1/3 Asia Trends マクロ経済分析レポート トルコ中銀の「背水の陣」はどうなるか? ~国内外の状況は混迷を増すなか、リラ相場には一段と厳しい状況に~ 発表日:2016年12月21日(水) 第一生命経済研究所 経済調査部 担当 主席エコノミスト 西濵 徹(03-5221-4522) (要旨) トルコ経済を巡っては、7月のクーデター未遂事件などをきっかけに7-9月期の成長率がマイナスに転 じるなど急速な悪化にみまわれた。足下では悪影響が一巡しつつある一方、米大統領選でのトランプ氏勝 利や米Fedによる利上げ加速見通しなどを受け、通貨リラの対ドルレートの下落に歯止めが掛からない 状況が続いている。こうしたなか、20日に中銀は事前予想に反して政策金利を据え置く決定を行った。 足下のトルコは治安や政情不安が懸念されるなか、OPEC合意による原油相場の底入れが物価や経常収 支の悪化を招くなどファンダメンタルズの脆弱さを招く事態も予想される。外貨準備が短期対外債務残高 に比べて少ないなか、平時にはロールオーバーが可能と見込まれるが、国際金融市場が動揺すれば一転し て難しくなることが懸念される。対外債務の太宗を依存するEUではトルコへの反発が懸念される事態も 続いており、今後もリラ相場にとっては厳しい状況が待ち受けるなど目が離せない展開が続くであろう。 トルコ経済を巡っては、7月に発生したクーデター未遂事件とその後に政府がクーデター未遂に関連するとの 理由で様々な分野で粛清をはじめとする弾圧の動きを強めたことを受け、7-9月期の実質GDP成長率は前 年比ベースで7年ぶりのマイナス成長となるなど、景気が急減速する事態に見舞われた(詳細は 14 日付レポ ート「トルコの孤立を深めかねない「大統領制」」をご参照下さい)。足下ではクーデター未遂事件の影響が 一巡したことで、家計部門の信頼感や企業部門の景況感に改善の動きが出る動きがみられたものの、依然とし て景気の先行きに不透明感がくすぶる厳しい状況が続いている。こうしたなか、先月の米大統領選でのトラン プ候補の勝利は、議会との「ねじれ状態」の解消に伴い政策遂行が容易になるとの思惑に加え、トランプ氏が 打ち出した減税やインフラ投資を中心とする経済政策が米国経済を押し上げるとの観測が高まる一方、こうし た動きは米国の長期金利上昇を招いている上、それに伴って米ドル高圧力が高まる動きに繋がっている。結果、 トルコでは足下の景気低迷に加え、経済のファンダメンタルズ(基礎的条件)の脆弱さも相俟って資金流出圧 力が加速して通貨リラの対ドル為替レートは今月初めに最安値を更新する事態に見舞われている。こうした背 景には、景気の減速懸念が強まるなかでエルドアン大 図 1 リラ相場(対ドル、円)の推移 統領を中心とする政府中枢が中銀に対し、景気浮揚の 観点から利下げ実施を求める姿勢を強めるなか、中銀 は年明け以降短期金利のコリドーの上限(翌日物貸出 金利)を断続的に引き下げることに応じるなど、同行 の「独立性」に対する疑念もこうした動きに拍車を掛 ける一因担ったと考えられる。他方、中銀は先月末に 大統領周辺の意向に反する形で2年 10 ヶ月ぶりに利上 げを実施し、金融市場が主導する形でリラ安が進行す (出所)Thomson Reuters より第一生命経済研究所作成 ることに対抗する意思をみせるなど、反転攻勢に打って出る可能性もうかがえた(詳細は 11 月 25 日付レポー ト「トルコ中銀、大統領の意向に反し利上げ断行」をご参照下さい)。しかしながら、その後も米国Fed 本資料は情報提供を目的として作成されたものであり、投資勧誘を目的としたものではありません。作成時点で、第一生命経済研究所経済調査部が信ずるに足ると判 断した情報に基づき作成していますが、その正確性、完全性に対する責任は負いません。見通しは予告なく変更されることがあります。また、記載された内容は、第一 生命ないしはその関連会社の投資方針と常に整合的であるとは限りません。 2/3 (連邦準備制度理事会)が来年の利上げペースの加速を示唆する判断を行ったほか、トルコ国内でも爆弾テロ 事件の頻発など治安を巡る不透明感が払拭出来ない展開が続くなか、現地時間 19 日には首都アンカラにおい てトルコ駐在のロシア大使が襲撃され、同大使が死亡するなど政情不安を引き起こしかねない事件が発生して いる。なお、当該事件を受けてエルドアン大統領はロシアのプーチン大統領と緊急で電話会議を行い、両国間 の協力強化で合意するなど両国関係が再び悪化する事態は免れているものの、様々なリスク要因が懸念される なかでリラ相場は最安値圏での推移が続いている。こうしたなか、中銀は 20 日に定例の金融政策決定会合を 開催し、金融市場においてはリラ安阻止に向けて前回 図 2 金融政策の推移 会合に続き利上げが行われるとの見方が大勢を占めて いたものの、この見方に反して政策金利を据え置く決 定を行った。会合後に発表された声明文では、「世界 的な不透明感の上昇に伴うリラ安の進展と足下の原油 相場の底入れはインフレ加速に繋がるリスクがある」 との認識を示す一方、「国内需要の弱さはこの動きを 相殺する」とした。その上で、足下の景気については 「第3四半期に大きく落ち込んだが、足下では部分的 (出所)CEIC より第一生命経済研究所作成 に回復する兆候が出ている」とし、先行きについても「緩やかな回復が続く」とした。足下のインフレ率はピ ークアウトしつつあるものの、急速に進行するリラ安が輸入インフレ圧力を高める可能性があるなか、上述の ようにリラを取り巻く環境は一段と厳しさを増すことが予想されるなかでの予想外の対応は、今後のリラ相場 の行方を不透明なものにすると見込まれる。 足下のトルコを取り巻く環境は、上述したように治安 図 3 貿易収支の推移 や政情を巡る不透明感が意識される状況が続いている ことに加え、経済のファンダメンタルズの脆弱さもリ ラ相場の行方に暗雲が漂う要因になっていると考えら れる。トルコ政府は今月初めにリラ安の進展を喰い止 める観点から、緊急経済対策を打ち出すなどの対応を みせる一方、大統領周辺を中心に中銀に対して更なる 利下げ実施を求めるなど、明らかにちぐはぐな動きを みせるなど政策に対する予見性低下が同国に対する信 認を損なっている可能性がある。また、一昨年後半以 (出所)CEIC より第一生命経済研究所作成 図 4 外貨準備高と対外債務残高の推移 降の長期に亘る原油安は、国内の原油消費量の太宗を中 東などからの輸入に依存する同国にとってはインフレ圧 力の後退に繋がるとともに、貿易赤字の半分を原油関連 が占める状況から赤字幅の縮小を通じ、経常赤字の圧縮 に繋がるといった副次的効果も生んできた。しかしなが ら、足下ではOPEC(原油輸出国機構)による減産合 意などを受けて原油相場が底入れしつつあるなか、これ はインフレ圧力の上昇を招くほか、経常赤字幅の拡大に (出所)CEIC より第一生命経済研究所作成 本資料は情報提供を目的として作成されたものであり、投資勧誘を目的としたものではありません。作成時点で、第一生命経済研究所経済調査部が信ずるに足ると判 断した情報に基づき作成していますが、その正確性、完全性に対する責任は負いません。見通しは予告なく変更されることがあります。また、記載された内容は、第一 生命ないしはその関連会社の投資方針と常に整合的であるとは限りません。 3/3 繋がることも懸念されるなどファンダメンタルズが悪化することも懸念される。また、10 月末時点における 外貨準備高のうち流動性部分は 995 億ドルとなっているが、先月以降にリラ安が急速に進展するなかで為替介 入の観点から外貨準備を取り崩している可能性も考えられるなか、今年6月末時点の対外債務に占める短期債 務残高は 1075 億ドルと外貨準備高を上回る水準となっている。平時においては、依然として相対的な高金利 を背景に高い収益が期待されることを勘案すれば、海外資金が流入することで短期資金のロールオーバーを比 較的容易に行うことが可能と考えられるが、国際金融市場を取り巻く環境が一転して悪化する事態に陥れば、 対外債務の4分の3を占めるEUの金融機関の貸出態度が硬化することも懸念される。特に、足下ではトルコ 国内における「暴走」にも近い動きはEU内からの反発を招いているなか、足下ではEU諸国においてIS (通称「イスラム国」)によると思われるテロ事件が相次いで発生したことは、EU域内におけるトルコへの 対応を一段と硬化させるリスクもある。金融市場においてはリラに対する圧力が強まることも懸念されるなか、 一連の大統領を中心とする政府や中銀の対応はリラ相場をこれまで以上に厳しい状況に置くことに繋がること も懸念されるだけに、その動きから一段と目が離せない展開が続くことも予想される。 以 上 本資料は情報提供を目的として作成されたものであり、投資勧誘を目的としたものではありません。作成時点で、第一生命経済研究所経済調査部が信ずるに足ると判 断した情報に基づき作成していますが、その正確性、完全性に対する責任は負いません。見通しは予告なく変更されることがあります。また、記載された内容は、第一 生命ないしはその関連会社の投資方針と常に整合的であるとは限りません。
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