達磨さんが転んだ、米はドル高けん制に転じるか

リサーチ TODAY
2015 年 3 月 23 日
達磨さんが転んだ、米はドル高けん制に転じるか
常務執行役員 チーフエコノミスト 高田 創
円/ドル為替については、円安が進み、一時は121円台と2008年以来8年ぶりの円安水準になった。筆
者が為替について長らくストーリーラインとしてきたのは、「達磨さんが転んだ」だった。すなわち、戦後の為
替の5年から10年といった中期トレンドの転換はすべて米国サイドにあったとし、「ゲームのルール」を決め
る主導権はいつも「鬼」としての米国サイドにあったとするものだった。その理屈から、下記の図表の⑥の
2007年以降、米国が大恐慌以来のバランスシート調整に陥るなか、異例の量的緩和であるQE1、QE2、
QE3を用い、事実上自国通貨安政策を行ったことが、異例な円高につながった。一方で2013年以降、米
国のバランスシート調整が進展し、米国がQE3からの出口を探り自国通貨安政策を転換させたことで、図
表の⑦で示した為替の転換が生じた。2013年以降円安基調にあるという認識の背景には、この考え方があ
る。3月6日に発表された2月の米国雇用統計が予想以上に改善したこと等により、FRBの利上げ観測が高
まる中ではドル高の潮流が続きやすい。世界中で金融緩和により金利が「水没(マイナス金利)」している下
での通貨戦争状況のなか、「浮き輪」である米国に目がけて資金が向かう力がドル高につながっている。一
方、米国産業界にはドル高に対して不満が生じているので、米国政府はドル高容認だけをしていれば良い
という環境にはなく、いまやジレンマ状態にある。米国はいよいよ「達磨さんが転んだ」でドル高をけん制す
るまでに至るのだろうか。
■図表:円ドル為替推移
(円/ドル)
400
②1971年8月
ニクソン・ショック
350
④1985年9月
プラザ合意
①1949年~
GHQ、ドル円交換レートを
1ドル=360円に決定
300
⑦2013年~
米国金融緩和縮小に
250
③1978年~
カーター政権ドル防衛策、
ボルカー・FRB議長による
インフレ対応高金利政策
200
150
100
⑤1995年~
ルービン財務長官による
ドル高政策
50
⑥2007年~
サブプライム問題顕現化、
ドル安転換
(暦年)
0
49
54
59
64
69
74
79
84
(資料)Bloomberg よりみずほ総合研究所作成
1
89
94
99
04
09
14
リサーチTODAY
2015 年 3 月 23 日
みずほ総合研究所は「ドル高に悲鳴を上げる米製造業」と題したリポート1を発表している。下記の図表
に示されるように、S&P500指数、S&P中型株400指数、S&P小型株600指数の採用企業の2014年決算をみ
ると、為替差損(差益を含まないグロス)の金額は総額27億ドルにのぼる。また、米サプライマネジメント協
会によれば製造業の輸出受注指数は2カ月続けて50割れになっており、製造業の輸出受注の悪化を示し
ている。
■図表:米主要上場企業の為替差益損
(単位:百万㌦)
為替差損
為替差益
S&P500企業
2,491
1,438
S&P400企業
91
16
S&P600企業
88
22
2,670
1,475
計
(資料)Bloomberg よりみずほ総合研究所作成
ここでドル高の動きが変わるとすれば、先の「達磨さんが転んだ」の例えで、「鬼」である米国が「振り向い
て」トレンドにけん制を加えることにある。米国には、先述のように製造業の収益環境によりそろそろドル高
をけん制する誘因も生じている。しかし、米国が今後利上げに踏み切るとすれば、ドル高傾向を容認する
意思表示を示すことに他ならない。2月10日に開催されたイスタンブールでのG20財務大臣・中央銀行総
裁会議は、為替相場を明示的なターゲットにしない限り、各国で相次ぐ金融緩和は望ましいとして追認した。
すなわち、各国中銀が法的使命(マンデート)を果たすための金融政策を支持するG20の姿勢が鮮明にさ
れたと評価されるので、米国のように利上げをすれば、暗黙裡に通貨切り上げを追認しているとみなされや
すい。先述のように、既に米国企業にはマイナスの影響が及び始めており、FRBとしては難しい判断を迫ら
れる。
もちろん、今後米国の製造業への収益不安が高まれば、FRBが利上げの撤回を判断することもあろうが、
今日の労働市場や個人消費の改善のなかで、金融政策の正常化の潮流は変わりにくいだろう。ただし、以
上のような綱引き状態に至っていることを前提にすれば、たとえ今年後半にかけて利上げに転じるにしても、
そのタイミングは遅れやすいのではないか。また、仮に利上げが行われるとしても、利上げ後のペースが従
来経験してきたよりも非常に遅いペースにならざるを得ないのではないか。我々の現段階の評価は、まだ
米国はドル高に対し明確なけん制までは行わず、FRBは利上げ姿勢を続けるというものだが、今後も為替
のゲームの参加者が「鬼」であるアメリカの顔色をうかがう状況は続くだろう。
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小野亮 「ドル高に悲鳴を上げる米製造業」 (みずほ総合研究所 『みずほインサイト』 2015 年 3 月 6 日)
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