千葉大学人間生活工学研究室修論概要(2001) 異なる視野領域への刺激提示に対する反応時間について キーワード:「視野領域」「反応時間」「機能的非対称性」 人間工学研究分野:矢口 大樹 ■目的 人が外界を認識する時の情報の大部分は視覚から得られてい る。つまり、視覚は人にとって重要な情報受信器であると言え る。この事から、視覚を研究し、考慮したデザインをすること により、人にとって使いやすいインターフェースが実現できる であろう。そこで今回は、視野による機能差について研究する。 視野についての今までの研究の中で、大脳半球機能の非対称 性により、右視野(左大脳半球)は情報判断処理のときに優位 であり、左視野(右大脳半球)は空間的判断処理のときに優位 であるということが判明している(Kimura, 1966)。しかし、 視野についてのこれまでの研究は、大脳半球機能の非対称性に 着目して左右視野の比較を行ったものがほとんどであり、全体 的な視野領域の違いに関する実験はほとんどみられない。 そこで前回の実験(矢口,1999)では、全体的な視野の特徴を 調べるために、斜め視野や、上下視野にも刺激を提示し、その 時の反応時間を測定し、考察を行った。その結果、上部視野に は左視野が持つ特徴(空間的判断処理に優位)と同じ特徴があ り、下部視野は右視野が持つ特徴(情報判断処理に優位)と同 じ特徴がある可能性が出てきた。しかし下部視野については、 統計的に有意にはならず、前回の研究では、あくまで右視野と 同じ傾向を持つ可能性しか見られなかった。 そこで今回の実験では、この傾向を明確にさせるために、前 回の実験をベースに、刺激のレベルをより高次にしたり、配置 場所を変えることで、各視野の特徴、特に上下視野がどのよう な特徴を持っているのかを研究した。 ■実験方法 画面中央の注視点から視角で2゜,3°,4°の同心円上に等間 隔で配置された上下、左右、斜め視野(24ヶ所;図1)に刺激 を提示した場合の反応時間を測定した。 ●被験者 被験者は健康な男子大学生8名。全員右利きであった。被験 者には、刺激が提示されるまでモニター中央の注視点を見るよ う教示した。被験者からモニターまでの距離は50cmであった。 ●刺激 実験1,2での刺激は、先行研究で使用されたパイ刺激を用い た(図2,Nicholls,1991)。パイ刺激は視角で、幅2.3゜、長 い脚が2.9゜、短い脚が1.1゜の大きさであった。実験3で用い た1桁の足し算での数字の大きさは幅2,0°、高さ1,1°であっ た。 ●実験条件 実験1(空間的判断課題)、実験2(情報判断課題)、実験3 (高次レベルの情報判断課題)の3つのタスクを行った。 タスク1つにつき各提示場所に20回、計(20×8×3)480回行っ た。提示場所、視角は実験間でランダムにした。刺激の提示時 間は150msecであった。 <実験1(空間的判断課題)> 被験者には注視点を見るように教示し、刺激に反応する時以 外はテンキー中央の5キーに指を置くよう教示した。そして、 提示場所にパイ刺激が提示されたら、その提示場所に対応した テンキーで反応した。 <実験2(情報判断課題)> 被験者は、提示場所に提示されたパイ刺激のどちらの脚が長 いかを左右のシフトキーで反応した。 <実験3(高次レベルの情報判断課題)> 提示場所に提示された1桁の足し算の答えが奇数なら左、偶 数なら右のシフトキーで反応した。 ●測定項目 反応時間、正答率、眼球電図(被験者の目が注視点から逸れ るのを監視した) ●解析 解析は、反応時間を提示場所、視角を要因とした二元配置の 反復測定分散分析を行い、その後対比検定を行った。 また、上下左右の特徴をより詳しく見るために、左右別解析 ではこの図のように左下、左、左上を左側、右下、右、右上を 右側とした2提示場所での解析を行い、上下別解析では左下、 下、右下を下部、左上、上、右上を上部とした2提示場所での 解析を行った。 ■結果 ●実験1(空間的判断課題)解析結果(図3) <提示場所別解析> 提示場所左が一番短く、他の提示場所より有意に短かった。 <左右別解析> 左側が右側より有意に短かった。 <上下別解析> 上部が下部より有意に短かった。 600 500 400 300 200 100 0 図1 刺激提示場所 図2 パイ刺激 左 右 上 下 左上 左下 右上 図3 実験1 反応時間(提示場所別) 右下 千葉大学人間生活工学研究室修論概要(2001) ●実験2(情報判断課題)解析結果(図4) <提示場所別解析> 右が一番短く、下以外の提示場所より有意に短かった。 <左右別解析> 右側が左側より有意に短かった。 <上下別解析> 下部が上部より有意に短かった。 ●実験3(高次レベルの情報判断課題)解析結果(図5) <提示場所別解析> ●上下視野の特徴の違いについて 空間的処理タスクである実験1では、前回と同様に上部視野 が優位となった。また前回の研究では統計的に有意にはならな かった情報判断処理に対する下部視野の優位性に関しては、実 験2でも、高次レベルの実験3でも有意であるという結果を得 た。しかし実験2では有意水準が0.05以下であったのに対 し、実験3では有意水準が0.0001以下となり、刺激反応 方法のレベルの差による差が現れた。つまり、刺激のレベルを より高次にすることによって、各視野間の機能性は明確に現れ ると言えるだろう。 実験3で使用した高レベルの刺激のような高度な情報判断を 求められる機会の方が実生活では多いと考えられる。つまり人 が快適に、迅速に情報を処理するためには、視野における機能 差を応用したデザインが必要になってくると考えられる。 ここで、左右視野のような特徴の違いが上下視野でなぜ出て くるのかを上下視野情報の処理伝達システムから考察してみた いと思う。 視野で得られた情報は、両眼の網膜に移り、左右の大脳皮質 の視覚領に伝達されるが、その中の視覚領第3野で上下視野情 報が分割される。具体的には上部視野の情報は、視覚領第2野 から、VP野という特別な視覚領に投影され、下部視野の情報 は視覚領第1野から、直接的に視覚領第3野に投影されるとい われている。 右が一番短く、左下、下以外の提示場所より有意に短かった。 <左右別解析> 実験2と同様に右側が左側より有意に短かった。 <上下別解析> 実験2と同様に下部が上部より有意に短かった。 このような解剖学見地から考えると、視覚領第3野における 上下視野情報の処理される場所、およびその処理過程の違いか ら、上下視野の特徴の違いが生まれると考えられる。つまり、 左側と上部、右側と下部は同じ特徴を持つが、その処理システ ムは異なる可能性が示唆される。 500 400 300 200 100 0 右 下 右下 左下 左 右上 左上 上 図4 実験2 反応時間(提示場所別) 800 700 600 500 400 300 200 100 0 右 左下 下 右下 右上 左 上 左上 ●全体的な視野の特徴について 今回の実験の結果から、空間的判断処理には左側視野と上部 視野、情報判断処理には右側視野と下部視野が優位であること が判明した。 また視角別に見ると、実験3でのみ視角が大きくなるにつれ て反応時間が長くなる傾向が見られた。刺激提示時間を150 msecにしているので、眼球が動く距離の影響は考えられない。 実験3でのみ見られたということは、その刺激反応方法のレベ ルが影響していると思われる。つまりより高次の刺激を迅速に 処理して欲しい場合には、注視点により近い場所に刺激を提示 するのが適していると考えられる。 図5 実験3 反応時間(提示場所別) 視角による反応時間との関連を探るため解析を行ったが、実 験1、実験2では有意にはならず、実験3でのみ視角が大きく なるにつれて有意に反応時間が長くなる結果となった。 正答率は、実験1=98.1%、実験2=96.0%、実験3=93.3%と高 い正答率であり、Friedman検定を行ったが、有意差は無かった。 ■考察 ●左右視野の特徴の違いについて 今回の実験、そして前回行った実験においても、空間的判断 処理の場合には左視野優位、情報判断処理の場合には右視野優 位という結果となった。この結果は、今までの視野の機能差、 大脳半球の機能差の実験結果と一致するものである。つまり今 回の刺激や、応答方法は、各視野間の機能差が明確に現れるも のであると思われる。 今回、情報判断処理タスクは実験2と、高次レベルの実験3 を行ったが、タスク間での違いは見られなかった。これは、情 報判断処理の機能差が実験2のような比較的低時なタスクにお いても明確に現れているためと推測される。 ■まとめ 今回の研究結果から明らかになったことをまとめると、 ①空間的判断処理には左側視野と上部視野、情報判断処理には 右側視野と下部視野が優位である可能性が判明した。 ②刺激のレベルをより高次にすることによって、各視野間の機 能性は明確に現れる事が判明し、実生活においてはこのよう な高次レベルの刺激が多いことから、人が快適に、迅速に情 報を処理するためには、視野における機能差を応用したデザ インが必要になってくる可能性が示唆された。 ③上下視野の視覚領第3野での情報伝達システムの違いから、 左右視野の特徴の違いを生み出すシステムとはまた異なるシ ステムによって、上下視野の機能的非対称性が生まれている 可能性が示唆された。 今回の結果から見られたような視野の特性を考慮に入れた、 VDT作業における効率的な情報提示システムの構築などへの応 用も考えられる。
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