冷凍保存食品の品質向上を目的とした簡単に使える計算ツールの開発 Easy-to-use calculation tool for improving the quality of frozen foods. 国立大学法人東京海洋大学 大学院海洋科学系 食品生産科学部門 食品冷凍学研究室 鈴木 徹 渡辺 学† †Tel/Fax : 03-5463-0617/0585 はじめに 冷凍は,加熱操作を伴わないためタンパク質の変性が起こりにくいという点で, 原理的に最も優れた食品保存法である.事実,生の水産物や畜肉を長期間保存す ることができるのは冷凍だけである.しかしその冷凍も,正しい条件で行わなけ ればやはり品質の劣化が起こってしまう.冷凍保存された食品の品質を高く保つ ためには,原料品質,凍結,保存,解凍という4つの要素の全てが良い条件であ ることが必要である.この中で,原料品質と凍結は制御が難しいが,保存と解凍 は基本的に温度履歴を制御することで,工程中の品質変化を制御できるため,最 数値計算について 適な加工条件を予測することは,比較的容易である. しかし,物体各所の温度履歴は,物体の大きさ,形状,成分と微視的構造に よって決まる熱物性値,さらに物体周囲の冷却条件(流体種類,流速,乱れ, 等)によって複雑に影響を受けるため,経験と勘とトライアンドエラーによって 最適条件を予測することは非常に困難である. 以上を踏まえて我々は,保存および解凍工程の最適設計のためには数値計算の 利用が非常に有効であると考え,これを利用した支援ツールの開発を行っている. さらに,それは誰でもが簡単に使えるツールであることが望ましい.本稿では, 冷凍魚を解凍する際の,赤身肉の褐変の指標となるメト化率の変化をウェブサイ ト上で計算できるツールと,保存中の乾燥を予測する計算について紹介する. 三次元伝熱 一次元近似 誰にでも使える数値計算を目指すため,計算ソフトには MS-エクセルを用いた.これが,我々の研究室のホーム ページ(http://www2.kaiyodai.ac.jp/~mwat/)から試 用できるようになっている.図1はVBAで作成した計算条 件設定画面である.標準的な条件が表示されるため,簡単 に計算を実行することができるが,「詳細設定」ボタンを 押すとより細かい条件設定も可能となっている. 温度変化の計算 E-mail : [email protected] 見掛け比熱モデルを採用し,凍結界面の扱いを簡易化 凍結率の定義 Heat flux T0 T1 表面 ・・・ Tn Tn ・・・ T1 中心 メバチマグロの物性値 T>T f r 0 T0 T ≦ T f r 1 表面 記号 数値 説明 Tf ca 0.82 kcal/(kg℃) 未凍結層比熱 T cb 0.46 kcal/(kg℃) 凍結層比熱 a 1080 kg/m3 未凍結層密度 b 1020 kg/m3 凍結層密度 a 0.73 kcal/(m h℃) 未凍結層熱伝導率 b 1.27 kcal/(m h℃) 凍結層熱伝導率 Lf 56.8 kcal/kg 凍結潜熱 Tf -1.5 ℃ 凍結点温度 物性値の計算 一次元非定常熱伝導方程式 T 2T をコントロールボリューム法で t c p x 2 離散化して数値計算 c cb c a cb Tf T Lf 1 r a r b Tf T 2 1 r a r b 図1 計算条件設定画面 図3 見掛け比熱モデルによる物性値の推算 図2 一次元近似と離散化 現在ウェブ上で実行できる計算は,二次元伝熱を想定 したものであるが,ここでは一次元伝熱を例として計算の方法を説明する.図2(左)は,マグロのサクの長手方向中央 部の断面であるが,その中央部を考えると,図2(右)に示すようにほぼ一次元伝熱に近い状況になっていると考えられ る.このような場合,熱流に沿った方向に検査容積と呼ばれるセルを区切り,各セル間での温度差から熱流束を計算 し,伝熱面積と計算時間から,その間の伝熱量を算出し,それを熱容量で割ることで温度変化を計算できる.氷から 水への相変化は,吸収される潜熱を見掛け上の比熱変化として近似する見掛け比熱モデルを用いて,計算の簡易化を 図った.具体的には御木*の方法に従い,図3に示すように,凍結率r を用いて物性値の変化を表した. メト化率の計算 上述の方法で求められた温度履歴からメト化率を計算した.メト化を一次反応と仮定し,Arrhenius式と合わせて 図4に示すような定式化を行った.これを,温度を変化させながら時間に関する数値積分を行い,最終的なメト化率を 求めた.メト化に関する特性値は,図4に示す通り,カツオのデータを用いた. *御木英昌:鹿大水産紀要,33(2),155-266(1984). 30 20 10 0 -10 計算表面 計算中心 計算媒体 -20 -30 -40 0 20 40 60 メト化率 17.7(表面) 16.2(中心) t[min] (a) 計算の温水解凍曲線 T[℃] 40 30 20 10 図7 2次元モデルによる メト化率計算結果 0 -10 実験表面 実験中心 実験媒体 -20 -30 -40 0 20 40 60 t[min] (b) 実験の温水解凍曲線 メト化率 16.8(表面) 14.6(中心) 図5 1次元の温度履歴計算結果 5℃空気解凍 中心 メト化率[%] 表面 中心 63分 32.3 8.8 19時間 15.8 14.9 61分 35.7 11.2 19.5時間 18.5 11.1 冷凍保存中に起こる乾燥量の計算 図6 均温化解凍の計算結果 計算条件(米飯) 氷昇華率 [m/s] 6.00E-03 0.000651 試料表面積 [m2] 雰囲気温度 [℃] -18.0 試料温度 [℃] -18.0 相対湿度 [%] 50.0 純氷の水分活性 0.838 乾燥重量 [g] 0.5 初期水分量 [g] 0.85 初期重量 [g] 1.35 初期含水率 [g/g] 1.70 最終重量 [g] 0.642 最終含水率 [g/g] 0.286 乾燥量 [g] 0.7077692 しかしここで問題となるのが水分活性であ 冷凍保存中の食品は,ある程度保存期間が長くな ると,食品の乾燥と,それに起因する霜付き,冷凍 る.水分活性は食品の水分含量の関数であり, 焼け等が起こり,食品の品質劣化を招くことがある. しかもその関数形は,食品の種類や状態に 低温雰囲気での食品保存中の乾燥速度は次の式で表 よって変わってしまうためである. そこで我々は,米飯などを用いて,水分含 される. 量と水分活性の関係(吸着等温線)を,比較的簡便に調べる w = A k (awPs,i(TF)-H Ps,a(Ta)) 方法を考案した.測定値のフィッティングにはBET式を用い ・ w:乾燥速度[kg/s], A:表面積 [m2], k:物質伝達係数 た.そして,この関係を組み込んで,冷凍保存中の米飯の乾 [s/m], aw:食品の水分活性 [-], H:相対湿度 [%], 燥度の変化を予測する数値計算プログラムを作成した. Ps,i:食品表面での氷の飽和蒸気圧 [kPa], Ps,a:雰囲 気の飽和水蒸気圧 [kPa], TF:食品表面温度 [℃], 庫内温度と食品温度に差をつけて乾燥を速めた実験を行い, Ta:雰囲気温度[℃] その結果は計算結果と一致することを確認した. ・ まとめ 食品の加工や保存において,最適条件を見出すことは一般的に非常に困難である. 微視構造が複雑であるために内部での移動現象がまた複雑であること,様々な生化学 反応が関与すること,食品の種類や状態によって熱物性値が大きく変わること,等が 理由であると考えられる.このような問題を解決するためには,モデル計算が有効で 1.2 図8 カツオの解凍後のK値の計算結果 2.5 米飯 1 含水率 0.6 グリンピース 2.0 測定値 0.8 含水率 表面 解凍時間 0.4 測定値 1.5 含水率 1.0 0.5 0.2 0 0.0 0 0.2 0.4 0.6 水分活性 0.8 1 0.0 1.6 Parboiled Rice 1.4 1.2 重量変化 g メト化率[%] 含水率 35℃温水解凍 解凍時間 重量変化 g 図5は,1次元モデルによる温度履歴の結果である.図(a)と(b)を比 較すると,計算と実測がよく一致していることが判る.その下の表は, この時の解凍所要時間とメト化率をまとめたものだが,温水解凍,空気 解凍のどちらでも,計算値と実測値が良く一致している.図6は,温水 への浸漬と冷蔵庫での解凍を交互に繰り返す,均温化解凍と呼ばれる方 法の計算結果である.計算の結果,繰り返し回数を3回に増やしても, それほど大きな改善は見られないことが示唆された. 図7は2次元モデルによるメト化率の計算結果で,実際の色を再現し た表示を試みたものである.このように,実際の色味が計算結果として 得られるのは,本ツールの大きな特長である. また,得られた温度履歴を利用して,カツオのK値を計算し た例を図8に示す.これより,氷水解凍は10時間でほぼ解凍が 初期メト化率 表面8.6% 完了し,K値も低く保たれているため,最適な方法であると判 中心8.6% 断できる.なおK値の計算値は,実測値とほぼ一致することを 計算 確認している. 実験 T[℃] 40 赤身魚肉の解凍中に起こるメト化の計算 1 0.8 0.6 0.4 0.2 0 0 50 100 150 経過時間 h 200 250 0.2 0.4 0.6 水分活性 1.8 1.6 1.4 1.2 1 0.8 0.6 0.4 0.2 0 0.8 1.0 Greenpeas 0 50 100 150 経過時間 h 200 250 図9 米飯およびグリーンピースの等温吸着線と乾燥度の計算結果 ある.複雑な現象をモデル化するためには数値計算が便利であり,しかも食品種類や 状態変化に対応するためには,現場において,そのときの状況に合わせて計算を行う ことが必要であろう.そのため,本研究が提案する計算モデルは,「いつでも誰でも 使える計算ツール」というコンセプトを目指したものである.今後は,より様々なシ チュエーションに応じた計算ができるような物性値データベースの拡充と,実際に現 場で使って頂いて,プログラムの実用性を向上させることを目指したい.
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