1/3 World Trends マクロ経済分析レポート 新興国経済は「リーマンショック級」にマズいのか ~景気の勢いは乏しく、リスクも抱えるが、「危機」を意識する状況ではない~ 発表日:2016年5月26日(木) 第一生命経済研究所 経済調査部 担当 主席エコノミスト 西濵 徹(03-5221-4522) (要旨) 足下の新興国及び資源国経済は、商品市況の低迷や世界的なマネー動向に左右される形で厳しい状況に直 面している。こうした状況は世界金融危機後に世界中で実施された景気刺激策の「揺り戻し」であり、中 国の存在が大きい。世界金融危機後に中国が打ち出した巨額の景気対策はその後のV字回復に繋がった が、足下の中国経済は様々な課題に直面するなど、その経済成長を頼みにすることは難しくなっている。 中国は構造改革を推進する一方、景気減速を容認する姿勢をみせるが、この動きは中国経済への依存度を 強めてきた新興国・資源国経済の重石となっている。他方、世界的な原油需給を巡る構造が大きく変わる なか、原油相場の低迷が長期化したことでオイルマネーが縮小し、結果的に世界的なリスクマネーの動向 に悪影響が出たことは、自己実現的に新興国や資源国経済の足を引っ張っていると考えられる。 主要国による量的金融緩和政策により世界的なマネーの規模はかつてない水準に達しているが、昨年末の 米国の利上げ実施の前後を境に世界的なマネーの動向は変化を余儀なくされている。今後の米国の利上げ は想定に比べて緩やかになる見通しだが、新興国や資源国への資金流入は活発化しにくい環境にある。 多くの新興国や資源国では、海外資金の流入先細りが内需の足かせとなるなか、景気浮揚を財政に依存せ ざるを得ない状況にある。景気が勢いを欠くなかでの過度な財政への負荷は、公的債務の膨張など新たな リスクを生む。景気減速に伴い各国では政治的リーダーシップが採りにくいが、既存の経済構造に拘泥せ ず構造改革を通じ、民間主導による自立的な景気回復を目指す突破力が何より求められていると言える。 《確かに景気の勢いは乏しく、債務問題などリスクも抱えるが、早期に危機的状況を意識せざるを得ない環境ではない》 足下の新興国及び資源国経済を巡っては、原油をはじめとする国際商品市況が長期に亘って低迷していること に加え、世界的な金融緩和政策にも拘らずリスクマネーの動きが以前のような活発さを失うなか、厳しい状況 に直面している。事実、主要な資源国では昨年の経済成長率が軒並みマイナス成長に陥っているほか、近年は 世界経済のけん引役となってきた中国経済が減速感を強めるなか、多くの新興国や資源国が中国経済に対する 依存度を強めてきたことも相俟って、足下では景気に下押し圧力が掛かる悪循環にはまっている。しかしなが ら、足下のこうした状況は、いわゆる「リーマンショック」をきっかけにした世界金融危機を脱するべく多く の国が採用した政策対応の「揺り戻し」に拠るところが大きいと考えられる。米国をはじめとする主要先進国 は、景気回復を促すべく量的金融緩和政策に踏み切ったことで世界的なマネーの膨張を引き起こしたが、この 動きはマネーの動きがグローバルに広がるなかで新興国や資源国経済にとってもプラスの効果をもたらした。 特に、経常赤字を抱えるなど経済活動に必要な資金を国内で賄うことが出来ない国々にとり、海外資金の流入 は経済活動を下支えしたほか、国によっては押し上げることにも繋がった。他方、世界経済に最も効果的な作 用を及ぼしたのは、中国による「4兆元」とされる巨額の公共投資を中心とする景気刺激策であったと考えら れる。これに伴い中国経済は文字通り「V字回復」を果たすことに成功し、中国景気の回復による資源需要の 拡大は多くの資源国にとって中国向けの輸出量の拡大を促すとともに、資源価格の上昇が輸出額の上振れをも たらし、資源国が活況を呈したほか、いわゆる「オイルマネー」の動きが再び活発さを取り戻すことにも繋が 本資料は情報提供を目的として作成されたものであり、投資勧誘を目的としたものではありません。作成時点で、第一生命経済研究所経済調査部が信ずるに足ると判 断した情報に基づき作成していますが、その正確性、完全性に対する責任は負いません。見通しは予告なく変更されることがあります。また、記載された内容は、第一 生命ないしはその関連会社の投資方針と常に整合的であるとは限りません。 2/3 った。しかしながら、足下の中国経済は上述の巨額の景気対策が負債を通じて投資偏重で行われたことから、 多くの分野で過剰設備や過剰債務の問題が噴出する事態となっており、さらに、過去数年の経済成長に伴い国 内の生産コストが上昇したことで景気回復を輸出に頼むことも難しくなっている。 こうしたなか、中国では一定程度の景気減速を容認する一方、構造改革を通じて持続可能な経済成長軌道を目 指す方針を打ち出しており、足下の中国経済はこの方針に沿って徐々に減速感を強めている。ただし、上述の ように資源国経済が輸出の数量・価格面で中国経済の回復に大きく依存してきたことを勘案すれば、中国経済 の減速は輸出に直接的に下押し圧力をもたらすこととなる。また、いわゆる「シェール革命」を通じて世界的 な原油生産量は飛躍的に高まるなか、ここ数年はOPEC(石油輸出国機構)が機能不全に陥ったことで生産 調整に向けた共同歩調を採ることも適わないなか、中国経済の減速などに伴い需要拡大が期待しにくくなった ことも相俟って一昨年後半以降原油相場は急速に調整局面に突入した。結果、産油国を中心とする資源国では 一転して数量・価格の両面で輸出に下押し圧力が掛かるとともに、価格下落に伴う交易条件の悪化は国民所得 の低下を招いて国内経済も困窮する事態を招いている。そして、原油相場の低迷は「オイルマネー」の縮小に 繋がるとの連想から、世界的なマネーが動揺するとともにリスク回避姿勢を強めたことは、リスクマネー縮小 懸念を招いて新興国や資源国からの資金流出に繋がり、結果的に多くの新興国や資源国の景気の足かせになっ ていることは間違いない。 国際金融市場を巡っては、上述のように先進国を中心とする量的金融緩和政策の影響で世界的なマネーの規模 かつてない水準に膨張するなか、この動きが自己実現的に景気を左右する事態を招いている。新興国や資源国 に流入したリスクマネーは、これらの国内での信用拡大を促すことで景気の押し上げに繋がった一方、インフ ラ投資をはじめとする中長期的にみた潜在成長力の向上を促す投資には向かわず、結果的に世界的なリスクセ ンチメントに応じて行き来を繰り返す傾向が強い。よって、多くの新興国や資源国は世界金融危機後の中国経 済の「V字回復」と歩を併せる形で景気回復を実現したものの、基本的には信用拡大を通じた消費を促したに 過ぎないと考えられる。さらに、急速に信用が拡大した国々においては、家計部門による過剰債務が経済成長 の阻害要因となることが警戒される事態も招いている。こうしたなか、最も新興国や資源国にとって深刻な影 響を与えると考えられてきたのは、こうした環境を生み出した先進国による量的金融緩和政策の変更であり、 具体的には「米国の利上げ」であったのは間違いない。なお、米国は当初想定されていた時期から大きく後ろ 倒しされ、昨年末に世界金融危機後初めての利上げを実施するも、足下の国際金融市場ではその後の利上げは 想定より緩やかなペースで行われるとの見方が広がっており、過度な信用収縮には繋がっていない。とはいえ、 多くの新興国や資源国が以前のような勢いを失い、リスクに見合うリターンを得ることが難しくなっているこ とは資金流入の先細りに繋がっており、結果的に景気に下押し圧力が掛かる悪循環に陥っていると言えよう。 足下の多くの新興国及び資源国では、資金流入の先細りを受けて個人消費などの内需が勢いを欠くなか、景気 浮揚を財政に依存する傾向が強まっている。他方、足下において個人消費が比較的堅調な国とはいえども、企 業をはじめとする民間部門による設備投資などに繋がっておらず、結果的に自立的な経済成長軌道への回帰が 難しい国も少なくない。遅かれ早かれ米国による利上げ実施が予想される状況においては、海外資金の流入に 依存した経済成長を期待することは難しいなか、新興国や資源国にとっては既存の経済構造に拘泥した景気維 持を図るのではなく、構造改革を通じて民間主導による経済成長実現に向けた環境整備を図ることが求められ る。その一環として、インフラ投資などの公共投資を通じた環境整備を実施することも必要であろうが、以前 のような高成長を期待しにくいなかで過度に財政に依存することは公的債務の膨張を通じて新たなリスクを招 本資料は情報提供を目的として作成されたものであり、投資勧誘を目的としたものではありません。作成時点で、第一生命経済研究所経済調査部が信ずるに足ると判 断した情報に基づき作成していますが、その正確性、完全性に対する責任は負いません。見通しは予告なく変更されることがあります。また、記載された内容は、第一 生命ないしはその関連会社の投資方針と常に整合的であるとは限りません。 3/3 く可能性がある。多くの新興国や資源国の政府がここ数年の景気減速により、政治的リーダーシップを発揮し にくい環境にあるが、こうした難局を打開するためにも構造改革を断行する「突破力」が求められている。 以 上 本資料は情報提供を目的として作成されたものであり、投資勧誘を目的としたものではありません。作成時点で、第一生命経済研究所経済調査部が信ずるに足ると判 断した情報に基づき作成していますが、その正確性、完全性に対する責任は負いません。見通しは予告なく変更されることがあります。また、記載された内容は、第一 生命ないしはその関連会社の投資方針と常に整合的であるとは限りません。
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