クローン病 〔CD : Crohn’s disease〕 齊藤 詠子氏 東京医科歯科大学消化器内科 ■ 疾患概念・定義 ■ 疫学 ■ 病因 ■ 症状 ■ 診断基準 ■ 診断の実際 1 疾患概要 ■ 概念・定義 クローン病(Crohn’s disease: CD)は消化管の慢性肉芽腫性炎症性疾患であり、発症原因は不明であるが、免疫異常などの関与が考えられる。 小腸、大腸を中心に浮腫や潰瘍を認め、腸管狭窄や瘻孔など特徴的な病態を生じる。 ■ 疫学 主として若年者(10 代後半~30 代前半)に好発する。 年々増加傾向にあり、わが国の CD の有病率は最近 15 年間で約 4 倍に増加、患者数 3 万人以上と推測され、日 本では 1.8:1.0 の比率で男性に多い。現在も増加している と考えられる。 ■ 病因 原因はいまだ不明であるが、遺伝的素因と食事などの環 境因子の両者が関与し、消化管局所の免疫学的異常に より、慢性の肉芽腫性炎症が持続する多因子疾患である。 喫煙が増悪因子とされている。ほかに長鎖脂肪酸、多価 不飽和脂肪酸、精製糖質の過剰摂取などが増悪因子と して想定されている。 ■ 症状 主症状は腹痛(70%)、下痢(80%)、体重減少・発熱(40 ~70%)である。 肛門病変は CD 患者の半数以上にみられ、先行する場合 も多い(36~81%)。検査値の異常として、炎症所見(白 血球数、CRP、血小板数、赤沈)の上昇、低栄養(血清総 蛋白、アルブミン、総コレステロール値の低下)、貧血を 示す。 ■ 分類 正しい治療を考える上で、病変部位、疾患パターン、活動度・重症度の把握が重要である。病変部位は小腸型、小腸大腸型、大腸型の 3 つに大きく分類さ れる。日本では小腸型 20%、小腸大腸型 50%、大腸型 30%とされている。 疾患パターンとして炎症型、狭窄型、瘻孔形成型の 3 通りに分類することが国際的に提唱されている。 さらに疾患活動性として、症状が軽微もしくは消失する寛解期と、症状のある活動期に分けられる。 重症度を客観的に評価するために、CD 活動指数 CDAI(表 1)、IOIBD などがあるが、日常診療に適した重症度分類は現在のところまだないため、患者の 自覚症状、臨床所見、検査所見から総合的に評価する。 ■ 予後:CD は再燃、寛解を繰り返し慢性に経過する疾患である。病初期 は消化管の炎症が中心であるが、徐々に狭窄型・瘻孔型へ移行し、手術 が必要となる症例が多い。 2000 年に提唱された CD の分類法であるモントリオール分類(表 2)では発 症時年齢、罹患範囲、病気の性質により分類されている。病型や病態は 罹患期間により比率が変化し、Cosnes 氏らは診断時に炎症型が 85%であ っても、20 年後には 88%が狭窄型から瘻孔型へ移行すると報告してい る 。 累積手術率は発症後経過年数とともに上昇し、生涯手術率は 80%以上に なるという報告もある。海外での累積手術率は 10 年で 34~71%である。 わが国の累積手術率も、10 年で 70.8%、初回手術後の 5 年再手術率は 16~43%、10 年で 26~67%と報告されている。とくに瘻孔型では手術率、 術後再発率とも高くなっている。 死亡率に関しては、Caravan らのメタ解析によると CD の標準化死亡率は 1.5(1.3~1.7)と算出されている。死亡率は過去 30 年で減少傾向にあるが、 CD の死亡率比は一般住民よりやや高いとの報告がある。わが国では、や や高いとする報告と変わらないとする報告があり、死亡因子には肝胆道疾 患、消化管がん、肺がんが挙げられている。 2 診断 (検査・鑑別診断も含む) ■ 診断基準 厚生労働省の診断基準(表 3)に沿って診断を行う。 2011 年に改訂した診断基準(案) では CDAI(Crohn’s disease activitiy index)や合併症、炎症所見、治療反応に基づく ECCO(European Crohn’s and colitis organisation )(表 4)の分類に準じた重症度分類(軽症、中等症、重症)が記載されている。 ■ 診断の実際 若年者に、主症状である腹痛(70%)、下痢(80%)、体重減少・発熱(40~70%)が続いた場合 CD を念頭に置く。肛門病変は CD 患者の半数以上にみられ、 先行する場合も多い(36~81%)。血液検査にて炎症所見、低栄養、貧血がみられたら、CD を疑い終末回腸を含めた下部消化管内視鏡検査および生検 を行う。診断基準に含まれる特徴的な所見および生検組織にて、非乾酪性類上皮肉芽腫が検出されれば診断が確定できる。病変の範囲、治療方針決定 のためにも、上部消化管内視鏡検査、小腸 X 線造影検査を行うべきである。 CD と鑑別を要する疾患として、腸結核、腸型ベーチェット病、単純性潰瘍、非ステ ロイド系抗炎症薬(NSAIDs)潰瘍、感染性腸炎、虚血性腸炎、潰瘍性大腸炎など があるため、服薬歴の確認・便培養・ツベルクリン反応およびクォンティフェロン (QFT)、病理組織検査を確認する。 診断のフローチャートを図に示す。 1)画像検査所見 (1)下部消化管内視鏡検査:検査前に、問診や X 線にて強い狭窄症状がないか確 認。 60~80%の患者では大腸と終末回腸が罹患する。病変は非連続性または区域性 に分布し、偏側性で介在部はほぼ正常である。活動性病変として、縦走潰瘍と敷 石像が特徴的な所見である。小病変としてはアフタや不整形潰瘍が認められる。 (2)上部消化管内視鏡検査:胃では、胃体上部小弯側の竹の節状外観、前庭部の たこ・いぼ・びらん・不整形潰瘍が認められる。 十二指腸では、球部と下行脚に好発し、多発アフタ、不整形潰瘍、ノッチ様陥凹、 結節状隆起が認められる。 (3)消化管造影検査(X 線検査) 病変の大きさや分布、狭窄の程度、瘻孔の有無について簡単に検査ができる。所 見の特徴は、縦走潰瘍、敷石像、非連続性病変、瘻孔、非対称性狭窄(偏側性変 形)、裂孔、および多発するアフタがある。 (4)その他 近年、機器の性能向上および撮影技法の開発により、超音波検査、CT、MRI によ り腸管自体を詳細に描出することが可能となった。 小腸病変の診断に、経口造影剤で腸管内を満たし、造影 CT 検査を行う CT enterography(CTE)や、MRI 撮影を行う MR enterography(MRE)が欧米では広く用 いられており、わが国の一部の医療施設でも用いられている。撮影法の工夫によ り大腸も同時に評価ができる MR enterocolonography(MREC)も一部の施設では行われており、検査が標準化されれば、繰り返し行う場合も侵襲が少なく、 内視鏡が到達できない腸管の評価にも有用と考えられる。 2)病理検査所見 CD には病理診断上、絶対的な基準となるものがなく、種々の所見を組み合わせて診断する。生検診断をするにあたっては、その有無を多数の生検標本 で連続切片を作成し検討する。組織学的所見として重要なものは(1)全層性炎症像、(2)非乾酪性類上皮肉芽腫の検出、(3)裂溝、(4)潰瘍である。 3 治療 (治験中・研究中のものも含む) CD は発症原因が不明であり、経過中に寛解と再燃を繰り返すことが多い。CD の根治的治療法は現時点ではないため、治療の目標は病勢をコントロール し、炎症を繰り返すことによる患者の QOL 低下を予防することにある。そのため薬物療法、栄養療法、外科療法を組み合わせて症状を抑えるとともに、栄 養状態を維持し、炎症の再燃や術後の再発を予防することが重要である。 ■ 内科治療(主に薬物治療として) 活動期の治療と寛解期の治療に大別される。活動期 CD の治療方針は、疾患の 重症度、病変範囲、合併症の有無、患者の社会的背景を考慮して決定する。初発 の CD では、診断および病変範囲、重症度の確定と疾患に関する教育や総合的指 導のため、専門医にコンサルトすることが望ましい。また、ステロイド依存や免疫調 節薬の投与経験がない場合においても、生物学的製剤の投与に関しては専門医 にコンサルトすべきである。 わが国における平成 22 年度 CD 治療指針、および各治療法の位置づけ(表 5)を 示す。 1)5-ASA 製剤 CD に適応があるのはメサラジン(商品名:ペンタサ、アサコール)、サラゾスルファピリジン(同:サラゾピリン)の経口薬である。治療指針においては軽症~ 中等症の活動期の治療、寛解維持療法、術後再発予防のための治療薬として推奨されている。活動期 CD に対しては臨床的効果が認められている。寛解 維持効果は限定的であるが有害性は低い。 腸の病変部に直接作用し炎症を抑えるため、製剤の選択には薬剤の放出機序に注意して病変範囲によって決める必要がある。 2)ステロイド(GS) 5-ASA 製剤無効例、全身症状を有する中等症以上の症例で寛解導入に有効である。関節症状、皮膚症状、眼症状などの腸管外合併症を有する場合や、 発熱、CRP 高値などの全身症状が著明な場合は、最初からステロイドを使用する。寛解維持効果はないため、副作用の面からも長期投与は避けるべきで ある。ステロイド依存となった場合は、少量の免疫調節薬(アザチオプリン〔AZA〕、6-メルカプトプリン〔6-MP、保険適応外〕)を併用し、ステロイドからの離 脱を図る。軽症あるいは中等症例の回盲部病変の寛解導入には、全身性副作用を軽減し局所に作用する budesonide(本邦未承認)9mg/日の投与が有効 である。 3)免疫調節薬(AZA、6-MP など) 免疫調節薬として、AZA(同:イムラン、アザニン)、6-MP(同: ロイケリン)が主なものであり、AZA のみ保険適応となってい る。 AZA と 6-MP は寛解導入、寛解維持に有効であり、ステロイド 減量効果を有する。欧米の使用量は AZA 2.0~3.0mg/kg/日、 6-MP 50mg/日または 1.5mg/kg/日であるが、日本人は代謝 酵素の問題から用量依存性の副作用が生じやすく、欧米より 少量の AZA(50 ~100mg/日)、6-MP(20~50mg/日)が投与 されることが多い。AZA/6-MP の効果発現は緩徐で 2~3 ヵ月 かかることが多いが、長期に安定した効果が期待できる。適 応として、ステロイド減量効果、難治例の寛解維持目的、瘻 孔病変、術後再燃予防、抗体製剤を使用する際の相乗効果 が挙げられる。 4)抗 TNF-α 抗体製剤 わが国ではインフリキシマブ(同:レミケード)、アダリムマブ (同:ヒュミラ)が保険適応となっている。抗 TNF-α 抗体製剤 は、CD の寛解導入、寛解維持に有効で外瘻閉鎖維持効果を 有する。適応として、中等症~重症のステロイド・栄養療法が 無効な症例、重症例で膿瘍や狭窄がない治療抵抗例、抗 TNF-α 抗体製剤で寛解導入された症例の寛解維持療法、膿瘍がコントロールされた肛門病変が挙げられる。早期に免疫調節薬と併用での導入が治療 成績がよいとの報告があるが、副作用と医療費の問題もあり、全例導入は避けるべきである。早期導入を進める症例として、肛門病変を有する症例、穿孔 型の症例、若年発症が挙げられる。 5)栄養療法 活動期には腸管の安静を図りつつ、栄養状態を改善するために、低脂肪・低残渣・低刺激・高蛋白・高カロリー食を基本とする。糖質・脂質の多い食事は 危険因子とされている。「クローン病診療ガイドライン(2011 年)」では、栄養療法は ステロイドとともに主として中等症以上が適応となり 、痔瘻や狭窄など の腸管合併症には無効である。1 日 30kcal/kg 以上の成分栄養療法の継続が再発防止に有効であるが、長期にわたる成分栄養療法の継続はアドヒアラ ンスの問題から困難であることも少なくない。総摂取カロリーの半分を成分栄養剤で摂取すれば、寛解維持に有効であることが示されており、1 日 900kcal 以上を摂取する half ED が目標となっている。 6)抗菌薬 メトロニダゾール、シプロフロキサシン などの抗菌薬は中等度~重症の活動 期の治療薬として、肛門部病変の治療 薬として有効性が示されている。病変 部位別の比較では小腸病変より大腸 病変に対して有効性が高いとされる。 7)顆粒球・単球吸着療法 ( granulocyte/monocyte apheresis: GMA) 2010 年より大腸病変のある CD に対し GMA が適応拡大となった。GMA は単 独治療の適応はなく、既存治療の有効 性が乏しい場合に併用療法として考慮 すべきである。施行回数は週 1 回×5 回を 1 クールとして、最大 2 クールまで 施行する。 8)内視鏡的バルーン拡張術 (endoscopic balloon dilatation: EBD) CD は、経過中に高い確率で外科手術 を要する疾患であり、手術適応の半数 以上は腸管狭窄である。EBD は手術 回避の目的として行われる内視鏡的 治療であり、治療指針にも取り上げら れている。適応としては、腸閉塞症状 を伴う比較的短く(3cm 以下)屈曲が少 ない良性狭窄で、深い潰瘍や瘻孔を伴わないものである。 適応外としては、細径内視鏡が通過する程度の狭窄、強度に屈曲した狭窄、長い狭窄、瘻孔合併例、炎症や潰瘍が合併している狭窄である。 ■ 外科的治療 CD の外科的治療は内科的治療で改善しない病変のみに対して行い、QOL の改善が目的である。腸管病変に対する手術では、原則として切除をなるべく 小範囲とし、小腸病変に対しては可能な症例では狭窄形成術を行い、腸管はなるべく温存する。5 年再手術率 16~43%、10 年で 32~76%と高く、可能な 症例では腹腔鏡下手術が有効である。 緊急手術、穿孔、広範囲膿瘍形成、複数回の開腹手術既往、腸管外多臓器への複雑な瘻孔などは開腹手術が選択される。 厚生労働省研究班治療指針による CD の手術適応は表 6 の通りである。 完全な腸閉塞、穿孔、大量出血、中毒性巨大結腸症は緊急に手術を行う。狭 窄病変については、活動性病変は内科治療、線維性狭窄で口側拡張の著しい もの、短い範囲に多発するもの、狭窄の範囲が長いもの、瘻孔を伴うもの、狭 窄症状を繰り返すものは手術適応となる。 肛門病変は、難治性で再発を繰り返す痔瘻・膿瘍が外科的治療の対象となる。 治療として、痔瘻根治術、シートン法ドレナージ、人工肛門造設(一時的)、直腸 切断術が選択される。 治療の目標は症状の軽減と肛門機能の保持となる。 4 今後の展望 現在、各種免疫を ターゲットとした治験が行われており、進行中の治験を以下 に示す。 tofacitinib: 経口 JAK( Janus kinase)阻害薬 PF-00547659: 抗 MAdCAM モノクローナル抗体 ustekinumab: 抗ヒト IL-12/23p40 モノクローナル抗体(乾癬に対しては保険適 応あり) GSK1605786: CCR-9 拮抗薬 5 主たる診療科 消化器内科 ※ 医療機関によって診療科目の区分は異なることがあります。 6 参考になるサイト(公的助成情報、患者会情報など) 診療・研究に関するサイト 難病情報センター CD(一般利用者と医療従事者向けの情報) 東京医科歯科大学消化器内科 「潰瘍性大腸炎・クローン病先端治療センター」(一般利用者向けの情報) JIMRO IBD 情報(一般利用者と医療従事者向けの情報) 患者会に関するサイト IBD ネットワーク(IBD 患者と家族向け) 参考文献 1)日比紀文 監修.クローン病 新しい診断と治療.診断と治療社; 2011. 2)難治性炎症性腸管障害に関する調査研究班プロジェクト研究グループ 日本消化器病学会クローン病診療ガイドライン作成委員会・評価委員会.クローン病診療ガイド ライン: 2011. 3)NPO 法人日本炎症性腸疾患協会(CCFJ)編.潰瘍性大腸炎の診療ガイド. 第 2 版.文光堂; 2011. 4)日比紀文.炎症性腸疾患.医学書院; 2010. 5)渡辺守.IBD(炎症性腸疾患を究める). メジカルビュー; 2011.
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