2015/06/12・18 荻山正浩 講義資料ダウンロード http://www.le.chiba-u.ac.jp/~ogiyama 日本経済史 第 10 回 両大戦間期の工業化 両大戦間期:第一次大戦期~昭和恐慌前夜(1910 年代末~1920 年代末) 明治期:消費財生産部門の発展、生産財生産部門の遅れ(資材や機械の輸入) 第一次大戦期:経常収支の大幅な黒字、対外債務の一掃 生産財生産部門の発展:素材、機械、エネルギー産業 生産財生産部門 欧米先進国 鉱業、鉄鋼業、機械、電力、各種素材生産 生産財の輸入 代価 生産財 消費財生産部門 農業、繊維(紡績、製糸、織物)、食品、 消費財 代価 消費者 Ⅰ 第一次大戦期前夜の対外債務の累積 生産財生産部門の遅れ:基礎資材生産(鉄鋼)の不足、機械生産の遅れ 輸入超過:高付加価値製品の輸入、鉄鋼や機械など 正貨(金)流失:決済手段の不足、経済発展の足かせ 銑鉄と粗鋼の生産量の推移 日本 銑鉄生産量 粗鋼生産量 15年(1882) 25年(1892) 35年(1902) 45年(1912) 5 15 40 238 2 2 47 330 単位:千トン 各国粗鋼生産量 イギリス ドイツ アメリカ ロシア 1,316 * 733 * 1,267* 296* 3,636** 2,232** 4,346** 378 ** 4,988 7,781 15,186 2,183 6,905 17,302 31,751 4,442 注:*は 1880 年の値、**は 1890 年の値である。 出所:飯田・大橋・黒岩編『現代日本産業発達史Ⅳ 鉄鋼』交詢社、1969 年、付録Ⅰ・Ⅱ。 1 2015/06/12・18 荻山正浩 講義資料ダウンロード http://www.le.chiba-u.ac.jp/~ogiyama 鉄材輸出入量の推移 800000 鉄材輸出量(トン) 700000 600000 鉄材輸入量(トン) 500000 400000 300000 200000 100000 0 1870 1875 1880 1885 1890 1895 1900 1905 1910 1915 1920 1925 1930 1935 注:輸入量は T 形アングル形等鉄と鉄板の合計、輸出量は鉄と鉄条・竿・板の合計 を対象とした。 出所: 『日本長期統計総覧』第 3 巻、日本統計協会、1988 年、表 10-3-a、表 10-4-a。 輸出入構造 ヨーロッパ 生糸、絹布 83 綿糸、綿布 鉄鋼、機械 174 生糸 176 125 日本 アジア 原棉 北アメリカ 78 180 84 石油 92 単位:百万円 他地域 輸出入額は 1904-09 年の5ヵ年の平均 戦争による対外債務 a.日清戦争(明治 27~28 年[1894-5]) 朝鮮半島:清の影響力排除、清との対立 軍事作戦の勝利:清国からの賠償金(一般会計予算の約 4.5 倍)、台湾の領有 ロシアとの対立:三国干渉、遼東半島の返還 b.日露戦争(明治 37~38 年[1904-5]) 朝鮮半島、中国東北部(満州):ロシアの影響力排除、利権の獲得(南満州鉄道) 日英同盟(明治 35 年[1902]締結):日英でロシアへ対抗、イギリスからの武器輸入 日露戦争死者(約 8 万 4 千人)⇔日清戦争死者(約 2 万人[大半は戦病死]) 2 2015/06/12・18 荻山正浩 講義資料ダウンロード http://www.le.chiba-u.ac.jp/~ogiyama 日露戦争戦費(約 19 億 8,400 円)⇔日清戦争戦費(約 2 億円) 増税(地租増徴、間接税(酒、醤油、砂糖)、法人税) 外債発行による戦費調達(約 35%):イギリス、アメリカでの国債発行 巨額な対外債務(日露戦争による影響) 慢性的な入超(貿易収支の赤字):正貨の減少、外債発行による補填 外債・貿易収支・正貨所有高の推移 外債残高総計 1904 1905 1906 1907 1908 1909 1910 1911 1912 1913 単位:百万円 外債利子 支払額総計 貿易収支 政府・日銀 正貨所有高 41 51 62 52 52 59 63 63 65 -52 -167 5 -62 -58 19 -6 -66 -92 -97 97 479 495 445 392 446 472 364 351 376 422 1,414 1,337 1,401 1,458 1,561 1,777 1,767 1,859 1,970 出所:安藤良雄『近代日本経済史要覧 第2版』東京大学出版会、1979年、 表4-33、4-34、『明治以降本邦主要経済統計』、日本銀行、1966年、表54 にもとづき作成。 Ⅱ 両大戦間期の経済構造の変化 明治期の工業化:消費財生産中心(軽工業:紡績業、製糸業、織物業) 第一次大戦期以降:生産財生産部門(重化学工業)の発達 主要生産財の生産量 単位:千トン、億キロワット時 石炭 1900 1910 1920 1930 1940 7,429 15,681 29,245 31,376 56,312 鉄鋼 1.1 252 811 2,289 6,856 セメント 1,203 3,200 4,405 硫安 3.5 80 266 1,109 苛性ソーダ 発電量 4.1 39 407 6.2 46.7 157.7 345.7 綿糸 生糸 122 182 299 458 415 7 12 22 43 43 出所:安藤良雄『近代日本経済史要覧 第2版』東京大学出版会、1979年、12-3頁、表13、 表15にもとづき作成。 1.第一次世界大戦の影響(1914-18) 欧州交戦国から海外市場への輸出減少:非交戦国(日本、米国)の輸出市場拡大 交戦国の船舶喪失:傭船需要の増大 経常収支(貿易収支+貿易外収支)の黒字:正貨保有高の急増、国際収支の危機克服 3 2015/06/12・18 荻山正浩 講義資料ダウンロード http://www.le.chiba-u.ac.jp/~ogiyama 大戦景気下の国際収支と正貨保有高の推移 単位:百万円 貿易収支 1913 1914 1915 1916 1917 1918 1919 -97 -5 176 371 567 294 -75 貿易外収支 108 -11 5 -161 71 57 467 政府・日銀 正貨保有高 卸売物価 指数 376 341 516 714 1,105 1,588 2,045 100 92 86 93 114 154 205 注:卸売物価指数は1913年を100とした場合の指数。 出所:貿易収支、貿易外収支、正貨所有高については、安藤良雄 『近代日本経済史要覧 第2版』東京大学出版会、1979年、 100頁、表5-1にもとづき作成。 卸売物価指数については、大川一司他『長期経済統計8 物価』東洋経済新報社、1967年、134頁、表1「投資財物 価」にもとづき作成。 欧州 ドイツ 化学薬品 途絶、困難 ソーダ(ナトリウム塩)、染料など 攻撃(U ボート作戦) 日本 傭船需要 制海権 英国 綿糸、綿布 運賃 代価 途絶 植民地 2. 産業発展のプロセス 大戦景気:国内産業発達の契機 化学薬品などの輸入困難:国産化の契機 単価高騰(苛性ソーダ:大戦前の約 7 倍)、敵産技術の活用(特許失効) a 化学工業 電気化学工業の発展:化学肥料(硫安:硫酸アンモニウム) 技術者によるベンチャー:財閥からの財政支援 電気炉による合成[石炭+生石灰→カーバイド(炭化カルシウム)→石灰窒素(硫安原料)] 窒素固定:高温でカーバイドと空気中の窒素を反応、窒素を石灰に吸着 b 電力業 電灯の普及(ガス燈から)、電気化学工業:電力需要の増加 動力革命(蒸気機関からモーターへ):電機産業に対する需要 4 2015/06/12・18 荻山正浩 講義資料ダウンロード http://www.le.chiba-u.ac.jp/~ogiyama 明治期の電力業:小規模、ローカルな需要 工場、電鉄会社、鉱山の発電施設:余剰電力を近隣へ供給 明治末期から両大戦間期(1910 年代~):大規模化 規模の経済性(分散から集中へ:高効率)、株式会社制度による資金調達 各地の電力会社合併:大規模発電所、遠隔地への送電 山梨県桂川水系の水力発電所:首都圏への送電(1912~) c 電機産業 電力供給体制の整備:電機産業の需要拡大 工場の原動力(小型モーター)、産業機器(電話交換機)、近郊電車 外資の導入(合弁会社の設立):先進技術の導入、明治期から方針転換 日本電気(NEC の前身、米ウェスタンエレクトリック社との合弁会社) 手動式電話交換機の国内生産:工作機械は米本社から輸入 三菱電機:1923 年に米ウェスティングハウス社との提携(出資受入、技術導入) 日立製作所:国産技術の重視 日立銅山の電機機械修理:電機機械の製作 技術者の採用と育成:輸入品と文献情報から試作品、専門知識の必要性 人的資本の蓄積 技術者:国産技術の開発、先進技術の吸収 熟練工の定着:高賃金、福利厚生 d 鉄鋼業 製銑(鉄鉱石から銑鉄を生産:鋳物)→製鋼(銑鉄を鉄鋼へ:工業製品[機械、レール]) 銑鉄(高い炭素含有量:脆弱)⇔鉄鋼(低炭素:可逆性) 5 2015/06/12・18 荻山正浩 講義資料ダウンロード http://www.le.chiba-u.ac.jp/~ogiyama 銑鋼一貫工場 (八幡製鉄所) 銑鉄生産 インド 満州(中国東北部) 高炉 銑鉄 製鋼メーカー 鉄鋼生産 鉄鋼生産 平炉 平炉 鉄鋼 輸入銑鉄 鉄鋼 官営八幡製鉄所創業以前:銑鋼一貫生産工場の不在 釜石製鉄所(製銑)、陸海軍工廠での製鋼(輸入銑鉄の加工) 八幡製鉄所(1901 年操業開始):政府による設立、銑鋼一貫生産、日露戦後に安定操業 ドイツ人技術者と日本人技術者:意見の違いから対立、原料の構成比などの違い 鉄鋼需要の伸び:銑鉄供給の慢性的不足、輸入銑鉄への依存 製鋼工程への民間企業の参入(財閥系企業):冶金技術者の存在 神戸製鋼所(鈴木商店により設立:1905)、日本製鋼所(北海道炭礦汽船[三井系企業]と英国企 業の合弁で室蘭に設立:1907)、日本鋼管(川崎:1912)など インドや満州からの輸入銑鉄の加工 Ⅲ 資金供給と工業化 財閥と株式会社:近代産業の対照的な発展パターン 1. 財閥(巨大なファミリービジネス):内部留保の再投資 2. 株式会社制度:不特定多数の株主から資本調達 財閥系企業と非財閥系企業の相互補完 1. 技術者による企業創設(ベンチャー企業):財閥の資金援助 日本窒素[現チッソ]:三菱財閥による資金援助(後に三菱と絶縁) 2. 非財閥系企業:財閥系金融機関による融資 三井銀行による電力会社への融資、新規融資先の開拓(経済合理性) 6 2015/06/12・18 荻山正浩 講義資料ダウンロード http://www.le.chiba-u.ac.jp/~ogiyama 一般投資家 (富裕層) 出資 株式購入 社債購入による資金 調達(電力債など) 預金 出資 株式購入 社債引受 財閥 非財閥系企業 (株式会社) 融資 融資 新興企業 (株式会社) 出資 株式購入 出資 傍系企業 (株式会社) 創業 高等教育機関 (大学) 銀行 Ⅳ 制約条件 外部環境の変化:資源輸入と対外輸出 世界経済:1920 年代は良好、1930 年代以降は急激に悪化 科学技術の遅れ:欧米先進国とのギャップ、キャッチアップの長い道程 先進技術を要する部門:電機産業、機械産業(自動車) 貿易収支の巨額の赤字:西欧諸国に対する大幅な輸入超過 正貨保有高の減少:対外決済の危機 貿易収支と正貨保有高の推移(実質額)単位:100 万円 200 2500 貿易収支(左目盛: 1920 年価格) 2000 0 1500 -200 1000 -400 政府・日銀の正貨保有高 (右目盛:1920 年価格) 500 -600 -800 0 1903 1908 1913 1918 1923 1928 1933 注:いずれも各年の値を投資財物価指数でデフレートして 1920 年 価格で表示。 出所:三和良一・原朗『近現代日本経済史要覧補訂版』東京大学出 版会、2010 年;『明治以降本邦主要経済統計』日本銀行統計局、 1966 年、54 表。 7 閉鎖的所有 直系企業 エンジニア 400 特定家族 2015/06/12・18 荻山正浩 講義資料ダウンロード http://www.le.chiba-u.ac.jp/~ogiyama 輸出入構造 ヨーロッパ 機械 生糸、絹布 144 415 綿糸、綿布 生糸 903 919 日本 アジア 原棉 北アメリカ 724 974 126 石油 188 単位:百万円 輸出入額は 1925-29 年の5ヵ年の平均 他地域 Ⅴ 戦前の工業化 経済面での高い評価:政治や外交とは対照的 近世の遺産:社会的安定、高い農業生産力、国内交易 政府の施策:初等教育(教育水準)、高等教育(技術者の育成) キャッチアップの途上:欧米との技術格差、経済発展の足かせ 参考文献 石井寛治・原朗・武田晴人編『日本経済史 3 両大戦間期』東京大学出版会、2002 年。 粕谷誠『ものづくり日本経営史―江戸時代から現代まで』名古屋大学出版会、2012 年。 佐々木聡・中林真幸編『講座日本経営史 3 組織と戦略の時代 1914~1937』ミネルヴァ 書房、2010 年。 由井常彦・大東英祐編『日本経営史 3 大企業時代の到来』岩波書店、1995 年。 8
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