本文は - 化学と生物

プロダクト
イノベーション
プリン体吸収低減作用を有する
新規機能性ヨーグルトの研究開発
株式会社 明治 研究本部 食機能科学研究所
化学と生物 ●
日本農芸化学会
山田成臣,狩野 宏,浅見幸夫
はじめに
な要因が関与するが,体液中に溶解できる尿酸濃度が
7.0 mg/dL であることから 7.0 mg/dL を超えると高尿酸
血清尿酸値とかかわりの深い疾病として痛風が挙げら
血症と定義される (2).高尿酸血症は痛風の発症リスクを
れる.痛風の歴史はとても古く紀元前にまでさかのぼ
高くすることが知られている.日本において痛風患者が
る.歴史的な有名人の痛風患者にはヒポクラテス,アレ
増え始めたのは 1960 年代からであり,1986 年に約 25 万
キサンダー大王,ミケランジェロ,ニュートン,ダー
人であった痛風患者数が 2013 年には 100 万人を超え,約
ウィンなどが挙げられ,数多く存在する.一方で日本に
30 年間で 4 倍以上となっている(図 1)
.痛風患者数が近
おける痛風の歴史は比較的浅く,1950 年代に八十数例
年増加している背景には食事内容の欧米化などが挙げら
程度が報告されている程度であったが,近年は食生活の
れる.また痛風予備軍と言われる高尿酸血症者の数は痛
欧米化や生活習慣の変化によって増加傾向が続いてい
風患者の約 10 倍とも言われており,痛風患者数ととも
る.また高尿酸血症は痛風の発症リスク要因の一つであ
に今後も増え続けると予想されている.したがって,尿
ることから,痛風を発症しないためには血清尿酸値を適
酸値の管理に向けた対策は,健康増進の観点からもます
切に管理することが重要である.日本においては血清尿
ます重要になると考えられる.
酸値の管理として生活指導が推奨されており,そのなか
に食生活の改善も含まれている.そこでわれわれは血清
2. 高尿酸血症の治療と対策
尿酸値上昇のリスク因子の一つであるプリン体の過剰摂
血清尿酸値の上昇は日頃の生活習慣が大きく影響する
取によるプリン体吸収量を軽減することで,血清尿酸値
ため,日本の医療現場では高尿酸血症の治療として生活
の維持管理に貢献できないかと考え,その解決手段の素
指導が推奨されている (2).生活指導は飲酒制限,運動の
材として乳酸菌に着目した.
推奨,食事療法が中心となっていることから,食生活の
高尿酸血症・痛風の現状,それらの治療と対策の現状
を踏まえて「プリン体と戦う乳酸菌」である
改善も重要な位置づけとなっていることがわかる.
尿酸と密接に関係する物質がプリン体であり,プリン
PA-3 の作用メカニズム,さらにはその効果
について紹介する.
背景
1. 高尿酸血症と痛風の現状
プリン体はプリン骨格を有する化合物の総称であり,
ヒトにおいては最終的に尿酸へと代謝される.尿酸は難
溶性物質であるため,血清濃度が 7.0 mg/dL 以上となる
と過飽和状態となり,尿酸塩結晶として皮下組織や滑
膜,腎臓などの組織に沈着しやすくなる (1).また尿酸塩
の結晶化と組織沈着には組織の温度や pH などさまざま
化学と生物 Vol. 54, No. 11, 2016
図 1 ■ 日本における痛風患者数の推移
厚生労働省国民生活基礎調査を基に作成.
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体源の一種である核酸は細胞の構成成分でもあることか
プリン体吸収低減作用を有する
ら,あらゆる食物中に含まれている (3).一日に体内で産
新規機能性ヨーグルトの研究開発
日本農芸化学会
生される尿酸は約 700 mg であり,その約 3 分の 1 は食物
1. プリン体吸収低減作用に着目
由来のプリン体が代謝されることで産生する.一日に産
われわれは血清尿酸値を低減させるメカニズムとし
生する尿酸量から比較すると食物由来のプリン体から産
て,体内における尿酸の合成阻害ではなく,腸管で吸収
生する尿酸量は通常では少ない.一方,プリン体の一種
される食物由来のプリン体量を低減することで血清尿酸
で あ る IMP(イ ノ シ ン 酸: 肉 や 魚 に 多 く 含 ま れ る)
,
値が低減するのではないかと考えた.
GMP(グアニル酸:キノコ類に多く含まれる)などが
まず腸管でのプリン体の吸収に関し,プリンヌクレオ
旨味性ヌクレオチドと言われているように,プリン体に
シドよりもプリン塩基は吸収されにくい.腸管でのプリ
は旨味成分であるものも含まれる.したがって,プリン
ンヌクレオシドの分解には,腸管由来の分解酵素のほか
体高含量の食品には美味と言われる食品が多い.そのた
に腸内細菌由来分解酵素の関与も考えられる.一方で乳
めプリン体高含量の食品は好んで食されることが多く,
酸菌はヨーグルトやチーズなどの発酵食品に幅広く利用
その結果,プリン体の過剰摂取につながり,高尿酸血症
されているバクテリアの一つである.乳酸菌の中には免
の一因となっている.
疫賦活作用やコレステロールの吸収抑制効果など,プロ
このような背景から,食事療法ではプリン体の一日の
バイオティクスとして宿主にとって有益な効果を示すも
摂取量が 400 mg を超えないように高プリン体食を極力
のも数多く報告されている.そこで食物摂取後に腸管内
控える指導が行われているが,旨味の成分でもあるプリ
に到達したプリン体が腸管で乳酸菌の働きによって減じ
ン体の含有量が少ない低プリン体食を食べ続けることは
る可能性について検討を行うことになった.
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困難である.しかし,食生活の改善においてほかに有効
な手段がないのが現状である.また,国の医療費削減の
2. プリンヌクレオシドの分解活性評価
動きに伴い疾病予防が推奨されていることから,薬だけ
乳酸菌が想定した作用を達成するためには,摂取した
でなく食品から血清尿酸値を管理するアプローチが今後
乳酸菌が腸管まで生菌として届くことが大前提として挙
重要視されることが容易に想像される.
げられる.
は乳酸菌のなかでも比
較的胃酸および胆汁酸の耐性が高いことから,われわれ
3. 食物由来プリン体対策
食物由来のプリン体の過剰摂取による血清尿酸値の上
は
を中心に 192 株についてプリン
ヌクレオシドの分解活性評価を行った.
昇を防ぐためには,2 つの方法が考えられる.まず一つ
のなかでもプリンヌクレオシド
目は食事においてプリン体摂取量を制限することであ
をプリン塩基に分解する活性は菌株間で異なったが,そ
る.実際に,医療現場でも上述したように食事療法が高
のなかでも
尿酸血症対応の第一選択肢となっている.しかし,食事
療法で低プリン体食を 1 週間摂取しても血清尿酸値に与
PA-3(以 下,
PA-3)が高いプリンヌクレオシドの分解活性を示
した.
える影響は 1 mg/dL 程度であり (4),旨味のない低プリン
体食を続ける利点が当事者に感じられず,長期間の継続
3. が難しい.そのため,食事療法も十分な効果を発揮して
性
PA-3 の菌体自身のプリン体利用の可能
いない.2 つ目は血清尿酸値を低減させる食品を摂取す
食物摂取時に腸管内に到達したプリン体の量を乳酸菌
ることである.プリン体はさまざまな代謝を受けた後に
の働きによって減らす可能性としてプリンヌクレオシド
キサンチンオキシダーゼの働きによって尿酸へと代謝さ
の分解活性に着目したが,菌体自身が腸管内でプリン体
れるが,キサンチンオキシダーゼの阻害作用をもつ血清
を利用することによってもプリン体の量を低減すること
尿酸値降下薬としてアロプリノールやフェブキソスタッ
が可能になるのではないかと考え,次に
トが知られている.これら薬剤と同様の作用メカニズム
のプリン体利用に関する検討を行った.
をもつ食品などを摂取することで血清尿酸値の上昇を抑
制できる可能性がある.さらに,これらと異なるメカニ
ズムをもつ食品を組み合わせて摂取することでより効果
的な血清尿酸値の低減につながると考えられる.
PA-3
PA-3 がプリン体を利用するためには,菌
体内にプリン体を取り込む必要がある.そこで
PA-3 のプリン体取り込みを評価した.プリンヌク
レオチドである AMP(以下,アデニル酸)とその代謝
物であるプリンヌクレオシドのアデノシンおよびプリン
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塩基であるアデニンについて評価した結果,
PA-3 はこれらすべてのプリン体を経時的に取り込んだ.
PA-3 はプリン体を取り込むことが明らか
となったことから,次に取り込んだプリン体の用途とし
て菌体の増殖に着目して評価した.栄養素を最小限にし
た合成培地にアデニル酸,アデノシン,アデニンを添加
すると,これらプリン体を添加しなかった場合と比較し
て増殖が促進された.これらの結果より,
PA-3 はプリン体を取り込み,菌体の増殖に取り込んだ
プリン体を利用していることが明らかとなった.
日本農芸化学会
効果(動物試験)
①プリン体の一種であるプリンヌクレオシドを吸収されにくいプ
リン塩基へと分解する,②プリン体を菌体自身に取り込み利用す
ることによって,腸管から吸収されるプリン体量を低減させる.
6. これまでの検討結果から,
PA-3 はプリン
PA-3 の腸管におけるプリン体吸収低減
効果に関する考察
体の一種であるプリンヌクレオシドを腸管で吸収されに
本研究では血清尿酸値に影響を与える因子として食物
くいプリン塩基に分解すること,また自身が増殖するた
由来プリン体に着目し,腸管における食物由来プリン体
めにプリン体を菌体内に取り込むことで,プリン体の吸
の吸収量を乳酸菌で低減させる目的で,プリンヌクレオ
収低減効果を発揮するメカニズムが考えられた.
シドの分解能が高い
そこで
●
PA-3 の作用メカニズム概要
PA-3 単回投与によるプリン体吸収低減
4. PA-3 単回投与の影響を動物実験で検証した.プ
PA-3 を 選 抜 し た.
PA-3 はアデノシンのほかに主要なプリンヌクレ
PA-3 がプリン体の吸収低減効果を
発揮するか否かについて,プリン体負荷に対する
リン体の負荷にはアデニル酸を用いた.その結果,アデ
化学と生物 図2 ■
オシドであるイノシン,グアノシンもプリン塩基に分解
する活性をもつことから,
PA-3 はさまざま
なプリンヌクレオシドを分解する菌株と言える.さらに
ニル酸のみを投与した場合と比較して,アデニル酸と
PA-3 はプリンヌクレオシド分解能とプリン
PA-3 を同時投与した場合において,血液中
体取り込み能の両者で検証されている点が特徴である.
動物を用いたプリン体の負荷試験において,
のプリン体量の低下が観察された.
したがって,
PA-3 の摂取により,腸管に
PA-3 の単回投与で血液中のプリン体量が低下した.
おけるプリン体の吸収量が低減することを,動物実験に
おいて実証することができた.
PA-3 の投与によって最高血中濃度到達時間
(
max)に変化はなかったものの,血液中のプリン体量
が低下したことから,
5. ヒトにおける
PA-3 を配合したヨーグル
トの継続摂取の効果
PA-3 によるこの効果
は,負荷したプリン体の排泄促進によるものではなく,
吸収低下によるものと考えられた.したがって本結果
PA-3 の効果について血清尿酸値を指標に
は, 想 定 し て い た メ カ ニ ズ ム, す な わ ち,
ヒトで検証した.臨床試験は社内ボランティアを対象に
PA-3 がプリンヌクレオシドを腸管から吸収されにくい
プラセボ対照二重盲検比較試験により実施した.試験対
プリン塩基に分解することに加え,菌体自身がプリン体
象者は年齢 35 歳以上 60 歳未満の成人男性で血清尿酸値
を取り込むことによって,腸管におけるプリン体吸収量
が 6.0 mg/dL 以上 8.0 mg/dL 未満の者とし,14 名(平均
を減少させていると推察された(図 2)
.
年齢 44.3 歳)で行った.試験食品として
を配合したヨーグルトまたは
PA-3
PA-3 を配合し
さらに,血清尿酸値が 6.0 mg/dL 以上 8.0 mg/dL 未満
の成人男性を対象とした臨床試験の結果から,
ていないヨーグルト(以下,コントロールヨーグルト)
を用い,4 週間摂取させた.その結果,
PA-3
PA-3 を配合したヨーグルトがヒトにおいても有効
であることが示された.
配合ヨーグルト摂取群ではコントロールヨーグルト群と
比較して血清尿酸値が低値で推移した.
このように動物実験だけでなく,ヒトでも効果が認め
られたことから商品化に向けて大きく前進した.
7. PA-3 を配合したヨーグルトの発売
科学的エビデンスに基づき,臨床試験においても効果
を確認したことから,社内では商品化に向けて動き始め
た.
(株)明治ではプロバイオティクスヨーグルトとして
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菌」である
PA-3 を配合したヨーグルトは,
プリン体の吸収を低減させる乳酸菌と血清尿酸値を低下
させる乳素材を併せ持つ乳製品であり,適正な血清尿酸
値の維持管理に適したプロダクトであると言える.また
ターゲットがこれまでヨーグルトを摂取する習慣が少な
かった中年男性であることから,新たな食習慣のキッカ
ケにつながることを期待している.
PA-3 がプ
リン体代謝という側面からヒトの健康に貢献することを
今後も目標に掲げ,
PA-3 のさらなる可能性に
ついて日々努力して研究を進めていきたい.
文献
日本農芸化学会
図3 ■
PA-3
PA-3 の電子顕微鏡写真.
明治プロビオシリーズを展開しており,これまでに
LG21 と R-1 を有している.これら 2 大ブランドのインパ
クトに負けないためにも,風味だけではなくパッケージ
●
の色についても特にこだわりがあった.LG21 は青色,
R-1 は赤色であるため,これらに負けない色であり,か
つ「プリン体と戦う」イメージを表す必要があった.試
化学と生物 行錯誤の結果,開放感があり,前向きなイメージをもつ
黄色とした.黄色でも数十種類のなかから現在の鮮やか
な黄色に決まった.素材や風味だけでなく,パッケージ
にもこだわった
PA-3 を配合したヨーグルト
は 2015 年に発売するに至った(図 3)
.
おわりに
プリン体は旨味成分でもあることから,適正な血清尿
酸値の維持管理のためにプリン体の摂取制限を長期的に
実践することは極めて難しいのが現状である.実際に医
療現場においても食べてはいけないプリン体高含量の食
材について指導することはあるものの,積極的に摂取し
た方がよいと勧められる食品がないという声が多いこと
から,血清尿酸値に有効でかつ日ごろから容易に摂取で
きる食品の開発が待たれていた.
一方,これまでの疫学調査から乳製品の摂取によって
血清尿酸値が低下すること (5) や痛風の発症リスクを低減
(6)
させること が報告されている.
「プリン体と戦う乳酸
860
1) 鎌谷直之:
“高尿酸血症・痛風”,最新医学社,2006, p.
24.
2) 日本痛風・核酸代謝学会ガイドライン改訂委員会:“高尿
酸血症・痛風の治療ガイドライン(第 2 版)
”
,メディカル
レビュー社,2010, p. 30.
3) K. Kaneko, Y. Aoyagi, T. Fukuuchi, K. Inazawa & N. Yamaoka:
, 37, 709 (2014).
4) 谷口敦夫:高尿酸血症と痛風,16, 20 (2008).
5) H. K. Choi, S. Liu & G. Curhan:
, 52, 283
(2005).
6) H. K. Choi, K. Atkinson, E. W. Karlson, W. Willett & G.
Curhan:
, 350, 1093 (2004).
プロフィール
山田 成臣(Naruomi YAMADA)
<略歴>2007 年名古屋大学大学院生命農学研究科修了/同年明治
乳業株式会社入社(現株式会社明治),現在に至る<研究テーマと
抱負>プリン代謝における乳酸菌の生理,睡眠と覚醒メカニズム
<趣味>島旅,野球
狩 野 宏(Hiroshi KANO)
<略歴>1998 年東京大学大学院農学生命科学研究科修了/同年明
治乳業株式会社入社(現株式会社明治)/2003 年東京大学大学院
農学生命科学研究科にて学位取得(博士),現在に至る<研究テー
マと抱負>免疫や尿酸代謝における乳酸菌の生理効果<趣味>旅
行
浅見 幸夫(Yukio ASAMI)
<略歴>1986 年埼玉大学大学院理学研究科生化学専攻修士課程修
了/同年明治乳業株式会社(現株式会社明治)/2003 年博士(埼
玉大学大学院理工学研究科)/ヘルスサイエンス研究所,細胞工学
センター,栄養科学研究所などを経て現職<研究テーマと抱負>
乳酸菌や食品の生理機能と作用メカニズム,加齢による生体変化
と制御<趣味>釣り,ゴルフ
Copyright © 2016 公益社団法人日本農芸化学会
DOI: 10.1271/kagakutoseibutsu.54.857
化学と生物 Vol. 54, No. 11, 2016