「遍歴か局在か? 分類困難なルテニウム酸化物たち」

「遍歴か局在か? 分類困難なルテニウム酸化物たち」
中央大学理工学部物理学科 佐藤博彦
我々の研究室では、水熱合成法という手段を用いて、新しい物質の探索を行っている。今回は、これ
までに得られた物質の中から、奇妙な磁性を示す新規ルテニウム酸化物について紹介する。
1.パイロクロア型ルテニウム酸化物Ca2Ru2O7の奇妙なスピングラス
我々は水熱合成法により、Ca2Ru2O7という新規パイロクロア酸化物の単結晶の合成に成功した。[1]
この物質を局在磁性体としてとらえれば、Ruの形式酸化数は 5 価であり、Ruの 4d電子は(t2g)3 と書ける
ので軌道の自由度はなく、強い幾何学的フラストレーションを持つ理想的なS = 3/2 ハイゼンベルクスピ
ン系としての興味が持たれる。磁化率を測定したところ、Tg = 23 Kをグラス転移温度とする典型的なスピ
ングラス特性を示した。(図 1) これは一見、幾何学的フラストレーションから予想される結果のように思え
るが、疑問な点も多い。まず、常磁性領域のキュリー定数は、局在モデルから期待される値よりも 2 桁程
度小さい。さらに、磁化率には温度によらない成分による大きなかさ上げがある。これはあたかもパウリ
常磁性に従う電子と局在スピンが共存しているようにも解釈できる。この物質の電気抵抗率は室温で 2
×10-3 Ωcm程度と金属的な値を持つが、低温で緩やかに立ち上がる挙動を示す。 (図 2)
一つの説
明として、この物質は遍歴と局在の境界付近に存在し、局在しかかった電子のスピンが幾何学的フラス
トレーションの影響により弱いスピングラスを示している可能性が考えられる。
図1
図2
2.三次元直交ダイマー格子を持つルテニウム化合物における磁化率の異常な温度依存性
水熱合成法により、新規ルテニウム化合物 (Ba1-xSrx)2Ru3O9の単結晶の合成に成功した。[2] この物
質は図3のようなKSbO3型構造を示す。Ru原子のみを抜き出して考えると、原子間距離が比較的近い 2
つのRu同士がダイマーという単位を形成し、それらが組み合わさって立方晶の結晶構造を形作ってい
る。(図4) その際、最近接のダイマー同士はいずれも互いに直交しているのが特徴である。このような
構造の 2 次元版として、Shastry-Sutherland格子が知られている。この格子上にS = 1/2 スピンを配置した
系では、スピンは低温でダイマー内シングレット状態を形成するため、低温で長距離秩序を示す事なく
スピンギャップを生じる事が知られている。[3]
(Ba1-xSrx)2Ru3O9の電気抵抗率は、室温で 6×10-3 Ωcm程度とかろうじて金属的と言える値を持ち、低
温で緩やかな立ち上がりを示す。(図5) この物質の磁化率を、図6に示す。この温度依存性は単なるパ
ウリ常磁性として考えるには温度依存性が大き過ぎ、異常である。温度依存性はむしろ、1次元反強磁
性体のような局在スピン系のような挙動に似ている。一つの解釈として、低温で磁性がシングレット状態
に落ち込むスピンギャップ的な挙動に、温度によらないパウリ常磁性が加算されているという見方も可能
である。この解釈に基づくと、その場合は結晶学的には一種類のRu原子しか存在しないにもかかわらず、
4d電子の一部が局在スピンとして振舞い、残りが遍歴していることになり、Ca2Ru2O7と同様の奇妙な状
態が実現していることになる。この物質では、その局在スピンが直交ダイマー格子上に配置されていると
考えれば、スピンギャップ的な挙動に対する一つの説明になる。
図3
図4
図5
図6
以上は、宗仲太弥、渡辺峰旨、山浦淳一との共同研究である。
[1] T. Munenaka and H. Sato: J. Phys. Soc. Jpn, 75 (2006) 103801.
[2] H. Sato, T. Watanabe and J.-I. Yamaura: Solid State Commun. 131 (2004) 707.
[3] H. Kageyama, et al.: Phys. Rev. Lett. 82 (1999) 3168.