©NSCA JAPAN Volume 15, Number 4, pages 30-32 Point/Counterpoint 連載 16 特異的な脊椎のスタビライゼーションエクササイズは アスリートに必要か? Are Specific Spine Stabilization Exercises Necessary for Athletes? Loren Z.F. Chiu, MS, CSCS University of Southern California, Los Angeles, California るために必要である。 要約 脊椎の安定性の問題は、近年大きな 注目を集めている。脊椎筋組織に特 異的なトレーニングの支持者は多 い。一方、アスリートに有益なのか、 必要なのかに関しては異論もある。 PRO 賛成意見 Jason Brumitt, MSPT, CSCS,*D (Willamette Falls Hospital、オレゴン州オ レゴンシティ)の回答 30 ログラムに対する選手の反応を追跡し、 スポーツによる脊椎の傷害は、練習 プログラムの漸進や修正を行うことが やトレーニングの時間の逸失、試合の できる。脊椎のスタビライゼーション 欠場をもたらす。また、リハビリテー プログラムを実施する必要性を強調す ションに膨大な時間を費やさねばなら るために、指導する選手に、腹部のブ ず、場合によっては選手生命が途絶え レーシング(腹壁を内へも外へも動かさ る可能性すらある。コアのトレーニン ないで腹筋と背筋を共縮させる)を行わ グが不十分なことが、選手が背部に傷 せるとよい。この腹部のブレーシング 害を負う原因となる場合もある。研究 で体幹の筋組織を共縮させる能力は、 者は、脊椎の筋持久力が不十分で、脊 比較的単純な運動と思われる。しかし 椎の筋がアンバランスな選手ほど、背 実際には、多くの選手がこの基本的な 部に傷害を負う危険性が高いことを明 スキルを行うことができない。それぞ らかにしている(1,3) 。 れの筋群に特異的なエクササイズを取 脊椎のスタビライゼーショントレー り入れた、機能的な脊椎のスタビライ ニングの直接の目標は、選手のコアの ゼーションプログラムは、これらの筋 脊椎のスタビライゼーションエクサ 持久力を総合的に向上させることであ を活性化し、筋持久力を向上させるだ サイズは、すべての選手のストレング る。S&C 専門職は、コアの活動性が低 ろう。 ス&コンディショニング(S&C)ルーテ い選手を定性的に把握できるし、コア 足関節の捻挫または前十字靭帯の損 ィンに取り入れるべきである。脊椎を の持久力が低い選手は定量的に把握で 傷からの回復と比較すると、背部の傷 安定させる能力は、傷害のリスクを低 きる。質的なデータと量的なデータの 害後に競技に復帰するまでに必要な時 減し、傷害後のリハビリテーションを 両方を入手することにより、筋力トレ 間は、あまり定かではない。体幹の筋 助け、競技パフォーマンスを向上させ ーニングの専門職は、トレーニングプ 組織の活動パターンが、脊椎の傷害後 May 2008•Strength & Conditioning には正常に機能しなくなり、それがリ り返すことによって、肩に過度の負荷 くの出版物に掲載されており、そのこ ハビリテーションを困難にし、エクサ がかかり、その結果、ローテーターカ と自体、エクササイズ専門職がこのテ サイズの処方を複雑にしている。不適 フの傷害をもたらす。従って、安定し ーマをどれほど重要だと見なしている 切な、または不十分なリハビリを行い、 た競技パフォーマンスの向上のために かを示している。競技のためのコンデ しかも早急に練習や試合に復帰させる は、体幹の適切な持久力を確立するこ ィショニングにおいて、脊椎スタビリ と、選手は再度傷害を負う危険にさら とがカギとなる。 ティエクササイズを用いる理論的根拠 される。リハビリテーションプログラ すべての選手に、脊椎を安定させる は、多くの場合、傷害予防とパフォー ムを作成するときには、機能障害を起 能力が必要である。サイドブリッジ、バ マンスの向上である。近年、数多くの こしている、筋と筋のアンバランスを ードドッグ、クランチなどの特異的な 一般的な方法が普及しているにもかか 漏れなく特定することが重要である。行 脊椎のスタビライゼーションエクササ わらず、S&C 専門職は、これらの方法 き届いたリハビリテーションプログラ イズは、これらの筋を活性化して、基 の中には、最新の証拠を否定する偏っ ムに、特異的なスタビライゼーション 本的な持久力水準を満たせるようにす た考え方に基づくものも少なくないと エクササイズを取り入れることにより、 るために必要である(3) 。これらの基本 いうことを認識すべきである。 機能の衰えた筋組織の回復に取り組み、 的なトレーニング目標を達成したら、選 脊椎のスタビライゼーションのメカ 悪影響を及ぼす負荷から脊椎を守りな 手は、競技に特異的な要求を満たすた ニズムに関する誤解は、枚挙にいとま がら、筋持久力を安全に向上させるこ めに、他のコアトレーニング様式に漸 がない。その大半は、科学論文の限定 とができる。 進できる。◆ 的な理解や研究目的の誤った解釈に関 脊椎のスタビライゼーションエクサ サイズは、競技パフォーマンスの向上 にも役立つものである。体幹は、機能 的な運動連鎖システム(kinetic link system)の構成要素のひとつである。特に、 オーバーヘッドで投球する選手は、下 肢で生み出したパワーを、体幹を通じ 連している。例えば、 「深部のスタビラ References 1. Biering-Sorensen, F. Physical measurements as risk indicators for low-back trouble over a oneyear period. Spine. 9:106-119. 1984. 2. Ellebecker, T.S., and G.J. Davies. Closed Kinetic Chain Exercises: A Comprehensive Guide to Multiple Joint Exercises. Champaign, IL: Human Kinetics. 2001. 3. McGill, S. Ultimate Back Fitness. Ontario, Canada: Wabuno Publishers. 2004. イザー」と呼ばれることの多い腹横筋 と多裂筋に特異的なトレーニングに関 する中心的な主張は、それらが脊椎の 安定性の向上を通して、競技パフォー マンスを向上させるために必要かつ重 要な筋であるというものである。しか て上肢に伝達する(2,3) 。この遠位から し、この広く引用されているオースト 近位への一連の動きによって、上肢は、 ラリアの臨床研究者が行った研究は、 最高の加速度での投球能力を発揮でき るのである(2) 。体幹の筋組織の活性化 機能が不十分な場合、または不適切な 場合には競技パフォーマンスは低下す る。また、選手の体幹の機能が衰えて いると、遠位部に傷害を負う危険性が CON 反対意見 John Gray, MSc, CSCS (University of Waterloo、カナダ、オンタ リオ州ウォータールー)の回答 ある。体幹の機能が不十分な投手は、 腰痛のリハビリテーションだけを目的 に考案されたものであり、そのプロト コルを競技パフォーマンス向上の手段 とは見なしていない。これらの研究に おけるプロトコルの効果は、腰痛の減 少によって測定されたのであり、身体 的なパフォーマンスの向上として測定 投球の遅い段階になってからも、高い 脊椎のスタビライゼーションエクサ されたわけではない。事実、この研究 能力を発揮しようと試みるが、脚部に サイズは、あらゆる様式のエクササイ に続く長期的な対照研究は、広く普及 よって産生された力は、完全に上肢に ズプログラムにおいて主要なものとな している脊椎のスタビライゼーション 伝達されない。そのため選手は、肩で り、またあらゆる問題の解決策にもな エクササイズのいずれかの方法を用い より多くのトルクを産生することによ っている。確かに、このテーマに関す ているが、未だに、選手の傷害予防(2) って、自動的にこの不足を埋め合わせ る 多 数 の 論 文 が 、 Strength and やパフォーマンスの向上(3)に役立つと ようとする。このような連続動作を繰 Conditioning Journal をはじめとする多 いう主張を裏付ける研究結果は得られ May 2008•Strength & Conditioning 31 ていない。 32 マンスに似ているだけの動作を行うこ ショニングを行えないからである。急 機能不全の筋活動の対策と予防、そ とは、選手のさらなる能力向上にはほ 性損傷や再発性傷害を予防するために れが、特異的な脊椎のスタビライゼー とんど、あるいは全く利益がないとい 最も重要な要因は、ダイナミックな動 ションエクササイズをコンディショニ うことを認識すべきである。 作を行っている間に、常に脊椎のポジ ングプログラムに取り入れることの一 実際、脊椎の安定性は、状況依存的 般的根拠となっている。しかし、S&C な極めて複雑なプロセスである。すな らに、選手の傷害予防を十全に行い、 専門職が、全く症状のない選手に筋活 わち、関与する筋群やその活動は、活 パフォーマンスを向上させるための方 動の機能不全があると断定できる、有 動の要求に応じて、その都度必要とさ 法は、すべてのトレーニングと回復を 効かつ実際的な測定手段はひとつもな れる安定性に従って変化する。コアト 計画し、その構成を考慮する必要があ い。脊椎のスタビライゼーションアプ レーニングは腹横筋と多裂筋に特別な る。選手に対する競技の要求とは無関 ローチの提唱者の多くが主張している 注意を払っているが、それにもかかわ 係に、脊椎のスタビライゼーションエ にもかかわらず、自発的な動作の間に らず、これらの筋だけでは、脊椎にか クササイズを処方することは、脊椎の 筋の活性化の機能不全が起こることは、 かる中程度のトルクでさえ支えること 安定化を過度に単純化した方法である。 科学的に一度も証明されたことはない。 はできない(1) 。従って、健康な選手の 中途半端な単独エクササイズやその他 確かに、伸張反射の研究において、筋 ためのコンディショニングプログラム のエクササイズ(バランスなど)に過剰 電図検査によって筋の発火の遅れが測 において、この筋群に特別な注意を払 な時間を費やせば、競技に特異的な準 定されている。しかし、その遅れはわ うことには意味がない。諸研究により、 備や試合のための長期的な目標を達成 ずか1秒のうちの0.006 秒以下であり、 腰椎の安定性にとって、特にスポーツ できない。それは結局、選手の傷害リ エクササイズまたはリハビリテーショ 競技やS&C エクササイズにおいて大き スクを高めることになるだろう。◆ ン専門職が視覚的に、または触診によ な努力を必要とする運動を行っている って、そのような機能障害を識別する 場合には、すべての筋が重要であるこ にはあまりにも微小である。 とが強調されている。 普及している脊椎安定化のための方 腰痛の治療において、特異的な脊椎 法は、リハビリテーションテクニック のスタビライゼーションエクササイズ を転用したもので、健康な選手にとっ が適用される場合はある。しかし、健 ては疑問が多い。それは、これらのエ 康な選手におけるこのエクササイズの クササイズが筋活動の種類、筋緊張の 長期間にわたる利用が、パフォーマン 大きさ(過負荷) 、力発揮頻度、筋線維 スの向上や傷害リスクの低減に効果が の短縮速度など、S&C エクササイズを ないことは明らかである。大きな力を 処方するときに、他の部位に関しては 発揮するエクササイズ(傷害リスクが高 必要とされる特異性の原理の基本要素 いと批判されることが多い)を取りやめ の多くを満たしていないからである。研 て、代わりにスタビライゼーションエ 究によると、特異的な脊椎のスタビラ クササイズを処方することによって、多 イゼーションエクササイズにおけるパ くの選手、特に筋力パワースポーツや フォーマンスの向上は、身体的パフォ コンタクトスポーツの選手の下背部の ーマンスの向上(3)や傷害予防(2)を直 傷害リスクを、気付かぬうちに高めて 接意味しないことが明らかになってい いる可能性がある。その理由は、選手 る。S&C 専門職は、競技とは無関係な が参加しているスポーツの一時的な負 サーフェス上で、仰臥位で行うエクサ 荷や累積的な要求から脊椎を守るため サイズや、単に外見的に競技パフォー に必要十分なレベルの筋群のコンディ May 2008•Strength & Conditioning ションの感覚を強調することである。さ References 4. Barker, P.J., K.T. Guggenheimer, I. Grkovic, C.A. Briggs, D.C. Jones, C.D. Thomas, and P.W. Hodges. Effects of tensioning the lumbar fasciae on segmental stiffness during flexion and extension. Spine. 31:397-405. 1982. 5. Nadler, S.F., G.A. Malanga, L.A. Bartoli, J.H. Feinberg, M. Prybicien, and M. DePrince. Hip muscle imbalance and low back pain in athletes: Influence of core strengthening. Med. Sci. Sports Exerc. 34:9-16. 2002. 6. Tse, M.A., A.M. McManus, and R.S.W. Masters. Development and validation of a core endurance intervention program: Implications for performance in college-age rowers. J. Strength Cond. Res. 19:547-552. 2005. From Strength and Conditioning Journal Volume 29, Number 1, pages 15-17.
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