Paper - JSRSAI

集積の経済と人的資本の移動
九州工業大学
李 友炯
九 州 大 学
細江守紀
1. はじめに
1990年代以降, Dixit and Stiglitz(1977)の独占的競争モデルを空間経済学に導入した「新しい経済
地理(New Economic Geography; NEG)モデル」が注目を集めた以来, 急速に研究が進んで都市の集
積経済を説明する膨大な研究成果が蓄積された. 収穫逓増や不完全競争市場をモデルに取り入れ
たこのNGEモデルの本質は core-peripheryモデル (以下, CPモデル)に現れる. CPモデルは, 輸送
費用, 企業レベルでの収穫逓増, そして需要(前方)と供給(後方)の連関効果の相互作用が経済主体
の立地行動をどのように変えるかを分析したものである. 一方,都市における集積の経済を説明する
に当たって,人的資本の重要性を強調する研究も少なくない. Olga(2002)は既存のCPモデルで集
積の要因として挙げている要素に加え,人的資本による外部性も重要であることを示した. また,
Berry and Glaeser(2005)は米国におけるHigh skilled労働者の人口の変化と都市の集積との関係を究
明している.
本稿の目的は,既存のCPモデルに土地市場及び住民の生活環境に対する外部性を導入し,さら
にHigh skilled労働者とLow skilled労働者が共存する労働市場をもつあるopen cityを想定することによ
って都市の集積経済や人的資本の移動に影響を与える要因を考察するである.
2. モデル
本稿では,中間財(x )及び最終財(Q )をそれぞれ生産する企業と住民からなるある1つの都市を想
定する.また,住民は持っている技術水準によってHigh-skilled laborとLow-skilled laborに分かれ,都
市間の移動は自由であるopen cityを仮定する.
2.1 中間財部門
中間財の市場は独占的競争状態であり,生産された財はすべて都市内の最終財の生産に利用され
る.すなわち,中間財の都市間の移動はないとする.各企業は規模に関する収穫逓増の生産技術を
持って生産を行う.生産要素はHigh-skilled laborのみとし,生産にあたっては固定的要素 (f ) と限界
的要素 (c) が必要であるとする.よって,第 i 中間財を xi 単位生産するために必要な労働投入量,
Nx は
N x = f + cxi
である.以上より,各企業の行動は次のように与えられる.
max pi xi − WH ( f + cxi )
pi
ここで, px は第 i 中間財の価格を,WH はHigh-skilled laborの賃金を示す.各中間財の間での代
替弾力性をσとすし, σ ≡ 1/(1 − ρ ) で定義すれば,利潤最大化の1階条件より次のように中間財の価
格が得られる.
pi =
cWH
(1)
ρ
ρは最終財を生産する企業の中間財に対する多様性の程度を示すものと考えることができる.さらに,
(1)を利潤関数に代入すると,企業の生産量はどの企業でも
xi =
fρ
c(1 − ρ )
(2)
になることがわかる.次に,中間財部門に雇用される労働者の数,Nx は,
N x = f + cxi =
f
1− ρ
(3)
のように求めることができる.また,企業数,m は,
m=
N H N H (1 − ρ )
=
Nx
f
(4)
となる.ここで,LH は中間財部門に雇用されるHigh-skilled laborの総数である.
2.2 最終財部門
最終財の市場は完全競争市場で,各企業は収穫一定の生産技術を持っているとする.また,生産
される財は都市内のみならず他都市でも消費されるとする.各企業は中間財,xi とLow-skilled laborを
生産要素とし,次のような生産関数に直面するとする.
 m ρ 1/ ρ 
Q = N  ∑ xi  
 i =1  
b
a
L
ここで,最終財分門の総生産量は競争的に行動するある1つの代表的企業によって生産れるとする.
したがって,最終財部門における企業の行動は,Fujita et al.(1999)と同様に2段階に分けて考えること
ができる.すなわち,まず第1段階で各生産要素をどの程度投入するかを決め,その投入量の下で第
2段階では中間財に対する支出最小化問題を解くことによって均衡解を求めることができる.第1段階
での中間財の投入量をX としたとき,第2段階での支出最小化問題は次のように与えられる.
m
min
xi
∑px
i =1
i i
1/ ρ
s.t.
まず,この問題の1階条件より
 m ρ
 ∑ xi 
 i =1 
=X
1
ρ −1
xj =
pj
1/ ρ
 m ρρ−1 
 ∑ pi 
 i =1

X
(5)
が得られる.ここで,
ρ −1
 m ρρ−1  ρ
G ≡  ∑ pi 
 i =1



とすれば,G は X を1単位購入するための最小費用であり, X 財の価格指数として捉えることがで
きる.さらに,(1)より, p1 = ⋅⋅⋅ = pm ≡ px とすれば,
G=m
ρ −1
ρ
px
(6)
となる.一方,最終財は都市内のみならず他都市でも消費され,その場合特に輸送費がかからないと
すれば財の価格は定数としてみなすことができ,ここではその価格を 1 とする.よって,第1段階で
の問題は次のような利潤最大化問題として表すことができる.
max N La X b − WL N L − GX
NL , X
NL はLow skilled laborの投入量を, WL は賃金を示す.また,収穫一定の生産技術をかていするた
め,a+b=1 となる.したがって,この問題の1階条件より,
b WL
X=
NL
(7)
a G
が得られる.
2.3 財部門の均衡
最終財部門の企業の生産関数が1次同次関数であるため, X は(7)のように任意の NL の比率で
与えられる.まず,(5), (6), (7)より,
x=
b WL N L
a px m
(8)
が得られる.また,利潤最大化の労働者に対する1階条件が
aN La −1 X b − WL = 0
で与えられる.よって, (2), (4)よりLow skilled laborの賃金は
1− ρ


ρ


−
ρ
1
ρ
1/ ρ 
a −1 
WL = aN L
NH
 c  ρ 



のようになる.さらに,(1), (2), (4), (8)より
b
(9)
WH =
b NL
WL
a NH
(10)
のように,均衡における各労働者の賃金 WH, WL は NH と NL の関数として与えられる.したがって,
(9), (10)より次のような関係が確認できる.
∂WL
∂ 2WL
∂WH
∂ 2WL
< 0,
>
>
< 0,
0,
0,
∂N L
∂N L2
∂N L
∂N L2
∂WL
∂ 2WL
∂WH
∂ 2WH
> 0,
<
<
> 0.
0,
0,
∂N H
∂N H2
∂N H
∂N H2
ただし, NH に関しては b <ρの仮定の下で成り立つ.さらに,中間財部門の企業の固定的及び限
界的要素, f, c に関しては以下の関係がわかる.
∂Wi
∂Wi
< 0,
< 0, i = H , L
∂f
∂c
一方,最終財部門の企業における多様性の変数ρに対しては

∂Wi
1− ρ 
log  N H
≤ (>)0, i = H , L
 ≥ (< ) ⇒
∂ρ
ρ 

のような関係が確認できる.
2.4 住民の行動
都市内に居住する各住民は住宅地の規模と最終財の消費から便益を得るとすれば,効用関数は
γi
U i = qiα hiβ hi , α > 0, β > 0, i = H , L
で与えられる.H, L はそれぞれHigh skilled laborとLow skilled laborを示す. h は各タイプの住民の
住宅地規模の平均を示すもので,住居環境の質を意味する外部性として捉える.γ がその外部性
の程度を表すパラメータであり,両タイプの住民が外部性から受ける便益は必ずしも一致しない.
また,住宅地の地代を R とすれば,各個人の予算制約式は,
Wi = qi + Rhi
となり,効用最大化問題を解くことによって,
qi = αWi , hi =
βWi
, i = H,L
R
が得られる.次に,都市内の土地の供給量を D とし,都市内に遊休地が存在しないとすれば,土地
市場の均衡条件は
hH N H + hL N L = D
を満たさなければならない.したがって,(10), (11)より市場地代を次のように求めることができる.
(11)
1− ρ


β (a + b) a  ρ  1 − ρ  ρ 1/ ρ 
R=
NL
NH
 c  ρ 

D


b
(12)
(12)より,各住民の住宅地規模は,
hH =
hL =
aD WH
,
a + b WL N L
13)
aD 1
a + b NL
(14)
となる.以上より,各住民の間接効用関数, Vi が次のように求めることができる.
1+ γ H
b
VH = α  
a
α
 aD 


 a+b
 aD 
VL = α 

 a+b
α
β +γ L
β +γ H
aα
L
bα − ρ (1+ γ H )
AN N H
ρ
,
(15)
bα
AN
aα −γ L −1
L
1− ρ b 
 

  ρ  1− ρ  ρ  
A = a  
 
c f   

 
 

N Hρ ,
(16)
α
仮定より,ρ>b であるため,次の関係が確認できる.
∂VH
∂ 2VH
∂VL
∂ 2VL
< 0,
>
0,
<
0,
> 0.
∂N H
∂N H2
∂N L
∂N L2
∂Vi
∂Vi
< 0,
< 0, i = H , L
∂f
∂c

∂Wi
1− ρ 
≤ (>)0, i = H , L
log  N H
 ≥ (< ) ⇒
∂ρ
ρ 

2.5 労働市場の均衡
冒頭で述べたように本稿では,各労働者が都市間で自由に移動できるopen cityを仮定しているた
め,各住民は自分の効用水準と全国的な効用水準を比べて移動するか否かを決めることになる.た
だし,High skilled laborと Low skilled laborの効用水準は必ずしも一致せず,それぞれの全国的な効
用水準は異なる.ここで,各住民の全国的な効用水準をそれぞれ U , U とすると,(15), (16)より均衡
における NH, NL が得られ,すべての均衡解を求めることができる.このとき,次の関係が確認でき
る.
∂N H
∂N L
∂N H
∂N L
< 0,
< 0,
< 0,
< 0.
∂U
∂U
∂U
∂U
ここで,さらに数値シミュレーション分析を行うと次の結果が確かめられる.
ρ
f
c
γH
γL
NH
+ →−
−
−
+
−
NL
+ →−
−
−
+
−
WH
+ →−
−
−
+
−
WL
+ →−
−
−
+
+
hH
−→ +
+
+
−
+
hL
−→ +
+
+
−
+
R
+ →−
−
−
+
−
3. 終わりに
本稿では,High skilled労働者のみを生産要素とする中間財部門とその中間財とLow skilled労働者を
生産要素とする最終財部門が存在するある都市を想定して,各変数が財市場,労働市場及び土地市
場に与える効果を分析した.分析の結果は表1でまとめている.全般的に生産部門の変数の変化は
両タイプの賃金の低下をもたらし,人口も減少する.具体的にみるとまず,中間財部門において固定
的要素(f )及び限界的要素(c )の上昇は両タイプの労働者の賃金と人口をともに減少させる.また地代
も低下し,各個人の住宅地規模は大きくなる.次に,最終財部門における中間財に対する多様性の
選好度(ρ)に対しては一定水準までの増加は両タイプの人口や賃金を上昇させるが,その水準を超
えるとむしろ減少させる.人口の増加をもたらす要素はHigh skilled労働者に対する外部性の大きさを
示すγH である.すなわち,中間財部門で雇われているHigh skilled労働者の住居環境の改善が両タ
イプの人口をともに増加させることになる.
参考文献
[1] Berry C. R. and E. L. Glaeser[2005], “The Divergence of Human Capital Levels across Cities”,
Papers in Regional Science, Vol. 84, No. 3, 407-444.
[2] Olga Alonso-Villar [2002], “Urban Agglomeration: Knowledge Spillovers and Product Diversity'',
The Annals of Regional Science, Vol. 36, 551-573.
[3] Forslid R. and G. I. P. Ottaviano [2003], “An Analytically Solvable Core-periphery Model”, Journal
of Economic Geography 3, 229-240.
[4] Krugman, P.[1991] , “Increasing Returns and Economic Geography”, Journal of Political Economy,
vol. 99, 483-499.
[5] Fujita, M., P. Krugman and A. J. Venables[1999], The Spatial Economy: Cities, Regions, and
International Trade, The MIT Press, MA.