カンバセーションの招聘したエミール・クストリッツァの率いるノー・スモーキング・オーケスト ラのコンサートを、JCBホールできいた。 「アンダーグラウンド」や「黒猫・白猫」、 「ライフ・イズ・ ミラクル」といった傑作を残しているセルビアの映画監督エミール・クストリッツァがバンドを率い て活躍していることは知っていた。その音楽を、以前、CDできいてから、一度なまできいてみたい と切望していた。それだけに、コンサートに対する期待は大きく、尻尾を振り振り出かけていって、 大感激で帰ってきた。 彼らのきかせてくれた音楽は、クストリッツァの映画がそうであるように、猥雑さが極まったとこ ろで尋常ならざる芸術的エネルギーに変質する、まさにその瞬間を垣間見せてくれるものだった。ヴ ォーカル担当に主役をまかせ、クストリッツァは一歩ひいた位置に立って、ギターをひいていた。 バルカンのオヤジ・バンドは音楽的な面でもなかなか侮れないものをそなえていた。しかし、それ 以上に、疲れを知らず、2時間以上にわたって爆走しつづけた、その並々ならぬエネルギーとサービ ス精神には圧倒され、頭が下がった。クストリッツァの映画でも随所で見ることのできる滑稽きわま りないアイディアによった演出、というより振り付けもきわめて有効に活用されていて、腹をかかえ て笑い転げる場面もあった。 カンバセーションには、よくぞ招聘して下さったと、感謝の気持でいっぱいだった。もっとも、カ ンバセーションには、3月から5月にかけて東京都写真美術館で開催された展覧会で、イタリアの写 真家マリオ・ジャコメッリを教えてもらった。この死の淵を足音もたてずにさすらって、寡黙で、し かも語るところきわめて多い作品を残した写真家の存在を知ったことで、ぼくは生きていることをこ れまでより少し深く感じられるようになったような気がした。 それやこれやで、カンバセーションには、これまでもたくさんのことを教えてもらってきた。これ からも、8月に予定されている、巨大竹の打楽器によったガムラン「ジュゴング」のコンサートとか、 10月に予定されている、グスタボ・サンタオラーヤ率いるバフォンドのコンサートとか、いろいろ、 スリリングな体験をさせてもらえそうである。 カンバセーションの好奇心の旺盛さと、ぼくらが未体験のアーティストやグループをいち早くキャ ッチする感度のよさと、リスクを承知で未開の荒野を敢えて耕そうとする勇気には、感服のほかない。 カンバセーションの素敵なところは、知名度だけは高いが、鮮度などまったく期待できないアーティ ストを安全パイの商品として海外から運んできたあげく、地方で売りにくいからなどと、地方の主催 者や聴衆を見くびった言い訳めいたことを公言して恥じない音楽事務所とは一線を画したところで活 動しているところにある。 エミール・クストリッツァのノー・スモーキング・オーケストラが日本で広く認知されているグル ープとも考えがたいが、目測でも優に2000を超える座席がありそうに見えたJCBホールは超満 員で、立錐の余地もなかった。ノー・スモーキング・オーケストラによる灼熱のコンサートに感激し つつ、あらためて、海外からの音楽家を招聘する音楽事務所は、すべからく、斯くあって欲しいと願 わずにいられなかった。事情通だからといって、一段高いところに立って、聴衆へのリスペクトを忘 れた音楽事務所によっておこなわれる公演は、儲けだけを求めた興業でしかなく、ききてのうちに感 動の足跡は残せない。 *モーストリー・クラシック「巻頭言」
© Copyright 2024 ExpyDoc