大買収時代の幕開け

巻頭言
大買収時代の幕開け
越田 弘志
ライブドアによるニッポン放送に対する買収問題は、
双 方 の 和 解 と い う 形 で 結 着 を み た が 、日 本 で も い よ い よ
大買収時代が到来したことを実感させるできごととな
った。
テ レ ビ で も 連 日 ト ッ プ 項 目 で 報 道 さ れ 、株 式 市 場 や M
&Aが証券市場関係者のみならず一般の人々にも身近
な 出 来 事 と し て 関 心 を 呼 ん だ こ と は 、今 回 の 事 件 の 最 大
の功績の一つであろう。
ま た 、専 門 家 の 立 場 か ら は 、M & A を 容 易 と す る 会 社
法 の 改 正 が 今 年 の 通 常 国 会 で 実 現 す る 中 で 、今 回 の 一 連
の 過 程 で 、企 業 価 値 と は 何 か 、コ ー ポ レ ー ト ・ ガ バ ナ ン
ス の あ る べ き 姿 、T O B 法 制 の 整 備 、企 業 防 衛 策 、株 主
へ の 説 明 責 任 な ど 様 々 な 論 点 、課 題 が 浮 か び 上 が っ て き
たことは大きな収穫であった。
株式市場において企業買収が可能になってきた背景
に は 、法 制 度 の 変 更 の 他 に 、株 式 の 持 合 い 解 消 の 影 響 が
大 き い 。株 式 の 持 合 い 解 消 の 結 果 、固 定 株 が 減 少 し 市 場
に 流 通 す る 浮 動 株 が 増 え 、株 式 市 場 で 株 式 を 買 い 集 め や
す く な っ た 。 ま た 、 株 価 も 、 PER が 国 際 水 準 に 下 が り 、
需給関係でなく企業価値に基づく株価形成となった。
今 後 、日 本 社 会 が 世 界 の 歴 史 の 中 で 類 を み な い ス ピ ー
ドで超高齢化社会を迎え、日本経済の活力や国家財政、
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年 金 財 政 へ の 懸 念 が 強 ま る 中 で 、日 本 経 済 を 活 性 化 し て
い く た め に は 、基 本 的 に 、資 本 効 率 を 高 め る M & A が 我
が国でも推し進められるべきであると思う。
T O B 法 制 の 整 備 、健 全 な 企 業 防 衛 策 の 導 入 な ど 、M
& A 推 進 の た め の 体 制 整 備 が 急 が れ る が 、そ の 基 本 に は
株主利益の保護が根本にあらねばならない。
大 買 収 時 代 の 到 来 に 当 り 、企 業 経 営 者 が 取 り 組 む べ き
課 題 は 多 い が 、経 営 者 は 、特 に 企 業 価 値 の 向 上 を 第 一 義
に考えるべきではないかと思う。
例 え ば 、今 回 の ケ ー ス や 大 幅 な 株 式 分 割 が 行 わ れ た ケ
ー ス で は 、株 式 の ダ イ リ ュ ー シ ョ ン( 希 薄 化 )が 相 当 な
規 模 で 行 わ れ 、既 存 の 株 主 の 利 益 は 大 き く 損 な わ れ た の
で は な い か と 思 う 。ま た 、敵 対 的 な 買 収 防 衛 策 と し て 実
施 さ れ る 場 合 に 、単 に 授 権 資 本 の 拡 大 は 、厚 生 年 金 基 金
連 合 会 が 反 対 し て い る よ う に 、株 式 価 値 の 希 薄 化 を 招 い
てしまう。
最 近 の 日 本 経 済 新 聞 の 記 事 に よ れ ば 、A T & T は か つ
て分割した子会社にAT&T自身を身売りすることに
な っ た が 、A T & T の 株 式 時 価 総 額 は 分 割 時 の 四 分 の 一
に 下 が っ て し ま っ た 。し か し 、分 割 後 の A T & T の 株 式
に加えて分割時に株主に割り当てられた地域通信会社
七 社 の 株 式 を 含 め れ ば 、分 割 時 か ら 株 式 を 売 ら ず に 保 有
している株主にとっては保有株式の価値は四倍超にな
っていたという。今後高齢化社会が進展していく中で、
株 主 と し て 年 金 基 金 の 比 重 が 高 ま っ て い く が 、経 営 者 は 、
個人投資家や年金基金など長期保有の投資家が報われ
るような経営をしていくべきではないか。
ま た 、マ イ ク ロ ・ ソ フ ト は 、株 式 上 場 以 来 無 配 を 続 け
て き た が 、二 〇 〇 三 年 初 め て 配 当 を 実 施 し 、二 〇 〇 四 年
に は 総 額 三 百 二 十 六 億 ド ル 、三 兆 円 を 上 回 る 配 当 金 を 株
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主 に 支 払 っ た 。こ の 額 は ア メ リ カ の G D P の 約 〇・三 %
に 相 当 し 、経 済 や 個 人 消 費 に も 大 き な 影 響 が あ っ た は ず
だ 。ま た 、三 兆 円 と い う 規 模 は 、日 本 の 上 場 企 業 全 社 の
配 当 総 額 に 匹 敵 す る 。当 然 な が ら 配 当 政 策 は そ の 企 業 の
成 長 段 階 に 応 じ て 決 め ら れ る べ き だ が 、マ イ ク ロ・ソ フ
トの英断は評価されるべきであろう。
経 営 者 は 株 主 の 負 託 を 受 け て 、株 主 の た め に 経 営 を 委
託 さ れ て い る 。株 式 を 上 場 し て い る 以 上 、M & A が 起 こ
り う る と い う 状 況 の 中 で 、経 営 者 は 、株 主 に と っ て 何 が
最 善 の 選 択 な の か 、日 々 判 断 し て ほ し い し 、株 主 の た め
に真摯に対応すべきではないかと思う。
株主を向いた経営をしなければ経営者の経営姿勢が
株 価 に 反 映 さ れ 、マ ー ケ ッ ト か ら 評 価 さ れ な い 状 況 に な
っていることは確かである。
(常任理事
日本証券業協会会長)
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