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炎症性腸疾患と新規に診断された小児における
Helicobacter pylori 胃炎の有病率
抄 訳
中村 正彦(北里大学薬学部臨床薬学研究・教育センター)
The Prevalence of Helicobacter pylori Gastritis in Newly Diagnosed Children
with Inflammatory Bowel Disease
Kleoniki Roka,* Aikaterini Roubani,* Kalliopi Stefanaki,† Ioanna Panayotou,* Eleftheria Roma,* Giorgos Chouliaras*
*1st
Department of Paediatrics, University of Athens, “Aghia Sophia” Children’s Hospital, Athens, Greece,
Department, “Aghia Sophia” Children’s Hospital, Athens, Greece
†Pathology
要 約
背景:最近の研究によれば、炎症性腸疾患(IBD)の患者は、IBD 以外の患者と比較し、Helicobacter
pylori(H. pylori )の感染率は低いことが示されている。我々は、ギリシャにおいて、新規に IBD と診断され
た小児と IBD 以外の小児における H. pylori 陽性、陰性胃炎の有病率を比較検討した。
対象および方法:2002 年〜 2011 年の間に初めて上部消化管内視鏡検査を受けたすべての小児を後向
き検討の対象とした。対象をクローン病患者、潰瘍性大腸炎患者、未分類 IBD 患者および非 IBD 患者(対
照群)の 4群に分類した。H. pylori 感染の診断は、培養陽性あるいは組織学的陽性と CLO テストにより行っ
た。培養が陰性あるいは利用できず、組織学あるいは CLO テストの一方のみ陽性の場合は、さらに尿素呼
気試験を行い、陽性例は感染群に含めた。
結果:159 例の IBD 患者(クローン病症例:66 例、潰瘍性大腸炎症例:34 例、未分類 IBD 症例:59 例)
と対照群 1,209 例を対象とした。H. pylori 胃炎は、IBD 群で発生頻度が低かった(IBD:3.8%、対照群:
13.2%、p < 0.001)。 一 方、IBD 患 者 は、非 IBD 患 者 に 比 べて 有 意 に 年 齢 が 高 かった( p < 0.001)。
H. pylori 陰 性 胃 炎 の 小 児 は、H. pylori 陽 性 患 者 と 比 べ、IBD 群 に 属 する 確 率 が 3.3 倍 高 かった( p =
0.006)。
結論:H. pylori 胃炎の発生は、対照群に比べ、IBD に罹患している小児で頻度が低かった。我々の検討
は、H. pylori と IBD の逆相関性を支持する。さらに将来の検討により、H. pylori 感染の本当の保護的役割
と IBD 小児患者における以前の抗生剤使用の交絡効果を区別する必要がある。
キーワード:Helicobacter pylori 、炎症性腸疾患(IBD)、クローン病、潰瘍性大腸炎、未分類 IBD、小児
科
対象と方法
た。内視鏡下生検サンプルを、十二指腸下行脚、
この後向きな検討は、アテネ大学第一小児科消
球部、胃前庭部、胃体部および食道から採取し、
化器部門および Aghia Sophia 小児病院において行
ヘマトキシリン・エオジン染色、modified Gimsa、
われた。2002 年〜 2011 年の間に初めて上部消化
Masson trichrome 染色後、観察した。また、サン
管内視鏡検査を受けたすべての小児を対象とし、
プルの 1 つは CLO テストに供された。Helicobacter
内視鏡検査以前にステロイド、プロトンポンプ阻
pylori(H. pylori )菌の培養はチオグリコレート培地
害薬、H2 受容体拮抗薬を使用した小児は除外され
を用いた。
© 2014 John Wiley & Sons Ltd, Helicobacter 19: 400–405
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difficulties
Ingestion of corrosive
substances
Prolonged fever
0.5
0.6
Roka et al.
opulation
p-value
)
2
.11a
<.001c
(2b) in the con-
s
nal
n (%)
161 (11.1)
285 (19.7)
7 (0.5)
18 (1.2)
203 (14.1)
88 (6.1)
342 (23.7)
99 (6.8)
7 (0.5)
10 (0.7)
10 (0.7)
23 (1.6)
190 (13.2)
whereas IBD
IBD children
were H. pylori
ectively. The
iffer accordori positivity:
DU, p = .6).
e group and
s not statistind negative
he H. pylorirange: 12.3,
differ between the study groups (p = .11), whereas IBD
patients
were significantly older than non-IBD children
Table 3 Symptoms at the time of diagnosis in the inflammatory
(p
<
.001).
A total
bowel
(IBD)
groupof 6 and 190 children were H. pylori
表
1.disease
IBD 群における診断時の症状
positive in the IBD and control group, respectively. The
distribution
of H. pylori infection did not differ accordSymptoms
at
ing to the type of IBD (probability
ofCDH.(%)pylori positivity:
diagnosis
UC (%)
IBDU (%)
4.5% for CD, 5.8% for UC, 1.7% for IBDU, p = .6).
Bloody
stools IBD patients
87.2
72.5
79.6 and
Therefore,
were pooled
in one group
Abdominal pain
44.2
44.9
46.9
analyzed overall. Age in the IBD group was not statistiDiarrhea
59.2
65.3
63.3
cally different between H. pylori-positive and negative
Vomiting
2.2
6.6
6.1
children, although patients
pyloriRash
1.9 were older
5.4 in the H. 4.1
positive
subgroup
(median,
interquartile
range:
12.3,
Hepatic
2.6
4.2
4.1
involvement
Anemia
Arthritis
402
Fever
Weight loss
Growth retardation
Oral involvement
Ocular involvement
14.2
1.5
7.5
16.5
4.1
0.0
0.3
29.9
9.5
30.5
32.3
11.0
6.0
0.6
14.3
8.2
14.3
14.3
3.9
0.0
1.9
or iron-deficiency anemia of unknown origin (n = 60,
39.7% males, mean age: 7.1 years 4.4), were
excluded. The analysis verified the inverse association
between H. pylori positivity and probability of having
IBD, although the magnitude of the relation was
Table 4 Multiple logistic regression model on the probability of having2.
inflammatory
bowel
(IBD)
versus 陽性、年齢、性の多
non-IBD in the study
表
IBD 群と非
IBD disease
群の間の
H. pylori
population
変量ロジスティック回帰分析の結果
Odds
ratio
H. pylori negative versus
H. pylori positive
Age
Gender, Female versus Male
95% CI
p-value
4.8
2.1–11.1
<.001
1.12
1.2
1.07–1.16
0.9–1.7
<.001
.25
© 2014 John Wiley & Sons Ltd, Helicobacter 19: 400–405
群に比べ H. pylori 胃炎の罹患率が有意に低いこと
を明らかにした。既に Sonnenberg の研究や Luther
のメタアナリシスにおいても同様な報告がなされ、
大人に関しては多くの検討が行われており、IBD
7.8–13.3 years and 10.3, 5.7–12.4 years, respectively,
Mann–Whitney test, p = .27). The same trend was
比較する際に、対照群のすべての
H. pylori
observed
in the control group as well, and
in this 陰性
case,
the
difference
reached
statistical
significance
(H.
pylori
症例を含めることは、以前の H. pylori 陽性に由来
positive vs H. pylori negative: 9.7 3.6 years vs
する症状のために内視鏡を受ける症例がかなり含
7.1 4.4 years, respectively, p < .001). The probability
of H. pylori positivity was 3.8% in the IBD and 13.2%
まれると考えられるため、以前の検査で尿素呼気試
in the control group. Logistic regression showed that
験
(UBT)陽性の症例および原因不明の鉄欠乏性
H. pylori-negative patients were 4.8 times more likely to
belong in the IBD group compared with H. pylori-posi貧血の症例を除外した検討も行った。
tive patients (p < .001). The final model is presented in
Table 4. Results are adjusted for age and gender which
結 果
were included in the final
model.
In the restricted analysis, 117 non-IBD patients, that
今回の検討では、炎症性腸疾患(IBD)患者は、
underwent endoscopy for a previously positive UBT
非
(n IBD
= 57,患者に比べて有意に年齢が高かったが、性
45.6.4% males, mean age: 10.1 years 3.0)
or iron-deficiency anemia of unknown origin (n = 60,
差はなかった。IBD 群のうち、クローン病、潰瘍性
39.7% males, mean age: 7.1 years 4.4), were
大腸炎、未分類
IBD の間で
H. pylori
感染の分布に
excluded. The analysis
verified
the inverse
association
between
H.
pylori
positivity
and
probability
having
差 は な かった た め、ま と め て 検 討 し たof
(表
1)。
IBD, although the magnitude of the relation was
患者では 20 ~ 30%の H. pylori 陽性率が報告され
てはいるが、小児例での検討は少ない。多数の小
児例を対象とし、消化器病学、病理学の面からの
統一した評価、IBD と非 IBD 患者の明確な定義な
どが本研究の有益な点である。
このような臨床研究では、年齢、性の不均一性
や対照群の設定が問題となる。特に対照群は、健
康な群ではなく、臨床サンプルであるため、相対的
な危険度が過大評価される可能性がある。そこで、
今回は、年齢、性を一致させ、過去の UBT 陽性例、
原因不明な鉄欠乏性貧血という極端な例を除外し
たところ、H. pylori 陽性率が IBD である可能性と
逆相関することが認められ、本当の相関関係がある
と考えられた。
H. pylori 陽性胃炎は、IBD 群でその発生頻度が低
IBD 群内での H. pylori 陽性率が同様なのかは不
かった
( 表 2)。全体の検討では、H. pylori 陰性の
Table 4 Multiple logistic regression model on the probability of hav-
明である。本研究では統計学的な差異は認められ
ing inflammatory H. pylori
bowel disease
(IBD) versus non-IBD inIBD
the 群に
study
小児患者は、
陽性患者と比べて
なかったが、未分類 IBD で H. pylori 陽性率が UC、
population
属する確率が 4.8 倍高かった。また、UBT 陽性の
CDと比較し 1/3程度だった。UC患者ではH. pylori
Odds
症例および原因不明の鉄欠乏性貧血の症例を除外
ratio
95% CI
p-value
感染率が高いとする報告や、CD 患者で高いとする
した検討でも、H. pylori 陽性と IBD 発症の可能性
H. pylori negative versus
4.8
2.1–11.1
<.001
は逆相関を示したが、年齢、性を調整すると、オッ
H. pylori positive
Age
1.07–1.16
<.001
ズ比は
3.3 に低下した。 1.12
Gender, Female versus Male
1.2
0.9–1.7
.25
考 察
本研究では、小児
IBD
患者においては、非
IBD
© 2014 John
Wiley
& Sons Ltd, Helicobacter 19: 400–405
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ものもある。
疫学的検討では、H. pylori が免疫調整に作用す
ることが示唆されている。特に、H. pylori は胃粘
膜での Foxp3 発現を増加させ、Th1/Th17 反応を
抑えることが示されている。さらに、CagA 陽性
H. pylori は、免疫調整リンパ球を減少させること
炎症性腸疾患と新規に診断された小児における Helicobacter pylori 胃炎の有病率
も報告されている。
この研究の弱点は、後向きな検討であることと、
染率は年齢とともに増加すると考えられるので、今
回の相対危険度を低下させうる。逆に、抗生剤を
H. pylori 陽性の非 IBD 患者の長期的な観察が欠け
使用せずに H. pylori 自然除菌が起こり、その後の
ている点である。また、以前の抗生剤投与について
再感染も報告されており、このような交絡因子の
資料がないのも問題点であり、抗生剤投与は IBD
影響で両者の差は少なくなると考えられる。
に関連する症状に影響を与えうる。H. pylori の感
Helicobacter pylori(H. pylori )感 染 により 炎 症
考 え ら れ る。 本 論 文 で 述 べ ら れ て い る H. pylori 陰
性 腸 疾 患(IBD)が 減 少 することを 示 唆 する 報 告 で
性胃炎 とは、どのようなものかという 実態 は 不明 で
ある。Blazer らは、以 前 より H. pylori 感 染 には 小
あり、さらに IBD の診断については殆ど述べられて
児の感染性下痢症に対して抑制効果があることを報
いない 点 は 問題 であるが、今後 もこういった 観点 か
告 し、good Helicobacter 説 を 提 唱 し て い る が、
らの 検討 は、H. pylori 感染 の 全貌 を 明 らかにすると
考察 にもあるように、その 機序 としてさらに Th1/
いう点で重要な観点と考えられる。
Th2 の関与を示唆しており、本論文にも関係すると
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