塩 尻安心 して老 い るための会 。講 ,寅報 告 ……… 8 「高齢化社会 をよ くす る講座」 の 開催報告 …… :9 盛 岡・ グル ープ活動報告、本 の 自己紹 介 ……… 10 リレー・ エ ッセ イ⑩ 夏 目幸 子 … ……………… 11 本 の紹 介・ 事務 局 だ よ り………………………… 12 の会﹂と変 更 致しま した。 さ ほど 厳密な 会 で当会 の名 称 ﹁ 高齢 化社会 を よくす る 女 性 の会 ﹂ を ﹁ 高齢 社会を よくす る女性 総会報 告 にあ ります よう に、今 回 の総 実態 を 示し、 それを 支 え る シ ステ ムを新 窓 口に接触 した にも か かわらず 、支 援 の 人 の要介護者を も つこ の男性 は、福 祉 の た、息 子 によ る母 の傷 害 致死事 件 でも 明 厚 生省 では ﹁ 高齢 者介 護 。自 立支 援 シ います。 た に構築す る、第 二 のステー ジを 迎え て は国 際家 族年。 日本 型在 宅介 護 と家 族 の 手 はさし のべら れま せん でした。 ことし き ら か です 。痴 果 の妻 と母と、 一家 に二 意 味 ではな いとも言われます が、 一応 一 、 四%ま でを高齢化社会 ︵ ︻ コ∞ ∽oo一 ①ゼ︶ 脳ヽ それ以上を 高 齢 社会 ︵ 8じ と ooい お o● ∽ いう規定 に従 ったわ け です 。今 年 中 に、 いえ、も し か したら来年 にな るかも しれ ま せん が、 日本 の六五歳 以上 人 口は確実 み で予測を く つがえ し て いく こ のごろ、 政治 の構 図 が 一日ごとど ころか時 間刻 よう と 話し合 って います 。女性 ・市 民 の でも この 問題を検 討 し、要望書 を 提 出 し 一員 に加 わ る こと にな りました。会 の中 ステ ム研究会﹂ が スタートし、 私 はそ の 高齢化 予測 ほど、 ほぼ確実 に ア テ にな る 政策 提 言 の場 と し て当会 が力量を 発揮 で に 一四%を 超 え る でし よう 。 も のはな い、 と痛感 し て います 。 政治 の 願 い申 し上 げます 。 言な ど情報を お寄 せ下さ います よ う、 お き ます よう 、会 員 の皆様 方 から実態 、提 枠組みがどう であろうと、一 呂齢化 のスピー ドに ″ 待 った ″はかけられま せん。 介護 を めぐ る 日本 の貧 しさ は、最 近 判決 が出 -1- 一番 ヶ 瀬 康 子 氏 ■第十 二回総曇 講師 権利な ど がう たわれ て います 。 それぞれ の人権 を 大事 にす る家 族、 そ の家 族は画 一的 でな く 多様 でよ いのです 。 それを築 く ため の国 際家 族年 とし て いく 必要 があ 心 の血縁﹄ と ります 。 九 岡秀 子先生 は ﹃ お っし ゃ いました。 これ から は 心 の血縁 の時代 です 。 仲 間と し て支 え合 いな がら ﹁ 政策 的 に議論 し な ければな らな い 一つ は、働 き 続 けな がらも 介護を 十分や って 計画は いず れ見直 し があ ります。 そ の時、 ﹁この二 月ま でに作 られ た 老人保 健福 祉 いろんな家 族 が生ま れ て い いのです﹂ いけ る よ うな政策 を 進 める こと です。 よ 会﹄ が福 祉計画策定委員会 の女性委員 の 比率 は 二三 。一% であ る ことを 調査し て 女性 の 自治体 に何を 迫 って いく か です。 ﹃ 老人保健福祉計画の見直しを追る うやく そ の方向 に向 か ってきま した。 そ 女性 の会 ﹄ は歴 史的 に意義 うな る には ﹁ 家族は多様でよ いのです ︲ ︲ 言 套 柔 学人間基 学部社会篇 灘 攀 霧 ﹁ 人権 と は基本 的 で譲 る こと の できな い 権 利 であ り、高齢 者 に対し ても 完 全 に、 か つ減 じられる ことなく適 用さ れ る べき 。 このことを確認し、 わが国社 も のです﹂ 会福 祉学界 の重鎮 。 一番 ヶ瀬康 子先生 は、 ﹁ 人 間的な社会 への変革﹂ のた め の願 い います が、 これをき っかけ に各 地域 のプ を 込 め て、介護を 受 け る高齢 者 、介護を ラ ンを 比 べ、 足りな いと ころを 提案し て 女性 の会﹄ の特 徴 です ﹂ く こと は ﹃ ﹁ 計画 を 見 るポ イ ント の第 一は、 在宅福 のあ る 活動 をし てく だ さ いま した﹂ ﹁ 保育 と介護 に ついて積極的 に捉 え て い 守 るう え で、特 に意 味 があ ります。加え 祉を 充 実 し て いく場合 に不 可欠な 住宅改 家 族的責任を有 るIL 〇 一五六号条 約 ︵ て国 際 家 族年 への取 り組 み です 。国 際家 善 に ついて。住宅改善 は、自治体主導 型、 す る家 族と ヘルパーさ んたち の人権 に つ いて、 お話しく ださ いました。 そ の 一部 族年 のプ ログラ ム には高齢者 の人権 と そ 自治体 の保 障 のも と です るぐ ら いま で進 いく必 要 があ ります。自 治体 に迫 って い の人権 を 守 るため の介護 の社会 化、多様 める こと が大事 。住宅 改善 リ フォー ム ヘ す る労 働 者 の機会 均等 及 び平等 待 遇 に関 な社会 福 祉 サー ビ スを 高齢 者自 ら が決定 ルパー と いう 制度 ができま し た が組 み込 す る条 約 ︶ は、女 性 の働き続 ける権利を す るプ ロセ スで、 発 言 し選択 し てゆける を ご紹介 します 。 明快 なお話で参加者 を沸 かす 一 番 ヶ瀬康 子先生 -2- 於 。有楽町朝 日ス クエ ア ロー 一―口'946.‖ す 大事 さを 説 かれ、最後 に 二 一世紀福 祉 これら のほか、高齢 者 に対す る無知 と 具体性を 明確化さ せ て いく こと です﹂ うな るか と いう 視点 で、 ネ ット ワーク の いかな け れ ばな りま せん﹂ ﹁いざと いう とき ﹃ 私﹄ は こ の計画 でど のが現実 。 これを変 え て いく 計画 にし て 必要 と し て いる人 が利 用 できな いと いう こと が足 り る。 日本 は、 いち ばん福 祉を ステムと い って 一つのド アを 開ければ、 る こと が必要。イ ギ リ スでは ワ ンド ア シ て います が、 出前福 祉 、 配達福 祉を考 え クを 組 む。 日本 の行 政 は申請主 義を 取 っ を置く 。 さ ら に拠点 を中 心 にネ ット ワー よ い。 ま ず 最小単位 を し っかり決 め拠点 八百 メー ト ル四方 、 一キ ロま でと考え て ます こと が できな けれ ばな らな い。 七 ∼ 歩 いて いけ る範囲内 で、 必要な こ之を済 画もあ る。 地域 の基軸 は 日常生活行動圏。 いいな がら市 全部を 地域 と捉 え て いる計 す。 たとえ ば、 法人課税 の優 遇措 置を 整 と に賛成、 と いう 短絡的な 考 え は危 険 で はお金 がかか る から消費 税 率を 上 げ る こ も は っき りし て いな い。 それな のに福 祉 の引き上 げ には応 じられな い﹂ ﹁ 国 から 地方 自治 体 にどう 分 配さ れ るか ず それを 明ら か にしな けれ ば、消費 税率 て います か。 全然 分からな いです ね。ま 高齢 者 にはな いのです ﹂ ﹁ あ れだけ反 対 した三% の行方 は分 か っ 祉をす る こと は矛盾 し て います 。減 税 は 肩代 わ り に消費 税率を上 げ、高齢 者 の福 齢 者 に いち ば ん厳 し い。 若 い人 の減 税 の に考 えな けれ ばな りま せん。 消費 税 は高 の問題 と財 政問題 は 切り離 し、 どうす れ ば、 このビ ジ ョンが実 現す る かを 多面的 に消費税率を 上 げ ると いう のは残念 。 こ からと い って福 祉 ビジ ョンの実 現を 口実 ﹁ 今ま で のも のよ りは評価 し て いる。 だ 財政構造 の質的転換が不可欠 ご 一緒 に健闘しま し ょう﹂ と いう ことです。 ﹃ 女性 の会﹄ の出番 です。 に女性 が進出し て から介護 がよくな った デ ンの歴史 で明ら かな こと は、 地方議 会 具体的 に政策を提唱する時期です。 スウ ェー と人権 を めぐ り政策 の転換 期 にあ る今 、 たち の人権を介護 の量と質を高めて、し っ 人権 、③ 社会 的 介 護を 担う ヘルパーさ ん のな い、働き続 け る こと のでき る家 族 の け る高 齢 者 の人 権 、② 家 族 が倒れ る こと 守 ると いう 視点 から いえ ば、① 介護 を 受 ﹁一人 一人 の人 権 を 不断 の努 力をも って ビ ジ ョンの問題点 を指摘 さ れま した。 高齢 者 の自 殺率 の高 さ のか かわ りを例 に 理す るな ど、財 政構造 の質 的転 換 が不可 まれ て いな い計画 が ほと んど です﹂ ﹁ 第 二は 地域 の捉え方 です 。 地域福 祉と 若 い人 への教 育 の重要 性を 、 さ ら に生協 欠な のです ﹂ ︵ 木間昭子記︶ かり守 りあ わな け ればな りま せん。 介 護 や農協 と い った非営 利 団体 の活力を生 か -3- 熱心 にメモ を取 りなが ら、お話 をきく 参加者たち に ついても考 え て いき た い﹂な ども りだ 四 〇分から、 一番 ヶ瀬 先 生 の講演 に引 き リ オ ンの朝 日 スク エアにお いて午後 二時 、有楽 町 マ 一九九四年 六月十 一日 ︵ 土︶ に拍 手 多 数 で議 案 は承認さ れた。次 に、 査報 告を 行 い、活 動報 告、決算報 告 とも の結 果 、 知恵を絞 った決 算 であ る﹂ と監 渥美 雅子監事 が、 ﹁ 藤原房 子監事 と の監 査 提供 を皆 さ ん に心がけ て いき た い﹂ と答 こと、会 とし ては多様 な情 報 資 料な ど の ムに関 し て の相談窓 口を会 で作 ったらど う か﹂ と いう 意 見 が出 た が、樋 口代表 は ﹁ 相 談 に応 じ る ことは非常 に責 任 の重 い 於 ・有 楽 町朝 日 スク エア■ くさ ん の計画を発表 し た のち、 四号議 案 九 四年度 予算案 ︵ 六頁 掲載 ︶を新井倭 久 子運営委 員 が提案 した。 つづ いて、 一九 九 四年度第 十 二回総会 が え て、両議 案 とも に拍 手多 数 で承認さ れ た。 有料老人ホー これらに対して会場から、﹁ 開催 された。 総合 司会 の沖 藤典 子 理事 。 号議 案九二年度 決 算報 告 ︵ 五頁掲載 ︶ を 告 を高 見澤 た か 子理事 。運営委員 が、 二 審議内容 は、 百万議 案 九 二年度 活 動 報 が始ま った。 員 と筒井圭 子運営委 員 が選 ばれ て、 審議 議 長推薦 で書 記 に望 月幸 代 理事 。運営 委 の推薦 で議長 に林慶 子理事 。運営委員 を、 成 立 しました﹂ と報 告 し た後 、会 場 か ら 計 八 二 一で過 半数を占 め た ため、 総会 が 本 日 の総会 運営委員 が開会宣 言 の中 で、 ﹁ は、 出席者 二六 〇名、委 任 状五 六 一通 、 究会 は活動 の 一環 と し て、成年後 見制度 を テー マにし て いく 。 シ ニアシ ング ル研 づき 、 地域 に女性議 員 を 増 やし て いこう 告会 を 一〇月 に行 う 。ま た昨年 に引き つ 開発会 議 ︵ NGO︶ に参 加 し て、 そ の報 て いき た い。 とく に九 月 のカイ ロ人 口 o りた い。 月 一度 の例会 は今 年も力を 入 れ 上 が りな どあ って苦 し いけれど、 がん ば た い。 会 報 発行 に関 し ては郵便料金 の値 にわ シ ンポ ジウ ム﹄ と題 し て大 阪 で行 い シ ンポ ジウ ムは ﹃ 女 たち の国際家 族年 な こう し て、す べて の審議 がな ごや かな され た。 今後 のご活 躍を お願 いした い。 運営 委員 に四人 の方 々が拍 手 多 数 で承認 そ のあ と、 理事会 の推 せん に従 って新 性 の会﹄ に変え た い﹂ と の議 案 が出さ れ て、 これも拍 手多数 で承認 され た。 一四% とは七% から 一四%ま で のこと、 。 これから に近 い今 はまさ に ﹃ 高齢 社会﹄ は当会 の名称を ﹃ 高齢 社会 を よくす る女 が 一四%を超えようとして いる。 デ塁剛 化﹄ て樋 口代 表から、 ﹁いま高齢者 の人 口比率 つづ いて五号議案、 会 名 の変 更 に つい 三号議 案 九四年度 活動計画案 ︵ 六頁掲載 ︶ は、樋 口恵 子代 表 が ﹁ 第 十 三回全国大会 貴 島 操 子運営委 員 が行 った。 つづ いて、 -4- ― ■第 12回 総会報告 ■― 笑 いの渦 の中 で、無 事 終 了したあ と、事 務 局 の人事 交代 に つ いて、 七年 の長き に わ た って事務局 で活 躍さ れた長藤葉 子さ ん が退職 されたあ と 、 こ の六月 から藤岡 絹恵さ んを 新任と し て迎えた旨 の報 告 が あ った。 最後 に、九 四年 のな にわ シ ンポ の主 催 者側 と し て大阪 から出 席 した児 玉節 さ ん と、支 援す る京 都 の村 岡洋 子さ ん が シ ン ポ 開催 の決意を 述 べ、 閉会 のあ いさ つを 安 心し た老 いを 迎え るため 沖 藤 理事 が ﹁ に、 ﹃ 高齢 社会をよくす る女性 の会﹄ は心 の血縁 と し て、ます ます 力を合 わ せ て い きた いも のです ﹂ と締 めくく り、 終 了し た。 ︵ 望月幸代記︶ 監査報告 をす る渥美雅子監事 1993(平 成 5)年 度決算報告 く 収 入 の部 〉 科 目 予 前年度繰 越 金 会 費 (合 入会 金 ) イベ ン ト収入 印刷物売上 雑収 入 (受 取利息、カンパ、その他 決 減 0 1_496^250 1.496.250 4.150.753 4.150.753 26.719.194 1.994.533 24.724.661 計 増 A164_302 650,000 印税収 入 修繕積 立令 算 8,205,908 8,394,500 3.301.882 684.203 485.698 1.100.000 ) 合 算 8.205.908 7.698.000 2.920.000 696.500 381.882 A415.797 く支 出 の 部 〉 科 目 会報製作費 予 鰐 決 1.750.000 研 究 活動 会 員対策 1 総会 費 850.000 600.000 850.000 550.000 人件費 2.800.000 算 1_414_987 増 減 A335.013 1,049.353 199.353 A309.270 A378.872 旅 費交通 費 700_000 290,730 471,128 485.160 2.727.990 551.710 送 料 通信 費 1.900.000 1.544,756 水道 光熱 費 交際費 事務費 消耗 品費 72.000 50.000 800.000 69,049 24_635 483_991 293.344 193,095 3,862,996 A26.905 A637.004 0 A4.931.908 印刷物製作費 0 220.000 4_500_000 4.931.908 4,150,753 雑費 イベ ン ト費 予備費 修繕 積 立 金 次 期繰越 金 合 計 0 24.724.661 -5- A64.840 A72.010 A148^290 A355.244 A2.951 A25.365 △ 316.009 293_344 4.150.753 0 9.105.517 9.105.517 26.719.194 1.994.533 ■ 一 ●第 :2回 総会報告 ― 1994(平 成 6)年 度予算 く収 入 の 部 〉 科 目 予 考 備 算 前年度繰越 金 9.105,517 会費 (合 入会金 ) 9_000.000 個人会員 1,310人 、 グループ会員98、 賛助会員7 印刷物売上 1.000.000 1.500.000 女性 比 率 ブ ック レ ッ ト、 印税収 入、 その 他 カ ンパ 、受取 利 息、 他 第 13回 シ ンポ、 12月 シ ンポ等 4.150,753 修繕積 立金 700.000 雑収 入 イベ ン ト収 入 積立金 合 計 25_456_270 目 予 く支 出 の 部 〉 会報 製作 費 算 1.750.000 研究活動 費 1_300.000 科 会 員対策 費 印刷物 製作 費 総会 費 人件費 旅 費交通 費 送料 通信 費 水道 光熱 費 交際 費 事務 費 消耗 品費 1.000.000 350,000 2.800.000 750.000 2_000.000 医療勉強会、シニア・ シングル研究会、カイロツアー報告会 他 オ ープ ンハ ウス、 出前 講演、 入会 資料作 成他 自治体 ゴール ドプ ラ ン女性 参 画率 ブ ック レ ッ ト、他 事務局・ 専従 3人 、 VT等 事務 局、運営 委 員 交通 費、 そ の 他 会報送料、電話代、その他 100.000 50.000 500,000 150.000 300.000 2,300,000 雑費 イベ ン ト費 予備費 積立金 合 350.000 考 備 16P。 2.500部 ・ 8回 、 印刷代 、 原稿 料他 慶弔費、管理人 さんへ季節 の挨拶等 文具 消耗 品代 、税 理 士 手数料 管理費等 第 13回 シ ンポ、 12月 シ ンポ、他 7.605,517 4.150.753 計 修繕積 立 金 25.456.270 ︿一九 九 四年 度 活 動 計 画 ﹀ ●第 十 三 回 女 性 によ る高齢 化 社会 シ ンポ ジ ウ ム 期 日 o九 月 二 日、 四 日 土、 日︶ 場 所 。大 阪 ︵ 隔 月刊︶ に 二回臨時増 刊 号 ●会 報 年 六 回 ︵ ︵ 計 八回︶ ●例 会 毎 月 一回 開催 四 月 自 治 体 ゴ ー ルド プ ラ ン 女性参 画率報 告会 六 月 に開催 ︶ 五 月 医 療 勉 強会 ︵ 六 月 総会 ンニア ・シ ング ル研勉 強会 七月 ヽ 八 月 九 月 のシ ンポ のた め に休 み 九 月 全国 大 会 、 カ イ ロツアー 十 月 カィ ロッァー報 告 会 ンンポ ﹁ 家 族 と 施 設﹂ 十 一月 ヽ 十 二月 女性 と健康 ネ ット ヮークと 共 催 によ る ﹁ 女性 。人 口 ・環境問 題 フ ォー ラ ム﹂ シ ニア研 ク リ ス マスパー テ ィ 統 一地方 選挙 Ъ 年 一月 女性議員勉 強会 ﹁ と ゴ ー ルド プ ラ ン﹂ 二月 有 料 老 人 ホ ー ム事 情 二 月 老人 医療 勉 強 会 た だ し 十 一月 以降 は未 確 定 ︶ ︵ ●自 治 体 ゴ ー ルドプ ラ ン女 性 参 画率 のブ ック レ ット 出 版 ほ か 奇 数 月 に 一回、当会事 務 ●オ ープ ン ハウ ス ︵ 局 で行 う ︶ 、運営 委 年 一回︶ 年 一回︶、 理事 会 ︵ ●総会 ︵ 毎 月 一回︶ 員会 ︵ ●そ の他 -6- ●●000 男 ・老 いを 鷹 る 〇 充暉 赫 所 健 戦後 五十 て戦場 に若 者を送 る ことなく ︿ り乳 児死 亡率 は今 の十 三倍 の高 さ であ っ た。揺 れ な がらも、 幸 いな こと に国 とし 日本 では ︿健康 ﹀ よ りも大 切な 価 値 では 人生 八十年時代﹀ の イ ゼー シ ョン﹀ が、 ︿ 活 ﹀ が送 れ る こと、 いわ ゆる ︿ノー マラ いろんな人が いて、 いろんな生活があ っ て、 でも 誰も がそれな り の ︿ふ つう の生 生 八十年 時代 ﹀ だと思う。 年﹀を 迎 え よう とし て いる今、わ れわれ な いだ ろう か? 昭和 二十 五年 の平 均 寿命 は六十年 であ 生き方﹀ 人生八十年時代﹀ の ︿ 日本人は ︿ 小 児科 医 から、行 政 の医 師 にな ってま 、 自分 の 一生﹀とそ つま りは ︿ ︿ 死 に方 ﹀ 六十兆個 の細胞 から な ると いわ れる人 雑な関係 が日々新しく生じる環境 に変わ っ 殊な 関係 だ け の世界 から、 多 種 多様 の複 には患 者 と主治 医 と いう単 純 明解 だ が特 もなく 三年 にな ろう とし て いる。基本 的 間 の 一生 は、 た った 一つの受 精卵 から始 いる のではな いだ ろう か? 最後 のけ り﹀ の つけ かたを 問われ て の︿ ま り、 分 裂 ・増殖、 分化 ・成長 し て 一人 た こと にな る のだ が、 そ のこと で、実 に 多く の素 晴 らし い出会 いに恵ま れ た。 こ -7- 家釧 ﹂ のこと は、自 分 にと ってはま だま だ先だ とも に生 き る時間 が長く な る ことを意 味 市 前 となり、多く の社会 関係 の中 で生活し、 人 界えて死を迎えることとなる。︿ やがては一 と 思 って いる ︿老 い﹀ への大 き な財産 で す る。 つま り、自 分 の八十年 の 一生 のど れ更 堺 つか のことを失 いな がら ︵一方 で豊 かな 生 八十年 ﹀ とは、 老 いを 感 じ つつ、 いく ︿ 高齢 化 社会﹀ が論議 されるよう にな っ はたち前 から 六十歳ぐ ら いま ま んな か ︵ 人生八十年﹀ のよきみちづれにな っ あり、︿ てく れ る ことだ ろう。 ても う 久 し いが、 そ の時 、 全 人 口 に占 め で︶ の、 な ん でも 殆 ど 自 分 一人 ででき る 、病気 や障害 と 関係を数多く作りな がら︶ る高齢 者 の割合 が 〇 〇 % と いう と こ ろ か 障害 者 ﹀ と し て の自 分 が存 生 の両 端 に ︿ 人 在し、それ がふ つう のことである のが ︿ 一 けを借 りな がら生 活 す る こととな る。 ら議 論 の始 ま る こと が 多 い。 し か し 、 よ こと だ と 思 う 。 そ し て家 族 、 更 に は 地 域 にと って 重 要 な ではな いだ ろう か? ︿ 高齢 化 ﹀ よ りも 、 ︿人 生 八 十 年 ﹀ と いう こと がま ず 当 人 、 時期を は さ ん で、 そ の前 後 は、道 具や他 の人 々の手 や、更 には社会 制度な ど の助 1947年 生 まれ。京都大学法学 部卒業。銀 大阪市立大学医学部 を卒業。 行員 を経て、 小児科 医 として勤務後、堺 市 に入 り、老 人保健福祉計画策定 に携 わ る。 く考 え て み る と そ れ は 、 少 し お か し いの く人 生80年 〉の重 み ● ●● ● ● ● ●●● ● ● ● ●● ● ● ● ● 3年 前、デ ンマ ー クを中心 とす る 北欧 の 高齢者福祉制度 を探 る研修 旅行 で、 当会 の樋 口恵子氏、袖井 孝子氏、沖藤 典子氏 と一緒 に。 ●●●●●││● ●●●●●●●●●●●●●●●●●●●● 塩 尻 安 ′ む し て 老 い 高 齢 社会 の主役 は女性 │ = た いと念 願 し てきま し た。 方 々にも 呼 びかけ、直 接 お話を お聴きじ 機会 に、樋 口代 表を お迎え し て、大く の 会 が生 ま れ た時 から、 でき るだ け早 い 勉 強し て います。 今 は三 十余名 の世帯 で、 老 いの問題を り です 。 ﹁ 老 いの青 い鳥を 求 め て﹂ に参 加 し て、 感銘を 受 け た七人 が話し合 った のが始ま 東京 で行 われ た、第 十回 シ ンポ ジウ ム 九九 一年 のこと。 て老 いるた め の会 ﹂ が発 足 し た のは、 一 今 回 の講演会 を 主催 した ﹁ 塩 尻安 心し 迎えし て、講演会を 開く事 が できました。 月十六 日、念 願 の樋 口代 表を 塩 尻市 にお 信州 の桜 の つぼみ がふく ら み始 めた四 は女 性 の比率 が高 く 、 つま り女 性 の有 権 者 が多 いので女 性 が声 を出 し て いけば住 みよ い社会 とな る。 ま た 、 介護保険 のことな どを お聴き じ た こと から、急 速 な 高齢 化を認識、行 政 にお願 いした い事 な ど 、今後私 たち はど う し て いかね ばな らな いか、大 きな課題 ます。費用を捻出す るために、 フリー マー 時間を 割 いてご講 演 いただき、 感謝 の他 代 表 には超 ご多 忙 の中、 私共 のため に を 与え て いただき ま し た。 ケ ット に参加 した り、諸経費 を 節 約 し て あ りま せん。 本当 に嬉 しく 思 っております 。 大勢 の皆さんに聴 いて いただけた ことは、 が関 心 のある老 いの問題 であ る ことから、 迎え し、 また、演 題 が中高年 な ら誰 でも 樋 口代 表と いう 知 名度 の高 い講 師を お とは、 非常 に残念 な 思 いです。 を 予想 し、多く の皆 さ んにお断 りした こ 七百余 名定員 の市 民会館 です が、満員 て いる暇 がな い位 に追 いこま れ ま し た。 から は、 電話 の問 い合 わせ が殺 到 、座 っ か心 配 いたしま し た が、当 日近 く な って ど のく ら い聴講 し てくださ る方 が いる 積 み立 てました。 きた こと は、非常 に感 慨深 いも のがあ り 貴 意 を ま え な 貪 表 臼 井 郁 江 どう老 いを つくるかの課題を共に考えよう る た め の △ 人 間 は最後ま で有 権者 であ り、 高齢者 -8- プ 活 動 報 告 会発 足 三年 の節 目 に こ の企 画 が実 現 で 講演会 は大盛況。樋 口恵子代表 を囲んで 十 グ ル + +++++++++++++十 グ ル︰プ 活動報 告 ・ ﹁ 高 齢化社会 を よ くす る講 座 ﹂ の開催 率率率奪‘奪奪率奪率奪奪事事率奪奪事事‘g“gg“0もも““α“‘““α“ よ < 生 き る よ < 老 い る 上口 同 齢化社会を系統的 に学 ぶ 高齢化社会をよくす る女性 の会 ・福島 事務局 崖月 古] 漁叶 ヱJ 率率“事事事事事事率奪事事事“奪奪““““α“““α“ααααααα“αα 講 座 は第 一回 目 が無 事 に 終 わ り ま し た が、 す た って は いら れ な い福 島 の女 た ち の ﹁元気 が出 ま し た﹂ ﹁し っかり勉 強 し な け れ ば ﹂ と い った前 向 き の感 想 文 に励 ま 内 の報道機 関 から は早 速後援を いた だく 役 所、教 育委 員会 、 社会 福 祉協議 会 や市 て、高齢化 社会 を 系統 的 に学 ぶ ことを 目 的 とした講座 を 企画 し てから約 一年 。 市 き る人達を 育 てるた め の環境 づく りと し 人 ︶ が、高齢 化 社会 を 主 体性を も って生 福島 市を中 心 に在住 す る私 たち ︵ 十八 テー マは ﹃こ のま ま 老 いては女 がす た る﹄。講 師は樋 日恵 子先 生。 る講座﹂ スタート の日です。 二 十名 のキ ャンセ ル待 ち の方 があ りま し 余儀 なく さ れ る ほど でし た。 そ の外 に約 には オ ー バーし てしま い、 十名 の追 加 を のた め、 心 配し て いた定 員 は 二月 の初 め た と 言 って応募 し てく だ さ いました。 そ 心を 持 ち、 こう いう 講座 を 待 って いま し し た。 数 多く の方 々が高齢 化 に ついて関 を 追 って問 い合 わ せ の電 話 が増え てき ま 新 聞 が記事 を 掲載 し てく れ た こと で、 日 流 し てく れま した。 そ の後 も いく つか の H K のラ ジオ が何 日か続 け てお知ら せを 五人 ほど の照会 の電 話 があ りました。 N 講 師 〓一 宅貴夫 ︵ 大 田記念 病 院医 師︶ ﹁ 高齢者 の医療 。福祉 の現状 と これから﹂ 七月 十五 日 ● こ れ か ら の 予定 ● いる と ころ です 。 さ れ て、 次 回 への気 持 ち を あ ら た にし て こと ができま し た。 十 一月 には若 いデザ た が、 結局 キ ャンセ ルを す る方 はなく 聴 五月二十 日快晴。 ﹁ 高齢化社会をよくす イ ナ ー のボ ラ ンテ ィア で斬新 な チ ラ シも 講 いた だけま せん でした。 年 が明け て 一月上旬 、中央 紙 の地方 版 でした。 講 者 百 二十人を確保 でき るかと いう こと 万 円 の受講 料 で六 カ月継 続 の講座 ﹂ の受 に熱 を帯 びて、気 迫 がみな ぎ って います。 丹 一回 の打合 わ せ会 は、 回を 重ねる ご と も会 員 で分担す る こと に決 めました。 毎 分担 に入り、司会進行と コーディネーター 一月 から は、各 回 ごと の具体的な役 割 F A X 0 2 4 51 5 61 1 7 6 2 T E L 0 2 4 51 5 71 4 6 1 0 女性 の会 ・福島 ﹂事務 局 山 序南海 子方 ﹁一人 で暮 ら せる老後 づく りを ﹂ 講師 沖 藤典 子 ︵ ノ ンフィク シ ョン作家 ︶ ●問 い合 わ せ先 ﹁ 高齢 化 社会 を よくす る 十月 二十 一日 ﹁ 長 生き は家 づ りから﹂ く 講 師 林 玉子 ︵ 建築家 ︶ 九月十六 日 三 田公美 子 ︵ 企画室 コア代表 ︶ 仙台市あ かね グ ループ代表︶ 福 永隆 子 ︵ ﹁ ポ ラ ンテ ィアが でき る こと﹂ 講 師 石毛 鎮 子 ︵ 短大教 員 ︶ 八月十 九 日 でき上 がりま した が、 一番 の心配 は ﹁一 に記事 が載 りま した。 そ の日 の午前 中 に -9- 基 度 手 婁 お → 霧 局 小 川 照 世 買言g99 9§るおる 込逮I積営 gee§3 3る遮源 I I I菫貫 望990●38る込通 遮 送 I ▼グ ループ 活 動 報 告 明 るい色でイメ=ジ 一新を 糎 ∼高齢者 のため のねまき フアツシ ∃ンシ ∃1∼ 盛署 買 貫 奮 ? 9 9 § § 3 3 5 る 送 遠 I I 7 営 督98二遮 題 麗 I X I I I 7 寝 言 9 9 03お 逃 遮 遮 凛 ね 今度 は、 も っと デ ザイ ンを 工夫 し、 お 昨年九 月 十 三 日、高齢 者 のため の ″ まき 。ホームウ エアのファ ィ ンョンシ ョー´ し ゃれ に、 着 やす く 、介護 しやす いも の を 明る い色 で作 る つもりです。 ﹁ を 初 め て開催 し、好評 でし た。 敬老 の日﹂ 高齢者 用ね まき と いう と、 と かく 暗 い ま でには フ ァ ッシ ョンシ ョーを 開催す る 本 の自 己紹 介 ﹃ス ウ ェー デ ン 女 性 史 全 二 巻 ﹄ アリ ス oリ ュツキ ン ス著 、中 山庸 子訳 ︵ 學 藝書 林 ・各巻 とも 二〇九 〇 円︶ か つてわ たし は スウ ェー デ ンの農 民 の 娘 だ った。 男達 は海 を 渡 ってひと さ ま の も のを奪 い取 って持 ち 帰 る のが仕 事 。 そ し てわ たし の仕事 は乳 搾 り。朝早 いう ち から 野 に でてかじ か む手を息 で暖 めな が ら牛 に話しかける。 ﹁ 女 はどうし て こんな に辛 いめ にば かり遭 う んだろう。 昨 日隣 の姉さ ん は産 じ ょく の床 で死ん でしま っ た よ。 ど し て? でも わ たしは こ の緑 う 。そう い って両手を空 に向 の草原 が好き﹂ か って広 げた こと があ る。修道女 のと き も た い へんだ った。 グ スタ フのや つのせ いで修 道 院 は取 り壊 され 、わたし た ち が 大 切 に受 け継 いで書 いてき た 日誌 や 翻訳 本 がくず 同然 に捨 てられ た のだも の。 そ のあ と は、 浮 浪者 みた いに村をう ろ つく し かな か った。頼 ま れ て病気 が治 りま す よ う にと神 に祈 ってあ げた けど、魔 女 と 呼 ばれ て殺さ れた。 近 世 に生ま れ た と き は男 の数 が異常 に少な か ったもんだ から、 あ ぶれ て ﹁ 宿﹂暮 ら し。 そ んな 女 たち の辛 い過 去を思 い出 し 、 泣 きな がら訳しま し た。 -10- 予定 で、会 員 一同 がんば って います 。 色 が多 いので、 そ のイ メー ジを破 り、 赤、 青、黄、緑な ど の明る い色を使 いました。 作 り方も 、 実 際 に介護 し て いる人 や看 護婦さんから 話を聞き、着 やす いよう に、 着 せやす いよ う にと 工夫 しま した。 そ の後 は、 市内 の福 祉推 進会 婦 人部 の ミ ニ ・デイサービスでフア ッシ ョンシ ョー を し、今年 四 月 の ﹁ 婦人 週間も りおか展﹂ 九 日∼十 一日︶ には、作 品を 展 示 し て ︵ 多 く の人 に見 て いただきま した。 ﹁ 高齢社会 を よくす る女 性 の会 ﹂ の総会 で上京 の折も 、次 のフ ァ ッシ ョンシ ョー の作 品 にす る 生 地を 見 て歩 きま した。 色鮮や かな まっ赤 な上下 です トリミングが とて もステキ ≡≡ リレー ・エツセイ⑩ ≡≡ 三 垂 ⋮ ≡ ⋮ ≡ や っば り わ が家 で 暮 ら した い 一九 四0年 、千葉県生 まれ。 日本 大 学 理 工学部 建 築 学 科 卒 業。 一九 七 二年 、 夏 目設 計 事 務 所 設立 。 主 に住宅 の 設 計 、 特 に高 齢 者 、 障害 を も った 人達 の住宅 に重 点 を お いて設計 活動 をし て いる。 に段 差 があ って通路も 狭ぐ、 車 いす は勿 論 のこと、杖を ついての歩行も困難でした。 住ま いの改善 には資金 のことなど様 々 な問題 があ ります。 それ らを 解決 し て工 事 の完 了ま で 一年、新 し い住 ま いでの暮 らし が始 ま ってから更 に 一年 が経ちま し た。今 では数年前 の生活 は考 え られな い ほど、 耕 二郎 さ ん は少し の手助 け で身 の 回り のこと は でき るよう にな りま した。 表情 も 生 き生き とし て、 これ から住 宅 改善 を し よう とし て いる方 た ち の訪間 を りと大 忙 し。 そし て十数年 振 り に、 リ ハ 彙家 夏 目 幸 子 受 け て アド バイ スを した り、保 健、福 祉 し、約 十年前 から は克美 さ ん が二十 四時 ピリ セ ンターや デイ サービ スに 一人 で出 関連 の方 たち の実例 の勉 強会 に協力 した ﹁ おはよう 、美容 院 に いく途中 な の﹂ 間 の絶え 間な い介 護 を し て、在 宅 で の療 も 落ち ついて、 や っと これ から の暮 らし 克美 さ んら家 族 の暮 らしも 想像 以上 に変 庭 で育 てた ハー プ の鉢植えを 抱 え て、 克美さ んと初め て出会 った のは 二年前、 に ついて考 えよう と し て いる時 でし た。 わ る ことを 目 の当 た り にしま し た。在宅 掛 けら れ るよう にな った のです 。 じめじめとした蒸 し暑 い日の午後 でした。 長 い闘病生活 の中 で手入れも ままな ら で の暮 らしを支 え るた め の、 ま た真 に豊 養生活を 続 け て いま し た。 幼 か った 二人 夫 の耕 三郎 さ ん ︵ 六 十三歳︶ と 長男 の三 な か った建物 は、 敷 地 の地盤沈 下もあ っ かな高 齢 社会 を つく るため の鍵 は ︽住ま 坂田克美 さ ん がさ わ や かな笑顔 を 見 せて 人家 族。 建 ててから 二十年余 り の老朽化 て傾 いてしま い、 車 いす で の暮 らし には い︾ であ る。とあらため て思 って います。 のお 子さ んも成 長 し、 耕 二郎さ ん の病状 した家 に住 ん で いま し た。 危 険 が伴 う ほど。 ま た 健康な とき には特 ︵ 次回は山井和則さんにお願 いします︶ くれま し た。 一人 で、 です。 耕 二郎 さ んは十 八年前出張 先 でく も膜 に不自 由 のな か った家 は、 いた ると ころ 生活 の基盤 であ る住ま いの改善 によ っ て、耕 二郎 さ ん自身 は勿論 のこと、妻 の 下出血 で倒れ、 そ の後 入退院を く りかえ H一 ― 吉 沢 久子著 ﹃伝 え 残 し て お き た い こ と ﹄ じ ゃこめ て い出版 。 一四〇〇円 ︶ ︵ こ の本 は、 昨年 若くし て亡 くな った、 じ ゃこめ て い出 版 の自木 さ ん と いう方 か ら ﹁こんな本 を ﹂ とすす め ら れ、書き は じ めま した。 と い っても 、 こ こ数年 の間 に、 書 き ため てきた のです が、 若 い世代 ビ スや在宅生 活支 援 サービ スに ついて の い物 の実態、 さ ら に財産管 理 ・保 全サー 高齢 期 の食 生 活 と サービ ス ニーズ、買 消 費 者 問 題﹄ ︵ 調査報生 口 書︶ ︵ 国 民生活 セ ンター刊 ・八 〇〇円︶ 大 阪支 店ま で、 お申 し込 み↑ ださ い。 した ので、直 接 、 近畿 日本 ツーリ スト 伸 会 のお知 らせと申 込要 項を 同 封 いたしま ◎会 報 と 一緒 に、 九 月二、 四 日 の全国 大 ﹃ 在 宅 生 活 支 援 サ ービ スと 調査 結果をま と め た報告書 が、 二月、国 ◎ オープ ン ハウ スは七月 二十五 日 ︵ 月︶、 、十 一時 から午後 四時 九月 二十六日 ︵ 月︶ 民生 活 セ ンター から出ま し た。 ◎ カイ ロ人 口 o開発会議 ツアー は、参 加 ま で。 場所 は当会 事 務局 です 。 く約 千 人。 調査結 果 は こんな 具合 です。 希望 の方 が多く 定 員 に達 し、締 め 切ら せ 調査 対象 は シ ルバー人材 セ ンター で働 の中 から拾 い上 げ て、ず いひ つとし て書 いた のです が、 たまたま新 潟 日報 に場を ① 男 性 が食 事 を 作 るよう にな ると、朝 て いただきま し た。 お申し込 み、あ り が に伝 え ておき た いことを 、 日常 のく ら し 与 え ら れ て いる コラムに書 いたも のが大 食抜 き が増え る。 ② 女性 は コ ンピ ニを 好 とう ござ いま し た。 部 分 です。あ ち こち に書 いた も のも、 ま まず 、男性 は専 門 店 が苦手。③ 証書 や通 と め てみると、 私と いう 一人 の人間 の、 食 生 活 であ り食 文 化 と いう こ と だ った と り 組 ん でき た のは何 だ った か と 思 う と 、 ま と 書 いてき た 私 が、 一番 て いね いに 取 。報告書と振込票 が届き 三︱ 一三︱三二︶ 内全相協 へ ︵ 〒 一〇八 東京 都 港区高輪 希望﹂ と書 いて、 国民生活 セ ンタービ ル 六 へ。 は がき の場合 は ﹁ 高齢 者 生活調査 ︹ 申 込方法︺ ●〇 三︱三四 四 八︱九 七三 いる人 は、半 数 に満 たな い。 頼 む意 志あ り。⑤ 往診し てく れ る医者 の 約 二割 は公的財 産 保 全 ・管 理サ ービ スを 八割 、 男性 は五割 。④ 一人 で暮 らす人 の 帳 の保 管 ・管 理を 自 分 でし て いる女性 は ろしく お願 いしま す。 ︵ 藤岡綱恵記︶ いと 電 話番を し ております のでどう ぞよ です 。 早く 皆様 のお顔 と お名前 を党 え た と り にカ ルチ ャー シ ョックを 感 じ る毎 日 ら 一転 し て、 健康 で元気 な方 々と のや り 社会 的 弱者 と共 に生き て いた これま でか 護 老 人 ホー ム︶ よ り の転身 です。身 体 的 さ ん のデ スク に六 月 一日よ り座 ってお り 、 ます 藤 岡絹恵 です 。福 祉 の現場 ︵ 特別養 事 務 局を ガ ッチ リ支 え られ て いた長藤 ※ く ら し への思 いであ る こと が 一貫 し てき の です ね。 ﹃ 伝 え 残 し てお き た いこと﹂ と いう 題 名 は、 じ ゃこめ て い社 の青 木 さ ん ます 。 送料込 み 一 一一〇円。 です が、 自 分 の本 とな る と む ず か し いも 私 も 他 人 の本 を 紹 介 す る こ と は多 い の ま し た。 気 づ き 、 食 を 多 く と りあ げ た 一冊 にな り 長 年 、 く ら し の周 辺 の こと を 、 こま ご ま し た。 に つけ て いた だ き ま し た 。 -12- ■ ― ― ― 介 紹 の 本
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