1/3 Asia Trends マクロ経済分析レポート 「原油安」の宴の終えん間近で訪れる「異常気象」 ~外的要因が物価並びに政策スタンスを大きく左右するリスク~ 発表日:2016年5月17日(火) 第一生命経済研究所 経済調査部 担当 主席エコノミスト 西濵 徹(03-5221-4522) (要旨) 足下の国際金融市場では年明け直後の「過度な悲観視」が薄れる一方、「過度な楽観視」に振れる動きが 出ている。世界的なカネ余りが続くなか、米国の利上げ観測の後退なども追い風に原油相場は上昇し、リ スクマネーも再び活性化している。ただし、原油相場の上昇はアジア新興国にとってインフレ圧力後退の 揺り戻しを意味しており、長期に及んだ「原油安」の恩恵が剥落することは避けられなくなっている。 こうしたなか、足下ではラニーニャ現象が発生する可能性に伴い、アジア新興国では低温により食料品全 般でインフレ圧力が高まる懸念が出ている。米国の利上げ時期が想定より前倒しとなれば、リスクマネー の巻き戻しが通貨安を通じて輸入インフレを起こし、インフレが昂進するリスクもある。セーフティーネ ットの存在で危機的状況は免れようが、アジア新興国にとっては外部環境の変化に揺さぶられやすい展開 が続き、先行きの景気についても以前に比べて力強さを欠く展開が続く可能性は高いと見込まれる。 《原油安の影響が剥落するなか、今後は食料インフレ懸念や海外資金動向など外部要因に振り回される可能性も》 足下の国際金融市場においては、年明け直後における中国経済などに対する「過度な悲観視」が薄れているこ とに加え、米国の利上げペースが想定以上に後ろ倒しされるとの見方が広がるなか、一転して「過度な楽観視」 にも似た展開が続いている。先進諸国による金融緩和政策が長期化していることに加え、原油相場の低迷長期 化に伴うディスインフレ圧力の高まりを受けて新興国で 図 1 主要国中銀のベースマネーの推移 も金融緩和に踏み切る動きが出ており、再び金融市場で は「カネ余り」に似た環境が生まれている。こうした動 きを反映する形で、低迷が続いてきた原油相場は年明け 直後を底に上昇基調を強めており、いわゆる「オイルマ ネー」の撒き戻しに対する警戒感が後退しているほか、 米ドル高圧力の後退に伴いドル・インデックスが低下し ていることは、頭打ちの展開が続いてきた「ワールドダ ラー」の拡大を再び促しつつある。さらに、市場環境が (出所)CEIC より第一生命経済研究所作成 楽観に傾くなかでこうした「カネ余り」を背景にリスクマネーが再び活発化する動きも出ており、この動きは 一段のドル・インデックス調整圧力をもたらすなど、世界的なマネーの膨張を促すことに繋がっている。他方、 原油相場は底離れが進んだことで相場の水準自体は大幅に切り上げられているものの、サウジアラビアをはじ めとする主要産油国による原油供給のスタンスへの不透明感はくすぶっており、さらなる上値を追う展開とは なりにくい環境が続いている。これまで世界最大の原油消費国であった米国は、いわゆる「シェール革命」に 伴い世界有数の産油国となったことで純輸出国に転じているほか、米国に次ぐ消費国である中国についても景 気の不透明感に加え、環境保護の観点から原油消費を抑える動きが強まっており、世界的な需要拡大が期待し にくい環境となっている。世界的な原油の需給を巡る環境がここ数年で大きく変化したことは、原油相場の上 値を重くしており、世界的なインフレ圧力の後退を促すとともに、とりわけ消費に占めるエネルギー関連の割 本資料は情報提供を目的として作成されたものであり、投資勧誘を目的としたものではありません。作成時点で、第一生命経済研究所経済調査部が信ずるに足ると判 断した情報に基づき作成していますが、その正確性、完全性に対する責任は負いません。見通しは予告なく変更されることがあります。また、記載された内容は、第一 生命ないしはその関連会社の投資方針と常に整合的であるとは限りません。 2/3 合が相対的に高いアジアをはじめとする新興国にとって 図 2 国際原油市況(WTI)の推移 は、インフレ率の低下をもたらす一因になってきた。こ うしたことは、インフレ率の低下というファンダメンタ ルズの改善を通じて上述のように新興国のなかから金融 緩和に踏み切る政策的な余裕をもたらしており、翻って 世界的なマネーの拡大を促す動きに繋がったと考えられ る。とはいえ、足下では世界有数の産油国であるカナダ において史上最大規模の山火事が発生しているほか、ア フリカ有数の産油国であるナイジェリアでは政情不安の (出所)CEIC より第一生命経済研究所作成 再燃により石油生産への悪影響が避けられなくなっており、短期的には需給の引き締まりが意識される状況に 陥っている。結果、原油相場は下値を一段と切り上げる動きが強まることで、長期間に亘って続いてきた「原 油安」はいよいよ終了に近づく可能性が高まっており、これまで原油安の恩恵に浴してきたアジアをはじめと する新興国にとってはインフレ抑制効果が徐々に剥落することは避けられなくなっている。 こうしたなか、昨年来の世界的な気象を巡ってはエルニーニョ現象の発生により、多くのアジア新興国におい ては高温ないし少雨状態が常態化することで、穀物をはじめとする農作物の生育に悪影響が出る事態が続いて きた。すでに一部の国々においては、生鮮品を中心に食料品価格が乱高下する状況に見舞われているほか、こ の動きを引き金にインフレ率が押し上げられるといった傾向も出ている。とはいえ、これまでは「原油安」の 恩恵によりエネルギー価格が低く抑えられてきたほか、ガソリン価格の低下に伴う輸送コストの抑制は消費財 全般に対する物価上昇圧力を和らげるといった効果をもたらしてきた。さらに、アジア新興国におけるエルニ ーニョ現象の特徴としては、上述の通り高温並びに少雨が挙げられるものの、実際にはその時期によって特色 に差異が生じやすいことがある。また、地域によっては反って多雨となることから、メコン川など複数の国に 跨る国際河川が存在する東南アジアなどにおいては、ある地域における異常気象が他の地域にとっては恵みを もたらす場合も存在しており、結果的に悪影響が相殺される場合も少なくない。しかしながら、足下ではエル ニーニョ現象の収束が見込まれるなかで、夏場にかけてはラニーニャ現象が発生する可能性が高まっている。 アジア新興国にとってのラニーニャ現象の影響は、全般的に低温状態をもたらすとされており、すべての穀物 のみならず農作物の生育が極端に悪化することが懸念される。特に、東南アジアはタイやベトナム、インドな ど世界有数のコメ生産国を擁している上、インドについてはサトウキビの生産が世界的な砂糖価格の動向を左 右する傾向があるなど、世界的な食料品価格にも影響を与えかねない事態も予想される。また、多くのアジア 新興国においては発展途上段階ゆえに家計消費に占める 図 3 アジア新興国の物価指標に占める食料品比率 食料品の割合が相対的に高く、多くの国でインフレ指標 に占める食料品の割合が3割を上回るなど先進国に比べ て軒並み高い上、一部の国では約6割に達している。し たがって、農産品をはじめとする食料品価格の上昇は物 価全体を大きく押し上げる力に繋がりやすく、ラニーニ ャ現象の発生によってアジア新興国ではインフレ圧力が 予想外のスピードで高まることも考えられる。折しも、 原油安の恩恵が徐々に剥落するなど物価に対する下押し (出所)CEIC より第一生命経済研究所作成, 中国は当社試算 本資料は情報提供を目的として作成されたものであり、投資勧誘を目的としたものではありません。作成時点で、第一生命経済研究所経済調査部が信ずるに足ると判 断した情報に基づき作成していますが、その正確性、完全性に対する責任は負いません。見通しは予告なく変更されることがあります。また、記載された内容は、第一 生命ないしはその関連会社の投資方針と常に整合的であるとは限りません。 3/3 圧力が掛かりやすくなっており、こうしたなかで食料インフレが発現することはインフレ率の押し上げ圧力を 増幅させることでアジア新興国の金融緩和余地を縮小させることも予想される。足下の金融市場においては、 米国による利上げ実施のタイミングが想定よりも後ろ倒しされるとの見方が強まり、アジアをはじめとする新 興国や資源国にリスクマネーが巻き戻る動きが出ているものの、米国経済の堅調さが確認されることで利上げ のタイミングが前倒しされれば、新興国や資源国では再び資金流出圧力が強まるリスクもくすぶる。そういう 事態になれば、食料品やエネルギーなどに伴う供給インフレに加え、自国通貨安による輸入インフレが重なる ことでインフレ圧力が一段と増幅されるといった悪い事態に繋がる可能性もある。そうなれば、多くのアジア 新興国にとっては物価抑制と資金流出阻止を図る観点から金融引き締めに動かざるを得ない事態が考えられる 一方、足下の景気はかつての勢いに乏しい展開が続いていることを勘案すれば、先行きの景気には下押し圧力 が掛かりやすい地合いが続くとみられる。足下の国際金融市場を取り巻く環境をみれば、新興国や資源国にと っては自国が主導する形で自立した政策運営を行うことは難しくなっており、アジアについてもその影響は免 れないとみられるが、使い勝手は悪いながらもアジア域内ではかつての通貨危機を通じてセーフティーネット が構築されており、危機的状況に陥るリスクは低いとみられる。ただし、当面のアジア新興国に以前のような 力強い経済成長を求めることは難しくなることは避けられないであろう。 以 上 本資料は情報提供を目的として作成されたものであり、投資勧誘を目的としたものではありません。作成時点で、第一生命経済研究所経済調査部が信ずるに足ると判 断した情報に基づき作成していますが、その正確性、完全性に対する責任は負いません。見通しは予告なく変更されることがあります。また、記載された内容は、第一 生命ないしはその関連会社の投資方針と常に整合的であるとは限りません。
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