インドは7%超えの景気拡大を維持 ~短期的な

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Asia Trends
マクロ経済分析レポート
インドは7%超えの景気拡大を維持
~短期的な不安材料は多いなか、この克服が鍵を握る~
発表日:2016年12月1日(木)
第一生命経済研究所 経済調査部
担当 主席エコノミスト 西濵
徹(03-5221-4522)
(要旨)
 今夏の国際金融市場は落ち着きを取り戻すなかでアジア新興国景気にも底入れが促されてきたが、インド
においても同様の動きがみられた。7-9月期の実質GDP成長率は前年比+7.3%と7%超を維持し、前
期比年率でも力強い景気拡大が続いた。個人消費や公共投資が堅調な一方、外需や企業の設備投資の弱さ
には懸念も残る。不良債権問題や高額紙幣廃止は短期的な景気の下押しに繋がるリスクにも要注意だ。
 一方、供給側統計の実質GVA成長率は前年比+7.1%と伸びは鈍化したが、堅調さは続く。製造業など
に弱さが残る一方、雨季の好調さは農業生産の拡大に繋がり、農村部の個人消費を後押ししている。ただ
し、不良債権問題に伴う設備投資意欲の弱さはモディ政権が目指す「メイク・イン・インディア」の足か
せになっており、インドが世界の「生産拠点」として大化けするにはまだまだ時間を要すると言えよう。
 足下の国際金融市場の動揺は新興国からの資金流出を招くなか、インドではここ数年ファンダメンタルズ
が改善しているにも拘らず、財政がボトルネックとなり資金流出圧力が強まっている。政府に対する「う
るさ型」を演じた準備銀のラジャン前総裁が退任する一方、後任のパテル新総裁が政府に近い立場を採っ
たことも影響している。今後は準備銀にとっても改革や政策対応などで正念場を迎えると言えよう。
 今夏の国際金融市場においては、昨夏の中国発での金融市場の動揺といった突発的な悪影響に晒されることも
なく、米国を中心とする先進国の堅調な景気拡大なども追い風に落ち着きを取り戻す動きが広がるなか、世界
的な「カネ余り」が続くなかで資金がより高い利回りを求めて新興国や資源国などに回帰する動きもみられた。
さらに、こうした状況を反映して世界経済の底打ちを示唆する動きがみられたことも相俟ってアジアをはじめ
とする新興国では輸出依存度の高い国を中心に景気に底入れの兆候が出るほか、原油安の長期化に伴うインフ
レ圧力の後退は内需依存度の高い国の景気を下支えするなど、新興国景気の底堅さに繋がっている。こうした
なか、インドについてもこの夏場は堅調な景気拡大を続けていることが確認されている。7-9月期の実質G
DP成長率は前年同期比+7.3%と前期(同+7.1%)から伸びが加速して6四半期連続で7%を上回る高い伸
びとなり、アジアの主要新興国の中で最も高い成長率を実現している。当研究所が試算した季節調整値に基づ
く前期比年率ベースでも、前期からわずかに伸びが加速して3四半期連続で9%超となる高い伸びが続いてお
り、新興国景気の陰りが懸念される展開が続いている
図 1 実質 GDP 成長率(前期比年率/寄与度)の推移
にも拘らずインドは勢い良く景気拡大を続けている。
内訳をみると、インフレ率が準備銀(中銀)の定める
インフレ目標の範囲内で推移するなど物価が管理可能
な水準にあるなか、昨年来の準備銀による金融緩和も
下支えする形で個人消費は引き続き堅調な伸びをみせ
ており、引き続き同国景気のけん引役となる展開が続
いている。さらに、前期に年度初めというタイミング
も重なり大きく加速した公共投資をはじめとする政府
(出所)CEIC より第一生命経済研究所作成, 季調値は当社試算
本資料は情報提供を目的として作成されたものであり、投資勧誘を目的としたものではありません。作成時点で、第一生命経済研究所経済調査部が信ずるに足ると判
断した情報に基づき作成していますが、その正確性、完全性に対する責任は負いません。見通しは予告なく変更されることがあります。また、記載された内容は、第一
生命ないしはその関連会社の投資方針と常に整合的であるとは限りません。
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消費は引き続き拡大基調が続くなど景気の下支えに繋がるなど、公的部門の動きが民間部門の動きを援護射撃
する形となった。その一方、過去2四半期に亘って大幅な拡大が続いてきた輸出に一服感が出たことで、純輸
出の成長率寄与度は前期比年率ベースで3四半期ぶりにマイナスに転じるなど景気の足を引っ張っている。ま
た、長年の懸案事項である国営銀行を中心とする銀行セクターの不良債権問題が市中金利の高止まりに繋がる
なか、昨年来の準備銀による金融緩和効果を相殺する状況が続いており、企業の設備投資意欲の足かせとなっ
て固定資本投資の下押し圧力となるなど、国内市場が拡大しているにも拘らず企業がその波に乗り切れない動
きもみられる。不良債権問題を巡っては、準備銀が各銀行に対して来春を目処に対応を加速させる方針を示し
ているが、国営銀行側の抵抗が根強い上にこれらの多くが政治的な「圧力団体」と化す同国特有の事情も影響
して不透明な状況が続いている。また、政府は先月初めに「不正防止」を理由に2種類の高額紙幣(1000 ル
ピー札及び 500 ルピー札)を廃止することを発表した結果、中小企業を中心に決済に悪影響が出るなど一時的
に不良債権が拡大する懸念があるなか、不良債権処理が期待通りに進まずに企業の設備投資意欲を削ぐ事態も
予想される。さらに、高額紙幣の廃止措置はすでに高額品を中心とする個人消費の下押し圧力となる動きもみ
られるなか、政府は紙幣廃止の代わりに「50 日」を目処に汚職や脱税といった長年の課題のあぶり出しを行
う姿勢をみせているが、当該期間で事態が収拾するかは不透明である。他方、高額紙幣の廃止の影響は多くの
国民が元々銀行との取引慣行が乏しいなかで紙幣交換を目的に銀行預金を増大させる副次的効果を生んでおり、
中長期的にみれば銀行の信用創造機能向上を通じたプラス効果も期待されるが、短期的にみれば上述の通りマ
イナスの影響が大きいのも事実である。このように考えると、足下の景気は高い伸びが続いているものの当面
は下押し圧力が掛かりやすい状況にあると判断出来よう。
 一方、インドでは需要サイドの基礎統計が依然として未整備ななかで政府は供給サイドのGDP統計に該当す
る指標であるGVAを引き続き発表しており、7-9月期の実質GVA成長率は前年同期比+7.1%と前期(同
+7.3%)から減速するなどGDPと相反する動きをみせているが、7%を上回る高い伸びが続いていること
には変わりがない。当研究所が試算した季節調整値に基づく前期比年率ベースでは前期から伸びが減速してい
るものの、依然として8%を上回る伸びが続くなど堅
図 2 実質 GVA 成長率(前期比年率/寄与度)の推移
調な景気拡大が続いていると判断出来る。なお、内訳
をみると外需に下押し圧力が掛かった影響で製造業の
伸びが鈍化したほか、企業の設備投資意欲の弱さは建
設部門の重石となっている様子がうかがえる。また、
春先にかけて大きく伸びが加速した来訪者数に頭打ち
感が出たことで観光関連の生産の足かせになっている
ほか、環境規制の強化に伴い鉱業関連の生産に下押し
圧力が掛かったことも全体的な伸びの鈍化に繋がった
(出所)CEIC より第一生命経済研究所作成, 季調値は当社試算
可能性がある。他方、今年はモンスーン(雨季)の雨量が例年の水準を上回ったことで主要作物の作付面積が
軒並み拡大するなか、農林漁業関連の生産に加速感が出ているほか、これに伴う農村部を中心とする地方の所
得拡大は個人消費の押し上げに繋がっているとみられ、内需の堅調さは幅広いサービス業での生産拡大を促す
好循環に繋がっている。インド経済を巡っては、名目GDPに占める農林漁業の割合が依然として製造業の割
合よりも高いなど、農林漁業の生産動向が景気の行方の鍵を握る状況にも拘らず、その動向はモンスーンの雨
量に大きく左右されるなど天候といった外的要因に影響を受けやすい特徴がある。さらに、依然として人口の
本資料は情報提供を目的として作成されたものであり、投資勧誘を目的としたものではありません。作成時点で、第一生命経済研究所経済調査部が信ずるに足ると判
断した情報に基づき作成していますが、その正確性、完全性に対する責任は負いません。見通しは予告なく変更されることがあります。また、記載された内容は、第一
生命ないしはその関連会社の投資方針と常に整合的であるとは限りません。
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6割強が農村部を中心とする地方に居住しており、農業生産の行方は裾野の広い個人消費の動向にも大きな影
響を与えることから、その動向に注目が集まる傾向がある。今年については上述の通り久々にモンスーンの雨
量が良好な環境にあるなか、この動きは農業生産の向上に繋がるのみならず、穀物や豆類を中心とする食料品
物価の安定に寄与することで先行きの個人消費を中心とする内需の押し上げにも繋がることが期待される。た
だし、上述したように銀行セクターの不良債権問題が企業の設備投資意欲の重石となる状況が続いており、そ
の解消には想定以上に時間を要する可能性が高いことを勘案すれば、モディ政権が政策目標に掲げるインドを
世界の生産拠点として飛躍させる「メイク・イン・インディア」は容易ではなく、製造業をてこにした経済成
長の実現は難しいと判断出来る。インド経済は元々輸出依存度が低いことから、米大統領選でのトランプ候補
の勝利に伴い米国が保護主義的な通商政策を志向することによる影響の度合いは他のアジア新興国と比べて低
いとみられるものの、新興国のなかでも保護主義的な経済政策に舵を切る向きが少なくないなか、同国の生産
拠点化に向けた動きの前進は難しくなることが予想される。モディ政権は長年の懸案である税制簡素化に向け
たGST(財・サービス税)導入で予想外の前進を図ることに成功しているが、高額紙幣廃止に伴う悪影響が
長引けば地方政府での議論が滞る懸念があるほか、他の構造改革に対する機運が大きく萎むことも見込まれる。
その意味において、対内直接投資の流入が景気を大幅に押し上げる見通しは立ちにくくなったと判断出来る。
 なお、足下の国際金融市場においては米大統領選でのトランプ候補勝利を受けて、同氏による大規模減税やイ
ンフラ投資拡充といった政策目標を期待する動きが出ており、米国では株価上昇や米ドル高が進む一方で債券
安(金利上昇)となる「リスク・オン」の様相を呈する一方、新興国では米ドル高に伴う新興国通貨安が進む
なか、同氏による保護主義的な通商政策の影響を嫌って資金流出圧力が強まる「リスク・オフ」の動きが進ん
でいる。こうした新興国を取り巻く環境を指して、2013 年のバーナンキ米Fed(連ぽ準備制度理事会)前
議長による量的金融緩和政策の終了を示唆する発言を契機に金融市場が動揺した局面(いわゆる“Taper
Tantrum”)に準えて“Trump Tantrum”と呼ぶ向きもある。インドについては上述の通り通商政策による直接
的な影響は受けにくいものの、“Taper Tantrum”の際
図 3 ルピー相場(対ドル)の推移
には経済の基礎的条件(ファンダメンタルズ)の脆弱
さを理由に急激な資金流出に見舞われた新興国の一群
(いわゆる「フラジャイル・ファイブ」)の一角であ
ったことが影響し、足下でも資金流出の動きが強まっ
ている。ただし、原油安の長期化などに伴いインドで
は経常赤字幅が大きく縮小しているほか、足下のイン
フレ率も準備銀の定める目標の中央値付近で推移する
など、他の「フラジャイル・ファイブ」の国々と直面
(出所)Thomson Reuters より第一生命経済研究所作成
する状況は大きく異なっている。しかしながら、一つ懸念を挙げるとすれば財政健全化に向けた道筋が未だに
明確に示されていないことであり、この点は公的債務残高のGDP比が7割弱と他の新興国と比較しても高水
準にある同国のボトルネックである。今年9月に退任した準備銀のラジャン前総裁はこうした問題を認識して、
政府に対しても「うるさ型」として様々な政策に苦言を呈する役割を演じたことで国際金融市場から評価を受
ける一方、政府及び与党BJP(インド人民党)やその支援団体であるRSS(民族義勇団)の不興を買い、
結果としてラジャン氏は任期が延長されることなく退任を余儀なくされた。後任の新総裁にはラジャン氏の下
で副総裁を務めたパテル氏が就任して基本的な政策スタンスは受け継がれると見込まれていたが、10 月の定
本資料は情報提供を目的として作成されたものであり、投資勧誘を目的としたものではありません。作成時点で、第一生命経済研究所経済調査部が信ずるに足ると判
断した情報に基づき作成していますが、その正確性、完全性に対する責任は負いません。見通しは予告なく変更されることがあります。また、記載された内容は、第一
生命ないしはその関連会社の投資方針と常に整合的であるとは限りません。
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例会合では「ハト派」に転じたと思われる姿勢がうかがえるなど(詳細は 10 月5日付レポート「インド準備
銀・パテル体制は「ハト派」にシフトの模様」をご参照ください)、この点も資金流出に伴うルピー売りに拍
車を掛ける一因になった可能性がある。足下のインフレ率は低水準で推移するなか、政府内などからは準備銀
に対してさらなる利下げを求める圧力が小さくないとみられており、パテル体制は発足当初から金融市場との
対話を含め苦しい状況に立たされることになりそうだ。なお、当研究所は先月末に発表した定例の経済見通し
レポート(アジア経済見通し(2016 年 11 月))において、2016 年の経済成長率を前年比+7.5%、2016-17
年度の経済成長率を前年比+7.5%とする見通しを発表しているが、現時点においてはこれを据え置くことと
する。
以
上
本資料は情報提供を目的として作成されたものであり、投資勧誘を目的としたものではありません。作成時点で、第一生命経済研究所経済調査部が信ずるに足ると判
断した情報に基づき作成していますが、その正確性、完全性に対する責任は負いません。見通しは予告なく変更されることがあります。また、記載された内容は、第一
生命ないしはその関連会社の投資方針と常に整合的であるとは限りません。