し付けることによって預金通貨を創造する
→貯蓄不足を間接金融優位で補う可能性
直接金融であっても銀行と無縁なわけではな
い
決済には銀行の口座を使うので、株式・社債で資
金調達しても銀行から資金が流出するわけではな
い。
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金融取引の形態
直接金融システ
ム
間接金融システ
ム
問題の市場的解 外部コントロール 短期資金・商業
決
(証券売却・格付 銀行
け)
問題の組織的解 内部コントロール 長期資金・メイン
決
(株主の経営関 バンク
与)
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間接金融優位・メインバンクシステムの日本
 企業の負債構成から見ると、借入金による資金調
達の比重が高い(テキスト図5.1、5.2)
 メインバンクとは何か
和製英語で、企業にとっての主力銀行であるが、厳密な定
義はない。
 取引銀行の中で融資量が最大である銀行
 社債発行を引き受け受託する銀行
 外債発行を受託する銀行
 取引銀行の中で預金シェアが最大である銀行
 当該企業の株式を保有していることもある
 当該企業が決済勘定を持つ銀行であることが多いと言われる
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日本のメインバンク・システムの場合
銀行が長期金融も担う:資本市場の未発達
のもとでの代替
短期貸し出しの借り換え(ロールオーバー)
審査と監視(モニタリング)コストはどうする
か?
TCEの回答:メインバンクがモニタリングを行う
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戦後日本の金融システム(1)(日高[2005]等
を参照)
敗戦による経済的疲弊、戦時・戦後のインフ
レによる資産蓄積水準の低下→直接金融の
困難
市中銀行+専門金融機関+政府系金融機
関による金融
市中銀行:短期貸し付けの借り換え(ロールオー
バー)で長期貸し付け
日本開発銀行:財政投融資計画による政策金融
長期信用銀行(長銀、興銀):金融債を発行し、長
期金融
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戦後日本の金融システム(2)
 メインバンクは自生的システムだが政府規制を背景としてい
る
 雇用システムやサプライヤー・システムとの違い
 銀行業界の参入規制
 参入させず、つぶさない
 人為的低金利政策
 金利規制による銀行の利ざや保証
 銀行は貸し出し拡大・預金量拡大
 起債調整
 金融債に優先的に起債枠を確保
 市中銀行の金融債引き受け
 低金利の金融債引き受けは市中銀行には不利
 金融債を担保とする日銀貸出で流動性確保
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1990年代以後の企業金融の転換
企業の資金調達に占める借入比率の減少と
内部資金比率の増大(図5.3)
銀行融資の縮小
内部資金比率の増大。経済の成熟・停滞
金融システムの機能不全
ゼロ金利・量的緩和をやっても大企業は金を借りな
い
中小企業・ベンチャー企業の資金調達は苦しい
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5-2 メインバンクシステム
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銀行による長期資金供給に伴う問題
流動性のない長期貸し出しに伴うリスク
短期の預金と長期の貸出の矛盾
貸出資金の長期固定化
預金は引き出される可能性
日本経済が高度成長したということは、この
問題は銀行によって解決されていたのか?
メインバンクによるモニタリング(審査・監視)説
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メインバンクによるモニタリング説(1)
協調融資
複数の銀行が,幹事銀行を中心に貸出金額・貸出
分担割合(協融シェア)・貸出条件などを協定して
貸出を行う
メインバンクが幹事銀行となる
メインバンクは、他の銀行にかわって貸出先
企業のモニタリングを行う
モニタリングの重複を防ぎ、金融システム全体とし
てのモニタリング・コストを削減
メインバンクは、モニタリング・コストを負い、メイン
バンク・レントを得る
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メインバンクによるモニタリング説(2)
 3つの段階のモニタリングをメインバンクが実行
事前段階
 資金調達を希望する企業の返済能力や将来性を審査
中間段階
 資金を調達した企業の経営パフォーマンスを監視
事後段階
 企業の投資プロジェクトの結果を確認し、必要であれば経営
陣にペナルティを加える
 モニタリング能力の経済的基礎:決済口座の管理
メインバンクと他行との間での情報の非対称性
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メインバンクによるモニタリング説(3)
 メインバンク・レントの内容と背景
融資以外の業務の獲得(社債受託、為替業務、社員の預金
背景には銀行の参入制限、低金利維持という政府の規制
(いわゆる護送船団方式)
 状態依存型ガバナンス
メインバンクは貸出先の経営が好調ならば経営に関与しな
い(経営権は内部者に)
経営危機に陥ると役員を派遣する(経営権は外部者に)
再建のための追加融資などのリスクを負いながら救済に動
く
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メインバンクのモニタリングをめぐる諸説(1)
 モニタリング説はTCE・ゲーム理論の見地から整合
的な枠組みとして提示された(青木[1995]、青木・パ
トリック 編[1996]など)
 モニタリングを有効とする見解の例
メインバンクと密接な関係を持つ企業は、金融危機に
陥ったときに銀行の救済が入り、危機後の投資は活発
になる(星[1994=1995])
高度成長期から1970年代、特に石油ショック後には状
態依存ガバナンスが機能した(宮島[2005]など)。ただ
し、その後はそうは言えない
興銀の化学メーカーに対する経営介入が機能した(岡
崎・加藤[1998])
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メインバンクのモニタリングをめぐる諸説(2)
DO
 モニタリングの有効性を否定する見解の例
 メインバンク関係は1970年代も80年代も企業の付加価値生産性
の増加率にプラスの影響を与えていなかった(堀内[2002])
 製造業企業の経営効率はメインバンク関係ではなく海外からの競
争圧力によって向上した(花崎・堀内[2000=2005])
 メインバンクは高度成長期鉄鋼業と石油化学工業に対して収益
性を尺度とするモニタリングをせず、生産規模拡大を促進した(日
高・橘川[1998])
 銀行自体のモニタリングに関する見解
 1980-90年代に銀行、保険会社、非金融法人の所有比率が高い
ほど貸出伸び率が高い。80年代は業績も悪い。主要大株主は銀
行を適切にモニタリングしていなかった(花崎・Yupana
Wiwattanakantang・相馬[2005])
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メインバンクのモニタリングに関する諸説
(3)DO
 総じて二つの傾向がある
1970年代までは有効だったが、金融自由化とバブルにより
有効性が低下した
 バブル期以後モニタリングが無効であることはほぼ一致
もともと有効ではなかった
 有効性否定説は1970年代までの金融システムをど
うとらえるか
貸出の量的拡大、企業の生産規模・売上規模拡大を促す金
融システムであり、それが結果として成長につながった
 銀行は監視でなくセールスのため企業と関係を持った
モニタリングではなく企業間競争で効率が促進された
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金融自由化とバブル経済
金融自由化と銀行への影響
金利規制の撤廃→利ざや圧迫
資本市場の規制撤廃→資金調達の銀行離れ
市中銀行・長期信用銀行の融資先転換
製造業→流通、サービス、建設、不動産
土地担保融資の継続(審査機能の低下を代替)
→バブル崩壊による不良債権化と銀行経営危
機
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金融当局の機能低下
 護送船団論からの転換の遅れ
 論理転換の遅れ
 銀行にレントを保証する(参入させずつぶさない)
↓
 金融システムの健全性(個々の銀行は潰れることもあるがシステムを維持)と競
争の公平性を監督
 問題先送り
 銀行は地価の回復を期待したため不良債権処理が遅れた。金融当局もこれを見過ごし
た
 BIS規制(自己資本比率規制)の影響
 銀行の総資産抑制策:貸し渋り
 不動産、流通等不良貸付先への追い貸し←→新規融資の制約
 公的資金投入のタイミング遅れ
 自己責任論で対応可能な事態ではなかった
 システミック・リスク論は経営責任明確化の議論がないため、信用されなかった
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メインバンクと他のシステムの違い
政府規制を背景としていたことからくる脆弱
性
メインバンクと企業の関係は、雇用システム
やサプライヤー・システムほど濃密ではな
かった
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5-3 金融システムの行方
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金融システムの転換
銀行融資はほんらいの短期資金にシフトする
どのようなシステムに変化するか?
リレーションシップ・バンキング?
中小企業金融の問題
新たにどのような直接金融システムができる
か?
ベンチャーファイナンスの問題
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中小企業金融の場合:法人と役員個人のあ
いまいさから来る企業行動(東谷[2003])
法人と個人の関係のあいまいさの二面性
一方では、資産の区分のあいまいさを批判される
他方では、債務の個人保証を要求される
独特の資金構造
内部留保を蓄えずに役員・社員の報酬として分配
必要なときは役員が出資する
運転資金を銀行が融資し、ロールオーバーする
大企業と同じ基準では、これらが一律に不透
明、問題債権となってしまう
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ベンチャー企業:株式によるリスクマネーの
必要性(大滝・西澤編[2003])
 ベンチャーファイナンスには、高い審査能力を伴っ
た、株式による金融が不可欠
IPOまで成長する確率が低い
一定期間はキャッシュフローが生じない
「死の谷」の存在
 銀行融資では不可能→新システムの構築
ベンチャーキャピタルとこれを支えるシステム
 リスク・マネジメント、審査能力、知的財産、技術者の確保と経
営者の確保
産学連携のシステム
 マッチング、知的財産、利益相反、非営利と営利
株式市場に極度に依存するシステム
 投機化を伴いながら成長産業が評価される
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主要参考文献(1)
 青木昌彦[1995]『経済システムの進化と多元性』東洋経済新報社。
 青木昌彦・ヒュー=パトリック編 [1996] (東銀リサーチインターナショナル
訳)『日本のメインバンク・システム』東洋経済新報社。
 大滝義博・西澤昭夫共編[2003]『バイオベンチャーの事業戦略』オーム
社。
 岡崎哲二・加藤健太[1998]「メインバンク・システム」(伊丹敬之・加護野
忠男ほか編『ケースブックブック日本企業の経営行動1 日本的経営の
生成と発展』有斐閣)。
 花崎正晴・堀内昭義[2000=2005]「日本の金融システムは効率的だった
か?」(伊丹敬之・藤本隆宏ほか編『リーディングス日本の企業システム
第2巻企業とガバナンス』有斐閣)。
 花崎正晴・Yupana Wiwattanakantang・相馬利行[2005]「金融危機を生
んだ構造」(東京大学社会科学研究所編『「失われた10年」を超えてI:経
済危機の教訓』東京大学出版会)。
 東谷暁[2003]『やはり金融庁が中小企業をつぶした』草思社。
 日高千景[2005]「金融システムと産業金融」(工藤章・橘川武郎・グレン
=D.=フック編『現代日本企業 企業体制(上)』有斐閣)。
30
主要参考文献(2)
 日高千景・橘川武郎[1998]「戦後日本のメインバンク・システムとコーポ
レート・ガバナンス」『社会科学研究』第49巻第6号、東京大学社会科学
研究所、3月。
 星岳雄[1994=1995]「企業集団とメインバンク制度」(青木昌彦・ロナルド
=ドーア編、NTTデータ通信システム科学研究所訳『国際・学際研究 シ
ステムとしての日本企業』NTT出版)。
 堀内昭義[2002]「日本の金融システム」(貝塚啓明・財務省財務総合政
策研究所編『再訪日本型経済システム』有斐閣)。
 宮島英昭[2005]「状態依存型ガバナンスの進化と変容」 (伊丹敬之・藤
本隆宏ほか編『リーディングス日本の企業システム第2巻企業とガバナン
ス』有斐閣)。
 マーク・シャー[1997=1998](奥村宏監訳)『メインバンク神話の崩壊』東
洋経済新報社。
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