誰もが主体的に学ぶ, 働きがいがある病棟づくり

《特集》
やらされ感を
払拭!
誰もが主体的に学ぶ,
働きがいがある病棟づくり
本特集では,
「スタッフが自ら学べる雰囲気にしたい」
「向上心があるスタッフを育てたい」など,自部署
の活性化を目論む師長の皆さんが,新年度から良いスタートを切るために役立つ,さまざまな学習環境
づくりの創意工夫を紹介します。
齋藤由利子
マンネリ化からの脱却!
“1日院内留学”導入
によるキャリア開発
への動機付け
上都賀総合病院
副院長・看護部長
認定看護管理者
自治医科大学附属看護学校卒業後,上都賀総合病院に入職。2009
年に看護部長,2014年4月より副院長兼看護部長に就任し,現在
に至る。2011年認定看護管理者取得,2012年NPO法人日本交渉協
会認定交渉アナリスト1級を取得。栃木県,東京都のファーストレ
ベル・セカンドレベルなどの研修で「コンフリクトマネジメント」や
「交渉術」の講師を務め,好評を博している。著書に『交渉力アップ
で看護部を変える,病院を変える』
(経営書院)などがある。
◉マンネリからの脱却には,アクションとリフレクションの
繰り返しが必要
◉情報を共有し自分を振り返ることが,正しい認識・判断につながる
◉管理者は,看護師が気づきを生み出せるようにする
ファシリテーター役
看護師は主体的に「新しいこと」に
トライし,
マンネリ化から脱却せよ
変えていこう,変わっていこうとしない限り
筆者は専門学習をしていく看護師人生の中
の看護師に専門職として働くやりがいや充実
で,
「これだ」とひらめいたことに関しては必
感を味わってもらうことを常日頃から切望し
ずアクションを起こしています。良くも悪く
ています。
も「有言即実行」が筆者の姿勢です。その行
当院はクリニカルラダーを導入し5年が経
動から多くの方と出会い,いくつもの感動と学
過しました。一定の成果は収めているもの
びを得ました。その学びを組織変革アクショ
の,将来を考えると教育システムの慣れによ
ンとして実践し,リフレクションをすること
る停滞も懸念されます。そこで,新たな取り
で自身のキャリア形成につながっています。
組みを考え成功体験をさせることはモチベー
マンネリ化を脱却し,今,そして将来を充
ションのアップにつながると確信し,1日院
実させるにはアクションとリフレクションの
内留学体験を考案しました。
繰り返しが必要であり,その2つの行為が人
を学び・成長へと誘うキーポイントとなると
2
何も変わらないでしょう。筆者は,より多く
1日院内留学を導入した理由
筆者は考えます。現状への不満を漏らすだけ
当院の看護師は,卒後6年目以上が約80%
ではもやもや感が募るだけであり,自分から
を占め,そのうち6年目から10年目が20%,
看護師長の実践! ナースマネジャー Vol.17 No.2
11年目以上が80%です。しかし,長いキャ
と思う部署を自分で決め,学習させたい」と
リアが臨床看護実践能力の高さと比例しない
思い,1日院内留学を導入しました。
現状があります。キャリア開発のため異動人
1日院内留学の目的は,次の3つです。
事も定期的に行ってはいますが,それでもさ
①他部署の看護業務の現状を知り,自らの看
まざまな理由から同部署に10年近くいる看
護職もいます。
平井
1)
は,
「キャリア開発とは,個人の成
長発達の理論と,組織の拡充・発展を重視す
る理論がうまく調和する相互作用の構造をみ
ることにあり,個人のキャリア発展理論を尊
重する立場をとる」と述べています。また,
護を振り返る。
②他部署の看護業務を知ることで,意識の変
化・キャリア開発のための動機付けとなる。
③自部署の看護や連携について振り返り,業
務改善の一助とする。
部署間の情報共有が大切
「どのような職種でも同一職務にほぼ3年以
1日院内留学の目的である「他部署の看護
上を超えて勤務していると,慣れも手伝って
業務の現状を知る」ことで,今まで見えな
次第に定型感や単調感を持つようになる」と
かった,あるいは知らなかった情報を看護師
も述べています。
が自分の目で可視化し,自分を振り返る機会
確かに,経験年数が長いからといって質の
となることを期待しました。「隣の芝生は青
高い看護スキルを習得しているとは限らず,
い」ということわざをご存じかと思いますが,
過去からの継続でマンネリ化している業務も
何でも他人のものはよく見えるものです。
多々あると考えます。手術を見たことがない
今の仕事に充実感を感じている時にはあま
看護職,外来から入院までの仕組みをよく理
り他部署と比較することはないものですが,
解していない看護職などもおり,筆者は看護
逆に業務が煩雑で疲弊している時には「自分
職が他部署を知る・学ぶ必要性を感じていま
のところだけなんでこんなに忙しいのか」と
した。
不満を感じ,他部署をうらやんでいるような
そこで考えたのが,1日院内留学という新
ことはありませんか? 同じ病院にいながら
しい取り組みです。1日院内留学は,留学す
も「井の中の蛙大海を知らず」ということわ
る側の学びになると共に,他部署の看護職を
ざのように,物の見方や見識が狭くなり,目
受け入れる側にも「見られる緊張感」と「学
標を見失っていることも少なくありません。
習のための情報提供の準備」によるマンネリ
しかし,これらは看護職個人を責めるべき
打破の効果があると考えました。
ことではなく,情報を提供・共有する場が少
これまでも,業務の平準化を目的として,
ないこと,互いを助け合う思いやりの職場風
業務が回らない部署に「リリーフ」という形
土ができていないことが職員満足度を下げて
で看護職を派遣することがありました。しか
いるのかもしれません。濱川ら2)は,「自分
し筆者は,看護師の能力向上のためには組織
たちはこんなに忙しいのだからという気持ち
的なかかわりと個人の主体的な行動が必要と
は職員同士甘えの構造から来ており,自分中
なると考えます。そのため,「自分が主体的
心に考えてしまうため,思いやりがなくな
に何を学びたいか明らかにし,行ってみたい
る。ゆえに,職員同士の甘えをなくすには
看護師長の実践! ナースマネジャー Vol.17 No.2
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『部門間の見学』が効果的である」と述べて
要なことです。しかし,多忙な日常業務の中
います。見えていないこと,情報を共有でき
では流されてしまうことが多々あります。そ
ていないことから,正しい判断はできませ
こで,年間あるいは半期ごとに個人の振り返
ん。同じ情報を持ち,意識が変わらなければ
りをさせ,管理者が面接をしているところが
何も変えることはできません。1日院内留学
多いかと思います。
は,
「新たな気づき」を生み,自分をリフレ
ここで求められるのは,過去と現在の視点
クションする機会となります。
や自部署という狭い視野からではなく,個人
キャリア開発のための動機付け
フレクションです。そして,管理者は看護師
大串3)は「キャリアデザインとは,まさに
が自ら気づきを生み出せるようにするファシ
自らが『どうありたいのか』という存在価値
リテーター役です。
に根ざしたものでなければなりません。
『こん
ですから,1日院内留学を生きたものにす
なことを勉強したい』『こんな技術を身につ
るか否かは,管理者のかかわりも大きいと言
けたい』という知識の量だけではなく,その
えるでしょう。看護師が1日院内留学で得た
知識をどのような方向に使っていくか,また
ものをヒントに上司がファシリテートし自部
伸ばしていくのかという考え方が必要です」
署の業務改善に結び付けられれば,その看護
と述べています。キャリア開発,自己実現の
師は上司や同僚からも承認を受けることがで
ためには,トップが戦略的に考える組織デザ
き,1日院内留学が素晴らしい成功体験につ
インと,看護師個人のキャリアデザインが
ながります。
マッチングしていくことが望まれます。
アブラハム・マズローは,行動の原動力は
1日院内留学の進め方
欲求であると述べています。ゆえに,看護師
それでは,当院の1日院内留学の実際を紹
のニードにより選択した1日院内留学が,キャ
介しましょう(表)。1日院内留学とは,「日
リア開発の動機付けにつながればと考えまし
勤業務における配置部署以外の実務研修」の
た。看護師一人ひとりの欲求が異なるのは当
ことを言います。
たり前のことですが,その欲求を理解し,自
◎対象
己実現欲求を満たすためには管理者の努力が
師長を除く常勤看護師・准看護師170人。
必須となります。管理者による看護師への承
統計処理の分母は,参加した看護師149人。
認は,個人のモチベーションアップとなり,
◎時期
組織としての活性化にもつながります。
新人入職後半年間を避け,2013年11月か
管理者はファシリテーターとして
リフレクションを促す
ら翌年3月とした。
看護の質を高めるには,リフレクションが
・留学部署は当院の看護部門であればどこで
欠かせません。看護師としてあるべき姿,組
織のビジョンに向かって節目節目で自己のリ
フレクションをすることは,専門職として重
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のキャリアデザインと組織全体をとらえたリ
看護師長の実践! ナースマネジャー Vol.17 No.2
◎方法
も可能とする。
・対象者は留学希望部署と留学目的を10月初
旬に申請する。申請内容は師長が面接し,
表 1日院内留学の例
経験年数,現配属部署 看護師11年目,整形外科病棟(2年目)
留学部署
中央手術室
留学目的
麻酔の導入,覚醒方法,整形外科疾患の手術の実際を学び,自部署の看護に生かしたい
8:30 ∼ 当日手術患者の麻酔科医師・看護師カンファレンス
8:40 ∼ 当日午後手術準備(脊柱管狭窄症手術)
薬剤・麻薬の準備,管理 間接介助に必要な物品の準備,確認
直接介助者の滅菌器具展開の見学
11:00 ∼ 手術前手洗いの見学(ラビング法)
留学スケジュール・
留学内容
13:00 ∼ 脊柱管狭窄症手術患者の展開
申し受け 手術室入室後,バイタルサインなどの確認
全身麻酔導入介助,気管挿管見学
尿道留置カテーテル・胃管カテーテル挿入
体位(腹臥位)の設定,固定(安全の確認)
術野消毒見学
術中,直接介助・間接介助看護の見学
術中自己血回収術(セルセーバー)見学 術中輸血申請,輸血の見学
閉創前のガーゼカウント,器具のカウント
体位を元に戻し,全身麻酔覚醒,抜管の介助見学
病棟看護師への申し送り
今回の留学は,良い経験ができたと同時に,自分の看護観を見直す機会となった。看
護師は,手術中における患者の代弁者として医師とのやり取りをし,安全・安楽に努め
なければならない。精神的援助を行うのは,病棟でも手術室でも同じであると思った。
今後,病棟に伝達し改善したいことは,次の5つである。
自分または自部署に
①安全な手術が遂行できるよう,必要情報の確実な申し送り
生かせること(抜粋)
②手術スケジュールを乱さないように出棟時間を確実に守ること
③輸液ラインは,患部でない限り左上肢にすること
④3時間以上を要することが予測される手術患者の抗生物質を持参すること
⑤手術中の体位を考慮した,手術後の安全・安楽な体位の確保
ました。統計処理のため,看護師経年別に4
情報を共有する。
・教育担当の副看護部長が留学希望日を受け
群に分類しました(Ⅰ:1~2年目17人,
入れ部署に報告し,可能かどうかを調整し
Ⅱ:3~5年目23人,Ⅲ:6~10年目22人,
た後,留学日を決定する。受け入れ部署は
Ⅳ:11年目以上87人)。留学者の多い留学先
留学のための人員配置をするのではなく,
部署は,手術室(25人:16.7%),内科HCU
留学希望日に指導者を配置できる場合のみ
(21人:14.1%),精神神経科病棟(19人:
を実行可能な日とした。ただし,双方の部
12.8%)の順でした(図1,写真)。
署の状況により,予定日であっても業務が
実施後,Ⅰ~Ⅳのすべての群で「とても学
成り立たないような時には延期とした。
ぶことができた」(77.2%),「まあ学ぶこと
・終了後,1週間以内に留学の意義,実践内
ができた」(22.8%)との回答が得られ,
「学
容,自部署に生かせることを質問紙法で調
ぶことができなかった」と答えた者は1人も
査した。
いませんでした。
2013年度1日院内留学実施結果
対象看護師149人が1日院内留学を実施し
また,留学に参加して感じた意義を,レポー
トの記述を基に5つのカテゴリーに分け,χ2
検定を用い解析しました。その結果,「新た
➡続きは本誌をご覧ください
看護師長の実践! ナースマネジャー Vol.17 No.2
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