超過勤務の削減を目指した取り組み ~看護記録の効率化に焦点を当てて 記録残業の削減を目指した 記録・業務の改善事例集 伊勢赤十字病院 看護師長 小野厚子 おの あつこ●1989年山田赤十字看護専門学校卒業。山田赤十字病院看護師,山田赤十字看護 専門学校専任教師,病棟看護師長を経て,2010年から看護部でデータ管理や看護支援システムの マスタ管理などを担当。2014年から外来師長兼務。2010年認定看護管理者セカンドレベル修了。 ※山田赤十字病院は,2012年1月に伊勢赤十字病院に改称。 病院概要(2014年12月現在) パワースポットとして近年注目を集める伊勢神宮のお膝元,伊勢市にある伊勢赤十字病院は,ICU・CCU,HCU, SCU,NICU,GCUの集中治療室,救命救急センター,16室の手術室,地域周産期母子医療センターなどを有し,急性 期病院として地域の急性期医療を担い,三重県の中南勢地域の中核病院として機能している。また,2012年2月から 運航が開始された三重県ドクターヘリの基地病院でもある。 病床数:655床 病床稼働率:99.2% 平均在院日数:13.1日 当院は,2012年1月の新築移転と同時に電子カルテを導入し,3年が経過し た。本稿では電子カルテを用いて,効率的に看護を記録するために取り組んでき たさまざまな取り組みを振り返る。 1年目:電子カルテ黎明期~電子カルテ導入 2012年1月に電子カルテが導入されるまでは,オーダーリングシステムだけ が導入されており,記録は紙カルテを用いていた。パソコン操作に不安を持つス タッフも多く,電子カルテ導入には不安の声が聞かれた。そこで,看護部では, 電子カルテ操作訓練とは別に,パソコンの基礎的な操作訓練研修を開催して導入 への準備を進めた。 新病院移転と同時の電子カルテ導入であったため,導入直後は,移転後の多忙 と電子カルテ操作への未熟さによって,超過勤務も多く発生した。やがて移転後 の混乱は過ぎたが,それでも,長時間の超過勤務が発生している状況が続いた。 そのころ師長が行ったTQM活動において,超過勤務の勤務内容に看護記録が多 かったことが明らかになった。そこで,看護過程・看護記録委員会(以下,記録 委員会)を中心として記録の見直しと改善に取り組むこととした。 記録委員による記録の監査~記録の問題を明らかにする 2012年5月から,記録委員が定期的な記録の監査を行った。毎月開催する委 員会の時間の一部を使って監査を行うようにし,監査の時間を確保した。記録委 員を数人ずつに分けて監査グループをつくり,グループメンバーの部署に入院し ている患者のカルテを無作為に選んで行った。 監査の視点は,次の7つとした。 ①看護問題に沿ったSOAPが記載されているか ②1日1回は,SOAPが記載されているか ③ケア実施に書くべき内容が診察記事に書かれていないか 看護きろくと看護過程 vol.25 no.1 17 ④ケア実施とSOAPが不必要に重複していないか ぜ! ワ イ ル ド! フ リ ー ダ ムType」 「⑤助け ⑤不適切な用語や略語は使われていないか て! SOS Type」 「⑥惜しい!! 名を名乗れ! ⑥事実でない推測が書かれていないか Type」の6つにタイプ診断し,タイプ別の改 ⑦記事にタイトルがついているか 善策を処方箋とした資料(資料2)を作成し, 重複記録の削減 院内ポータルサイトで発信して周知を図った。 監査の結果,ケア実施とSOAP記録が不必要 タイプ診断のくだけた診断名は,職員の関心を に重複していることが分かった。紙カルテでは 引くようにと考えた苦肉の策であるが,資料を 経過表に多くの観察項目を記入することができ 読んで自己診断をするスタッフもおり,記録に なかったため,SOAP記録に観察結果を記録し 関心を向けて振り返ることへの一助にはなって ていた。電子カルテとなり,経過表に多くの観 いたようだった。 察結果を記録できるようになっても,以前の記 電子カルテを使った業務の見直し 録方法から脱却しきれていない傾向が全体的に 電子カルテ稼働後,持参薬に関連するインシ 見られた。「書き手はSOAPに書かないと不安に デントの発生が続いたことをきっかけに,看護 なるし,読み手はSOAP記録に書かれていない 職が持参薬を含む内服薬の安全管理に多くの時 と情報を把握できない」というSOAP記録に依 間を割いていることも分かってきた。そこで, 存する傾向からの脱却を図るため,2012年6 2012年10月,持参薬管理システムの課題を洗 月から重複記録の削減に取り組んだ。 い出し,安全に運用できるよう取り組んだ。医 実際の記録を使った重複記録例と改善案(資 師・看護師・薬剤師・医療情報課・ベンダが協 料1)を作成し,記録委員会や師長会議を通し 議して,問題点を明らかにした上で運用方法を て配付して,その改善を呼びかけた。また, 見直した。この結果,情報の混乱および不一致 SOAP記録に依存する傾向が強い部署には,記 を要因とするインシデントの発生を防ぐことが 録委員が出向いて,少人数を対象にした研修も できるようになった。 行った。 また,医師の指示を見逃すということに起因 全体への周知と共に,特に傾向が強い部署に するインシデントの発生を受けて,医師の指示 は狙いを絞って働きかけるという2つの方法 を確認する画面操作やタイミングを全部署で統 で,全体への周知を根気よく行った。 一して行うようにするなど,安全を確保しなが SOAP記録の内容の改善 ら業務の効率化を図る取り組みも行った。 2012年8月,記録委員は,監査をした記録 これらは看護記録に直接関係する改善ではな の中で,よく書けているSOAPや改善の必要が い。しかし,電子カルテでは,膨大な業務情報 あるSOAPがあれば,その記録の画面をそのま を管理する。電子カルテの中の情報混乱,不一 ま画面コピーをして,「good ! SOAP」と「ユ 致あるいは情報伝達不全を看過すると,これま ニーク! SOAP」の事例を集めた。そうやって での紙運用では生じなかった情報システムに起 集まったSOAPの事例を記録の傾向別に, 「①ズ 因する事故を生じかねない。一つひとつの問題 レズレ! 活断層Type」「②あれもこれも!欲 を丁寧に表在化させて対策を講じていくことが, 張り 内容盛り盛りType」「③ちょっと書きた 安全な運用と業務の効率化につながっていった。 い… つぶやきType」 「④枠にははまらない 18 看護きろくと看護過程 vol.25 no.1 資料1 重複記録と改善例 【重複記録】 経過記録に多くの観察結果が書かれている一方,経過表に は,バイタルサインと便尿の記録程度しか書かれていない。 経過記録(SOAP) 【改善例】 SOAP記録 呼吸苦なし 両下肢冷感なし チアノーゼなし レベルクリア 下肢痛なし バッグ内血尿あり Hr1,350mL Ba管内 呼吸安静 経過表 経過記録(SOAP)に書かれた記録の内容は, 下記のように経過表記録に記載できる。 ケア実施 選択肢 − ± + ++ 呼吸困難 − ± + ++ 末梢冷感(下肢) − ± + ++ チアノーゼ 意識評価GCS-E 意識評価GCS-M 意識評価GCS-V 意識評価GCS-合計 意識評価JCS − ± + ++ 疼痛(下肢) 比色1 比色2 比色3 比色4 比色5 血尿(血尿スケール) 数値入力 尿量(尿道留置カテーテル) 尿量のコメントで入力「管内流出あり」 安静 を裏付ける事実を記録 2年目:成長期~いかに早く 必要な情報を収集するか 大な情報の中から,看護業務に必要な情報をい かに効率的に収集するかが,業務の効率化に大 きく影響する。 電子カルテを導入して2年目になると,職員 電子カルテは紙カルテに比べると一覧性が劣 はカルテ操作も習熟し,入力もスムーズになっ るため,始業時の情報収集に時間がかかってし た。しかし,電子カルテは単に記録するための まっていた。実際,業務開始時の情報収集の時 道具ではなく,業務に必要な情報を管理する医 間を確保するため,業務開始時間よりずいぶん 療情報システムである。医療情報システムの膨 早くから出勤する職員もいた。限られた台数の 看護きろくと看護過程 vol.25 no.1 19 資料2 SOAPのタイプ別診断 ユニークSOAPのタイプ診断 ①ズレズレ! 「活断層Type」 タイトルと内容のズレ。 ④枠にははまらないぜ!ワイルド! 「フリーダムType」 SOAPの区別無視。 SにOが, AにPが, OにPが…。タ イトルだって自由に書くぜ! ②あれもこれも!欲張り 「内容盛り盛りType」 関連のない情報がいっぱい。見たこと聞いたこと 全部書きたい? ⑤助けて! 「SOS Type」 S と O だけ,APなし。 ③ちょっと書きたい… 「つぶやきType」 タイトルなし,アセスメントなし。つぶやき? ⑥惜しい!! 「名を名乗れ! Type」 タイトルなし。あとはOK。 タイプ別処方箋 タイプ 処方箋 ①活断層Type タイトルを書き,何についてアセスメントするかを宣言してある点は,good ! S・Oに書くべきは,看護計画のS・Oであること,Aに書くべきは,目標・問題の評 価であることを意識して記述しましょう。また,活断層Typeは盛り盛りTypeを合併 していることが多いので注意です。 ②内容盛り盛りType 書きたい気持ちはよく分かります。でも書きすぎ注意。書いているうちにどの問題に ついてSOAPしているか,自分でも分からなくなっていませんか? また,関連のない 情報の中に,重要な情報が埋もれてしまい,本当に伝えるべき大切なことが伝わらな くなっています。書きたい気持ちをぐっとこらえ,簡潔に書くことを心がけてください。 ③つぶやきType つぶやきがなくても,あなたがそこで看護をしていた証は残せます。経過表記録に書 くことを意識してみましょう。 ④フリーダムType 自由を愛するあなたを縛るつもりはありませんが,SOAPの区別はつけてください。 ⑤SOS Type あなたを助けられるのは,あなた自身です。思い切ってアセスメントを書きましょう。 ⑥名を名乗れ! Type せっかくのgood SOAPが,名無しでは可哀そう。名前を与えてあげてください。 表 看護過程・記録委員が用意した 出前研修の内容 研修名 ねらい ズバリ!!SOAPを 看 護 が 見 え る 記 録 を 書 く た め に, 看護過程とSOAPの基本を身に付ける。 書くコツ 「看護診断」の「定義」 「関連因子」 「診 断指標」 「診断ラベル」「目標」など基 NANDAって, 本となる用語の意味を理解し,適切な なんだろう!? 電子カルテの入力を行うために,看護 診断の基礎とプロブレムエディターの 操作方法を理解する。 業務や患者情報といったすべての情報 を管理する電子カルテは,業務に大き 今日からあなたも な影響を与える道具である。この重要 電子カルテ達人 な道具である電子カルテの効率的な操 作技術を習得し,実践に生かす。 20 出前研修の開催 2013年度は看護過程・記録委員会主催の研 修会として, 「①ズバリ!! SOAPを書くコツ」 「②NANDA って,なんだろう!?」 「③今日から あなたも電子カルテ達人」の3つの出前研修 を,研修センターに登録した(表) 。出前研修 とは,当院が行っている研修の一つで,院内の スタッフが提供できる研修内容を登録してお き,要望があれば出向いて研修を開催するとい う研修方式である。看護記録に関する3つの出 前研修については,1つの研修を30分程度と し,業務終了後の勉強会でも負担感なく気軽に 受講してもらえるよう企画した。 端末で複数のスタッフが情報を収集するために 各部署の記録委員は,自部署の勉強会で記録 も情報収集の効率化が課題となった。 に関する出前研修を企画し,全部署が1〜3回 記録をする,ということに習熟した次のス 開催した。2013年度出前研修は,計23回開催 テップでは,いかに早く業務に必要な情報を収 され,のべ420人が参加した。 集するかという課題に取り組んだ。 3つの中で最も要望が多かった研修は, 「③ 看護きろくと看護過程 vol.25 no.1
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