第1節

『社会理論と社会構造』 R・K・マートン
第8 章
準拠集団行動の理論
導入部分
本書の所説の基礎・・・社会理論と経験的調査の交流は双方的なものだ という考え方
「アメリカ兵」1)
・・・社会理論と応用社会調査の相互作用を検討するのにちょうどよい機会を提供してく
れている。
「アメリカ兵」のうち、示唆的な意味、明示的な立言から、準拠集団行動
準拠集団行動の理論に関係の
準拠集団行動
あるものを整理してみたい。
「準拠集団」という用語
用語
・ 「アメリカ兵」では使われていない。
・ 社会心理学と区別されたものとしての社会学の語彙の中にもまだ十分に受容されてい
ない。
準拠集団論に関連した主題 2 点
① 集団属性と社会構造の統計的指標
→
今後の調査に系統的に織り込んでいくことの特殊な価値を指摘したい。
② 調査部が心理的立場から分析した資料を機能的社会学の立場から補足し有効に修正す
るにはどうすべきか示したい。
「アメリカ兵」再検討の目的
調査によって得られた知見をより高次の抽象化、一般化に包摂すること。
「アメリカ兵」自体
兵士の行動の解釈、兵士の行動がどんな脈絡のもとに生じたか だけを分析
しかし、
この分析に用いられた諸概念が兵士の行動だけに当てはまるものでないことは明白
暫定的に一般化することにより、
「アメリカ兵」が社会理論
に対してもっと広い意味を持っていることを探索できる。
我々の所説
1)
第 1 巻“Adjustment during Army Life”
第 2 巻“Combatant and Its Aftermath”
いずれも S.A.Stouffer ら執筆。1994 年、プリンストン大学から刊行。
1
・・・「アメリカ兵」の中で執筆者が一つの解釈変数として何らかの形で準拠集団の概念を用
いている調査研究を一つ一つ内面的に分析することから生じたもの。
↑
どの点で準拠集団行動の理論が拡充され、それが今後しかるべき戦略的焦点をもった調査
で追及されるかを決定するため。
諸事例の帰納的再検討
→
準拠集団という考え方が社会心理学で一般に行われている他の考え方と連結される。
→
現在バラバラな断片的理論を一応統合する
準拠集団論と機能的社会学の考え方との緊密な関連
準拠集団論
人々が自らを種々の集団に
機能的社会学
両者は、同じ現象に違った問 その過程が社会構造と、構造
関連させ、また自らの行動を いを発するが、互いに他方に
これらの価値に準拠させる
過程を中心としている。
の中にある個人や集団に及
とって重要な意義を持って ぼす結果を中心としている。
いる。
本論が終始一貫してねらいとするところ
「アメリカ兵」が準拠集団論とそれに関連した理論的諸問題の現状に何か加えるものがあ
れば、それを学び取ることにある。
我々の考え
社会理論の発展には完結的で自称最終的な結論を求めるより、むしろ連続性の方が必要。
「アメリカ兵」に手を入れること自体
=
発展途上の極めて過渡的な位置局面たるに過
ぎず、もうこれでいいという停止点ではないことを意味している。
第1 節
相対的不満の概念
相対的不満の概念
・ 「アメリカ兵」中の諸概念のうち、主要な地位を占める概念。
・ 個々ばらばらのままに終わる経験的知見をもっと一般的な形で整理するために採用さ
れた。
・ 人が部類を異にするに応じてその程度も変わることを解釈するために利用されている
・ 「アメリカ兵」のどこにも正式な概念規定がない。
・ 理論的効用の性質=一見この概念が適応できるかはっきりしないところで、データをつ
き合わせる際に効用を発揮する。
・ 「社会的準拠枠」、
「期待の壁」、
「状況規定」等の諸概念と類縁性を持ち、一部含んでい
2
る。
相対的不満・相対的地位について説明が引き出されている調査リスト
① 召集された既婚の兵士
比較の対象
不満
軍隊内の未婚の同僚
同僚より自分の方が召集でより大きな犠牲を求められている。
まだ召集されていない
自分が犠牲を求められているのに、友人は全く逃れている。
既婚の友人
② ハイスクールを出ていない者で召集を受けたもの
比較の対象
不満
ハイスクールを
自分と比べて何ら召集延期を受ける権利がない知人が
出ていない知人
多数いるではないかと文句を言う。
民間にいる友人
自分らは犠牲を求められているのに、奴らはそれを
勘弁してもらっている。
③ 教育程度と不満
教育程度は、軍隊内の地位や仕事に満足するかどうか、軍隊に対してなされる是非の議論
のある側面を左右する。
教育水準の高い者・・・低いものに比べて願望水準が高い。
↓
軍隊である地位を取得できない→
→それだけ損をしたように思い、友人の眼にもそう映って
いると感じる。・・・求める目標が達成されないと、他の連中よりも欲求不満は大きくなる。
④ 海外にいる戦闘に参加していない後方部隊の兵士
比較の対象
まだ母国にいる兵士
不満
・ 家庭との繋がりを断たれる
・ 慣れ親しんだ合衆国での生活の楽しみから切断される
戦闘に参加している兵士
不満少ない。
⑤ 将校に対する召集兵の不満
ほんの僅かな特権の享受でも将兵の間に差が少なければ少ないほど
(極端な例:実際の戦闘の場合)
↓
召集兵は、将校に批判的でなくなり、不満があっても、それは仕方ないことだと甘んずる。
⑥ 昇進速度に対する召集兵の不満
3
同じ階級、同じ勤務年限では、教育程度の高いものほど昇進速度の遅いことに不平を言う。
⑦ 昇進についての将校(大尉)の態度
長い間大尉に留まっている者・・・他の大尉連の割から言うと
他の大尉連の割から言うと、比較的短い間中尉だった者よ
他の大尉連の割から言うと
り運が悪いと感じる。
⑧ ニグロの相対的地位
ニグロの兵士・・・南部の都市で見かける大多数のニグロの民間人と比べて、生活にゆとりが
あり、威厳ある地位にいた。
↓
⑨ ニグロ兵士の心理的価値
ニグロ兵士の心理的価値
南部にいるニグロ兵士
自分と南部のニグロ民間人を比較
>
北部にいるニグロ兵士
自分と北部のニグロ民間人を比較
調査の目的:アメリカ兵の感情と態度(例えば召集に対する態度や昇進の機会をどうみて
いるか)を研究すること。
地位の属性 = 独立変数
態度は兵士の地位の差によって違ってくる。
態度 = 従属変数
相対的不満概 = 解釈変数
↑どうしたわけか。
解釈の型の例
独立変数
従属変数
解釈変数
既婚者
自分の招集されたことを疑問視することが多い
他人と比べて得た準拠枠
の内部で状況を評定するから
相対的不満概念の重要な機能
・・・社会的地位を異にした兵士が示す態度の違いを説明するための事後解釈の概念と同じ。
兵士の準拠枠
1
リスト対応
兵士の態度が、実際に結合関係がある他人との比較によって左右される ①、②
場合
2
同じ社会的地位にあるか、同じ社会的部類に属する者との比較によって ⑦
左右される場合(直接の社会的相互作用があるとは限らない)
3
社会的地位を異にする者、異なった社会的部類に属する者との比較によ ④、⑤
って左右される場合(直接の社会的相互作用があるとは限らない)
混
ある目立った点では類似しているが、他の点では類似していない地位に ⑥、⑧、⑨
合
ある色々な他者(接触がない)との比較によって左右される場合
型
個人との社会関係
維持されている
維持されていない
4
所属集団=内集団
非所属集団=外集団
①既婚の友人
個
同じ地位
④合衆国にいる兵士
②ハイスクールを
人
出ていない友人
異な った地位
高い
⑤将校
低い
⑧⑨南部にいる
の 指 向
⑥教育程度の同じ友人
ニグロ民間人
戦闘に参加している兵士
⑥勤務年限の同じ兵士
⑦他の大尉連
⑤将校
⑧⑨南部にいる
ニグロ民間人
ランキング ③友人
なし
⑦知人
(p.241 の図を改変)この図式的配列 → 準拠枠の占める位置を定めることができる。
準拠集団概念の発展にとって中心的意義を持つ問題
どんな条件の場合に自分らの所属する集団が、自己評価と態度形成のための準拠枠として
取られるのか、またどんな条件の場合に外集団または非所属集団が重要な準拠枠となるの
か。(p.241
(p.241)
p.241)
準拠集団はほとんど無数にあり、所属集団も、非所属集団も態度、評価、行動を形成する
準拠点となることができる。
→
個人は色々な種類の集団や地位のいずれか一つに指向することもあるし、二つ以上に
指向することもある。
→
互いに異なった、矛盾することさえある規範と基準を持った複数の集団や地位が個人
の準拠枠として用いられるとすれば、これらの食い違いはどうして解決されるのか。
(複数集団加入、複数役割葛藤)
準拠集団論の特異な関心対象=非所属集団への指向という事実を中心とした問題
準拠集団論のねらい
個人が評価と自己評定の過程で、他の個人や集団が持つ価値や基準を比較のための準拠
枠として取る場合、その決定因と結果を体系化すること。
5