1/3 World Trends マクロ経済分析レポート Fedはいよいよ新興国を「見放す」か? ~新興国・資源国には厳しい環境も懸念される~ 発表日:2016年12月15日(木) 第一生命経済研究所 経済調査部 担当 主席エコノミスト 西濵 徹(03-5221-4522) (要旨) 米国Fedは14日に開催したFOMCで1年ぶりの利上げを決定した。利上げ自体は事前に織り込まれて いたが、先行きの利上げペースの加速は「タカ派」に傾いたとの見方に繋がる可能性がある。先月の米大 統領選を経て、米国金融市場では活況を呈する動きが続いてきたが、今回の決定はこの動きも影響したと みられる。トランプ次期政権の「保護主義」姿勢をみれば米ドル高の持続性に疑問は残るが、政策面で景 気にプラス効果が期待されるなかでは、米ドル相場は高止まりしやすい環境にあると判断出来よう。 米ドル高は新興国からの資金流出を招くなか、その金融市場は「リスク・オフ」の様相を呈している。通 貨安は輸出競争力向上に繋がるが、企業を中心とする外貨建債務の拡大は債務負担増を招き、結果的に実 体経済を下押しする懸念もある。トランプ次期政権の「保護主義」姿勢も新興国の輸出にもマイナスにな り得る。米ドル高は商品市況の調整圧力ともなり得る上、OPEC合意の行方にも不透明感が残ることか ら、産油国を中心とする資源国にとっても厳しい状況が待ち受ける可能性には注意が必要であろう。 Fedは先行きも緩やかな利上げを志向しようが、それでも米ドル高基調は続くであろう。新興国のなか にはFedに対して注文を付ける向きはあるが、海外資金の流入の恩恵で経済成長を実現してきた新興国 などには、早い段階で新たな成長軌道に向けた構造転換に取り組むことが必要になっていると言えよう。 米国Fed(連邦準備制度理事会)は、現地時間 14 日に開催した定例のFOMC(連邦公開市場委員会)に おいて政策金利であるFF(フェデラル・ファンド)金利の目標誘導レンジを 0.50~0.75%と上下それぞれ 25bp 引き上げる決定を行った。Fedによる利上げ決定は昨年 12 月以来1年ぶりとなるが、利上げ実施自体 については事前に金融市場において充分に織り込まれており、驚きを以って受け止められることはなかった。 その一方、FOMC参加者による先行きの金利予想については、来年末時点の金利水準の中央値がこれまでに 比べて引き上げられるなど(年2回の利上げ→年3回の利上げ)、予想外に早いペースで利上げを実施する可 能性が示唆された。今回の決定が行われた背景について、委員会後に記者会見を行ったイエレン議長は「足下 の労働市場の「緩み」が縮小し、インフレ見通しも上向く基調がうかがえるなか、短期的な経済見通しに対す るリスクも安定的となっている」ことが利上げを後押ししたとの認識を示している。他方、先行きの金利見通 しについては、Fedの政策目標である「雇用と物価を 図 1 米ドルインデックスの推移 元に実体経済の動きを評価する」との考えを示したもの の、現時点において先行きの経済見通しに大きな変更が 行われないなかでの利上げペースの加速を示唆したこと は、FOMC参加者がこれまでに比べて「タカ派」に傾 いているとの見方に繋がる可能性がある。国際金融市場 においては、先月の米大統領選において共和党のドナル ド・トランプ氏が勝利し、同日行われた上下院議員選で も共和党が両院で過半数を維持するなど、オバマ政権下 (出所)Thomson Reuters より第一生命経済研究所作成 本資料は情報提供を目的として作成されたものであり、投資勧誘を目的としたものではありません。作成時点で、第一生命経済研究所経済調査部が信ずるに足ると判 断した情報に基づき作成していますが、その正確性、完全性に対する責任は負いません。見通しは予告なく変更されることがあります。また、記載された内容は、第一 生命ないしはその関連会社の投資方針と常に整合的であるとは限りません。 2/3 での政策遂行のボトルネックとなってきた大統領と議会との「ねじれ状態」が解消することとなる。トランプ 次期政権下では選挙戦において公約に掲げてきた大規模減税のほか、インフラ投資を通じた財政出動が期待さ れており、これらが米国景気の押し上げに繋がると見込まれている。こうした見方を反映して、米国金融市場 では資金が安全資産(債券)からリスク性資産(株式)に移動する形で株高と金利高が進むとともに、米ドル 高圧力も高まるなど「トランプ・ラリー」の様相を呈してきた。このような金融市場の動きに対して一部では 「期待先行による逸った動き」との見方はくすぶっているものの、今回のFOMCの決定は参加者のなかに金 融市場の動きに反応したことが先行きの金利見通しに影響を与えたものと捉えることが出来る。ただし、足下 における金融市場の動きはトランプ次期政権による政策実現を前提としているとみられるものの、その内容に ついては依然として不透明な状況が続いており、様々な見通しが交錯した結果として生まれているものと捉え られる。その意味においては、先行きの金融市場の注目点は来月 20 日に誕生するトランプ次期政権が実際に 如何なる政策運営を志向するのか、さらにはその実現性といった方向にシフトすることは避けられないであろ う。他方、トランプ氏は選挙戦中から『アメリカを再び偉大な国に』とするスローガンを掲げるとともに、同 国に対して巨額の貿易黒字を計上している中国やメキシコなどを念頭に通商政策や為替政策を批判する「保護 主義」的な姿勢をみせてきた。したがって、金融市場では「トランプ・ラリー」の下で米ドル高が進む展開が 続いてきたものの、先行きについてはトランプ次期政権が米ドル高の進行を容認出来るか否かに注目が集まる ことも予想され、仮に「口先介入」などの形で米ドル高をけん制する姿勢をみせる事態となればその度に市場 に動揺が広がることも考えられる。とはいえ、トランプ次期政権が公約に掲げた政策を一部でも実行に移すこ とが出来れば、そのこと自体は短期的であれ米国景気にとってプラスに作用することが見込まれるなか、先行 きの基調としては金利高を反映する形で米ドル高圧力が掛かりやすい地合いが続くことになると捉えられよう。 他方、米国における長期金利の上昇とそれに伴う米ドル高の進展は、多くの新興国にとっては資金流出圧力を 高めるとともに、そのことが景気の下押し圧力となり得る可能性には注意が必要である。今年半ばまでの国際 金融市場においては、先進国を中心とする量的金融政策の影響で世界的な「カネ余り」が意識される展開が続 いてきた上、わが国や欧州などによるマイナス金利政策の影響も重なり、先進国では軒並み長期金利が大きく 低下する状況が続いてきた。こうしたなか、より高い利回りを求める資金は新興国など相対的に金利の高い 国・地域に向かう動きに繋がり、結果的に新興国通貨は 図 2 新興国の民間非金融部門向け信用残高の推移 上昇基調を強めるなど実質的な引き締め圧力が強まった ことで多くの新興国が利下げなど金融緩和に動くことが 可能となった。さらに、自国通貨高と金利低下を受けて 企業部門などを中心に米ドルをはじめとする主要通貨建 による資金調達を活発化する動きも強まり、折からの先 進国からの資金流入圧力の高まりもこうした動きを加速 化させたとみられる。しかしながら、米大統領選でのト ランプ候補の勝利に伴う米国金融市場における「トラン (出所)国際決済銀行(BIS)より第一生命経済研究所作成 プ・ラリー」の動きは、新興国においては一転して資金流出圧力を高めることに繋がっており、新興国の金融 市場では株式、債券、通貨のトリプル安圧力が強まる「リスク・オフ」にも似た様相をみせている。米ドル高 に伴う資金流出は新興国通貨安をもたらすなか、資金流出は金利上昇を招くなど企業の債務負担増に繋がる懸 念を生んでおり、自国通貨安も債務負担の増大を招く悪循環に繋がることが企業業績のマイナス要因と見做さ 本資料は情報提供を目的として作成されたものであり、投資勧誘を目的としたものではありません。作成時点で、第一生命経済研究所経済調査部が信ずるに足ると判 断した情報に基づき作成していますが、その正確性、完全性に対する責任は負いません。見通しは予告なく変更されることがあります。また、記載された内容は、第一 生命ないしはその関連会社の投資方針と常に整合的であるとは限りません。 3/3 れている。なお、米国経済が堅調さを取り戻すなかでの米ドル高による新興国通貨安は、多くの新興国にとっ てみれば米国向け輸出の拡大に繋がるほか、自国通貨安による価格競争力の向上は輸出を一段と加速させるこ とも期待される。他方、トランプ次期政権では上述したように通商政策や為替政策などを巡って「保護主義」 的な姿勢を強める動きが予想されることから、新興国にとっては米国経済の堅調な拡大の恩恵に浴することが 出来るか極めて不透明な状況にある。こうしたことも新興国を取り巻く不透明感に繋がっているとみられ、結 果的に新興国の金融市場が弱含む厳しい環境に直面していると考えられる。また、OPEC(石油輸出国機構) 加盟国と非加盟国による減産合意はこのところの産油国を中心とする資源国経済及び金融市場にとって追い風 になってきたものの、米ドル高圧力は商品市況の重石となることが懸念されるなか、資源国にとっても厳しい 状況をもたらすことも懸念される。OPEC合意を巡っては当事国が合意を履行するか否かに不透明感が残る 上、世界の原油生産量の 14%弱を占める米国におけるシェール・オイルの動きも不確定要素となり得るなか、 原油相場が安定的に上昇基調を強めるとは見通しにくい。また、トランプ次期政権の下で「保護主義」的な通 商政策を志向するとみられるなか、同様の動きは世界的に広がりをみせていることも相俟って世界的な貿易量 の伸びが抑制される事態となれば世界経済の成長率も鈍化し、結果的に世界的な原油需要量を下押しして需給 の緩みに繋がることも考えられる。さらに、米ドル高の進展は商品市況の重石となる可能性を勘案すれば、資 源国経済及び金融市場にとっても足かせとなる材料がくすぶる展開となることは避けられないであろう。 今回の決定内容からは、Fedが先行きも引き続き緩やかな利上げを志向する可能性は排除していないものの、 トランプ次期政権の誕生とそれに伴う金融市場での期待の高まりを反映する形で、そのペースが以前に比べて 速まりつつあると捉えられる。これまで米国の金融政策を巡っては、新興国などから注文が付けられるといっ た場面が度々みられたものの、Fed自体はあくまで米国の雇用及び物価の行方を注視して政策判断を行って いることを勘案すれば、これに注目を付けるのは少々お門違いの側面がある。他方、米国をはじめとする先進 国による量的金融緩和政策が世界的な「カネ余り」の元凶となってきたなか、経済規模の小さい新興国を中心 に経済がその動きに左右されやすく、かつては米国の金融政策の変更が小国を中心に金融危機などを招いてき たのも事実である。したがって、先行きのFedにとっては米国がトランプ次期政権の下で堅調な景気拡大を 続けるとの見方が強まるなか、これまで以上に綿密な「市場との対話」を通じて金融市場の動揺を極小化する 対応が求められる。とはいえ、上述したように多くの新興国にとって先行きは旺盛な資金流入を背景とした経 済成長が実現しにくくなる環境が近付いていると判断出来るなかで海外資金の流入に依存しない形での経済成 長を、資源国にとっては資源高に依存しない形での経済成長を実現するための道筋を付けることが必要になる。 こうした取り組みは一朝一夕に進むものではない上、これまでの資金流入や資源高に応じた経済構造が構築さ れてきたなかでは大きな「痛み」を伴うことは避けられないものの、米国の政策スタンスが転換を余儀なくさ れつつあるなか、早期にこうした課題解決に取り組むことは社会的コストを極小化するとともに、中長期的な 潜在成長率の向上にも繋がることが期待される。 以 上 本資料は情報提供を目的として作成されたものであり、投資勧誘を目的としたものではありません。作成時点で、第一生命経済研究所経済調査部が信ずるに足ると判 断した情報に基づき作成していますが、その正確性、完全性に対する責任は負いません。見通しは予告なく変更されることがあります。また、記載された内容は、第一 生命ないしはその関連会社の投資方針と常に整合的であるとは限りません。
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