『ニッポン景観論』

●小論文ブックポート 107
〈連載〉小論文ブックポート
● アレックス・カー
『ニッポン景観論』
建 築 学 の 一 つ に「 景 観 工 学 」
そ の 表 れ が「 電 線 」 で あ る。
現 在 の 景 観 工 学 の 最 先 端 で は、
地下埋設がスタンダード。例え
ばスイスでは電線埋設ができな
い場合、「高圧電線の鉄塔は名勝
著 集英社新書ヴィジュアル版(定価 本体1200円+税) の山の峰より高く建設してはい
け な い 」「 鉄 塔 の 色 は 山 に 合 わ
せる」など景観への配慮がなさ
れる。北京、上海、香港、シン
ガポール、クアラルンプールな
どでも電線埋設は徹底している。
一方、日本は「電線・鉄塔の
が あ る。 世 界 中 の 都 市 計 画 は、 無法地帯」と著者は言う。
島県の山間で平家の落人伝説も
ゾーニング(用途別の土地使用)
ある「祖谷」を発見。茅葺屋根
本書には各地の「景観の写真」
や む や み な 改 築・ 改 装 の 規 制、 が掲載されている。例えば京都
の古民家が点在する風景に、「す
っ か り 心 を 奪 わ れ 」、 一 軒 を 買
建
物
の
高
さ
や
建
材
と
色
彩
の
統
一
の「三十三間堂前」には門柱の
い受けて改修した。 年に日本
が行われている。日本でも景観
ように「電柱」が屹立する。「清
で就職。今は日本や東洋の文化
工学の学問研究は盛んだが、運
水坂」の土産物屋の頭上に走る
研究を行う傍ら、景観と古民家
用面は世界の潮流とはかけ離れ
のは、やはり電線である。また
再生のコンサルティングを地方
て い る と 著 者 は 指 摘 す る。「 条 「 田 舎 の 典 型 的 な 風 景 」 と 題 し
に広げる活動を行っている。
件が異なる場所でも、全国一律
た写真には、巨大な鉄塔が立ち
の 規 制 で 縛 っ た 」 結 果、「 こ と
並び、電線が錯綜する。
抜け落ちた「景観」の視点
細かな規制とは正反対の、煩雑
景観配慮がなされてこなかっ
な眺め」が全国に出現している。 た背景に、著者は「神話」を挙
年代以降の日本の国土開発
に対し、著者は「首をひねりた
げる。その一つが「電線を埋設
例えば京都。神社仏閣など観
くなる光景が増殖していて、そ
光名所の景観は丁寧に保全され
する工事費が高いため、特殊な
れらを見るたびに、心の中には
ているが、町並み単位で文化遺
地域以外は財政的に無理」とい
激 し い 抵 抗 感 が 湧 き 上 が っ た 」 産を保持する動きは「最近まで
うもの。日本では電線埋設を行
という。そこで著者は、日本の
ほとんどなかった」と著者。
政が行うが、著者は「海外では
建設業や土木業も研究してきた。
電線埋設は電力会社が行う」「財
政面で日本よりはるかに弱い西
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日本の土木工事はどうか。土
木工事における「先端技術」を
著者は「環境に配慮して周囲に
溶け込むこと」と見るが、その
点からは日本の土木工事は「大
きく遅れている」。
例えば京都府亀岡市と大阪府
茨城市との間には美しい川があ
る が、 視 野 を 広 げ る と コ ン ク
リートの護岸が出てくる。八ツ
場ダムや諫早湾干拓のような大
規模事業への賛否はメディアで
話題になるが、先のような小さ
な工事は、メディアや国民の関
心の届かないところにある。「沈
黙の中で、1年のうちに全国で
されているが、そこには「相手
ものが時代遅れで経済発展と反
何千件、何万件もの工事が進め
が読もうが読むまいが、看板さ
し、奇抜で人工的なものこそが、
られている」と著者は言う。
え置いておけば、人は禁煙する
『経済発展』『文明』だと思って
し、町をきれいにする、ご多幸
いる」ことがあると著者は厳し
こうした方向へ土木技術が向
か っ た 背 景 と し て 著 者 は ま ず、 く指摘する。これらは「日本の
もやってくる、消費税も完納す
るだろう、という意識」と著者。 「 予 算 が 豊 富 に あ り、 工 事 後 の
近代化の問題点」でもある。
経済効果を分析しないため、大
だが看板は本来、ニーズに合わ
著者が提案するのは、今後は
きなものが安易に作られる」こ
せて設置すべきもの。色や大き
公共事業を「足し算」ではなく
とを挙げる。国は毎年、数兆円 「引き算」で考えること。「社会
さ、形状、素材、数量、字体な
規模での公共事業を税金から捻
どを洗練することで「最も適切
が本当に必要とするものにお金
出する。そのお金は「要・不要」 を投じ、『中身』を変えることが
なものになる」と著者。看板に
の吟味もなく、「補助金」となっ
も「先端技術」はあるのだ。
重要」だと著者は言う。国内に
て地方自治体に流れる。
は不要なダムや醜い構造物、閉
「文明」への思い違い
各自治体は補助金を断れない。 鎖した工場がある。これらの取
「雇用の確保」という名目もあ
り壊し・撤去には巨額の費用が
る。こうした過程が定着し、日
かかり、たくさんの雇用を生む。
本の土木工事は「大地を彫刻の 「 国 土 の 大 掃 除 」 も こ れ か ら の
ように削るワザや、コンクリー
公共事業の可能性の一つなのだ。
トの壁面を軍艦のように仕上げ
低成長時代の今、特に地方に
るノウハウなど、技術面が異様
とって観光業は数少ない基幹産
に発達」と著者。だが景観配慮
業になる。本書では著者の古民
がないので、建設時期でコンク
家再生プロジェクトが述べられ
リートのデザインも形も異なり、 ているが、地域の魅力には「景
つぎはぎだらけ。もはや国土が
観」は不可欠な要素になる。
「抽象芸術に変わっている」と
本書を読み終えたら、まず自
著者は批判する。
分 の 暮 ら す 街 を 歩 い て み よ う。
そ し て そ の「 景 観 」 は ど う か、
こうした土木工事が進む背景
には、さらに「国民の多くが公
自分の目で評価してみてほしい。
(評=福永文子)
共 事 業 を 無 視 す る 」「 自 然 そ の
私が暮らす街には、真っ白い
巨大なアーチ型の「橋」がある。
動物の骨格をモチーフにしたこ
の橋は、建築界の大御所による
デ ザ イ ン で、 総 工 費 約 億 円。
山に囲まれた美しい田園風景の
中、この橋はシュールで周囲と
は 不 釣 り 合 い に 存 在 し て い る。
同様の建物は日本各地にある。
「 景 観 」 に 関 す る テ ー マ は、
入試小論文でも散見される。そ
こで今号ではアレックス・カー
著『 日 本 景 観 論 』
(集英社新書
ヴィジュアル版)を取り上げる。
著者は1964年、 歳から
2年間日本に住んだことがきっ
かけで、イェール大学で日本文
化を専攻。学生時代にも来日し
てバイクであちこちを巡り、徳
欧 諸 国 や シ ン ガ ポ ー ル、 香 港、
上 海 で 埋 設 が 進 む の は な ぜ?」
と疑問を呈す。日本では天下り
が関与する会社に工事が独占的
に任され、硬直した規制で安価
な埋設方式開発が妨げられてい
ると指摘する。
ま た「 日 本 は 地 震 国 な の で、
電線は埋設できない」との神話
には、阪神・淡路大震災で多数
の電柱や鉄塔が倒壊した事例を
挙 げ、
「地下に埋設するリスク
よりも、鉄塔倒壊のリスクの方
が、ずっと高いし深刻」と喝破
する。
景観を損なうもう一つが「看
板・広告」だ。「3キロ先、手打
ち蕎麦」から「消費税完納推進
の町」まで日本の看板は「実に
ダイバーシティ(多様性)に富
む」と著者は皮肉る。神社仏閣
から地方の郊外まで看板は多用
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