平成28年度中学入試 [前期 A 入試] 国語科 問題 注意事項 1. 試験開始の合図があるまで、この問題冊子の中を見てはいけません。 2. この問題冊子は、表紙を含めて16ページあります。 試験中に、印刷がはっきりしなかったり、ページの乱れや抜け落ちに気づいたりした場 合は、手を上げて監督者に知らせなさい。 3. 解答用紙は別に配布されます。解答はすべてその解答用紙に記入しなさい。 4. 問題冊子の余白等は下書きなどに利用してよろしいが、どのページも切り離してはいけ ません。 [前期 A 入試] 受験番号________________ 金蘭千里中学校 -1- -2- ① 次 の 文 章 を 読 ん で 、 後 の 問 い に 答 え な さ い。 ぼく し ゆ う ぞう プロ・ツアーを卒業してからの僕は、ジュニア選手を育成するためのキャンプ(現在の「 修 造チャレンジ・トップジュ ニ ア キ ャ ン プ 」) を 立 ち 上 げ た い と 考 え て い ま し た 。 しかし、大きなプロジェクトをaキドウさせるときには追い風ばかりではありません。最初の一年間はうまくいかないこ おも とだらけで何度も心が折れそうになり、一時は人間不信におちいったこともありました。 「日本の選手が世界に出ていくためのサポートを少しでもしたい!」との想いを、日本テニス協会のトップの方々に話す bキカイを得た僕は、 「今のままでは世界に通用する選手は日本から出てきませんよ」 「こうしないと日本のテニスは変わらないんです」 X )、 ど ん な 組 織 で も 、 た く さ ん の 経 験 を 積 ん で き た ト ッ プ の 人 た ち に は 、「 自 分 た ち が こ の 組 織 を 支 え て き た ん と、熱く語りました。 ( せんぱい だ」というcジフがあります。それまでのやり方を変えることをためらう人もたくさんいます。それは当然のことなのに、 三十代になったばかりの僕は、そういう先輩方の気持ちをよく理解できていませんでした。そのため、 けい い 「いや、きみの言っていることはおかしい。テニス協会のやり方はこうなんだ」 「現行の強化策には、こういう経緯があったんだ」 き あい と 言 わ れ る た び に 、「 だ け ど 、 こ う し た ほ う が … … 」「 い や 、 今 ま で の 経 緯 は 別 と し て … … 」 と 、 つ い 言 い 返 し た く な っ くず てしまいます。それだけ気合が入っていたわけですが、オウム返しに反論すれば、①相手も感情を害してしまいます。 かたむ それによって、話がうまく進む可能性があるものを、自分から崩してしまったことが何度もありました。先輩方が築き上 げてきたもののなかには、僕にとって大きなヒントがあったはずです。そうした話にしっかり耳を 傾 け、 こうしょう は 「 勉 強 に な り ま し た 。本 当 に あ り が と う ご ざ い ま す 。た だ 、こ の 部 分 を 、も し こ う い う か た ち に 変 え る こ と が で き れ ば … … 」 というように話していたら、交 渉はもっとスムーズにいったでしょう。 日本テニス界の歴史を築いてきてくださった方々に対して、dナマイキなことを言ってしまったことを恥じ、心から反省 ふ かた しています。当時の僕は、②自分が変われば相手も変わるということを、まだ知りませんでした。 今 に な っ て 、「 す ご く 損 を し て い た な 」 と 思 い ま す 。 振 り 返 る と 、 あ の と き の 僕 は 肩 に 力 が 入 り す ぎ 、 た だ 熱 っ ぽ く 語 る だけで、本当の想いを伝えきれていなかった。そんな反省点ばかりが目につくのです。 えんせい 僕がeコウソウしていたトップジュニアキャンプは、ひとことでいうと「③縦のつながりを重視した指導体制」でした。 それまでの指導体制には、ジュニア、高校生、大学生、社会人という区分があり、それぞれが独自に合宿や遠征などをし -3- さい いっしょ て い た た め 交 流 が あ り ま せ ん で し た 。た と え ば 、十 二 歳 の ジ ュ ニ ア 選 手 が ( 注 1 )デ ビ ス カ ッ プ に 出 場 し た 社 会 人 選 手 と 一 緒 に練習することなど、ありえなかったのです。 ねんれい こ ふく こ れ で は ジ ュ ニ ア 選 手 た ち が 「 世 界 」 を 身 近 に 感 じ る こ と は で き な い し 、「 世 界 で 勝 つ こ と 」 を 意 識 さ せ る の は 非 常 に む かつやく ずかしい。年齢やキャリアを超えて縦の交流が生まれるような体制を協会の中につくり、合宿や遠征を含めた長期的なスケ し ジュールのもとでトップジュニアの指導を行いながら、指導者も育成していく(注2)メソッドを確立すれば、世界で活躍 しゅさい する選手を育てられるはずです。そうした協会としてのトップジュニア育成プロジェクトを立ち上げるためのレールを敷き たいと、僕は考えました。 けいぞく 僕が個人的にジュニアの強化合宿を年に数回主催するという方法もあったかもしれませんが、年に数回の合宿だけで選手 が強くなるはずがありません。 いっかんせい 協会による(注3)オフィシャルな合宿で継続的に指導していけば、ジュニアたちが高校生、大学生になっても同じスタ ッフがついて一貫性のある指導が行えますし、データの共有もできます。トップジュニアを強化するには、これしかないと 思っていました。 かべ こ しかし、これは世界でも類のない指導体制でした。今でさえ、他の国では行われていません。それゆえに、当時はさまざ まな壁があったのです。 ふ そ ん 周囲から相当な反対にあっても説得し、その壁を乗り越えていくしかありません。ジュニアの強化は僕にとって「本気で やりたいこと」だから、よけい必死になりました。 況になるんだ……」という不遜な思いが じょうきょう 正 直 に い う と 、「 日 本 の テ ニ ス 界 の た め に や っ て い る の に 、 な ん で こ う い う 状 ま ち が ざ せつ 心 を よ ぎ っ た こ と も あ り ま す 。 で も 、「 そ う 思 っ た ら す べ て 終 わ り だ 」 と 、 す ぐ に 打 ち 消 し て い ま し た 。 ④ 「 日 本 の テ ニ ス だれ 界のために」という気持ちを大きくしていたら、トップジュニアキャンプの計画は間違いなく挫折していたでしょう。 もしも今、あなたが仕事に対して「誰かのためにやっている」という意識を持っているなら、すぐに捨てるべきです。 ちょう な ぜ な ら 、 そ う い う 意 識 を 持 つ と 、 意 見 が 通 ら な い と き に 「 な ぜ 、 わ か っ て く れ な い ん だ 」 と 、( 注 4 ) ネ ガ テ ィ ブ な 気 よ ゆ う ふ ん い き 持 ち に な っ て し ま う か ら で す 。 そ れ が f コ ウ じ て 、「 周 り の 全 員 が 敵 」 と い う 超 マ イ ナ ス 思 考 に な っ て し ま う 人 も い ま す 。 そういう思考にしているのは、まぎれもなく自分自身なのだと気付く余裕すら、なくなってしまいます。 ま た 、 結 果 が 出 な け れ ば 、「 こ ん な に や っ て あ げ た の に 」 と 恩 着 せ が ま し い 気 持 ち が 生 ま れ て き ま す 。 そ の 雰 囲 気 は 周 囲 に伝わるので、いい出会いやツキが逃げていき、マイナスのサイクルに入ってしまいます。 こういう「化学反応」は、どんな仕事にもあると思います。誰のためでもなく「自分の夢のため」ならば、挫折感に負け た ず 、「 ど う す れ ば ( 注 5 ) リ カ バ リ ー で き る か 、 ど う す れ ば わ か っ て も ら え る か 」 を 本 気 で 考 え る こ と が で き る の で す 。 心が折れそうになっても耐え、夢の実現に向けて行動し続ければ、きっと認められます。僕の夢であったトップジュニア -4- キャンプも、今では協会のみなさんが理解を示し、協力してくださっています。 トップジュニアキャンプを立ち上げるまでのさまざまな失敗や、心が折れそうになった経験を通して、僕は、人とのコミ げん えき ュニケーションはどうあるべきかを学ぶことができました。 今 だ か ら 言 え る こ と で す が 、 現 役 時 代 の 僕 は 、「 テ ニ ス 協 会 は 僕 ら の た め に 何 を し て く れ て い る の か な ? 」 と 思 っ て い ま おうえん した。それが⑤認識不足もはなはだしいことだったと気づかされたのは、実際に自分が協会のいろいろな仕事をするように なってからです。 ほんそう ま 日本テニス協会を支えるほとんどの方は、⑥手□□で活動しています。他に仕事を持っていて、土・日にジュニアの応援 をし、自分には何の利益にもならないのに、スポンサー探しに奔走して大会の運営をサポートしているのです。 日本のテニスを支えようという協会のみなさんの想いや、どんなかたちでテニス界を盛り上げてくださっているのかを目 の 当 た り に し て 、 感 謝 の 気 持 ち で い っ ぱ い に な り 、「 自 分 は 何 も わ か っ て い な か っ た 」 と 、 つ く づ く 反 省 さ せ ら れ ま し た 。 そこから、ジュニアの育成に関する自分の考えを理解してもらうためには何が必要なのか、今までの自分には何が足りな し ゅ し かったのか、ということも見えてきたのです。実際に行動しなければ、こういう気づきはなかっただろうと思います。 こうかい Y )、 こ の と き の 経 トップジュニアキャンプの趣旨は、僕の最初の話し方が悪かったこともあり、なかなか理解してもらえず、しっかりした え が た 合 宿 が で き る ま で に は か な り の 時 間 が か か り ま し た 。 で も 、 そ れ を 後 悔 し た こ と は あ り ま せ ん 。( 験は⑦得難い宝となっています。 けいちょう い つ も や た ら と 熱 く な っ て い る よ う に 思 わ れ る 僕 で す が 、 仕 事 を 進 め る う え で の キ ー ワ ー ド は 「 冷 静 さ と 論 理 性 」。 そ の に し こ り けい 重要性を教えてくれたのが、トップジュニアキャンプ立ち上げまでの傾 聴と説得の日々でした。 幸い、錦織圭選手も含めて十代前半の選手たちが、世界のジュニア大会で優勝するなど結果を出してくれたため、トップ ジュニアキャンプの価値を多くの人が理解してくださるようになりました。 錦織圭という選手は、僕がつくったわけでもなんでもありませんが、 うれ 「トップジュニアキャンプに参加していちばんよかったのは、日本ではなく世界で勝つことを意識させてくれたことです」 と彼が言ってくれたときには、本当に嬉しかった。僕が望んだのは、まさにこれでした。 日本のジュニア選手たちが、世界で勝つことを意識し、世界で活躍するようになる――。それこそが、このキャンプを立 ち上げた動機であり、最大の目標だったのです。 (松岡修造『挫折を愛する』より。一部改めたところがある) たい こう ・ ・毎 ・ 年行われる男子テニスの国別対抗戦 ・ ・方 ・ 法 (注1)デビスカップ (注2)メソッド -5- ・ ・物 ・ 事を悲観的に考えること ・ ・公 ・式 (注4)ネガティブ ・ ・回 ・復 (注3)オフィシャル (注5)リカバリー )( キドウ X たとえば ぶ c ジフ d しかし ナマイキ エ e オ コウソウ また カ f コウ じ ( て では ) キカイ そして b ウ )に入るもっとも適切なことばを、それぞれ次のア~カの中から一つ選び、記号で答えなさい。 むしろ Y イ (一)波線部a~fのカタカナを漢字に直しなさい。 a ( 二 )( ア ぼう せん (三)傍線部①「相手も感情を害してしまいます」とあるが、なぜ感情を害してしまうのか、その理由を説明したもっとも ア 「僕」が現在行われている強化策について理解していなかったから。 「僕」が話す内容がテニス協会の方法と同じものだったから。 適切なものを、次のア~オの中から一つ選び、記号で答えなさい。 イ 「僕」がテニス協会を良くしようと、気合の入った説得をするから。 「僕」の反論には新しい意見がなく、オウム返しのものだったから。 エ 「僕」が説得をする時、相手の立場や気持ちを理解しようとしなかったから。 ウ オ (四)傍線部②「自分が変われば相手も変わる」とあるが、どういうことか、その説明としてもっとも適切なものを、次の エ ウ イ ア テニス協会のトップの熱意に対して、冷静に論理的に反論し、協会の考えを変えさせるということ。 テニス協会のトップの意見をしっかり聞き、その意見を受け入れ協会の活動に協力するようになるということ。 テニス協会のトップの意見を聞き、その意見を受け入れたうえで説明したら、協会が理解してくれるということ。 テニス協会のトップの意見に対してすべて反論して説得したら、協会が受け入れてくれるということ。 テニス協会のトップに熱意をもって説明したら、協会がその説明を理解してくれるということ。 ア~オの中から一つ選び、記号で答えなさい。 オ -6- (五)傍線部③「縦のつながりを重視した指導体制」とあるが、この指導体制にはどのような利点があると筆者は考えてい ざ せつ る の か 、 九 十 字 以 内 で 説 明 し な さ い 。( 句 読 点 を 含 む ) くう らん ぬ ( 六 ) 傍 線 部 ④ 「「 日 本 の テ ニ ス 界 の た め に 」 ~ 挫 折 し て い た で し ょ う 」 と あ る が 、 そ の よ う に 考 え る の は な ぜ か 、 そ の 説 ( C A 十字 十一字 ) と い う 気 持 ち を 持 っ て い る と 、( ) が 生 じ 、 そ れ が 周 囲 に 伝 わ り 、( D B 八字 七字 )が逃げてしまうから。 )ときや結果が出ないときに、マイナス思考や 明をした次の文章の空欄に適する部分を、それぞれ指示された字数で本文中から抜き出しなさい。 ( ( 七 ) 傍 線 部 ⑤ 「 認 識 不 足 も は な は だ し い こ と だ っ た と 気 づ か さ れ た 」 と あ る が 、「 認 識 不 足 」 に 「 気 づ か さ れ た 」 結 果 生 まれたものは何か、本文中から六字で抜き出しなさい。 ( 八 ) 傍 線 部 ⑥ 「 手 □ □ 」 の □ に 適 す る 漢 字 を 入 れ 、「 自 分 の 費 用 」 と い う 意 味 の 漢 字 三 字 の 熟 語 を 作 り な さ い 。 え が た ( 九 ) 傍 線 部 ⑦ 「 得 難 い 宝 」 と あ る が 、 筆 者 が 得 た の は 何 か 、 二 十 五 字 以 内 で 説 明 し な さ い 。( 句 読 点 を 含 む ) -7- ② さい かず き けつ こん 次の文章を読んで、後の問いに答えなさい。 てら やま れん た ろう よ め い いわ い な 寺山テツコは十九歳の時に一樹と結婚して寺山家に嫁入りするも、二十一歳で一樹をガンで亡くす。その後も義父で ある連太郎と同居を続け、現在は同じ会社に勤める岩井さんと交際している。 かれ いっ しょ 岩井さんは、Xめざとくソファの席が空いたのを見つけて、コーヒーカップを持って、移動する。あわてて、テツコも自 分のカップを持って、後についてゆく。彼はいつもそうなのだ。一緒に話していても、ソファの席が空いてないか、視線は こ しつ はら 常に油断がない。そして、空いたと知るや、どんなに重要な話をしていても必ずそこに移動する。一度、なぜそんなにソフ ァに固執するのか聞いたことがある。だって、同じお金払っているのにもったいないじゃない、という答えだった。 しん けん 「で、どう思う?」 かん じん と岩井さんは真剣な目で聞いてくる。 と ちゅう と 言 わ れ て も 、 肝 心 な 話 は 、 移 動 で さ え ぎ ら れ て い て 、 ほ と ん ど 聞 い て い な い 。 そ の こ と を テ ツ コ が 言 う と 、「 何 だ 、 そ れ」とかなり気を悪くした様子である。 「だって、しょうがないじゃない。話の途 中 で、席、移るんだもの」 岩井さんは、しょうがないなぁと、もう一度言う。 つば す こ 時は重なるもので、テツコは、岩井さんの話が終わるか終わらないうちに三回立て続けにクシャミをしたものだか 「だから、そろそろ結婚しようかって、そういう話だよ」 A ら、岩井さんは、aハンシャ的にカップを持ち上げ体をいっぱいに反らした。テツコの唾を吸い込むまいと息まで止めてい た。ふとテツコと目があって、二人の間に何とも気まずい間が流れた。 だい じ ょ う ぶ 「――だから、つまり、結婚のことだよ」 岩井さんは、もう大 丈 夫と思ったのか口を開いた。 ふ ふ き げん 「ひょんなふぉと、きゅうにひゅわれてもさぁ」 テツコが鼻を拭きながら不機嫌に言う。 「え?」 そんなにbケワしい顔でプロポーズしなくてもいいだろうが、とテツコは思う。 「だから、そんなこと、急に言われてもさ」 「急って言うけど、いつ言えば急じゃないのさ」 「だって、結婚したら岩井テツコだよ。イヤだよ、そんな固そうな名前」 -8- くち ぐせ あきら と もど そんな答えが返ってくるとは想定していなかったのか、岩井さんはしばし固まっていた。が、すぐに落ち着きを取り戻し た。 「①うん、見えた」 見えた、というのは、岩井さんの中学生からの口癖だ。数学の授業で、図形を 諦 めずにじっと見ていると必ず補助線が 見 え て く る と 教 え ら れ た そ う だ 。「 ほ ら 、 も う 見 え た な 。 見 え て き た 、 見 え て き た 」 と 先 生 に 言 わ れ る と た し か に ク ッ キ リ り ょ う かい やっぱりそれなりの設定がい とその線は見えて、手品のように問題はきれいに解決されるのだと岩井さんは言う。この時、どんな補助線が見えたのか、 「 了 解しました。ボクが悪かった」 と岩井さんは、あっさり言った。 おこ 「そうなんだよ。こんなところでする話じゃなかったんだよ。それで怒ってるンでしょう? るんだよね。女の子は特に、そういうの、こだわるんでしょう?」 「そーゆーのって、どーゆーの?」 B で話を聞こうとしない。 「わかってるって。こだわってるからすねてるんじゃない。わかった。わかった。ちゃんとするから。感じのいい店とか、 ブランドの指輪とか」 ②話の方向性がずれていると言いたかったが、岩井さんは、問題が解けた中学生のように しば い かばん 「 こ の 話 は 、 ま た 改 め て 席 を も う け て す る と い う こ と で ― ― 悪 か っ た ね 。 そ う だ よ ね 、( 注 ) デ リ カ シ ー が な か っ た か も ね 」 岩井さんは、時計を見ると、オッもうこんな時間だ、とまるでテレビドラマのY段取り芝居のように 鞄 を持って立ち上 がった。 よ ゆう 「じゃあ、この話は聞かなかったってことでよろしく」 めずら ニッコリ顔をつくって、余裕で出てゆく岩井さんを見送りながら、テツコは、ヤバイよなぁ、と思った。 だん な もど その日は、 珍 しくcザンギョウになった。テツコは電車を待ちながら、聞かなかったことにしてくれ、という岩井さん だったわけである。 きら の 言 葉 を 思 い 返 し て い た 。よ く よ く 考 え て み れ ば 、③ 前 兆 は あ っ た よ う な 気 が す る 。 「 名 字 、旦 那 の だ ろ 。元 に 戻 さ な い の ? 」 と か 、「 今 の 家 を 出 て 実 家 に 戻 る の が フ ツ ー じ ゃ な い か な 」 と か 、 し つ こ く 言 っ て い た 。 だれ C 「ヘンだよ、死んだ夫の父親と二人で暮らしてるなんて、人にヘンに思われるって」 「誰もそんなこと思わないと思うよ」 みな とテツコが言うと、 「あまいな。皆、心の中でそう思ってるもんなんだって」 そんな会話もあったような気がする。ヘンに思っていたのは、つまり当の 「そろそろ、結婚しようか」と言われても、今のテツコには、さほどありがたい言葉ではなかった。岩井さんが嫌いだとか -9- そういう話ではない。他人と暮らしてゆくということがどういうことか、九年も義父と暮らしてきたテツコにはよく見える のだ。今さら誰かと暮らしても、何かが変わるということは、おそらくないだろう。むしろ引き受けるべきdザッタなこと が増えるだけである。 「めんどくさい」 ぼっ とう こう テツコは、思わず声に出してしまい、あわてて辺りを目だけで見回す。もちろん、電車を待つ周りの人の顔は、それぞれ となり に無表情だ。 たい のう せま 隣 に 立 つ 若 い 女 の 子 は 、 自 分 の 世 界 に 没 頭 し て い た 。 真 剣 に 手 紙 を 読 む そ の 手 の 甲 に 何 か 書 い て あ る の が 見 え た 。「 ガ ス代」とボールペンできっちりと書いてある。滞納しているガス代のeノウキが迫っているのだろうか。忘れたらガスを止 さ せま きん ぱく はし れん らく よう せん められてしまうのだろうか。テツコは一人暮らしというものをしたことがないので、そんなギリギリの生活は想像がつかな とつ ぜん や 吉本さん!」と書かれていた。ものすごく下手くそな よし もと い。でも女の子の丸い文字からは、そんな差し迫った緊迫感は感じられなかった。手紙の端が見えた。会社の連絡用箋のよ うなものだろうか、そこに黒々した字で大きく「さびしすぎるわ! とく だ ごう 字だった。思わず目で追うと、後は小さな字で「転職ですか」とか「結婚するんですか」とか「何で突然辞めたんですか」 とか細々と書かれていて、最後にこれまた大きな字で「徳田剛」となぐったように書いていた。 つ 女 の 子 は 、手 紙 を 見 な が ら ケ ー タ イ を 取 り 出 し て 真 剣 に 何 や ら 打 っ て い た が 、や が て メ ー ル で は 間 に 合 わ な く な っ た の か 、 ち ゅ う ちょ はな か 「ああ、もうッ!」と小さく言うと諦めたようにケータイを折りたたみ、改札に続く階段を息を詰めて見つめた。そして、 ちょっとZ 躊 躇した後、思い切ったように、並んでいる列から離れて、全速力で階段に向かって駆けていった。次のが最 たこ 終の電車で、もう後はなかった。 つ う うご 吉本さん!」という文字が彼女の何を突き動かしたのだろう。岩井さんの「そろそ かの じょ ④凧みたいだなと、テツコは思った。糸が切れて空に飛んでいった凧みたいに、女の子は階段の上へ上へみるみる小さく なってゆく。あの「さびしすぎるわ! ぬ ろ結婚しようか」というコトバは、今なおテツコの頭上に風船のようにむなしく浮かんだままだ。 女の子が抜けた後、列は少しずつ詰められて、何事もなかったかのように、待ち続けることに専念する。⑤それは、今日 ・ ・気 ・ 配り。心配り。 b ケワ し ( い ) c ザンギョウ d ザッタ e ノウキ (木皿泉『昨夜のカレー、今日のパン』より。一部改めたところがある) も抜け出すことのできなかった不器用な者の集団のようにテツコには思えた。 (注)デリカシー ハンシャ (一)波線部a~eのカタカナを漢字に直しなさい。 a - 10 - ぼう せん ぶ 答えなさい。 ずるがしこい イ 目が覚めやすい 注意深い めざとく ア オ い 一つのことにこだわる しば エ 芝居がかって大げさな素人の演技 見つけるのが早い イ ウ はじめから結末のわかっている芝居 台詞と行動がぴったり合った演技 段取り芝居 ア エ せ り ふ 相手と交互に台詞をやりとりする芝居 こう ご ウ あらかじめ決められた動きと台詞通りの芝居 ち ゆ う ちよ 躊 躇 身もだえすること 緊 張 すること きん ち ょ う オ ウ しろうと (二)二重傍線部X・Y・Zの本文中の意味としてもっとも適切なものを、それぞれ次のア~オの中から一つ選び、記号で X Y Z イ おぞましい 反省すること オ 無関心 ア 間の悪い オ ためらうこと エ 低次元 オ 勘の鈍い エ 確認すること B ウ 情熱的 に入るもっとも適切なことばを、それぞれ次のア~オの中から一つ選び、記号で答えなさい。 ・ 珍しい ウ A イ 有 頂 天 エ (三) 気の早い イ にぶ ア 能天気 かん A ア う ち ょ う てん B (四)傍線部①「うん、見えた」とあるが、岩井さんにとっては何が「見えた」のか、その理由を説明したもっとも適切な エ ウ イ ア 突然のプロポーズを受け入れたテツコの喜び テツコが結婚した後の名前にこだわる事情 二人の話の方向性がずれてしまった原因 テツコが怒ったりすねたりしている理由 席を移ることを嫌がったテツコの気持ち いや ものを、 次のア~オの中から一つ選び、記号で答えなさい。 オ - 11 - くう らん あた ( 五 )傍 線 部 ② 「 話 の 方 向 性 が ず れ て い る 」と あ る が 、岩 井 さ ん と テ ツ コ で は 考 え て い る こ と に ど の よ う な ず れ が あ る の か 、 ふく 「~ため、~」という形で三十五字以内 十五字以内 Ⅱ )。 )をすればテツコが満足すると思っているが、 そ の こ と を 説 明 し た 次 の 文 の 空 欄 Ⅰ ・ Ⅱ に 入 る 適 切 な こ と ば を 、 与 え ら れ た 条 件 に 従 っ て 、 そ れ ぞ れ 答 え な さ い 。( 各 Ⅰ 制限字数は句読点を含む) 岩 井 さ ん は 、( テ ツ コ は そ も そ も 、( C に 入 る 適 当 な こ と ば を 、 漢 字 二 字 で 答 え な さ い 。( 本 文 中 の こ と ば を 用 い な い こ と ) ( 六 ) 傍 線 部 ③ 「 前 兆 」 と は ど う い う こ と の 前 兆 か 、 二 十 字 以 内 で 説 明 し な さ い 。( 句 読 点 を 含 む ) (七) たこ む てつ ぽう あ かく ご と ように、無鉄砲なものに思えたから。 ま あ だい たん 階段を駆け下りる女の子を見ていると、段々小さくなるその後ろ姿が、いずれどこかで地面に落ちてしまう糸の切 た凧のように、頼りないものに思えたから。 たよ 結婚するつもりもない徳田という男のところへ行こうとする女の子の姿が、どこへ向かうのかわからない糸の切れ ちて、輝いているものに思えたから。 仕事を辞めてでも好きな男の胸に飛び込んでいこうとする女の子の姿が、糸の切れた凧のように、自由で希望に満 こ 最終電車に乗れないことを覚悟して、自分の目指すべきところへ走って行く女の子の大胆な姿が、糸の切れた凧の の悪いものに見えたから。 階段を全速力で駆け上がる女の子の姿が、くるくる回りながら空へ空へと舞い上がる、糸の切れた凧のように気味 か とも適切なものを、次のア~オの中から一つ選び、記号で答えなさい。 (八)傍線部④「凧みたいだなと、テツコは思った」とあるが、テツコがそう思ったのはなぜか、その理由を説明したもっ ア イ ウ エ オ れた凧のように、はかないものに思えたから。 - 12 - あ ちが 突 き 動 か さ れ る よ う に 列 を 飛 び 出 し た 女 の 子 と 違 っ て 、最 終 電 車 を 待 つ 人 々 は 、様 々 な 思 い を 抱 え な が ら も 「 日 常 」 かか ない存在に思えたため、自分は、岩井さんとの結婚について前向きな判断を下そうと、気持ちを新たにしている。 行動力と判断力に優れた女の子と違い、最終電車を待つことしかできない他の人々が、生き方の不器用なみっとも すぐ 姿にいらだちを覚え、そんな列の中に入ったまま同じように何もできなかった自分を情けなく感じている。 女の子の勇気ある行動を目の当たりにして、心を動かされながらも列を乱すことなく最終電車を待ち続ける人々の ま 人々の姿を見て、自分も、岩井さんとは絶対結婚できないにちがいないと憂鬱になっている。 ゆう うつ 思い切った行動をした女の子とは異なり、今日こそは列を抜けようと考えながら、いつまでたっても行動できない コの気持ちを説明したものとしてもっとも適切なものを、次のア~オの中から一つ選び、記号で答えなさい。 (九)傍線部⑤「それは、今日も抜け出すことのできなかった不器用な者の集団のようにテツコには思えた」におけるテツ ア イ ウ エ を 手 放 す こ と が で き な い よ う に 見 え て 、そ ん な 彼 ら と 、結 婚 に つ い て 結 論 を 出 せ な い 自 分 自 身 を 重 ね 合 わ せ て い る 。 オ 「そろそろ結婚しようか」と言った岩井さんのコトバが、頭上に浮かんだ風船のようにテツコの頭から離れず、そ んな自分と、次に来る電車のことだけを考えていられる人々が違っているように思え、彼らにうらやましさを感じ ている。 【問題は以上で終わりです】 - 13 - - 14 - - 15 - - 16 - ( ( ( 五 二 一 ) ) D B A X ① ) ( 六 ) 手 ( a 七 ) d ( X 八 ) Ⅰ ( Ⅱ 九 ) 一 ( ) 二 ) ) ( ) 五 ) ( 六 ( ( 七 ) ( 八 ② d a ( 九 ) Y Y [ 平 成 二 十 八 中 入 国 語 b e b 三 ] e ( Z 前 期 A ) C ( 三 ( ( ) 四 ) ) A し い c f B 得 点 ( 四 ) ( ) 受 験 番 号 じ て c 解 答 用 紙 金 蘭 千 里 中 学 校 起動 b 解答(60点) 前期A解答 ① (一)a 機会 c 自負 d 生意気 e 構想 f 高 じ ( て ) 1点 2点 5点 Y ( イ ) (三)オ 5点 (二) X ( エ ) (四)ウ ( 五 ) 年 長 の 選 手 と の 交 流 に よ り 、「 世 界 」 を 身 近 に 感 じ 、「 世 界 で 勝 つ こ と 」 を 意 識 で き る よ う に な り 、 恩着せがましい気持ち 誰かのためにやっている D B いい出会いやツキ 意見が通らない 納期 1点 5 × 12点 3点 6 × 2 × 4 × 協 会 に よ る 一 貫 し た 指 導 が 行 え る よ う に な り 、 デ ー タ の 共 有 や 、 指 導 者 の 育 成 も で き る と い う 利 点 。( 9 0 字 ) (六)A C 雑多 5点 d (七)感謝の気持ち 残業 3点 c 3点 (八)弁当 険 しい ) ( Z オ 4点 6点 6点 6点 4点 3点 3 × 2 × 8点 オ e ) ( 九 ) 仕 事 で は 冷 静 さ と 論 理 性 が 重 要 だ と い う 意 識 。( 2 1 字 ) 反射 Y イ 解答(60点) (一)a ウ B ② (二)X エ b (三)A (四)イ ( 五 )・ そ れ な り の 設 定 で の プ ロ ポ ー ズ 1 ( 4字 ) めん どう ・他人と暮らすことの面倒くささを知っているため、結婚に乗り気ではない 3 ( 3字 (七)本人 6点 ) (八)イ 8点 (六)岩井さんがテツコにプロポーズすること 1 ( 8字 (九)エ -1-
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