Economic Indicators 定例経済指標レポート

EU Trends
イタリアの不良債権、負の遺産の処理は?
発表日:2016年4月13日(水)
~火力は心許ないが、信頼回復への第一歩~
第一生命経済研究所 経済調査部
主席エコノミスト 田中 理
03-5221-4527
◇ 不良債権処理の遅れが不安視されるイタリアでは、民間銀行等が出資し、銀行の資本増強と不良債権
の買い取りを行なう基金を創設することで合意。基金創設は銀行の信頼回復の一助となる。ただ、基
金の規模は50億ユーロ程度で、一部を資本増強資金に充てるとすれば、不良債権の買い取り原資はそ
れほど大きくない。3,000億ユーロを超える同国の不良債権額と比べて心許ない感は否めない。
イタリアの銀行・保険会社・運用会社等は11日、銀行の資本増強と不良債権の買い取りを目的とした総
額50億ユーロ程度の基金を創設することで合意した。不良債権処理の遅れと一部銀行の経営難を背景に、
イタリアの銀行システムに対する不安が続いており、昨年来イタリアの銀行株が大きく売り込まれてきた。
同国の不良債権比率は18%程度で高止まりし、EUの金融支援の助力も得て銀行システムの建て直しで先
行するアイルランドやスペインに大きく遅れをとっている(図表1)。景気サイクルが両国よりも遅行し
ているイタリアでは、景気後退の“負の遺産”である不良債権の増加にようやく歯止めが掛かってきた段
階にある。こうした景気サイクルの相違はあるものの、これまでイタリアで不良債権処理が進んでこなか
った背景としては、①問題行から不良債権を切り離す買い取り機関(バッドバンク)が存在しないこと、
②煩雑な司法手続きにより、担保権実行(フォークロジャー)に要する時間が他の欧州諸国と比較して極
めて長いこと(図表2)が指摘されてきた。
イタリア政府は当初、財政資金を用いて問題行から不良債権を買い取るバッドバンクの創設を目指して
きたが、法抵触の恐れがあるため、公的資金による民間銀行の救済を認めない方針のEUと対立。1月末
にようやく合意に漕ぎ着けた不良債権処理スキームは、問題行が不良債権を投資家に売却する際にイタリ
ア政府が保証する形で決着した。ただ、政府保証の対象となるのは、証券化された不良債権のうち弁済順
位の高い部分のみで、劣後部分の不良債権処理が進むかを疑問視する声が出ていた。「アトランテ」と名
づけられた今回創設する基金は、政府の不良債権処理スキームを補完し、劣後部分を買い入れ対象とする。
民間が出資・運営することで法抵触の問題を回避しつつ、問題行から不良債権を切り離し、業界全体で資
本不足懸念の封じ込めを狙う。政府は基金創設で民間銀行等の協力を求めるのと引き換えに、担保権実行
までの時間を短縮する司法制度改革に近く取り組む意向を伝えている。迅速な担保権実行が可能となれば、
より早い段階で担保物件がキャッシュフローを生み出すため、不良債権の評価額を引き上げ、不良債権処
理の加速につながる。
このように一連の不良債権処理スキームの整備はイタリアの銀行セクターの信頼回復の一助となるが、
不安を一掃するものとなるかは慎重に見ておく必要がありそうだ。今回創設される基金の規模は50億ユー
ロ程度と、総額3,600億ユーロに上る同国の不良債権額に比べて遥かに小さい。このうち半分近くが引当て
本資料は情報提供を目的として作成されたものであり、投資勧誘を目的としたものではありません。作成時点で、第一生命経済研究所経済調査部が信ずるに足る
と判断した情報に基づき作成していますが、その正確性、完全性に対する責任は負いません。見通しは予告なく変更されることがあります。また、記載された内
容は、第一生命ないしはその関連会社の投資方針と常に整合的であるとは限りません。
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済みなうえ、基金の購入対象は劣後部分に限定されるが、残りの不良債権額と比べても基金の規模が心許
ないことに変わりはない。また、政府は昨年11月に4つの小規模行の救済に着手し、これらの銀行の資本
不足額は30億ユーロ超に達するとみられている。株主や劣後債保有者の損失負担(ベイルイン)や増資で
穴埋めできない場合、基金の一部が資本増強に充てられる可能性がある。基金創設が増資環境の改善に寄
与する面もあろうが、何れにせよ50億ユーロの全てを不良債権処理の原資に充てることはできないだろう。
そもそも、民間銀行が出資する今回の基金は、規模を拡大すれば各行の出資負担が重くなり、優良行の収
益環境をも圧迫する恐れが出てくる。基金の規模をやみくもに積み増せばいい訳ではない。
(図表1)GIIPS諸国の不良債権比率の推移
(%)
40
イタリア
35
スペイン
ポルトガル
30
アイルランド
25
ギリシャ
20
15
10
5
0
2008
2009
2010
2011
2012
2013
2014
2015
出所:国際通貨基金資料より第一生命経済研究所が作成
(図表2)欧州主要国のフォークロージャーに要する平均的な時間(ヶ月)
国
(ヶ月)
オランダ
ドイツ
英国
オーストリア
フランス
スペイン
イタリア
2~3
12~18
12
13
10~12
36
36~60
出所:Gianluca Esposito, Sergi Lanau, and Sebastiaan Pompe(2014),
"Judical System Reform in Italy - A Key to Growth", IMF Working Paper 14/32より転載
以上
本資料は情報提供を目的として作成されたものであり、投資勧誘を目的としたものではありません。作成時点で、第一生命経済研究所経済調査部が信ずるに足る
と判断した情報に基づき作成していますが、その正確性、完全性に対する責任は負いません。見通しは予告なく変更されることがあります。また、記載された内
容は、第一生命ないしはその関連会社の投資方針と常に整合的であるとは限りません。
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