鶯谷中学・高等学校 series 高校数学こぼれ話 第 20 話 渡邉泰治 数学科部長 ■黄金比はなぜ美しいのか ここに、 1+ U 5 という無理数があり、u で表す(円周率を p と書くように)。この値の小数表現 1.61803398・・・ 2 から、1 と 2 の間の「中途半端」な値である。さて、この数は、第 19 話でみたフィボナッチ数列と密接な数学的関係が あるとともに、人類の長い歴史を通して数学者のみならず多くの人々を魅了し続けている数である。その結果、この数 が意味する内容の深さと美しさそして神秘さから、黄金の比率すなわち黄金比と呼ばれ、最大限に賛美されている。 第 20 話では、この黄金比を単なる鑑賞の対象としてだけではなく、それが自然の摂理と連動したものであることと、 それを人間の感覚がどのように捉えようとしているかを、数学的な見方や考え方から議論しよう。 ● 黄 金比 は い つど こ で登 場 し たの か 黄金比を数学の話題として初めて登場させたのは,ユークリッド(Euclid, 紀元前 300 年頃)とされている。彼は、 著書「原論」のなかで、次のような 2 通りの幾何学の問題としてこの値を定義した。線分を二つに分けるとき、 (ⅰ) 全体と片方の線分でできる長方形の面積と、残りの線分でできる正方形の面積が等しくなるようにせよ。 (ⅱ) 大きい方の線分と小さい方の線分の長さの比と、全体と大きい方の線分の長さの比が等しくなるようにせよ。 この問題を解いてみよう。線分を長さ a, b (a> b)に分けるとすると(図 1)、 b (ⅰ) より b0 a +b 1 = a 2 (ⅱ) より a:b = 0 a+ b 1: a + いずれも a 2-ab-b 2 =0 … ① が成り立つ。① の両辺を b で割り、 a b 8 9 2 - b a a = x とおいて比を求めると、 b a a 1 +U 5 -1=0 つまり x 2 - x -1 =0 … ② + x >0 より、x = b 2 図 1: ユークリッドの問題 となる。② の方程式は、フィボナッチ数列の漸化式の特性方程式と同じであることに注意しよう。 (ⅱ) は「外中比(extreme and mean ratio)」と呼ばれる。この言葉は自己相似関係を意味し、黄金比の特質をう まく形容している。つまり「自分が持つ構造や性質を自分自身の一部にも持つ」という性質で あり、無限入れ子構造ともいい、ロシアの民芸品マトリョーシカのようなものである(図 2)。 また、一回りの角 360, を黄金比 1: 1+ U 5 1+ U 5 7137.5 …, に分けた角 360,& 1 + 2 2 8 9 を黄金角という(図 3)。これは、第 19 話で登場した葉序における葉の回転角に見られる。 図 2: マトリョーシカ 137.507…, ● 数 とし て の 黄金 比 の魅 力 は 何か 黄金比 u はそれ自身、数としての魅力をもっている。そのいくつかをみていこう。 図 3: 黄金角 1 1 ② 式を変形して、x =1+ とする。この式から、x が右辺の 1+ で定義されていると見なすと、 x x 1+ U 5 1 = x =1+ =1 + 2 x 1 1 1+ x 1 =1 + 1+ 1+ 1 = …=1+ 1 1 x 1 1+ 1+ …③ 1 1+ … が得られる。これを黄金比の連分数表現という。 また、② 式を変形して、x =U 1 +x とする。この式から、x が右辺の U 1 + x で定義されていると見なすと、 1+ U 5 = x = U 1 + x = U 1 + U 1 + x = U 1 + U 1 + U 1 + x =… = U 1 + U 1 + U 1 + U 1 +U … 2 が得られる。これは黄金比を無限の根号で表現している。 …④ ③, ④ 式は u がもつ自己相似形を最も単純な形で数表現したもの(それゆえ美しい)であり、魅力的な式である。 D A F ● 図 形と し て の黄 金 比の 魅 力 は何 か 縦横の比率が u である長方形を作図しよう。図 4 のように、まず、一辺の長さが 1 の 正方形ABCD を描く。BC の中点M を利用して長さ u を作り出す。直角三角形MCD に ] 8 9 おいて三平方の定理を適用すると、MD= 1+ 1 2 2 5 = U である。MD=ME とな 2 る点 E を直線BC 上にとって長方形ABEFを描くと、これが黄金比を持つ長方形である。 M E B C 図 4: 黄金比を縦横にもつ 長方形の作図 D A この作図から分かるように、長方形ABEF は、正方形ABCD と長方形CEFD が付け加 1+ U 5 -1+U 5 2 1 +U 5 -1 : 1= : 1=1 : =1 : 2 2 2 -1 + U 5 H G わった図形である。この長方形CEFD において、 CE : EF= F B E C 図 5: 自己相似な長方形 となるから、長方形CEFD も黄金比を持つ長方形である。このことは、長方形GHFD で も同様である(図 5)。このことから、黄金比を持つ長方形ABEF は内部に相似な長方 D I A 形を無限に内包することになる。長方形ABEF はまさに自己相似形な長方形である。 G O J F H さらに、この長方形ABEF には A, C, H, I, … を通る螺旋が存在する(図 6)。この螺 旋の特徴は、螺旋上の点と中心O との距離が等比数列をなすことであり、この性質から 対数螺旋と呼ばれている。生物の成長でできる螺旋(第 19 話)の多くはこの性質をもつ。 B E C 図 6: 内接する対数螺旋 なぜなら、成長による形の形成は、相似比が一定である相似な図形が積み重ねられるの で、その結果、螺旋ができる(図 7)と考えられている。 図 7: 相似な図形の積み重ね ● 黄 金比 と フ ィボ ナ ッチ 数 列 の関 係 は何 か 最後に、黄金比とフィボナッチ数列の数学的な関係を解き明かそう。結論は、フィボナッチ数列の隣接する 2 項の比 の極限値が黄金比になるということである。つまり、 1 2 3 5 8 13 21 34 55 89 1+ U 5 , , , , , …. , , , , , 1 1 2 3 5 8 13 21 34 55 2 a n+1 の変化 an ということである(図 8)。これを示そう。 この数列の漸化式は an +2 =a n +1 +a n であった(第 19 話)。この式の両辺 を a n+1 で割り、lim n.* a n+1 a = lim n +2 =a (存在を仮定して)とおくと、 an n .* a n +1 a n+2 an 1 =1+ lim lim つまり、 a=1+ a a a n.* n.* n+1 n +1 2 + a - a-1=0 … ⑤ 図 8: フィボナッチ数列の隣接項の 比が黄金比へ近づく様子 となり、⑤ は ② と同じであるから、a= u である。このように、黄金比とフィボナッチ数列が結びつく。 以上、黄金比の魅力を数学的な視点でみてきた。黄金比が登場するその他の場面としては、正五角形の一辺と対角線 の比率なども挙げられる。黄金比は 1 と 2 の間の「中途半端」な値であったが、それが登場するどの場面においても、 自己相似形となるような「丁度よい」値という役割を演じている。これが黄金比という値のもつ特質であると考える。 人間は黄金比がもつ数学的性質を「美しい」と捉え、絵画や建築などの作品にそれを忍び込ませてきた。黄金比の魅 力と不思議さは、その数学的性質と自然界がもつ性質とが類比できることにあろう。言い換えると、人間は黄金比の中 に自然界を見ているといえる。自然界の一員である人間は「自然界は美しい」と感じているので、「自然界を連想させ る黄金比も美しい」と感じるのであろう。つまり、黄金比は、数学的な美しさと自然界の美しさと人間の感性から生じ る美しさを結びつけている。この詳細については拙著:黄金比の謎(化学同人)を参照されたい。
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