EU Trends ギリシャ危機再燃の予兆(中編) 発表日:2016年3月10日(木) ~政治リスクは消えていない~ 第一生命経済研究所 経済調査部 主席エコノミスト 田中 理 03-5221-4527 ◇ ギリシャが今後の財政支援や債務負担軽減を勝ち取るためには、さらなる追加緊縮措置を受け入れる 必要がある。7月後半の国債償還の間近まで支援協議が長引くか、協議の過程で政治リスクが噴出す る恐れがある。チプラス政権の議会基盤は脆弱。景気停滞や難民危機で国民の間で政権への苛立ちも 広がっており、最近の世論調査では野党に逆転を許している。仮に解散・総選挙となった場合、党勢 回復を狙って債権者との融和路線を放棄し、反緊縮路線に回帰する可能性もある。選挙日程次第では 7月の国債償還が危ぶまれる恐れもあり、年央に向けてギリシャ情勢からまた眼が離せない。 中断していたギリシャ政府と債権者との支援協議は9日に再開したが、融資実行に必要なギリシャの財 政緊縮の規模や内容を巡って、ギリシャ政府、EU、IMFの間の溝がどれだけ埋まったかは定かでない。 ユーログループのダイセルブルーム議長は7日、協議再開に必要な共通の土台と準備があるとしながらも、 積み残した課題が多いことを認め、とりわけギリシャ政府の追加努力を促した。各種報道によれば、IM Fは2018年のギリシャのプライマリーバランスがGDP比3.5%の黒字を想定し、GDP比で4~5%(約 70~88億ユーロ)の追加緊縮措置が必要と判断している模様で、国民の反発が強い年金給付の削減に切り 込むことに加えて、EU側に従来以上に踏み込んだ債務負担軽減を求めている。EU側はIMFの経済想 定が厳し過ぎるとして、GDP比3%(約53億ユーロ)程度の追加緊縮措置が必要と見積もっており、ギ リシャの追加緊縮実行と引き換えに、元本削減を伴わない債務負担軽減(返済期限延長、利子減免、利払 いの猶予期間延長)に応じる方針を示唆している。ギリシャ政府はGDP比1%(約18億ユーロ)程度の 追加緊縮措置を約束しているが、既に約束した以上の年金改革には応じられないとしている。 支援協議をまとめることは、改革実行の見返りにギリシャ政府が求めている債務負担軽減、投資適格外 のギリシャ国債をECBが資産買い入れの対象とする特例、3月で切れるIMFのギリシャ支援再開に道 をひらく。昨夏にチプラス政権が緊縮受け入れに舵を切った後もギリシャ国民の多くは政権を支持してき たが、資本規制導入による景気停滞と難民流入加速による財政面や社会的なコスト増も加わり、徐々に政 権への苛立ちが広がっている。1・2月には政府の打ち出した増税や年金改革に反対する農家が、主要幹 線道路をトラクターで封鎖する大規模なデモが起きた。チプラス政権としては早期に支援協議をまとめ、 債務負担軽減などの成果を国民にアピールしたいところだが、EU側が提案する融資条件の見直しが国民 の期待を満たすものであるかは疑わしい。しかも、債務負担軽減を勝ち取るためには、規模の大小は別と して、最終的にギリシャ政府が今以上の緊縮を受け入れる必要がある。こうしてみると、7月後半の国債 償還の直前までズルズルと支援協議が長引くか、支援協議を進める過程でギリシャの政治リスクが噴出す るか、何れかのシナリオの蓋然性が高いように思われる。 本資料は情報提供を目的として作成されたものであり、投資勧誘を目的としたものではありません。作成時点で、第一生命経済研究所経済調査部が信ずるに足る と判断した情報に基づき作成していますが、その正確性、完全性に対する責任は負いません。見通しは予告なく変更されることがあります。また、記載された内 容は、第一生命ないしはその関連会社の投資方針と常に整合的であるとは限りません。 1 昨年9月の再選挙で緊縮受け入れを前提に続投を果たしたチプラス首相が率いる連立政権は、支援継続 に必要な緊縮関連の議会投票で反対票を投じた2議員を11月に除名処分にした結果、現有議席は153と議会 の過半数(151議席)を僅か2議席しか上回っていない(図表1)。追加緊縮を議会に諮れば、さらなる造 反者が出る恐れがある。この際、造反者が議席を返上するか(党の議席数は不変)、離党したうえで議員 にとどまるか(党の議席数は減少)によってバッファーの大きさは異なるが、チプラス政権が議会の過半 数を掌握することは益々厳しくなる。 (図表1)ギリシャ議会の政党別構成 急進左派連合(SYRIZA) 3 11 9 独立ギリシャ人(ANEL) 15 新民主主義(ND) 16 黄金の夜明け(Golden Dawn) 18 144 全ギリシャ社会主義運動(PASOK) 全ギリシャ社会主義運動(PASOK) ポタミ(TO POTAMI) 75 中道連合(EK) 9 無所属 注:連立与党は急進左派連合と独立ギリシャ人で153議席(定数300議席) 出所:ギリシャ内務省資料より第一生命経済研究所が作成 連立政権を主導する急進左派連合(SYRIZA)は緊縮受け入れに舵を切った後も国民の信任をつなぎ止め てきたが、1月に最大野党・新民主主義(ND)の新党首にミツォタキス氏が就任したのを境に、両党の 支持率が逆転している(図表2)。ミツォタキス党首は元首相を父に持つ政治エリートで、サマラス政権 時代に行政改革相を努め、信頼できる交渉相手として債権者の評価も高い。そのため、チプラス政権が議 会の過半数を掌握できず、解散・総選挙が行なわれれば、改革路線を採用するND主導の政権が誕生し、 却って好都合との見方もある。だが、ことはそう簡単ではない。仮に再選挙となった場合、世論調査で現 在劣勢にある急進左派連合が債権者との融和スタンスを放棄し、反緊縮路線に回帰することで国民の人気 取りに走る可能性があるためだ。急進左派連合と新民主主義の中道化で政策の独自色を打ち出すことが難 しくなった他の中道政党が埋没し、極右政党や共産党の支持も伸び悩んでおり、再選挙は二党の一騎打ち が予想される。逆転後も両者の支持率の開きはそれほど大きくなく、再逆転の可能性もある。また、過去 の選挙日程を振り返ると、「議会の解散→総選挙→政権発足」までに最低でも30日程度が必要となる(図 表3)。政権発足協議が難航したり、政権が発足できずに再選挙となれば、政治空白はさらに長期化する。 昨年前半のギリシャ危機時は、6月末にIMFの融資返済を履行できなかった後も支援協議が継続された 本資料は情報提供を目的として作成されたものであり、投資勧誘を目的としたものではありません。作成時点で、第一生命経済研究所経済調査部が信ずるに足る と判断した情報に基づき作成していますが、その正確性、完全性に対する責任は負いません。見通しは予告なく変更されることがあります。また、記載された内 容は、第一生命ないしはその関連会社の投資方針と常に整合的であるとは限りません。 2 が、金融システムを守る観点から最終的な交渉のデッドラインとされたのは、ECBが保有するギリシャ 国債の償還日だった(履行しない場合、ECBによる銀行への緊急流動性支援が打ち切られ、銀行が破綻 する)。7月後半の国債償還まで1ヶ月余りを切った段階で政治リスクが噴出した場合、国債償還の不履 行という未知の領域に近づくことになる。 なお、難民危機がギリシャ政局に与える影響については次稿で論じる。 (図表2)ギリシャ主要政党の支持率 (%) 50 急進左派連合(SYRIZA) 45 新民主主義(ND) 40 黄金の夜明け(Golden Dawn) 35 30 ポタミ(TO POTAMI) 25 共産党(KKE) 20 15 独立ギリシャ人(ANEL) 10 全ギリシャ社会主義運動 (PASOK) 5 2016/2/26 2016/1/16 2015年9月総選挙 2015/9/20 2015/9/17 2015/9/16 2015/9/14 2015/9/10 2015/9/2 2015/8/27 2015/7/21 2015/6/6 2015/4/4 2015/3/18 2015/2/25 2015年1月総選挙 0 民主社会運動(TO KINIMA) 中道連合(EK) 国民連合(LAE) 出所:Metron Analysis資料より第一生命経済研究所が作成 (図表3)最近のギリシャ総選挙での議会解散から政権発足までの経過日数 2009年総選挙 2012年総選挙・再選挙 2015年1月総選挙 2015年9月総選挙 解散 2009/9/9 2012/4/11 2014/12/29 2015/8/28 選挙 2009/10/4 2012/5/6 2015/1/25 2015/9/20 再解散 再選挙 - 2012/5/19 - - - 2012/6/17 - - 政権発足 2009/10/6 2012/6/20 2015/1/26 2015/9/21 経過日数 27 70 28 24 出所:ギリシャ内務省資料より第一生命経済研究所が作成 以上 本資料は情報提供を目的として作成されたものであり、投資勧誘を目的としたものではありません。作成時点で、第一生命経済研究所経済調査部が信ずるに足る と判断した情報に基づき作成していますが、その正確性、完全性に対する責任は負いません。見通しは予告なく変更されることがあります。また、記載された内 容は、第一生命ないしはその関連会社の投資方針と常に整合的であるとは限りません。 3
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