1/3 World Trends マクロ経済分析レポート 原油相場の上昇でロシアは底打ちしているか ~経済制裁が足かせとなり、浮揚のきっかけは掴みにくい展開~ 発表日:2016年10月7日(金) 第一生命経済研究所 経済調査部 担当 主席エコノミスト 西濵 徹(03-5221-4522) (要旨) 原油相場の低迷長期化で苦境に立たされたロシアだが、国際金融市場が落ち着きを取り戻している上、原 油相場の底入れなどを受けて通貨ルーブル相場も安定するなど取り巻く状況は改善している。インフレ率 の低下や金融緩和も追い風に景況感も回復するなど景気の底入れを示唆する動きはみられる。ただし、4 -6月期の実質GDP成長率は外需の底入れが確認される一方、内需を取り巻く状況は依然厳しい。内需 の弱さは幅広い産業で生産の下押し圧力となるなど、ロシア経済は依然苦境を脱していないと言える。 足下では原油増産などを受けて鉱業部門で生産拡大の動きがみられる一方、製造業の生産は頭打ちが続い ている。雇用調整圧力がくすぶるなか、インフレ率の低下や金融緩和にも拘らず個人消費は伸び悩むなど 内需の足かせになっている。国際金融市場の回復に伴い一部に海外資金が回帰する動きはあるが、欧米の 経済制裁はその勢いを削いでいる。このところ存在感を高めるチャイナマネーも欧米勢の減少をカバーす るには至っておらず、制裁解除が見込みにくいなかではロシア経済の重石となる展開は変わらない。 年明け以降の原油相場の底入れなどを受け、IMFは直近の『世界経済見通し』においてロシアの経済見 通しを上方修正する動きをみせる。ただし、原油相場の先行きは見通しにくい上、銀行セクターの資本不 足が金融緩和の効果を削いでいることを勘案すれば、ロシア経済が自立して景気回復を実現するハードル は高い。外部環境の変化に対して脆弱な状況にあることも、ロシア経済の浮揚を妨げる一因になろう。 一昨年後半以降の長期に亘る原油相場の低迷に加え、ウクライナ問題をきっかけにした欧米などによる経済制 裁の影響で経済的に苦境に喘いできたロシアだが、足下においては原油相場の底入れに加え、国際金融市場が 落ち着きを取り戻していることでいわゆる「リスクマネー」の動きが活発化するなか、資金流出圧力の一巡を 受けて通貨ルーブル相場も安定するなどロシアを取り巻 図 1 ルーブル相場(対ドル、ユーロ)の推移 く環境は改善しているようにみえる。さらに、先月には OPEC(石油輸出国機構)が臨時総会において約8年 ぶりとなる減産合意に至るなど、原油相場の下支えが期 待される状況となったことは、輸出額の拡大を通じて対 外収支の改善を促すことが期待されるほか、交易条件の 改善を通じて国民所得を押し上げることで国内景気の底 入れを促すとの見方に繋がっている。事実、年明け直後 にかけて製造業やサービス業の景況感は好不況の分かれ (出所)Thomson Reuters より第一生命経済研究所作成 目となる 50 を下回るなど経済的に苦境に陥る状況が確認されたものの、足下においてはともに改善の兆候が うかがえるなど、景気の底入れが進みつつあることが期待されている。また、ルーブル相場の安定は日用品を はじめとする国内で消費される幅広い消費財を輸入に依存する同国にとり輸入インフレ圧力の後退を促してお り、直近のインフレ率及びコアインフレ率はともに7%を下回るまで低下するなど、ルーブル相場が混乱する 前の水準に近付いている。このように国際金融市場が落ち着きを取り戻していることに伴い、通貨ルーブル相 本資料は情報提供を目的として作成されたものであり、投資勧誘を目的としたものではありません。作成時点で、第一生命経済研究所経済調査部が信ずるに足ると判 断した情報に基づき作成していますが、その正確性、完全性に対する責任は負いません。見通しは予告なく変更されることがあります。また、記載された内容は、第一 生命ないしはその関連会社の投資方針と常に整合的であるとは限りません。 2/3 場が安定していることに加え、それに伴ってインフレ率 図 2 実質 GDP 成長率(前期比年率)の推移 も低下するなどファンダメンタルズが好転する動きがみ られるなか、中銀は一昨年末以降大幅な利上げを実施す るなど急速に引き締め姿勢を強めたものの、その後は利 下げに転じる動きをみせており、先月の定例会合でも追 加的な利下げを実施している。こうした経済を取り巻く 環境が大きく改善するなか、4-6月期の実質GDP成 長率は前年同期比▲0.57%と6四半期連続でマイナス成 長となっているものの、前期(同▲1.17%)からマイン (出所)CEIC より第一生命経済研究所作成, 季調値は当社試算 ス幅は一段と縮小しており、景気の底打ちが近付いているようにみえる。ただし、当研究所が試算した季節調 整値に基づく前期比年率ベースでは昨年7-9月期に一時的にプラス成長となったものの、その後は3四半期 連続でマイナス成長が続いている上、当期についてはマイナス幅が拡大しており、必ずしも景気の底打ちを示 唆する内容とはなっていない。インフレ率の低下や金融緩和にも拘らず個人消費には依然下押し圧力が掛かる 展開が続き、企業による設備投資も伸び悩むなど内需を巡る動きは総じて弱含むなか、輸入が減少する一方で 輸出が拡大に転じた結果、純輸出の成長率寄与度が大きくプラスに転じたことを除けば成長率のプラス要素は ほぼ皆無である。分野別でも、農業部門や製造業などで底打ちの動きがみられる一方、鉱業部門は依然として 低迷を脱せない状況が続いており、建設部門も大きく下押し圧力が掛かっているほか、内需の弱さを反映して 幅広くサービス部門の生産も低迷状態が続くなど、苦境を脱したとは捉えにくい状況にある。 その後の生産を取り巻く状況をみると、製造業の生産については必ずしも伸びている動きは確認出来ないほか、 電力やガスといった公益関連の生産もほぼ横這いで推移している一方、足下では原油の生産量が拡大基調を強 めていることにも現われているように、鉱業部門の生産 図 3 インフレ率の推移 は堅調な推移をみせている。こうした動きは足下におい て製造業及びサービス業の景況感に改善の動きが出てい る状況と必ずしも合致しておらず、先行きについては生 産拡大の動きが発現する可能性が考えられる一方、景況 感の改善にも拘らず企業の設備投資意欲が必ずしも好転 していないことを勘案すれば、劇的な回復を望むことは 難しいとも判断出来る。このように企業を巡る動きが依 然として力強さを欠いている背景には、インフレ率の低 (出所)CEIC より第一生命経済研究所作成 下や金融緩和といった好材料が重なっているにも拘らず、足下の小売売上高は実質ベースで前年割れの展開が 続くなど、国内市場がなかなか低迷状態を脱してないことが大きい。こうした企業部門の動きは足下における 雇用の拡大ペースが伸び悩んでいることにも現われており、その結果として個人消費の改善が削がれる悪循環 に陥っていると考えられる。先行きにおける企業部門を取り巻く環境について考えると、欧米などによる経済 制裁の影響は様々な分野で経済活動の阻害要因となっていることは間違いない一方、予見し得る期間のうちに 経済制裁が解除される見通しは立ちにくく、引き続きロシア経済の足かせとなっていく状況は避けられないと 予想される。なお、金融市場においては先月、ロシア政府が 12.5 億ドルもの外貨建国債(ユーロボンド)を 発行しており、経済制裁が行われているにも拘らず米国をはじめとする多くの外国人投資家の需要が確認され 本資料は情報提供を目的として作成されたものであり、投資勧誘を目的としたものではありません。作成時点で、第一生命経済研究所経済調査部が信ずるに足ると判 断した情報に基づき作成していますが、その正確性、完全性に対する責任は負いません。見通しは予告なく変更されることがあります。また、記載された内容は、第一 生命ないしはその関連会社の投資方針と常に整合的であるとは限りません。 3/3 るなど、相対的に高金利状態にあることも追い風に資金 図 4 国際収支の推移 流入が活発化する兆候はみられる。しかしながら、多く の外国人投資家のなかには経済制裁の影響により依然ロ シアへの資金流入に二の足を踏む動きが根強く残ってお り、経常収支の黒字幅が縮小するなかで資金流入の動き も緩やかなものに留まっている。こうした動きに加え、 ロシア経済の低迷が長期化するなかで経済制裁の影響も 相俟って欧米を中心とする外資系企業による対内直接投 資は大幅に縮小、ないし撤退する動きをみせており、こ (出所)CEIC より第一生命経済研究所作成 のことも国内における設備投資の重石になっている。欧州との関係が悪化するなか、ロシアは中国をはじめと するアジアを新たな市場及び資金源とすべく接近する動きをみせているが、輸出入に加え、直接投資などに関 連して欧州からの減少分を中国がカバーする状況には至っていない。他方、中国は独自の外交政策である「一 帯一路」構想において伝統的にロシアの影響力が強い中央アジア及びコーカサス地域へ触手を伸ばす姿勢を強 めており、結果的に両国の関係が深まりにくい一因になっている。そうした意味においても、ロシアにとって は貿易及び投資面で深い関係にある欧州との関係悪化は経済の足かせとなることは避けられず、その改善が見 通しにくい状況が続くことで引き続きロシア経済の勢いを削ぐことに繋がると判断出来る。 年明け以降における原油相場の底入れの動きなどを反映する形で、IMF(国際通貨基金)は先日発表した最 新の『世界経済見通し(WEO)』において今年及び来年のロシアの経済成長率の見通しを上方修正しており、 2016 年は前年比▲0.8%(+1.0pt 上方修正)、2017 年は同+1.1%(+0.3pt 上方修正)とみている。ただし、 足下で原油相場の下支えに繋がっている先月末のOPECによる減産合意については、依然として不透明なと ころが少なくないことから、来月に開かれる定例総会において減産合意が具現化に至るかは予見しにくい環境 にある(詳細は3日付レポート「OPEC合意の背景と今後の影響」をご参照ください)。なお、同国の銀行 セクターを巡っては長期に亘る景気低迷を受けて不良債権が拡大基調を強めており、IMFは直近に発表した 『金融安定化報告』において銀行セクター全体で資本不足がGDPの約1%に達するとの見方を示している。 したがって、インフレ率の低下を受けて中銀が金融緩和を実施したとしても、その効果が金融市場全体に裨益 しにくい環境が続いていると捉えることが出来る。足下では国際金融市場が落ち着きを取り戻すなかで海外資 金が回帰する動きを追い風に同国金融市場も安定した推移が続いているものの、金融緩和にも拘らず短期金利 は依然高止まりしている状況を勘案すれば、景気が大きく回復軌道に向かうとは想定しにくい。また、米国の 利上げ実施などを通じて外部環境が大きく変化する事態となれば、同国経済及び金融市場を取り巻く状況は一 変することは避けられず、そのことが実体経済の足を引っ張る可能性もくすぶっている。先行きについてもロ シア経済が自立して回復軌道を強める状況にはなっていないと判断出来よう。 以 上 本資料は情報提供を目的として作成されたものであり、投資勧誘を目的としたものではありません。作成時点で、第一生命経済研究所経済調査部が信ずるに足ると判 断した情報に基づき作成していますが、その正確性、完全性に対する責任は負いません。見通しは予告なく変更されることがあります。また、記載された内容は、第一 生命ないしはその関連会社の投資方針と常に整合的であるとは限りません。
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