英国出張メモ:目先はポンド安で焼け太り、その先は?

リサーチ TODAY
2016 年 10 月 18 日
英国出張メモ:目先はポンド安で焼け太り、その先は?
常務執行役員 チーフエコノミスト 高田 創
筆者は9月末から10月初にかけてロンドン出張を行った。そこでよく聞いた言葉は「ハードかソフトか」だ。
まるでコンタクトレンズの選択のようなものだった。印象深かったのは為替が丁度31年ぶり、つまり1985年の
水準まで低下したことだった。当時、筆者は英国の大学に留学中だったが、1985年は英国においてサッチ
ャー政権下、炭鉱ストが続くまさに長いトンネルの真っ只中にあった。当時はまだ、パンクファッションが溢
れ、街中はバンダリズムが残る雑然とした状況にあった。その後の一連の改革を経て、英国は今や随分と
ピカピカな状況を取り戻しただけに隔世の感がある。その頃と同じ為替水準になったのだから、それは英国
経済に大きなサポートであることに違いない。その後、ポンドが大幅に売られた時期は1992年9月で、この
時はソロスの売り仕掛けによってERM離脱に至った頃である。当時のポンド危機から英国はユーロに加わ
ることを断念したが、それが結果的に今日の英国産業の回復につながったため、英国はポンド安での焼け
太りを繰り返してきたことになる。
今回のポンド安は、バーミンガムで開催された保守党大会で、メイ首相が移民の制限を重視しEU単一市
場からの離脱も辞さない「ハードBrexit」に傾くことを強調したためと考えられる。保守党大会は地方議員が
中心であり、その中心は離脱派であったため、高揚した雰囲気のなかで、英国独立や「革命」のような言葉
に党員が踊らされた面もあった。しかし、これを冷やかに見るシティはポンドの売りを浴びせた。
■図表:ポンド相場の長期推移
2.6
(ポンド/ドル)
2.4
2.2
2.0
1.8
1.6
1.4
1.2
1.0
1980
(暦年)
1985
1990
1995
2000
(資料)Bloomberg よりみずほ総合研究所作成
1
2005
2010
2015
リサーチTODAY
2016 年 10 月 18 日
我々も含め、英国のEU離脱が決まると英国経済は大きな景気後退に見舞われるとの多くが予想してい
た。こうした予想は、英国政府機関も含め、EU離脱へのけん制というバイアスという面もあった。ただし、実
際にEU離脱の国民投票が決まって3カ月以上が経過した今、こうした予想は大きく裏切られる状況にある。
次の図表は英国の企業業況感を示しているが、ここからは皮肉にもV字回復のように見える。実際、ロンド
ンの街中は人に溢れ、英国製品の輸出が急増している。日系の製造業も英国拠点からの輸出が相当に伸
びているとのコメントがあり、今後の関税の動向に不安は抱くものの、企業は為替の恩恵で目先は潤う状況
にある。今後の英国経済については、依然としてBrexitによる不確実性の拡大から大きく落ち込むというの
がコンセンサス的な見方であるが、少なくとも目先の状況は大きく改善している。
■図表:国民投票後の英景気指標(PMI)
62
(Pt)
合成PMI
製造業
サービス業
60
←
拡
張 58
56
54
→
景
52
気
50
48
縮 46
小
44
(年/月)
2014/9
15/9
16/9
(資料) Markit よりみずほ総合研究所作成
問題は、足元のポンド安に伴う回復の持続性にある。今日のメイ首相の姿勢が移民の制限を重視した
「ハードBrexit」の方向にバイアスがかかっている結果、関税等の対応についてはいずれ制限が及ぶ不安
がある。英国の関税は、一度EUの共通市場から離れれば、一般的に「6%~10%」で掛かってくる。ただし、
足元でこれ以上程度のポンド安が続けば、そのマイナスは補われる。もちろん、ポンド安がどこまで続くか
については不確実性が大きいが、EUからの離脱交渉が続く今後数年間、英国政府が「ハードBrexit」の姿
勢を示すとポンド安が続くとみられる。この恩恵からの底上げを利用してくる強さを英国は持っているように
見える。
今回、英国駐在の日系企業の方々と意見交換を行ったが、現時点で英国の拠点機能を低下させるとの
動きは殆ど感じられなかった。ただし、同時に、こうした不透明感のなかで新規投資の決断はしにくいとの
見方も多かった。また、欧州にも拠点機能を一定程度分散させる必要性があるとの考えも多かった。ただし、
今日のような極端なポンド安は、英国のオペレーションを持続的に行う日本企業にとって、英国企業への
M&Aを行う絶好の機会を提供している。従って、英国でのオペレーションを続けることへの確信が生じれば
そうした投資活動が復活する可能性もあるだろう。
なお、今回、日本は政府として英国政府とEUに対し、英国のEU離脱に関して生じうる論点や課題をまと
めた意見書を提出した。これは英国政府からも大きく評価された。これは日本だけが行った対応であり、今
後も、日本としてメッセージを送ることの重要性は高い。これはまた、日本のプレゼンスを示した事例として
高く評価されるものだろう。
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