気象学特論(ab) 参考資料 7 渦度方程式 第 6 章で導出したプリミティブ方程式系を用いて、総観規模、全球規模の大 気の運動について考えてみる。このような大きな空間スケールでの大気の運動 においては、鉛直方向の運動よりも水平方向の運動のほうがずっと大きい。さ らに、水平方向の運動の中では、収束、発散は相対的に小さく、低気圧や高気 圧で見られるような渦、つまり回転成分のほうが卓越している。以下では、大 気の運動の回転成分に着目して大気の運動を論じる。 第 6 章の(1)、(2)より、 u u u v u u fv Fx t x y p x v u v v v v fu Fy t x y p y (1) (2) (1)を y で偏微分し、(2)を x で偏微分すると、 u u u v u u v u x y p y y x y y y p t v df 2 f v Fx y dy xy y (3) v u v v v v v u x y p x x x x y x p t u 2 f Fy x xy x (4) (4)-(3)より、 v u v u u v v u u v x y p x y x y x y x p y p t F u v df F f v y x y x y dy x ここで、相対渦度 を 1 (5) v u x y (6) df dy (7) と定義し、さらに、 とすると、 u v u v Fy Fx D v f Dt y x y y p x p x (8) (8)の左辺第 2 項はベータ項とよばれ、惑星渦度の南北移流の効果を表している。 右辺第 1 項は発散項である。 f は惑星渦度と相対渦度の和であり、絶対渦 u v 度とよばれる。 は水平発散である。右辺第 2 項は傾斜項である。全球 x y 規模、総観規模では、この項の寄与は小さく無視できる。右辺第 3 項は粘性項 である。 (8)で傾斜項と粘性項を無視すると、 u v D v f Dt x y となる。ここで、水平風が発散成分を含まない、つまり、 (9) u v 0 と仮定す x y る。このとき、水平風 u, v は流線関数 を用いて、 u , v y x (10) と表すことができ、相対渦度 は、 2 2 2 2 y x (11) と書ける。したがって、(9)は D 2 2 2 2 0 Dt x y x (12) と表せる。中緯度の対流圏では西風が卓越する。西風基本場での大気の運動を 考える場合であれば、(12)は 2 2 2 U 0 2 2 x x y x t (13) と書くことができる。 (13)において、波型の解を仮定して、 ˆ exp i kx ly t とすると、 (14) Uk k 2 l 2 k 0 つまり、 Uk となる。定常解、つまり位相速度 k k l2 2 (15) がゼロである解を考えて、 0 とすると、 k k k2 l2 U (16) となる。これが定常ロスビー波の分散関係式である。全球規模の大気の運動を 傾圧不安定波の時間スケールよりもじゅうぶんに長い時間で時間平均すると、 定常ロスビー波を検出することができる。 3 8 準地衡方程式系 中緯度では、大きな空間スケールでの大気の運動においては、地衡風平衡が 近似的に成り立っている。つまり、水平風の地衡風成分は、非地衡風成分より も大きい。第 6 章で導出したプリミティブ方程式系において、この条件を用い て、総観規模の大気の運動を記述する方程式系を導出する。 第 6 章の(1)、(2)より、 u u u v u u fv t x y p x v u v v v v fu t x y p y (1) (2) ただし、粘性項は無視している。ここで、(1)、(2)の各項の大きさを見積もるこ とを考える。まず、対象としている現象の代表的な空間スケールを L 、風速の代 表的なスケールを U とする。総観規模の温帯低気圧や移動性高気圧を対象にす る場合、 (3) L 10 6 m , U 10 m/s である。また、中緯度においては、コリオリ係数 f は、 f 10 4 /s である。したがって、左辺の時間変化項と移流項の代表的スケールは、 U2 10 4 m/s 2 L 右辺第 1 項のコリオリ項の代表的スケールは、 (4) (5) (6) fU 10 3 m/s 2 地衡風平衡が近似的に成り立っているので、右辺第 2 項の気圧傾度項も同じス ケールである。 以上のスケールの評価において、コリオリ項に対する、時間変化項や移流項 の比をロスビー数という。ロスビー数 Ro は、 U2 / L U RO fU fL (7) と定義できる。ロスビー数が小さいほど、地衡風平衡がよく成り立っていると いえる。中緯度では、 Ro 0.1 である。 4 ここで、 u 、 v を地衡風成分 u g 、 v g と非地衡風成分 ua 、 v a に分けて考える。つ まり、 ug 1 1 , vg f 0 y f 0 x (8) とする。ただし、コリオリ係数としては、代表的緯度での値 f 0 を用いている。 このように定義した u g 、 v g を用いて、 u 、 v を u u g ua , v v g v a (9) とおく。地衡風平衡がよく成り立っているという条件のもとでは、 u g ua , v g v a (10) である。(1)、(2)において、左辺の時間変化項と移流項は、右辺の2つの項に比 べて小さいので、地衡風成分のみを考慮して、 u u u v u u ug ug ug vg ug (11) t x y p t x y v u v v v v vg ug vg vg vg t x y p t x y (12) と近似する。 一方、(1)、(2)の右辺において、 u 、 v を地衡風成分と非地衡風成分に分け、さ らに、 f f 0 y (13) と近似すると、 fv fu f 0 y v g va x x (14) f 0 y u g ua y y (15) と書けるが、 f 0 に比べて y は小さいので、 yv a 、 yv a の項を無視して、 fv f 0 y v g f 0 va x x 5 (16) fu f 0 y u g f 0 ua y y (17) とする。 (11)、(12)、(16)、(17)より、(1)、(2)は、 ug ug ug vg u g f 0 y v g f 0 v a t x y x vg ug vg vg v g f 0 y u g f 0 ua t x y y と近似できる。地衡風は非発散であり、 ug vg 0 x y (18) (19) (20) であることを用いて、(19)の x 偏微分と(18)の y 偏微分との差を計算すると、 vg va u g v g u g v g f 0 ua (21) x y x y y t x v g u g とおいて、(21)を変 が得られる。ここで地衡風の相対渦度 g を g x y 形すると vg va u g f 0 y g f 0 ua x y y t x となる。さらに、(22)に対して、連続の式 ua va 0 x y p (22) (23) を用いると、 vg u g f 0 y g f 0 x y p t が得られる。ここで、 1 g vg ug 2 x y f0 (24) (25) だから、地衡流線関数 を 1 f0 (26) g p2 (27) と定義すれば、 となって、(25)は、 6 2 vg u g f 0 y p f 0 x y p t (28) と書ける。 第 6 章の(6)より、 u v 0 t x y p (29) ただし、非断熱加熱を無視している。ここで、圧力 p にだけ依存する温位 の基 本場 R を定義すると、基本場の温位の鉛直勾配 d R は、温位の偏差の鉛直勾配 dp に比べてじゅうぶんに大きいので、 d R p dp (30) である。さらに、水平移流項の u 、 v を u g 、 v g に置き換えると、(29)は d v g R u g x y dp t と書ける。ここで、理想気体の状態方程式 p RT (31) (32) と静水圧平衡の関係 p (33) を用いると、 T p R p (34) が導かれ、温位 は p T p0 R Cp (35) だから、 p p R p0 R Cp となる。これを(14)に代入すると、 7 p (36) R d p p C p vg R u g (37) x y R p0 p dp t と書ける。ここで、 R が圧力 p にだけ依存し、 x 、 y 、 t に依存しないことを考 慮すると、 R 1 p p C p d R v g u g x y R p0 dp p t と変形することができる。ここで、圧力 p にだけ依存する変数 s を s2 R p p p0 R Cp d R dp (38) (39) と定義すれば、(38)は、 1 vg u g x y s 2 p t と表せる。さらに、地衡流線関数 を用いれば、 f 0 vg u g x y s 2 p t (40) (41) が得られる。 (28)と(41)から を消去することを考える。まず、(41)を p で偏微分すると、 f 0 u g v g f 0 vg u g x y p s 2 p p x p y s 2 p t p (42) となる。ここで、 ug , vg y x (43) だから、(42)の左辺第 2 項は消去できて、 f 0 vg u g 2 x y p s p p t が得られる。(44)に f 0 をかけて、(28)との和を計算すると、 8 (44) 2 f 0 2 2 v g f 0 y p 0 u g x y p s p t (45) となる。ここで、 Dg Dt ug vg t x y (46) と定義すれば、 2 Dg f 0 2 0 f 0 y p 2 Dt p s p (47) 2 f0 q f 0 y p p s 2 p (48) となる。(47)は、 2 が地衡風に沿って保存することを示している。この q を準地衡渦位という。 なお、鉛直座標として圧力 p の代わりに高度 z を用いると、(47)は、 2 Dg f 0 1 2 R 2 0 f 0 y p Dt R z N z (49) と表せる。ただし、 R は R から計算される基本場の密度である。N はブラント・ ヴァイサラ振動数であり、 N2 g 1 d R R dz と定義される。 9 (50) 9 傾圧不安定 第 8 章の(49)で、 f と N は一定と仮定して、さらに R の高度変化を無視する と、 Dg f 2 2 2 f 2 2 0 Dt N z (1) と書ける。(1)は、準地衡渦位 f 2 2 (2) N 2 z 2 が保存することを意味している。また、第 8 章の(41)を、高度座標で書きかえる q f 2 と、 Dg f N2 w Dt N 2 z f (3) が得られる。 基本場において、南北風はゼロであり、東西風は東西、南北方向には一様で、 鉛直シアは一定であると仮定する。このとき、基本場の地衡流線関数 0 は、 0 U yz H (4) と書ける。ただし、H は対象としている領域の高さ、U は領域の下端と上端で の東西風速の差である。 地衡流線関数の基本場からの偏差を ' 、準地衡渦位の偏差を q ' とすると、準 地衡渦位は保存しなければならないから、時間と場所によらず、 q' 2 ' f 2 2 ' 0 N 2 z 2 (5) である。ここで、 ˆ ( z ) exp[i (kx ly t )] ' (6) として、(5)に代入すると、 d 2 ˆ N 2 k 2 l 2 ˆ dz 2 f2 ˆ は、 が得られる。(7)を満たす 10 (7) ˆ A cosh z B sinh z H H R R (8) である。ただし、 HR 2 f2 N 2 k 2 l 2 (9) である。 次に、境界条件を検討する。下端 z H / 2 では、 w 0 である。(3)より、 ' f 0 ' 0 0 ' 2 x x y N z t y (10) だから、 0 f 0 2 t y x N z f ' ' f 0 ' 0 2 2 t y x N z t y x x y N z (11) ' ' f ' 0 2 y x x y N z ここで、 0 の定義より、左辺第 1 項はゼロである。微小振幅を仮定すると、 ' 0 だから、左辺第 2 項、第 3 項に比べて第 4 項はじゅうぶんに小さい。し たがって、 0 f ' ' f ' 0 0 2 2 t y x N z t y x x y N z である。(4)を代入すると、 U U ' 0 ' 2 x z H x t 同様に、上端 z H / 2 においても、 w 0 だから、 U U ' 0 ' 2 x z H x t である。(13)、(14)に(8)を代入すると、 1 U U Ac Bs 0 k As Bc k HR 2 H 11 (12) (13) (14) (15) 1 U U Ac Bs 0 k As Bc k HR 2 H (16) H H , s sinh c cosh 2H R 2H R (17) ただし、 (15)と(16)の和と差を計算すると、 H 1 kU s R c A cB 0 H 2 H 1 sA kU c R s B 0 H 2 (18) (19) (18)、(19)が A B 0 以外の解を持つための条件は、 1 H R2 HR 2 2 2 2 2 2 cs c s k U cs 0 4 H 2H (20) だから、 1 H H 1 H H R coth R 2 k 2 U 2 tanh 2 H R H 2 2H R H 2 (21) ここで、 K 2 k 2 l 2 , KR 2 f2 N 2H 2 (22) とおくと、 1 K K 1 K K R coth R 2 k 2 U 2 tanh 2 2 K K 2 2 K K R R (23) が得られる。(23)は傾圧不安定波の分散関係を表している。 (23)で、 l 0 とすると、 1 k K 1 k K R coth R 2 k 2 U 2 tanh 2 2 K k 2 2 K k R R (24) となる。このとき、波数 k と振動数 との関係を計算すると、図のようになる。 12 傾圧不安定波の角振動数と成長率 (24)で、 k 2.40 K R のときには、 2 が負になる。この場合、 が虚数成分を持つ ので、時間とともに振幅が増大する不安定モードが存在する。成長率 は、 i と書くことができる。 が最大となるのは、 k 1.61K R のときで、最大 成長率は、 0.31K R U である。現実の中緯度の大気では、 K R 10 6 /m 程度 であるので、成長率が最大になるときの波長は約 4000km である。これは、現実 の大気で見られる温帯低気圧の空間スケールとよく一致する。このときの成長 率は、 U 30 m/s とすれば、 1.1 /day 程度である。 次に、成長モードの構造を調べてみる。(18)、(19)から、 を消去すると、 2 H HR 1 tanh 2 2H R H B A2 1 H HR coth 2 2H R H (25) だから、 2 K KR 1 tanh 2 2K R K B A2 1 K KR coth 2 2K R K 13 (26) となる。 l 0 とすると、 2 k KR 1 tanh 2 2K R k B A2 1 k KR coth 2 2K R k (24)で、 2 が負のときには、 (27) B2 B 0 だから、 は虚数である。成長率が最大と 2 A A なるのは、 k 1.61K R のときで、 B 1.50i である。これを、(6)、(8)に代入する A と、地衡流線関数 ' の実部は、 z z coskx 1.50 sinh sin kx Re ' A exp t cosh HR HR (28) と書くことができ、図のように空間構造を求めることができる。図をみると、 上空に行くほど気圧の谷が西に傾いていることが分かる。 ' の空間構造から、 南北風や温度偏差も計算することができ、気圧の谷の前面で暖気移流が生じ高 温偏差になっていて、後面で寒気移流が生じ低温偏差になっていることが確か められる。これらは、発達中の温帯低気圧において実際にみられる特徴である。 +1/2 z/H 0 -1/2 -π 0 +π kx 傾圧不安定波の流線関数の構造 以上の理論は、Eady によって 1940 年代後半に提唱されたものである。大気の 下端だけでなく上端でも鉛直流がゼロであると仮定しているなど、現実的では ない部分もあるが、それでも現実の温帯低気圧の成長をよく表していると考え 14 られている。 15
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