Book Review 書評 微生物学 化学と生物 ● 日本農芸化学会 大木 理 著 B5 判,162 頁,本体価格 2,400 円 東京化学同人,2016 年 「化学と生物」誌 46 巻 5 号の巻頭言「人間の未来と農 微生物学の実験技術の章があるのも学生にとってはありが 芸化学」の中で,私は次のように書いた.「農芸化学は, たいだろう.I∼IV に相当する部分は全部で 15 章からな 自然の事物を常にパートナーと考える,いわば『性善説の り,これを毎週講義していけば 2 単位の講義となるわけ 自然科学』である.医学の世界では微生物と言えば病気を で,教員にとってもたいへん使いやすい本と言える.各章 起こす悪玉だが,農芸化学では微生物は有用物質を作って の最後には,重要事項が 10 項目ほど,それぞれ 1∼2 行で くれる善玉と考える」と.同じ頃,中学や高校で「役に立 まとめてあり,そこをきちんと把握すれば期末試験の勉強 つ微生物」を学ぶ機会が少ないことを問題視する声が農芸 も楽になるだろう.一方,怠惰な教員はこのまとめの文章 化学者たちから上がり,文科省への働きかけも行われた. を少しいじるだけで試験問題が作れそうである.本文は丁 その活動に効果があったかどうかはあまり自信がないが, 寧でわかりやすい記述になっており,各ページの欄外には 昨年の大村先生によるノーベル賞受賞は,われわれがご 重要なキーワードが英語表記とともに示されているので, ちゃごちゃ言うよりもはるかに能弁に微生物の有用性を国 関連英語の習得にも役立つ.図表もたいへんわかりやす 民に理解させたのだろうと思う. い. その追い風の中で,われわれは胸を張り,学生たちに このわかりやすさは何なのだろうか? その理由は, 微生物の面白さをきちんと教えていかなければならない 著者の大木博士が実は微生物の専門家ではないことによる が,教えるためには良い教科書が必要である.私自身は微 のだろう.専門家ではないがゆえに書きうる「わかりやす 生物分野の研究者にはならなかったが,農学部に進学して い微生物学」なのである.実は大木氏は私にとって大学の いくつかの微生物関係の講義を聞いた.当時の最新知見を 同じサークルに属した後輩で,学生の頃,ともに野山を歩 含むレベルの高い講義が多く,メバロン酸を発見した T 教 き植物や動物を観察する日々を過ごした.私は農芸化学科 授による微生物代謝の講義では, 「リプレッション!」と に進学したが,大木氏は農業生物学科(当時)の植物病理 いう言葉が唾とともに力強く飛んでくるなか,最前列で聴 学研究室に進んだと記憶している.進む方向は違ったが, 講して興奮はしたものの,なかなか理解は困難であった. 博士課程のとき,私の試料の電子顕微鏡写真を大木氏に 適切な教科書もなく,結局,微生物学の勉強は全体像を把 撮ってもらったことがあった.そのとき,彼はたいへん丁 握しないうちに終わってしまったような気がする. 寧にわかりやすく電子顕微鏡の手法を解説してくれたのだ 今回紹介する大木博士の「微生物学」は,初心者がま が,この「微生物学」を読んで,彼の優しい口調とわかり ず微生物の全体像を捉えるうえでたいへん有用な書籍であ やすい説明を思い出した.書評らしくない書評になってし ると感じた.本書では,I.微生物学の歴史から始まり, まったが,微生物を知りたい幅広い分野の方々にお薦めの II.微生物の性質(基本構造,代謝,増殖,変異,生態) , 一冊である. III. 微 生 物 の 分 類(細 菌, 古 細 菌, 原 生 生 物, 菌 類, (清水 誠,日本農芸化学会前会長) ウィルス),IV.微生物と人間生活(病気・腐敗,発酵, 環境)というように,微生物学の基礎から応用までのほぼ すべてがコンパクトに整理されている.さらに V として Copyright © 2016 公益社団法人日本農芸化学会 DOI: 10.1271/kagakutoseibutsu.54.369 Book Review 化学と生物 Vol. 54, No. 5, 2016 369
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