1/4 World Trends マクロ経済分析レポート 原油相場はこのまま上を目指せるか ~増産凍結妥結は見込み薄、レンジ相場での値動きが続こう~ 発表日:2016年8月18日(木) 第一生命経済研究所 経済調査部 担当 主席エコノミスト 西濵 徹(03-5221-4522) (要旨) 昨年末のOPECで機能不全が露呈した後、世界経済を巡る不透明感の高まりを受けて一段と調整した原 油相場は年明け以降、盛り返しの動きがみられた。ただ、その後は産油国間の増産凍結を巡るドタバタな どに左右されて調整したが、足下では再び底入れしている。背景にはOPEC加盟国のなかから増産凍結 協議の再開の動きが出ており、それに同調する動きが広がりつつあるとの見方が大きく影響している。 ただし、9月の非公式協議が成功するか否かは不透明である。ロシアは年明け以降の原油相場の底入れを 受けて危機的状況が後退しており、議論に対する切迫感が薄い。他方、OPEC内で唯一調整弁となれる サウジの動向が懸念されるが、ファンダメンタルズの悪化が続くなかで前向きの姿勢をみせる。ただし、 この動きは世界的な需要鈍化が懸念されるなか、価格維持を目論んだリップサービスとの見方も根強い。 その意味では他の主要産油国の動きが協議へのサウジの参加の可否を大きく左右する。4月の協議決裂に 最も影響したイランは依然同調する意思はない。以前は同調の意志をみせたイラクも増産に動き出してい る。さらに、米国でも市況上昇を受けてシェールオイルの増産が見込まれている。金融市場でのマネーゲ ームに翻弄される展開が続くとみられるが、協議決裂を経ても下値の堅いレンジ相場が続くであろう。 昨年末に開催されたOPEC(石油輸出国機構)総会においては、加盟国間による意見対立により具体的な生 産目標さえも提示されない事態となるなどOPECの機能不全が露呈する状況が続いている。こうしたなか、 年明け直後の中国株式市場におけるドタバタを受けて世界的な景気下振れが懸念されたことで一段と調整模様 が強まった原油相場だが、その後は中国経済に対する懸念が後退していることに加え、米国経済をはじめとす る世界経済の底堅い拡大が続いていることで需要の下押し圧力が後退するとの見方が強まり、上昇に転じる局 面が続いてきた。しかしながら、原油相場が上昇基調を強めたことでOPEC加盟国の産油量は過去最高水準 で推移するなか、足下では世界最大の産油国となっている米国ではシェールオイルの採算ラインが低下してい ることも相俟って稼動停止状態にあったリグ(掘削装置) 図 1 原油相場(WTI 指数)の推移 が再稼動する動きが出ており、結果的に供給過剰懸念が 再燃した。さらに、世界経済を巡っては米国こそ堅調さ を維持する一方、中国経済はかつての勢いを失うなか、 英国のEU(欧州連合)離脱を巡る不透明感が新たな重 石となることが懸念されており、上昇基調を強めてきた 原油相場は再び上値が抑えられる展開を迎えてきた。そ のように上下ともに激しい動きをみせてきた原油相場で あるが、足下では再び上昇基調に転じる動きをみせてお (出所)Thomson Reuters より第一生命経済研究所作成 り、早くも調整局面を迎える前の水準に回復する状況になりつつある。なお、足下の相場上昇が促されている 背景には、OPEC加盟国及び非加盟国のなかで財政的に原油及び天然ガス収入に対する依存度が極めて高い 国のなかから、増産凍結協議の再開を持ちかける動きが強まっていることが影響している。OPEC加盟国及 本資料は情報提供を目的として作成されたものであり、投資勧誘を目的としたものではありません。作成時点で、第一生命経済研究所経済調査部が信ずるに足ると判 断した情報に基づき作成していますが、その正確性、完全性に対する責任は負いません。見通しは予告なく変更されることがあります。また、記載された内容は、第一 生命ないしはその関連会社の投資方針と常に整合的であるとは限りません。 2/4 び非加盟国との間での増産凍結を巡る動きは、年明け以降に原油相場が上昇局面に突入する「火付け役」にな ったと考えられ、4月には産油国が集まって非公式協議が行われた。しかしながら、非公式協議にイランが参 加しなかったことでサウジアラビアが反発を強めた上、その後6月に行われたOPEC総会においてもイラン が強硬姿勢を崩さなかったことで最終的に生産目標の設定に至らず議論が雲散霧消し、原油相場を取り巻く環 境は転換を余儀なくされた経緯がある。そうした事情によりOPEC加盟国を中心とする過剰供給の解消に向 けた取り組みが難しくなるなか、米国内において供給拡大に向けた動きが強まったことで需給バランスが悪化 するとの見方に繋がった。OPEC内においては長年に亘って生産のバッファー(調整弁)的な役割を果たし てきたサウジの動きが重要な鍵を握っているものの、昨年末の経済制裁解除を受けて増産の動きを強めている イランとの間で様々なつばぜり合いを繰り広げていることが減産合意に至らない一因になっている。他方、非 加盟国の先頭に立つ形でロシアは度々増産凍結合意に向けた姿勢をみせているものの、その後においてもロシ アの原油生産量は過去最高水準で推移する展開が続いており、ロシアの真意を測りあぐねていることも合意妥 結の道を難しくしている可能性がある。そもそもロシアを巡っては、1990 年代末にサウジとベネズエラ、そ してメキシコが原油安の長期化に伴う悪影響を回避すべく協調減産で合意した際に、その後も高水準で生産を 続けるなど足並みを乱した経緯がある。ただし、足下では9月にもアルジェリアで開催される国際エネルギー フォーラムの開催に併せる形で産油国による非公式協議が行われるとの見通しが強まっており、4月に行われ た非公式協議前と同様に多くの国が協議実施に向けて前向きな姿勢をみせていることは、このところの相場上 昇の追い風になっていると考えられよう。 しかしながら、本当に9月の非公式協議における議論が想定通りに進むか否かは依然として不透明なところが 非常に多いと判断出来る。増産凍結に向けた協議再開を呼びかけたのはベネズエラやエクアドル、クウェート といったOPEC加盟国が中心であるが、これらの国に共通するのは経済規模が小さい上、財政及び貿易に占 める原油の割合が極めて高く、長期に亘る原油相場の低迷が国家経済に大打撃を与えていることがある。この 点は、年明け直後に増産凍結に向けた協議もこれらの国々が主導する形で開催に向けた取り組みが進められた ことと類似している。他方、前回の協議に際してロシアは財政面での苦境を理由に議論に前のめりの姿勢をみ せてきたものの、年明け以降の原油相場の上昇に伴い一時期懸念された「危機的状況」に陥るリスクは大きく 後退している。というのも、今年度予算の策定に際して 図 2 ロシアの産油量の推移 前提とされた想定原油価格はウラル原油ベースで1バレ ル=50 ドルとされているなか、足下ではこれをわずかに 下回る水準まで回復していることで往時に比べると切迫 感が低下している。さらに、原油相場の底入れと歩を併 せる形で通貨ルーブル相場は回復基調を強めている上、 インフレ率も一時に比べて落ち着きを取り戻しているほ か、外貨準備の減少にも歯止めの兆候が出るなど経済の ファンダメンタルズ(基礎的条件)にも改善の動きが出 (出所)CEIC より第一生命経済研究所作成 ており、他の切迫している国々と比べると対話そのものに対する関心も後退しているようにうかがえる。事実、 ロシアは4月の非公式協議が破たんした後も増産基調を強めており、足下においてもさらなる増産が可能であ るとの考えを示唆するなど、後ろ向きとも取れる姿勢をみせている。ただし、上述の通りOPEC内で唯一生 産の調整弁となり得るサウジの態度はこれまでに比べて軟化する動きをみせており、その背景として今後米国 本資料は情報提供を目的として作成されたものであり、投資勧誘を目的としたものではありません。作成時点で、第一生命経済研究所経済調査部が信ずるに足ると判 断した情報に基づき作成していますが、その正確性、完全性に対する責任は負いません。見通しは予告なく変更されることがあります。また、記載された内容は、第一 生命ないしはその関連会社の投資方針と常に整合的であるとは限りません。 3/4 図 3 サウジアラビアの対外準備資産の推移 の夏季休暇に伴う「ドライブシーズン」が終了すること で世界的な需要の軟化が予想されるなか、それに伴う原 油相場の下振れを警戒する動きとの見方もある。足下の サウジではインフレ率が高止まりするなか、原油相場の 低迷長期化で経常収支は赤字に転じており、通貨リヤル 相場の米ドルとのペッグ(固定)制維持のための為替介 入により一昨年夏をピークに外貨準備の下落に歯止めが 掛からないなど、ファンダメンタルズは悪化基調を強め ている。サウジにとっては相場安定を目指す意図が明確 (出所)CEIC より第一生命経済研究所作成 である一方、足下のサウジの産油量は高止まりしている上、今月の産油量は過去最高を更新するとの見方も出 るなど他の産油国とのシェア争いの動きを一段と強めている模様である。したがって、最終的にサウジが増産 凍結に合意するか否かについては依然として不透明と言える。 その意味においては、サウジが増産凍結に向けた合意に応じるか否かは前回協議の際と同様に、イランをはじ めとする足下で増産を続ける国々の動きに大きく依存すると判断出来る。OPEC全体での産油量の動向をみ ると、7月はナイジェリアにおける武力攻撃の影響で産油量に下押し圧力が掛かったほか、リビアでも政情の 混乱が生産の足かせとなっている一方、上述のようにOPEC内最大の産油国であるサウジは増産を続けるな か、サウジに次ぐイラクやイランも増産を続ける動きが確認され、結果的にOPEC全体でも増産基調が強ま っている。イランについては、すでにここ数ヶ月に亘って増産の動きを強めてきた結果、足下の産油量は経済 制裁前の水準にまで回復しているとみられるなか、輸出量もその動きに呼応する形で経済制裁前の水準近傍に 達しており、仮に原油相場が足下の水準で推移したとしても経済にはプラスに寄与する事態となっている。さ らに、イランの高官などは足下においても繰り返し増産凍結に向けた取り組みに協調することはないとの考え を示唆しており、この考えが当面変化する可能性は低いと見込まれる。他方、イラクについては4月の増産凍 結協議に際しては他の中東諸国などと同調する構えを 図 4 米国の産油量及び稼動リグ数の推移 みせたほか、原油相場の低迷長期化に伴う財政ひっ迫 を受けてオイルメジャーに支払われる予算調整に手間 取っていたが、今月に入って以降油田開発投資の再開 に向けた合意に達しており、来年の産油量は大きく上 振れする可能性も高まっている。こうした状況を勘案 すれば、主要産油国が協調して増産凍結、さらには減 産に応じる可能性は極めて低いと思われる。さらに、 主要産油国にとって最も動向が注目されるのが、足下 (出所)Bloomberg より第一生命経済研究所作成 で世界最大の産油国となっている米国内におけるシェールオイルの行方であることは間違いない。年明け以降 の原油相場の底入れを反映する形で、採算ラインに乗ったサイトにおいてリグの稼動数に底打ちの動きが出て いる上、足下では生産量そのものも拡大基調に転じる動きがみられる。米国が他の産油国などと最も異なるの は、他の産油国では実施主体の多くが国営企業であるなど政府の意向を前提としている一方、米国のシェール 企業は民間企業であり、収益性をはじめとする「資本の論理」がその行動を規定することを勘案すれば、他国 のように「政治の論理」によって増産凍結や減産といった話に応じることは決してない。したがって、サウジ 本資料は情報提供を目的として作成されたものであり、投資勧誘を目的としたものではありません。作成時点で、第一生命経済研究所経済調査部が信ずるに足ると判 断した情報に基づき作成していますが、その正確性、完全性に対する責任は負いません。見通しは予告なく変更されることがあります。また、記載された内容は、第一 生命ないしはその関連会社の投資方針と常に整合的であるとは限りません。 4/4 が最終的に増産凍結に応じるための材料が非公式協議の場で揃うことは考えにくいと判断出来る。足下の国際 金融市場には主要国による量的金融政策などの影響に伴い、供給されているマネーの規模はかつてない水準に 達しており、それを背景とする投資家の思惑が相場を大きく左右しやすい環境にあるなか、このところの原油 相場の上昇は「マネーゲーム」の域を出ていない。非公式協議やその後のOPEC総会などでは増産凍結に向 けた動きがまったく出されず、結果的に原油相場は一時的に調整する場面も予想されるものの、その後は冬場 の需要期が待ち受けていることを勘案すれば下値も底堅い展開となると見込まれる。 以 上 本資料は情報提供を目的として作成されたものであり、投資勧誘を目的としたものではありません。作成時点で、第一生命経済研究所経済調査部が信ずるに足ると判 断した情報に基づき作成していますが、その正確性、完全性に対する責任は負いません。見通しは予告なく変更されることがあります。また、記載された内容は、第一 生命ないしはその関連会社の投資方針と常に整合的であるとは限りません。
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