リサーチ TODAY 2016 年 6 月 14 日 米国利上げと、達磨さんが転んだのドル安誘導は自己矛盾 常務執行役員 チーフエコノミスト 高田 創 昨年12月16日に米国FRBが政策金利を0.25%に引き上げてから半年が経過し、利上げが市場で再び 議論されている。ただし、6月3日に発表された5月の雇用統計が市場予想を大幅に下回って以降1、市場 の利上げ観測は大幅に後退した。それまでFRBの関係者は当面の利上げを強く示唆するコメントを行って いただけに、FRBとして5月の雇用統計は想定外であったに違いない。 米国の利上げを巡る環境がかつてない状況にあることを海外要因と国内要因から考える。まず、国内で は、最初の利上げから半年が経過したが、市場の反応は利上げを正当化していないと考えられる。海外と の関係では、下記の図表「世界の金利の『水没』マップ」から米国金利の特異性が確認できる。「水没」マッ プは基本的に国別・年限別の国債利回り、イールドカーブ状況を示し、マイナスになった(「水没」した)ゾ ーンを濃く示している。ここで、世界全体の4分の1近くが水没するなか、米国は水没せず、世界の海のな かで「浮き輪」のようである。世界の運用者が生き残りをかけ「運用難民」として「浮き輪」に殺到した結果が、 米国の長期金利の低下につながった。同時に、その圧力が米ドルの上昇圧力につながっている。米国が 政策金利であるFFレートを引上げることは、図表では米国の短期ゾーンの引上げ、先の喩えでは「浮き輪」 を高くすることを意味するため、ドル高要因である。しかし、米国は年初より為替のドル高を嫌い、10%程度 のドル安誘導を意図してきた。このドル安誘導と本来ドル高圧力となりやすい米国と利上げは、自己矛盾を もたらす。 ■図表:世界の金利の「水没」マップ(2016年6月10日) スイス 日本 ドイツ オランダ オーストリア デンマーク フィンランド スウェーデン フランス イタリア スペイン 英国 カナダ ポルトガル ノルウェー 米国 オーストラリア 中国 インド 1年 -0.86 -0.27 -0.54 -0.51 -0.50 -0.49 -0.52 -0.50 -0.50 -0.13 -0.15 0.41 0.54 0.04 0.51 0.54 1.64 2.36 7.02 2年 -0.91 -0.27 -0.55 -0.48 -0.49 -0.43 -0.47 -0.63 -0.43 -0.04 -0.06 0.39 0.50 0.55 0.52 0.73 1.63 2.46 7.09 3年 -0.96 -0.26 -0.56 -0.46 -0.42 -0.34 -0.44 -0.58 -0.39 0.01 0.02 0.53 0.49 1.14 0.53 0.88 1.58 2.58 7.20 4年 -0.91 -0.27 -0.51 -0.42 -0.42 -0.26 -0.33 -0.54 -0.32 0.20 0.26 0.67 0.55 1.60 0.65 1.02 1.65 2.74 7.31 5年 -0.88 -0.26 -0.43 -0.25 -0.39 -0.17 -0.28 -0.35 -0.20 0.42 0.48 0.76 0.58 1.90 0.77 1.17 1.72 2.88 7.45 6年 -0.79 -0.26 -0.38 -0.22 -0.20 -0.11 -0.12 -0.22 -0.14 0.60 0.52 0.91 0.70 2.14 0.85 1.30 1.82 2.91 7.60 7年 -0.73 -0.27 -0.31 -0.11 -0.15 -0.05 -0.06 -0.10 -0.02 0.80 0.75 1.03 0.81 2.37 0.93 1.44 1.91 2.93 7.61 8年 -0.60 -0.25 -0.23 -0.01 -0.07 0.01 0.03 0.10 0.09 1.01 1.10 1.14 0.91 2.83 1.01 1.51 2.00 2.94 7.61 0%未満 0%以上0.5%未満 0.5%以上1.0%未満 1.0%超 (資料)Bloomberg よりみずほ総合研究所作成 1 9年 10年 11年 12年 13年 14年 15年 20年 30年 40年 -0.52 -0.45 -0.41 -0.37 -0.32 -0.26 -0.20 -0.08 0.06 0.10 -0.20 -0.14 -0.11 -0.09 -0.06 -0.04 -0.01 0.20 0.28 0.31 -0.11 0.02 0.04 0.05 0.07 0.09 0.10 0.33 0.59 0.12 0.25 0.28 0.32 0.36 0.40 0.44 0.50 0.70 0.08 0.22 0.24 0.25 0.27 0.29 0.30 0.55 1.03 0.14 0.27 0.29 0.32 0.34 0.36 0.38 0.49 0.70 0.17 0.33 0.38 0.42 0.46 0.51 0.55 0.61 0.74 0.18 0.27 0.34 0.41 0.49 0.56 0.63 1.00 0.25 0.39 0.46 0.52 0.59 0.66 0.73 1.01 1.19 1.21 1.38 1.45 1.51 1.58 1.65 1.71 2.03 2.42 1.25 1.43 1.51 1.58 1.66 1.74 1.81 2.07 2.57 1.12 1.23 1.34 1.45 1.56 1.66 1.77 1.94 2.06 1.86 1.02 1.13 1.20 1.26 1.33 1.39 1.45 1.78 1.80 2.90 3.10 3.19 3.28 3.37 3.46 3.55 3.86 4.04 1.13 1.19 1.57 1.64 1.68 1.72 1.76 1.80 1.84 2.05 2.45 2.06 2.10 2.15 2.20 2.24 2.29 2.34 2.69 2.95 2.96 3.00 3.04 3.09 3.13 3.17 7.67 7.49 7.80 7.84 7.71 7.77 7.79 7.77 7.88 リサーチTODAY 2016 年 6 月 14 日 下記の図表は米国10年金利と政策金利の推移である。昨年12月の利上げ前の10年金利は2.2%台で あった。一方、足下ではそれが1.6%台となり、0.6%程度低下した。政策金利であるFFレートが0.25%上昇 したことを勘案すれば、長短スプレッドは0.85%程度と、大幅に縮小したことになる。 ■図表:米国の10年国債利回りとFFレート推移 3.0 (%) 米国10年国債利回り 2.5 2.0 1.5 1.0 FF目標金利 0.5 0.0 15/1 15/3 15/5 15/7 15/9 15/11 16/1 16/3 16/5 (年/月) (資料)Bloomberg よりみずほ総合研究所作成 中央銀行の利上げサイクルに伴う長短金利差は、通常最初の利上げの段階が最も大きく、次第に縮小 していくことが多い。長短金利差は基本的に市場の先行き期待のモーメンタムを反映する。すなわち、利上 げが行われるタイミングは、経済が重力に逆らってテイクオフするがごとく、強い期待にけん引される。利上 げが行われるにつれ、長期金利は上昇するものの、その幅は短期金利引き上げ幅ほどではなく、その結果 長短金利差は縮小し、利上げの最終段階に近づくと、利上げをしても長期金利は逆に低下し、長期を短期 が上回る逆イールドになることが多い。しかるに、この半年の状況は利上げをした当初からすでに長期が低 下し、従来の利上げ最終局面に類似した状況になっている。これは、最初の利上げに対し市場が「NO」と いう反応を示したということだ。しかも、5月後半以降FRBはもう一段の利上げを市場に織り込ませようとした が、それでも長期金利の反応は限られ、5月の雇用統計の発表以降は米国10年金利が再び1.6%台にま で低下した。 先の「水没」マップで、足下では「浮き輪」が米国だけということは、回復地域が米国しかないことを意味 する。年初来、当社の見通しでは、米国において今年の利上げはなく、2017年以降の利上げペースも年2 回の緩やかとしている。今年の米国のドル安誘導は、金利格差によって米国に世界中から「運用難民」が 押し寄せることで生じる強いドル高圧力に、米国の「浮き輪」が耐えられなかったことを意味している。米国 がドル高にけん制をかけた「達磨さんが転んだ」状況と利上げは、そもそも自己矛盾である。その結果、「浮 き輪」の引き上げにあたる利上げのペースを遅らせざるをえないだろう。米国の6月利上げ説は後退したが、 依然として7月利上げ説は有力だ。ただし、実際の利上げは引き続き難しいのではないか。また、利上げを 強行すれば、市場では支持されず、先行きモーメンタムが一層低下し、一段と長期金利が低下する可能性 もある。 1 風間春香 「期待外れの 5 月雇用統計」 (みずほ総合研究所 『みずほインサイト』 2016 年 6 月 7 日) 当レポートは情報提供のみを目的として作成されたものであり、商品の勧誘を目的としたものではありません。本資料は、当社が信頼できると判断した各種データに基づき 作成されておりますが、その正確性、確実性を保証するものではありません。また、本資料に記載された内容は予告なしに変更されることもあります。 2
© Copyright 2024 ExpyDoc