首都圏直下の地震と強震動 -安政江戸地震と明治 東京

首都圏直下の地震と強震動
-安政江戸地震と明治東京地震-
古村孝志 竹内宏之
地学雑誌 Journal of Geography 116(3/4) 431-450 2007
紹介者
総合科学専攻 3年
30816024 前田江里
Ⅰ.はじめに
首都圏直下の地震 震源の深さとメカニズムは不明
・1855年 安政江戸地震(M7)
・1894年 明治東京地震(M7)
100年あたり2,3個発生 今後30年の発生率70%
過去の大地震のメカニズムと
強震動の特徴を明らかにする
安政江戸地震と明治東京地震について
・既住の研究の成果とその議論をまとめる
・関東周辺の詳細な震度分布形状と
日本列島全域の広域震度分布の特徴→震源像を再考
関東平野の軟弱な表層地盤による地震動増幅と
地下深部(地殻・マントル)の強い不均質性による
震度異常の原因を考察することが必要
Ⅱ.安政江戸地震と明治東京地震
1)1855年 安政江戸地震
関東周辺
異常震域
図1:安政江戸地震の震度分布図
震央
太平洋プレートの地震で必ず見られる
江戸市中の最大震度は6(推定)
震度6区域の中心:東京湾北部の隅田川河口付近
東北~北海道の太平洋側の大きな震度
図1左上:現在の気象庁震度階に換算した
これよりも南の可能性
震度分布図
(川崎、鶴見、横浜でもかなりの被害があった為)
震度6弱:浦和付近~江戸全域(約20km)
利根川の流路沿いと横浜に飛び地
震度5強:埼玉東部~三浦半島
地震の規模
震度5弱:埼玉東部、茨城南部、千葉全域、
震度6の揺れの範囲の広がりから
日本列島全域の広域震度分布に着目
東京東部、神奈川東部
M7~7.1ないしM7.2
・異常震域が認められない
・震度の距離減衰が内陸地震の特徴に近い
安政江戸地震は浅い、地殻内の地震
日本列島全域
震源の深さ
関東平野で急激に揺れが弱まった後、震度の距
関東平野の震度分布という同一のデータセットを
・日本の地殻内地震とプレート内若しくは
離減衰は比較的緩やか
用いながら、研究者により様々な解釈
プレート境界地震の震度減衰式の作成
日本海側:震度の距離減衰がやや大きい
関東周辺の限られた震度分布のみから震源の深さを
フィリピン海プレート内または太平洋プレートとの
正確に求めることの難しさを表している
境界で起きた深さ30kmの地震と対応
Ⅱ.安政江戸地震と明治東京地震
2)1894年 明治東京地震
震央:東京東部の北緯35.7度、東経139.8度に再決定
(被害分布の考察から)
地震の規模:M7.0と見積もる
震央:東京ないし横浜
東京都心部が震度6相当
埼玉から東京、横浜の三日月型の範囲が震度5
(長野、名古屋、境の3地点の地震計記録の最大振幅から)
S-P時間
(幅30km、長さ60km以上)
フィリピン海プレート境界付近のやや深い地震の可能性の指摘
P波とS波の到達時間の差
平野部の一円が震度4相当
広範囲で有感(島根、紀伊半島、青森)
・この地震の2年前から東京~東京湾直下でM5クラスの地震増加
・余震活動は低かったが、10月7日に震源近傍でM6.7の地震発生
(これを余震とする解釈も)
震源の深さ
・深さ40㎞と推定
・ユーイング式円盤地震計記録のS-P時間から
あまり余震を伴っていない
震源の深さ40㎞
有感半径に比べて震央での地震被害が少ない
中川河口を震源とする正断層型の震源モデル
本郷で記録したS-P時間が長い(約6.8秒)
・国内の他の観測点での地震検測値を再検討
・深さ30km程度
震度4,5以上の地域の面積からM6.4 ないしM6.7の
地震の規模:M6.6
地震規模を考え、同程度の地震の震度分布と比較
太平洋プレート内の深さ80kmの南北走行で鉛直な節面を持つ発生機構
Ⅱ.安政江戸地震と明治東京地震
3)明治東京地震の地震計記録
ユーイング式円盤地震計
東京帝国大学(本郷)におけ
る明治東京地震の円盤記録
地震計記録から
S-P時間は5.6~7.0秒
最大地動振幅は25~40mm
震央を東京東部と考えるとS-P時間から
震源距離(観測点‐震源)は
少なくとも40~52km以上
保存されていたユーイング式
地震計の記録を読み取り(c)
回転座標系から直交座標系へ変換
Ⅱ.安政江戸地震と明治東京地震
3)明治東京地震の地震計記録
横軸:時間
縦軸:振幅
振幅の小さいP波の後に急激な立ち上がりを持つS波が
顕著に見られる
震源が浅い地震ではない
(伊豆半島沖の地震の様な浅い地震(h<10km)では
都心部においてやや長周期(ゆっくりとした揺れ)の
表面波が強く生成する)
3ヵ月後のM6.7の地震について同様の処理
S-P時間が12~15秒の鋭いS波の立ち上がりを持つ波形
明治東京地震の5.6~7.0秒よりも明らかに長い
震源距離は90~120km程度以上の深い地震
高周波(短周期)地震動:地下数m~数10mの深さの
Ⅲ.関東の地震と震度分布
表層地盤の増幅効果を強く受ける
1)浅部表層地盤による地震動の増幅
図5(a):ボーリングデータに基づく地下30mの
平均S波速度AVS30[m/s]の空間分布
AVS30値と最大地動速度の地盤増幅度ARVの関係
柔らかい表層地盤に厚く覆われた堆積平野
ARVは硬質の基準地殻(S波速度V
・東京湾から旧利根川沿いに S=600m/s相当)
・平野全体の震度が周囲の山地よりも大きくなる
に対する地震動の増幅率
埼玉県東部へ北上する地域
log ARV=2.367-0.852logAVS30±0.166 ・・・(1)
・河川の流路沿いの地域や埋立地などの軟弱地盤では局所的に震度
・利根川に沿った茨城/千葉県境付近
が1~2程度いつも大きくなる
最大地動速度(揺れの速度)PGVと計測震度Iの関係
地震によらず震度がいつも
I=2.68+1.72logPGV ・・・(2)
1.0~1.5程度大きくなる
異常震域
表層地盤による最大地速度の地増ARVが
日本列島に沈み込む太平洋プレートとフィリピン海プレートが作り出す
計測震度に与える影響⊿Iは
強い地殻・マントル不均質性は関東下で発生した地震の震度分布を大
I+⊿I=2.68+1.72log(PGV×ARV) ・・・(3)
⊿I=1.72logARV ・・・(4)
きく変形
図5(b)
増分値
この関係を用いて、関東平野の
関東平野の表層地盤における震度増幅の効果と関東下に
関東平野部全域にわたって
表層地盤が震度分布に与える影響
沈み込むプレートが震度分布に与える影響について考察
震度が0.5~1.0程度大きくなる
(VS=600m/s相当の硬質の基準地盤に対する震度の増分)
図6b:表層地盤の増幅率を考慮した震度分布
図6c,d:震源が南西‐北東方向に±約40㎞(0.2度)
Ⅲ.関東の地震と震度分布
移動した場合の震度分布
1)浅部表層地盤による地震動の増幅
a:距離減衰式から期待される単調な震度分布
震源の移動により
↓
・震度5強(5+)の領域にわずかな平行移動がみられるが、関東
b:表層地盤の地震動増幅効果により全く異なった形状に変化
平野全体の震度分布のパターンの変化は小さい
安政江戸地震や明治東京地震の震度分布によく似ている
・震度6の場所(埼玉から東関東の荒川沿い)はほぼ変化なし
⇒地震の震度分布に表層地盤の強い影響
東京湾や相模湾など平野部以外の場所に観測点が無いことも
地震動増幅特性が関東直下の地震の
変化の見え方を小さくしている原因
震度分布に与える影響
図6a:距離減衰式から求めた深さ40㎞,Mw6.8
関東平野で見られる震度
の東京湾北部の地震の震度分布
震源そのものよりも表層地盤による
増幅の影響を強く受ける
関東平野の震度分布のみから震源の推定は困難 距離減衰式
logPGV-0.58Mw-0.0038h+d-1.29全く異なった地震(1703年元禄地震、安政江戸地震、1923年関東
log(X+0.00028×100.58Mw)-0.002
地震)において都心部の震度6強~7の揺れの場所がほぼ同じ
(古文書や被害報告書の解析から)
震度
Ⅲ.関東の地震と震度分布
2)関東下のプレート構造により生まれる震度分布の異常
図7a:千葉県北西部の深さ73kmで発生したM6.0の地震の震度分布図
関東下に沈み込む2枚のプレートが作り出す地殻・マントルの強い不均質構造
・震度4~5の範囲が震央よりも40㎞以上西方に大きくずれる
関東平野の震度分布に大きな影響
・横浜や伊豆で震度が大きくなる
図7a,b,c:この様な千葉県北西部の地震に伴う
震度分布の異常はしばしば観測される
千葉県北東部(図7d)や東京東部の地震
では同心円状の震度分布となる
⇒震度分布の異常は表層地盤の影響だ
けでなく、地殻・マントルの減衰構造の
不均質性の影響を受けている
Ⅲ.関東の地震と震度分布
Q:地震波の減衰
2)関東下のプレート構造により生まれる震度分布の異常
深さと緯度(北緯)
フィリピン海プレート内には低減衰域(HighQ;QS>1000)
千葉県北西部の深さ20~40㎞のプレート
図8:関東直下の地震の震源分布
上面と地表に挟まれた位置には減衰の
●は震度分布に異常がみられる地震
大きな(Low-Q;QS<250)領域が存在
Low-Q域は火山活動に伴うものではなく、
プレートからの脱水とこれに伴うマントル物
質の蛇紋岩化が原因と考えられる
深さと経度(東経)
関東下の強い減衰構造の不均質性により
千葉県北西部の下のフィリピン海プレート
1996~2006年に関東周辺下で発生した
/太平洋プレート境界で起きた地震から
579個の有感地震の震度分布を調査
放出されたS波が
震度の異常があった地震・・・23個
・ High-Qプレート(低減衰)を通過する為に
震源は千葉県北西部の東経140~140.25度、北緯
横浜に向けてよく伝播
35.5~35.8度、深さ60~80kmの狭い範囲に集中
・千葉県北西部に向かうと震央直上のLow太平洋プレート上にフィリピン海プレートが乗り上げた
Q域を通過し、大きく減衰
プレート境界にあたり、逆断層型のメカニズムを持つ
異常震域の主因である可能性が高い
プレート境界地震が近年多発
Ⅲ.関東の地震と震度分布
2)関東下のプレート構造により生まれる震度分布の異常
図9
関東直下の地殻・マントル構造をモデル化した地震波
伝播シュミレーション(最大地動速度分布) 深さ73km
安政江戸地震と明治東京地震の震源は
最大震度の中心部(東京湾北部、東京東部付近)と考えてきた
シミュレーションによって最終的に求められた地動分
千葉県北西部の地震の震度分布の特徴
布は千葉県北西部(図7)の地震でよくみられる
安政江戸地震や明治東京地震の震度分布と特徴がよく似ている
震度異常のパターンの特徴と良く一致
・関東平野の表層地盤は軟弱地盤における
千葉県北西部を震央とする場合も考慮する必要あり
局地的な震度の増分に寄与する
(仮に震源が千葉県北西部の深さ60~80kmの位置でも
・地殻・マントルの減衰構造の不均質性は震央の西
観測された震度分布は説明できる)
側全体に伸びた広域の震度分布の異常に強く影響
b:関東平野の堆積層(S波の速度V
S=1~1.7km/s)
c:表層地盤の増幅効果を補正したモデル
d:低減衰域High-Q(Q
S=1000)プレートと千葉県
a:標準地球(水平成層)モデル
を加えたモデル
関東平野全体の地動が1~2倍程度大きくなる
北西部直下の減衰の大きなLow-Q域(Q
S=150)
(プレートと表層地盤をモデルに組み込まない)
平野全体の地動の弱い増幅と
埼玉~東京~横浜にかけての地動が強調された分布
を加えたモデル
震央を中心とするほぼ同心円状の単純な地動分布
地動分布のパターンに変化
最大地動分布が西側に大きく移動
図11:地殻内地震の震度分布の例
図10:関東直下の地震の計測震度の分布
近年発生していない浅い地殻内(北米プレート内)の代わりに考察
a:フィリピン海プレート内部(深さ67km)の地震
a:2004年新潟県中越地震
3)関東の地震と広域震度分布
やや北東‐南西に伸びたほぼ同心円状の形状
b:2003年宮城県北部の地震
b:太平洋プレート内部(深さ108km)の地震
震源の直上の震度が大きく、震央距離と共に震度が急減,
太平洋プレート上面またはプレート内の地震
プレートの走行に沿って北東‐南西方向に等震度線が大きく伸びた異常震域
震央距離が150kmを越えると距離減衰が緩く変化
異常震域(関東~東北~北海道の太平洋側)で震度が大きい
地震の深さ(プレート)の違いによる震度分布の特徴の違いは明瞭
震源距離が150kmを越えS波が地表と
太平洋プレート内:地震波が遠地までよく伝わる
モホ面(地殻とマントルの境界面)との間で全反射
日本海側のマントル(マントルウエッジ):地震波の減衰が大きい
⇒地殻内をトラップS波(Lg波)として伝わるために距離減衰が小さくなるから
⇒北海道と本州の中央を走る火山フロントを境として地震波の距離減衰が大きく異なる
Ⅲ.関東の地震と震度分布
地表とモホ面の境界を多重反射しながら
遠地まで伝播する波
Ⅲ.関東の地震と震度分布
3)関東の地震と広域震度分布
図12:中部日本~東北日本の1000×600×460kmの
b:断面および震源の位置
震央:東京湾北部北緯35.7度、東経140.0度
範囲の地殻・マントル,プレート構造を水平方向に
0.4×0.4km,鉛直方向に0.2kmの格子間隔でモデル化
(a)深さ10km(北米プレート内=地殻内)
Mw6.9
周波数3Hzまでの地震波の伝播を計算
(b)50km(フィリピン海プレート内)
Mw7.0
a:広域地震波伝播シミュレーション
(c)100km(太平洋プレート内)
Mw7.2
逆断層のメカニズムを持つ点震源を
置いた場合の計算
地表での加速度波形から計測震度を求めた
それぞれの地震の地表の
最大計測震度が6.5となるよう調整
結果は図13a-c
震源の深さの変化(地震が発生す
るプレートの違い)による広域震度
分布のパターンの変化を確認
Ⅲ.関東の地震と震度分布
3)関東の地震と広域震度分布
C:1894年10月7日の地震(明治東京地震と同年)
A:安政江戸地震
東北~北海道の太平洋岸にかけて異常震域
広域震度分布が明治東京地震とは大きく異なる
太平洋プレート内の地震(c)の特徴を示す
A-C
計算から求められた計測震度分布と
図13
c:太平洋プレート内の深い地震(h=100km)
a-c 計算から求めた各地震の震度分布
震央付近の急激な震度の低下と震度4の広いすそ野が
本郷での地震計記録の長い
b:フィリピン海プレート内の地震(h=50km)
観測された地震との比較
東北~北海道の太平洋岸の広範囲で震度が大きい、
a:地殻内の浅い地震(h=10km)
見られる
S-P時間(12~15秒程度)の
強烈な異常震域は現れず、北東‐南西方向に楕円の長軸を
B:明治東京地震
日本海側では地震波の距離減衰が大きくなる
震央の近傍で震度が6→5へ急減
地殻内地震の計算結果(a)に近い特徴
特徴とも矛盾しない
持つほぼ同心円状の震度分布
フィリピン海プレート内の地震の震度分布(b)に近い
震度4の範囲が震源距離400km以上に広がった
⇒異常震域がよく再現
計算波計より
震央距離150km未満:S波
それ以遠:Lg波
によって最大地動が規定
Ⅳ.まとめと議題
日本列島の広域震度分布図に見られる震度分布の特徴と近年の地震の高密度強震観測、数
値シミュレーションから求められた震度分布の特徴の比較から明治東京地震はフィリピン海プ
レート内の深さ50km程度で起きたM7程度の規模を持つ地震である可能性を指摘
現在の計算モデルの分解能ではこの深さの拘束は弱い
これら関東の大地震の震源像のさらなる詳細な調査には、
明治東京地震の震央は被害の中心の東京湾北部と考えられてきたが千葉県北西部の地震の
・高精度震源決定と高分解能トモグラフィー解析から求められた地下の
ように震央と最大震度の場所が大きくずれることもあり得るので、震央の再考察も必要
不均質構造と震源断層との関連と地震発生の関連性
・精密な地下構造モデルを用いた大規模コンピュータシミュレーション
明治東京地震の余震の可能性が指摘された10月7日の東京湾の地震(M6.7)は広域震度分
による地震動の再現
布の特徴と地震計記録から読み取れた長いS-P時間から、太平洋プレート内の深さ100km程
・震度・被害分布の史料との比較など
度の場所で起きた別タイプの地震であることが確実となった
幅広い分野からの知見を集めた統合研究の推進が強く望まれる
震源の関東東部では地震発生層が厚いために活断層が
さらに3ヵ月後の1895年1月18日には霞ケ浦の地震(M7.2)
生まれにくい地震学・地質学的見地に基づく反論もあり
→今後多面的な検討が必要
わずか1年の期間に関東下で大きな地震が連続して起きたという事実は、関東の地震の連動
性と発生間隔を考える上で重要
また、安政江戸地震の広域震度分布に見られる特徴から、この地震が浅い、地殻内地震で
ある可能性を指摘