3)ルミネッセンス法による 結晶欠陥評価の現状と課題 ~見えない欠陥へ

●[特集]半導体 (3)ルミネッセンス法による結晶欠陥評価の現状と課題 ~見えない欠陥への挑戦~
[特集]半導体
(3)ルミネッセンス法による
結晶欠陥評価の現状と課題
~見えない欠陥への挑戦~
を高感度に評価する手法は非常に重要になってくる。そ
こで我々は以前から電子線を用いた発光分析法である
CL法に着目し、CL法を用いて高感度に結晶欠陥を評価
することで、プロセス最適化やデバイス不良解析に関す
る研究を行ってきた1,2︶。
形態科学研究部 井上 憲介
3.CL(カソードルミネッセンス)法の特徴
1.はじめに
CL法は電子線照射により、
放出した光(luminescence)
デバイスの微細化・高密度化によって、単位電力当た
を検出する手法である。特に図13︶に赤字で示す点欠陥起
りの処理能力の向上やトランジスタ当たりの製造コスト
因の発光を高感度に検出することが可能な手法である。
削減などのメリットが挙げられる。しかし、従来のサイ
ズでは問題とならなかったような微量の結晶欠陥におい
ても、デバイス特性に決定的な影響を及ぼすようになっ
てしまうという弊害も挙げられている。また最近では透
過型電子顕微鏡(TEM)観察では明確に捉えることがで
きない、いわゆる“見えない欠陥”がデバイスの不良や
故障に大きく関係しているということが考えられる。
そ こ で 今 回 は 上 述 の よ う な 問 題 に 対 し て、 高 感 度
に結晶欠陥評価が可能なカソードルミネッセンス
(Cathodoluminescence:CL)法を適用し、プロセスや
デバイスにおける結晶欠陥評価の現状と課題について紹
図1 結晶欠陥の種類(モデル図)
介する。
本手法の特徴についてまとめたものを図2に示す。特
筆 す べ き は、Microscopyと い う 側 面 とSpectroscopyと
2.結晶欠陥と解析手法
いう側面の両方の長所を合わせ持つという点である。
CLは、Microscopyと し て、SEM観 察 に よ る 精 密 な 位
一般的な結晶欠陥解析手法について簡単にまとめたも
置決定精度を有し、またCL像(結晶欠陥分布イメー
ジ)とSEM像を対比することが可能である。一方で、
のを表1に示す。
Spectroscopyとして、主に観測されるエネルギー準位の
表1 結晶欠陥解析手法
情報から、結晶欠陥の種類を同定することができ、また
強度から結晶欠陥量の相対比較が可能である。さらに
は、電子線の加速電圧を変えることで試料への電子線の
侵入深さを変えて、深さ方向の結晶欠陥の情報を取得す
ることも可能となる。このように、多くの長所を持つ手
法ではあるが、問題点や注意点もいくつか存在する。
通常、結晶欠陥評価に用いられる解析技術としては
TEM観察が中心であることは言うまでもない。しかし、
TEM観察において明確に差異が確認できない場合、特性
差の要因は結晶欠陥ではないと言い切れるものであろう
か? また、TEM観察で検出できない結晶欠陥はないと
図2 CL法の特徴について
言えるであろうか?
TEM観察において“見えない欠陥”が特性差に影響を
まず、CLという手法をどのような場面で使うのが最
及ぼしている可能性がある限り、この“見えない欠陥”
も有効であるか、という判断が難しいことが挙げられ
16・東レリサーチセンター The TRC News No.121(Oct.2015)
●[特集]半導体 (3)ルミネッセンス法による結晶欠陥評価の現状と課題 ~見えない欠陥への挑戦~
る。またスペクトル解析については解釈が複雑・難解で
あり、専門的な知識が必要な場面も多い。そこで、今回
10
18
10
17
10
16
10
15
As implanted
i
窒素
素 10s
窒素
素 30s
窒素
素 50s
窒素
素+酸素 10s
窒素
素+酸素 30s
窒素
素+酸素 50s
4.Siプロセス最適化へのCL法の適用
デバイス製造過程において、ドーパントを導入するイ
Concentration (atoms/cc)
は分析事例を踏まえてCL法の効果的かつ有効な利用に
ついて具体的に解説していく。
オン注入工程、ドーパント活性化と注入ダメージを除去
するアニール工程は極めて重要な工程である。特にア
ニールが不十分な場合はダメージの残留が懸念され、デ
バイスの特性・動作に大きな影響を及ぼし、不良や故障
の原因となりうる。最近ではより精密にアニール条件を
制御することで、僅かな結晶欠陥の差異を議論しなけれ
50
100
150
200
250
300
350
0
400
450
500
0
Depth(nm)
図3 SIMS分析結果
ばいけない場面が多く、このような微妙な差を精度良く
評価するために、高感度な結晶欠陥解析手法はますます
と窒素+酸素雰囲気)において、差異は明確には観測さ
重要になっている。
れていない。このように、TEM観察からは結晶欠陥の定
今回、CL法を用いて、Siへの低ドーズAsイオン注入
性・定量的な解釈は難しいということがうかがえる。
試料のアニール後における残留欠陥評価を試みた 4︶。ドー
ズ量が低いことから、
生成される僅かな欠陥(種類・量)
の差異を評価することは一般的に困難であると考えられ
ている。しかしながら、CL法を用いることで、生成さ
れた微細な点欠陥である格子間Si(self-interstitials)や
不純物が関係した欠陥の情報などを極めて高感度に取得
することができるようになった(試料詳細は表2参照)
。
表2 注入・アニール条件
図4 断面TEM像
そこで、表面からCLスペクトル測定を実施し、比較
を試みた(図5)。より表面近傍(注入領域)の情報を反
映させるために、CL測定における電子線の加速電圧を
低く設定した。この結果、イオン注入によって生成され
まずはアニール条件の異なる試料について、ドーパン
たと考えられる格子間Siが関係した欠陥(W線)は、ア
トであるAsの深さ方向分布を、二次イオン質量分析法
ニールにより消失し、さらにAnneal time 10s(窒素雰囲
(SIMS)を用いて評価した(図3)
。
気)とAnneal time 10s(窒素+酸素雰囲気)においても
SIMS分析の結果から、アニール前後におけるAsのプ
発光線の種類や強度に明確な差異が確認された。
ロファイル差は明確に観測されるものの、アニール条件
欠陥量の違いを詳細に調べるために、非発光中心とな
の異なる試料間でAsのプロファイルに有意差は観測され
る欠陥量の指標となるTO(バンド間遷移発光)線強度
なかった。よって、このような微妙なアニール条件差に
をプロットしたものを図6左に示す。アニールによって
ついて、SIMS分析ではプロファイルに反映されないも
非発光中心となる欠陥量の減少(TO線強度の増加)が
のであると考えられる。
観測されている。さらには窒素のみのアニールと比較し
次に、as implanted, Anneal time 10s(窒素雰囲気)、
て、窒素+酸素アニールの方が非発光中心となる欠陥量
Anneal time 10s(窒素+酸素雰囲気)の3試料について、
はより減少(TO線強度が増加)していることがわかる。
断面からのTEM観察結果を図4に示す。モンテカルロシ
また、図6右に格子間炭素と格子間酸素の複合欠陥が原
ミュレーションによって計算した結果、Asの注入深さは
因のC線強度をプロットしたものを示す。窒素雰囲気の
おおよそ100nm程度である(対応する位置を赤色の点線
アニールではC線は明確には観測されなかったものの、
で示す)。TEM観察の結果、as implantedとアニール後で
窒素+酸素雰囲気のアニールにおいては、アニール時間
は断面TEM像からコントラストの違いがあるように見
とC線強度に比例関係が存在することが確認された。
えるものの、アニール条件を変えた試料間(窒素雰囲気
C線の原因となる欠陥の由来については、同条件でア
・17
東レリサーチセンター The TRC News No.121(Oct.2015)
●[特集]半導体 (3)ルミネッセンス法による結晶欠陥評価の現状と課題 ~見えない欠陥への挑戦~
図7 SiC-MOSFET
注入起因の点欠陥による発光:SiとCのアンチサイト由
図5 CLスペクトル(表面)
来)
、2.2~2.9eV付近のブロードな発光(帰属は明確で
はないが、不純物が関係した発光と考えられる)が観測
ニールのみを行った試料(イオン未注入)の測定、さら
されている。特にL 1 線が観測されていることを考慮する
には試料断面からのイオン未注入領域における測定を
と、SiCチップ中にはイオン注入が原因となる欠陥が残
行った結果、アニール処理のみによって基板中の微量不
留しており、アニールが十分ではない可能性が示唆され
純物である炭素と雰囲気中の酸素によって生成されたも
る。また、スペクトル形状はいずれの測定箇所において
のであると考えられる₅︶。このように、他手法では差異
も同様であるものの、場所によってそれぞれの強度が異
を識別できないような、わずかなアニール条件の違いで
なっていることがわかる。これは測定箇所によって存在
も、CL法を用いることで欠陥の種類や量、さらにはプ
している欠陥の種類は同じであるものの、欠陥量が異な
ロセスにおける欠陥生成のメカニズムについて議論する
ることを示唆している。
データを与えてくれることがわかる。
また、図9︵a︶にゲート近傍付近のSCM測定結果、図
図6 CL発光線強度について
(a)
(b)
図8 (a)断面SEM像と(b)CLスペクトル結果
9︵b︶にL 1 線のCL強度マッピング結果をSEM像に重ね合
わせたものを示す。ちなみにSCM法は実デバイスの微小
5.パワーデバイスへのCL法の適用(SiC-MOSFET)
部における2次元のキャリア分布評価が可能な手法であ
る。今回、同じ領域をSCM法とCL法で比較しているが、
Siパワーデバイスは理論性能に近づきつつあり、Si以
SCM分析の結果、イオン注入深さは点線で示した位置で
上に性能向上が期待できるSiCパワーデバイスの研究・
あると考えられる。しかしながらCL強度マッピングの
開発が盛んになっている。今回、市販されているSiC-
結果ではL 1 線の強度は注入深さと比較しても、より深い
MOSFETを用いて、ゲート近傍のキャリア分布と結晶
部分でも確認されている(イオン注入起因の欠陥が存在
欠陥分布の関係について、SCM法とCL法を用いて評価
している)ことがわかる。イオン注入深さはSCMの結果
した内容を紹介する。
からも明確であることから、イオン注入深さを超えて、
まず、図7に今回分析に使用したSiC-MOSFET(1200V
エピ層全体にイオン注入起因の欠陥が拡散している可能
耐圧ディスクリートパッケージ品)の概略図とSiCチッ
性が考えられる。
プ断面の光学顕微鏡像を示す。また、図8にゲート近傍
このように、SEMの空間分解能で実デバイスにおけ
付近においてSEM観察を実施した結果ならびにSEM像
る局所的かつ微量な結晶欠陥の評価が可能な手法として
に示す3箇所(Point1~ Point3)においてCLスペクトル
CL法は非常にユニークであり、デバイスの研究開発に
測定を実施した結果を示す。
おける問題や潜在的な不良などについて多くの情報を与
CLスペクトル測定の結果、いずれの測定箇所からも
えてくれる。
3.2eV付近のバンド端発光、2.9eV付近のL 1 線(イオン
18・東レリサーチセンター The TRC News No.121(Oct.2015)
●[特集]半導体 (3)ルミネッセンス法による結晶欠陥評価の現状と課題 ~見えない欠陥への挑戦~
する手法であるが、各種前処理法と組み合わせること
により、さらに多くの情報が得られている 6,₇︶。今後は
TEM観察の相補的な手法として、さらに活躍の場が増え
ることを期待している。
7.参考文献
1)R. Sugie, K. Inoue, and M. Yoshikawa, J. Appl. Phys.
(a)
(b)
図9 (a)SCM観察結果と(b)L1線CL強度マッピング
112, 033507(2012).
2)R.Sugie, T.Mitani, M.Yoshikawa, Y.Iwata, and R.Satoh,
Jpn. J. Appl. Phys. 49,04DP15(2010).
3)http://www.tf.uni-kiel.de/matwis/amat/def_en/
6.おわりに
4)井上憲介、杉江隆一、吉川正信、日本顕微鏡学会第
67回学術講演会講演予稿集(2011)
本稿ではCL法を中心として、SIMS分析やTEM観察、
₅)A. Sagara, M. Hiraiwa, A. Uedono, N. Oshima, R.
SCM分析の結果も含めて結晶欠陥評価について紹介し
Suzuki, and S. Shibata, Nucl. Instr. Meth. Phys.
た。CL法の特徴を簡単にまとめると、
Res., Sect. B 321, 54⊖58
(2014).
6)井上憲介、杉江隆一、吉川正信、日本顕微鏡学会第
① 点欠陥を中心として、結晶欠陥種や結晶欠陥量を高
感度に評価可能な手法である
② イオン注入、アニール、エッチング、エピ成長など
68回学術講演会講演予稿集(2012)
₇)井上憲介、赤堀誠至、杉江隆一、橋本秀樹、日本顕
微鏡学会第69回学術講演会講演予稿集(2013)
のプロセスにおける問題・課題の解決に貢献できる
③ SEMレベルの空間分解能を有し、デバイスの不良原
因の特定などにも威力を発揮する
■井上 憲介(いのうえ けんすけ)
形態科学研究部 形態科学第1研究室 室長
趣味:小学生のバレーボールのコーチ
などが挙げられる。このように非常に類まれな特徴を有
・19
東レリサーチセンター The TRC News No.121(Oct.2015)