古 村 孝 志(FURUMURA Takashi) 東京大学地震研究所 災害科学系研究部門 研究分野:地殻・マントル構造、地震・津波シミュレーション、強震動、地震防災 日本列島および世界の地震観測データを用いて、地震波の伝播特性から地殻・マントルの不 均質構造を推定し、京コンピュータや地球シミュレータなどのスパコンを用いた不均質構造中 の地震波伝播の再現、そして大地震の強い揺れ(強震動)を予測する研究を進めています。 最近、力をいれているテーマをいくつか紹介します。 プレート内部構造と異常震域の発生原因 不均質なプレート内部構造とその成因 5月30日夜に小笠原西方沖の地下610kmでM8.1の深発地震 が発生し、関東∼東北∼北海道の太平洋岸に沿って最大震度 5強の強い揺れが観測され、ガタガタとした揺れが1分間以 上長く続きました。浅い地震であれば、震度は同心円状の分 布を示しますが、この地震のように太平洋岸に沿って延びた 特異な震度分布は「異常震域」と言い、硬いプレートの中を 地震波が遠くまで良く伝わったためと考えられています(地 盤による増幅も影響します)しかし、硬い(地震波速度が大 きい)プレートだけでは、地震波を中に閉じ込め遠くまで伝 えることはることはできません。周囲の(地震波速度の遅 い)マントルに抜け出してしまいます。閉じ込めメカニズム として、プレート内に硬い/柔らかい岩石が数kmの短い波 長スケールで互層状態(ラミナ)になっており、それによっ て周波数1∼2Hz以上の高周波数地震波が強く前方散乱を何 度も起こしながら、ラミナ中を伝わると考えています。プ レート内で散乱を繰り返し起こした結果、ガタガタと長く続 く揺れが生まれるのです。実際に、こうした不均質プレート をモデル化した地震波伝播シミュレーションを行うと、深発 地震に見られる異常震域と長い揺れの特徴がよく再現できる ようになってきました。 では、沈み込む海洋プレート中に見られる短波長の不均質構 造は、どこで、どうやって生まれのでしょうか?これを解く 鍵が、海底地震観測から見つかりました。東大地震研が北太 平洋上に設置した海底地震計で、日本海溝で起きた地震の揺 れを見ると、P波とS波ともに強い地震波の散乱を示す、い紡 錘形の波形を示していることがわかったのです(これはPo, So波と呼ばれています)。すなわち、プレート内の散乱帯 (ラミナ構造)は、プレートが沈み込んだ後に生まれたもの ではなく、前から存在していたのです。プレートが生まれる 海嶺付近でも同様の観測が見つかりました。さらに調べると、 年代が古く、厚いプレートほどが地震波散乱が強いことがわ かりました。プレートが海嶺で生まれ、海溝に向けて広がり 成長する過程で、アセノスフェアの一部がプレート下部に張 り付くようにしてできているようです。では、ラミナ構造の 本質は何なのでしょう。溶けた岩石でしょうか?それとも岩 石の亀裂?流体?不均質構造の分布から太古のプレート運動 の様子がわかるかもしれません。太平洋の各地の地震波デー タと地震波伝播シミュレーションから、こうした問題に取り 組んでいます。 H=557km Mw=6.8 海底地震計で記録された地震波形(Po/So波) © 1999 Joho Wiley and Sons, Inc. All rights reserved. 海嶺で生まれ、拡大・成長し、開講に沈み込むプレート コンピュータシミュレー ションで再現した、深発 地震の揺れの広がり 南海トラフ地震の強震動・津波の予測 南海トラフでは、近い将来に大地震が起きる心配があります。 プレート内部構造や、平野の堆積層を詳細にモデル化した地 震動シミュレーションに基づいて、この巨大地震の強い揺れ (強震動)、地殻変動、そして津波を予測する研究を行って います。強震動は、震源断層の規模(M)はもちろん、断層 運動の不均質性(断層面上の滑り分布、破壊伝播方向・速度 など)により大きく変動します。予測とその不確定性も適切 に評価する必要があります。過去に起きた大地震の強震波形 や震度分布等から、大震源モデルを推定することも重要な研 究です。予測結果を防災に役立てるために、強震動と津波を 入力として、建物の振動・被害の予測や安全な避難のための シミュレーションに繋げる研究も、工学研究者と協力して進 めています。 1944年東南海地震の 地震動と津波の再現 シミュレーション 2010年のウラジオス トックの深発地震で見ら れた揺れの強さ(加速 度)分布 2006年新潟県中越地震に より生じた長周期地震動 「京」コンピュータ(理化学研究所計算科学研究機構) 関東平野の3次元基盤構造 長周期地震動の生成メカニズム 大規模並列シミュレーションと可視化 大地震が起きると、ガタガタとした小刻みな(短周期の)揺れ に加えて、厚い堆積層に覆われた平野では、周期数秒以上の 「長周期地震動」が強く発生(増幅)し、S波の後から到来し ます。長周期地震動は、超高層ビルや大型石油タンクと共振を 起こして、大きく長く揺するやっかいなものです。2003年十勝 沖地震(M8)では、150km離れた苫小牧の石油タンクが破 損・炎上する事故が起きました。こうした問題は、関東平野や 濃尾平野、大阪平野など広く当てはまります。関東平野は最大 3000∼5000mの厚い堆積層に覆われていますが、複雑な形状 であるために、地震の起きた方向によって、長周期地震動の大 きさや卓越周期などが大きく変動します。都心で局所的に大き くなることもあります。東北地方太平洋沖地震では、地震規模 に比べて長周期地震動が小さかったことも謎です。詳細な地下 構造モデルを用いたシミュレーションと、近年の大地震データ 解析をもとに長周期地震動の生成メカニズムを調べています。 以上の研究は、高速計算機の発展に大きく支えられてきまし た。私が地震動シミュレーションを題材に学位論文をまとめ ましたが、二十数年前の当時はコンピュータは遅く、満足の いく計算はできませんでした。「将来コンピュータ速くなれ ば・・・」と願っていましたが、本当にそうなりました。今 使っている「京」は、大学院時代の計算機の500万倍の演算 性能を持ちます。数千∼数万個のCPUを用いた大規模並列計 算のための道具=プログラム開発も、サイエンスの実現に向 けた重要な研究テーマです。2020年に稼働予定の「ポスト 京コンピュータ」では、メモリバンド幅が小さくなるため、 計算アルゴリズムの見直しが必要です。アクセラレータ (GPGPU)を用いた地震・津波計算コードの開発も、地震研 のパワフルな若手研究者や所外の計算科学者と協力して進め ています。シミュレーション結果から、地震・津波の物理現 象を理解を深めるための、科学可視化にも力を入れています。 研究室メンバー&研究テーマ v v v v v v 等々力 賢(特任助教)京コンピュータを用いた巨大地震の地震・津波シミュレーション 原田 智也(特任助教)南海トラフ地震の震源評価(強震動、津波解析、史料解析) 吉光 奈奈(研究員)岩石実験の試料内を伝わる地震波のシミュレーション 大石 祐介(研究員)海底ケーブル津波計を用いた津波浸水のリアルタイム予測 長尾 有紗(修士2)震源(モーメント・テンソル)のリアルタイム推定システム高度化 干畑 まい(修士1)T相(地震に伴う水中音響波)の生成伝播メカニズムに関する研究 卒業生の研究テーマ&進路 v 竹本さん(2014年博士)「S波コーダ解析に基づく表層地盤の地震波増幅特性の定量評価」、気象庁職員 v 武村さん(2013年博士)「不均質な地下構造を伝播する不均質な地震動の特性̶高密度地震波形解析と 数値シミュレーションに基づく評価」、東京大学地震研究所研究員 v 岩井さん(2012年修士)「ペタスケール大規模シミュレーションに向けた地震波動場の自動可視化」、特許庁職員 v 早川さん(2008年博士)「高密度地震観測データ解析と大規模数値シミュレーションに基づく関東平野 の長周期地震動の生成と伝播に関する研究」、防災・環境システムソフト会社社員 v 竹内さん(2007年修士)「関東の地震と震度の異常」、ソフトウエア会社社員 v 小谷さん(2004年修士)「濃尾平野の3次元地下構造と強震動」、情報システム会社社員 連絡先:[email protected], http://www.eri.u-tokyo.ac.jp/furumura
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