いつか母校に恩返しを 心に寄り添えるように 謙虚に

謙虚に誠実に向き合う
日が続いてしまうことがあります。そんな
育・指導していただけるだけでなく、地域
時、患者さんがかけてくれる言葉が身に
に密着していて、地元で働きたいと思って
しみます。
いた私には、大変魅力があり、ほんとうに
ある患者さんが「あなたの優しさに助
先輩方の指導に
より
理解が深まってい 業務への
る
ださったことがありました。当たり前のこ
多い状態ですが、これからも一生懸命に
とを行っただけでしたが、
このような患者
努力していきます。
さんの言葉が、今日も頑張ろうという気
私が大切にしようと考えている看護師
持ちにさせてくれ、私の働く原動力のひと
の姿勢は謙虚に、誠実に。こうした姿勢を
つになっています。
心がけ、一人前の看護師として成長でき
手厚い指導の下、少しずつできるように
術だけでなく、コミュニケーションの面で
なったこと、理解できるようになったこと
も学ばせてもらい、以前よりも患者さんと
が増えていて、
とても嬉しくなります。
接することが、
とても楽しく感じられるよ
や自分のことで、いっぱいになってしまう
うになりました。
当院には日々、学びがあり、手厚く教
入
する姿を見るのが嬉しく、仕事がつらいと
の現場に出て生かせていることや、感謝
思ったことはないです。学生時代の実習
の気持ちを改めて伝えることができまし
とは違い、大量のレポート作成や事前学
た。帰郷研修を通して、卒業校とのつなが
習を行うことはありません。
りをもつことができ、いつか母校や後輩た
しかし、患者さんと関わるうえで不足し
職してはじめの頃は看護師として
働いているという実感がなく、実
勉 強することが いっぱ い ありますが 、
習に来ているような気分でした。4月半ば
日々、患者さんからいただく感謝の言葉
から病棟配属になり、徐々に患者さんに
を支えに頑張っています。
立に向け、日々業務を行っています。
ちのために、自分にできることがあれば、
恩返しをしたいと思っています。
当院では、新人看護師研修の一環とし
て、帰郷研修があります。目的は、病院の
1人暮らしのさみしさから、若干5月病
代表として、卒業校に自分の現在の状況
になりかけたり、受けもちが始まる不安か
を報告し、病院の紹介を先生方や後輩た
ら腹痛に悩まされたり、楽しいことばかり
ちにするというものです。6月12日に地
ではないですが、患者さんが良くなってい
元に帰省し、卒業校の宮城県白石高等学
く過程がよくわかる病棟なので、やりがい
校看護科の先生方を訪ねました。看護師
先輩のように将来なりたい
心に寄り添えるように
したが、看護師としては新人です。学生時
しかし、忙しいなかでも丁寧に教えてく
でケアに関わることができました。
「 あり
ていくうちに、何事もどんどん自然に受
代と比べても、あまりもっている知識は変
ださる先輩方、励まし合うことができる同
がとうね」
と笑顔で一般病棟に行かれる
け入れることができるようになり、普通の
わりませんが、どんどん責任感が出てき
期など、周りの温かさに支えられ、何とか
姿を見た時、涙が出そうになるほど嬉しく
生活の一部になっていきました。
て、押しつぶされそうになることもありま
乗り越えています。
なり、看護師になって一番大きな喜びの
なって病院での勤務が始まり、働き続け
日本の看護師としてのやりがいを
少しずつ実感
そして、学生時代に学んだことが、臨床
ている知識が、まだまだたくさんあって、
行うケアが増え、現在は4人を受けもち自
レッシュにもなりました。
たが、患者さんが良くなって元気に退院
鎌 ケ 谷 総 合 病 院( 千 葉 県 )
4階 東 病 棟( 整 形 外 科 病 棟 )
ろな患者さんと接することで、知識や技
患者さんからいただく
感謝の言葉を支えに
生方に見せることができ、自分自身のリフ
しおり
しかし、入職して3カ月目の今、いろい
「急性期なんて絶対無理!」
と思っていまし
になって成長した姿を、お世話になった先
はん ざ わ
てしまうことがありました。
何をするにも初めてのことが多いなか
看護師として働くなかで、日々の業務
るように頑張っていきたいと思います。
何を話せばいいのか考え過ぎて、身構え
で、プリセプターはじめ病棟の先輩方の
私自身は、急性期実習に行く前までは
半澤 栞
つかなかった毎日を送っています。
まだまだ、できないこと、未熟なことが
庄 内 余 目 病 院( 山 形 県 )
2階 病 棟
ど き
え り
な
た。ほんの数カ月前には想像も
けられたわ。ありがとう」
と声をかけてく
学生時代、私は患者さんと接する時、
はあると思います。
入職できて良かったと感じています。
土岐永理奈
当
院に入職し、早3カ月が経ちまし
いつか母校に恩返しを
日本語が上手く話せなくて困っている
す。
しかし、日本の看護師としてのやりが
入職して2カ月経った頃に、心肺停止の
自分。家族や友だちが一人もいないとこ
いを少しずつ実感できるようになり、充実
患者さんが運び込まれ、初めて心臓マッ
ろに来て、
さみしく思い、新しい人間関係
した日々を送っています。
患者さんの回復が大きな喜び
瞬間となりました。
知識や技術も未熟な私ですが、患者さ
サージをさせていただきました。残念なが
んに寄り添う看護は新人の私にもできる
ら救うことができず、自分の無力さを痛
ことです。病院のなかで、
さまざまな年代
当院に入職して、
とくに良かったと思っ
年3月23日に日本に来てから、
も
環境や文化の違いに、あたふたしながら
ていることは、私が将来なりたいと思う看
感しました。でも、救急患者さんの受け入
の患者さんと、最も近い距離で関わるこ
う3カ月になりました。3月23日
仕事をする自分。このように、いろんな場
護師像の先輩方がいることです。先輩看
れを断らないという徳洲会グループの理
とができるのも看護師の特権です。それ
という日がまだまだ忘れられません。日本
面で最初は戸惑うことばかりでした。今
護師は、たくさんの知識をもったうえで患
い頃からの夢であった看護師と
念を、身をもって感じることができ、当院
を楽しみながら早く仕事に慣れ、先輩方
で看護師になるため、韓国で一生懸命に
も、まだ上手に日本語が話せず、家族や
者さんが良くなることを真剣に考えなが
なり、3カ月が経ちました。周囲に
に入職して良かったと思える経験ができ
に追いつけるよう日々、勉強し、患者さん
勉強し、日本の看護師国家試験を受け、
友人が近くにいない不安も変わりません
ら看護をしています。そんな先輩看護師
甘えてばかりだった学生時代から、今は
やっと合格したのがこの日です。期待と不
が、それらが普通の生活の一部になり、
をお手本にして、私も将来、そのようにな
人の命を預かる立場という責任を感じな
安が入り混じって、
ドキドキしながら合格
やっと看護師として考えられる余裕が出
りたいと強く思っています。
がら毎日過ごしています。
発表を待ってたこの日は、生涯の思い出
てきました。
今
さんを看護する技術と心構えは一緒であ
るため、先輩方に教えてもらいながら一
らいいのか毎日、戸惑いました。しかし、
生懸命に仕事をしています。
それもしばらくの間だけでした。4月に
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徳看 magazine ● 2015.Summer
来日し3カ月が経ち、生活も慣れてきま
私はICUに配属となったため、
さまざま
たことが、一番心に残っています。
学生の時の想像をはるかに超える日々
の業務量や責任の重さに、身体的にも精
神的にも疲れることがあります。しかし、
な疾患の重症患者さんが多く、教科書な
自分一人で点滴の準備やケア、処置がス
どでしか見たことがなかった医療機器や
ムーズにできるようになったことで、自ら
処置に、いつも驚いています。入職当初は
の成長も実感しています。そんな日々の
何から手をつけていいのかわからず、自
なかで、重症だった患者さんが人工呼吸
己嫌悪に陥る毎日でした。
器から離脱し、会話ができるようになるま
の心に寄り添える看護師になりたいと思
います。
南 部 徳 洲 会 病 院( 沖 縄 県 )
ICU
ふく ち さ
や
日本に来て、はじめは目に映るものす
べてが、夢みたいで、
どこから受け入れた
幼
福地紗弥
どんなに環境や文化が違っても、患者
宇 治 徳 洲 会 病 院( 京 都 府 )
ICU
になりそうです。
ケ・ウンス
をつくるために努力する自分。韓国との
徳看 magazine ● 2015.Summer
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