EU Trends スペインのギリシャ化 発表日:2016年10月24日(月) ~再々選挙回避も中期的な政治リスクが高まる~ 第一生命経済研究所 経済調査部 主席エコノミスト 田中 理 03-5221-4527 ◇ 政治空白が続くスペインでは、最大野党の社会労働党が内閣信任投票での棄権を決め、再々選挙の回 避と国民党政権の誕生が確実となった。短期的には政治不透明感の後退につながるが、中長期的には スペインの政治不透明感がかえって増すことになりそうだ。 ◇ 近く発足する国民党の新政権は議会の過半数を掌握できず、政権運営は困難を極めよう。特に財政再 建を巡っては、欧州委員会から財政規律違反を問われかねない状況で、野党勢の反発が予想される歳 出削減に取り組む必要がある。 ◇ また、方針転換後に社会労働党の支持率が低下しており、新興左派政党・ポデモス連合が左派票の受 け皿となりそうだ。ギリシャで二大政党の凋落が急進左派連合政権の誕生を招いた様に、スペインで も将来的に反緊縮政権が誕生する恐れが高まっている。 スペインの最大野党で中道左派の社会労働党(PSOE)は、23日に緊急役員会を開き、長年の政敵でラホ イ首相が率いる中道右派の国民党(PP)政権の発足を認め、内閣信任投票を棄権することを賛成多数で 決定した。同国では昨年12月の総選挙、今年6月の再選挙後に、何れの政党も政権発足に必要な過半数の 支持を集めることが出来ず、政治空白が続いてきた。社会労働党では先月末、国民党政権の発足に否定的 なサンチェス党首を辞任に追い込む政変が発生。10月末の政権発足期限の直前に投票棄権を決め、再々選 挙の回避と国民党政権の誕生がほぼ確実となった。 フェリペ国王は一両日中にも主要政党の党首を集め、政権発足に向けた協議を再会する予定で、ラホイ 首相に政権発足を要請するとみられる。初回投票では定数350の議会の絶対過半数(176議席)が必要で、 国民党政権発足に協力することを示唆している新興リベラル政党の市民(C’sまたはCiudadanos)と地域 政党・カナリア人民党(CC-PNC)を合わせても170議席で必要議席に満たない(図表1)。初回投票の2日 後に行われる第2回投票では、投票参加者の過半数の信任投票で政権発足が可能となる。社会労働党の投 票棄権により(この場合の過半数は133議席)、1年近い政治空白を経てラホイ政権の再任が決まる。 再々選挙の回避は短期的な政治不透明感の後退につながるが、中長期的にみたスペイン政局の不透明感 はかえって増すことになりそうだ。国民党は再選挙後の世論調査で支持を伸ばし、再々選挙を行なえば、 市民やカナリア人民党と合わせ、過半数の議席獲得も手の届きそうな情勢にあった(図表2)。だが、今 回、社会労働党の投票棄権で政権発足に漕ぎ着けたとしても、国民党政権は過半数に大きく満たない。政 権発足に向けた内閣信任投票での協力を表明している市民も、今のところ連立政権には加わらない意向を 本資料は情報提供を目的として作成されたものであり、投資勧誘を目的としたものではありません。作成時点で、第一生命経済研究所経済調査部が信ずるに足る と判断した情報に基づき作成していますが、その正確性、完全性に対する責任は負いません。見通しは予告なく変更されることがあります。また、記載された内 容は、第一生命ないしはその関連会社の投資方針と常に整合的であるとは限りません。 1 示唆している。政策分野毎に野党の協力を取り付ける必要がある非多数派政権となり、難しい政権運営を 迫られることになろう。 なかでも、財政再建を巡ってラホイ政権は難しい立場に追いやられそうだ。スペインは財政再建が計画 通りに進んでいないため、欧州委員会から再三警告を受けている。政権不在もあり、規律違反による制裁 発動はこれまでのところ回避されているが、政権発足後速やかに財政再建計画の提出を求められている。 ラホイ首相は増税に否定的で、財政再建には歳出削減が必要となるが、野党の協力を得ることは難しい。 緊縮型予算の提出が困難となれば、EUの構造基金(補助金)の支払いが停止される可能性がある。スペ イン政府がEUから受け取っている構造基金の規模は同国のGDPの約1%に相当する。万が一、財政規 律違反による構造基金の支払い停止が現実のものとなれば、同国の財政再建能力が問われるほか、成長率 の下押し要因となりかねない。 また、社会労働党での政変以降、同党の支持が低下する一方、新興左派政党のポデモス連合(Unidos Podemos)の支持が高まっており、両党の支持率の逆転が明確となっている(前掲図表2)。社会労働党が 国民党政権誕生に傾いたことで、ポデモス連合が左派票の受け皿となった。こうした動きはまさに社会労 働党のサンチェス前党首が懸念していたことだが、皮肉なことに党首辞任でそれが現実のものとなった。 深刻な財政危機に見舞われたギリシャでは、かつての二大政党の一角であった中道左派の全ギリシャ社会 主義運動(PASOK)が政権を追われた後、長年の政敵である中道右派の新民主主義(ND)の連立政権に加 わり、国民の支持を失った。そのことが急進左派連合(SYRIZA)の躍進を招き、ついには政権を奪取する にまで至った。スペインでもギリシャ同様に、社会労働党の埋没とともにポデモス連合が息を吹き返す可 能性がある。国民党の政権運営が行き詰まった場合、将来的にポデモス政権が誕生する恐れがある。 (図表1)スペイン再選挙での政党別獲得議席 政党 国民党(PP) 社会労働党(PSOE) ポデモス連合(Unidos Podemos) ポデモス(Podemos) 統一左翼党(IU) 市民(C's) カタルーニャ共和左派(ERC-CatSi) カタルーニャ民主統一(CDC) バスク人民党(EAJ/PNV) バスク統一党(EH Bildu) カナリア人民党(CC-PNC) 合計 イデオロギー 中道右派 中道左派 左派 左派 左派 リベラル 左派 中道右派 中道右派 左派 中道右派 - 今回 前回 (2016/6/26) (2015/12/20) 137 123 85 90 71 - - 69 - 2 32 40 9 9 8 8 5 6 2 2 1 1 350 350 出所:スペイン内務省資料より第一生命経済研究所が作成 本資料は情報提供を目的として作成されたものであり、投資勧誘を目的としたものではありません。作成時点で、第一生命経済研究所経済調査部が信ずるに足る と判断した情報に基づき作成していますが、その正確性、完全性に対する責任は負いません。見通しは予告なく変更されることがあります。また、記載された内 容は、第一生命ないしはその関連会社の投資方針と常に整合的であるとは限りません。 2 (図表2)スペインの主要政党別の支持率推移 国民党 社会労働党 ポデモス 市民 統一左翼党 ポデモスと統一左翼党との統一会派 前々回議会選挙 2012年3月 2012年6月 2012年9月 2012年11月② 2013年2月② 2013年6月 2013年10月 2014年2月 欧州議会選挙 2014年10月 2015年2月 2015年6月 2015年9月 2015年11月 2016年1月 2016年3月② 2016年5月 2016年6月① 2016年10月 (%) 50 45 40 35 30 25 20 15 10 5 0 注:○印は選挙結果 出所:Metroscopia資料より第一生命経済研究所が作成 以上 本資料は情報提供を目的として作成されたものであり、投資勧誘を目的としたものではありません。作成時点で、第一生命経済研究所経済調査部が信ずるに足る と判断した情報に基づき作成していますが、その正確性、完全性に対する責任は負いません。見通しは予告なく変更されることがあります。また、記載された内 容は、第一生命ないしはその関連会社の投資方針と常に整合的であるとは限りません。 3
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