2015年8月号掲載

経済広報センター活動報告
経済広報センター活動報告
地方創生と
日本経済の活性化
いるので、将来への重大な影響が懸念される。第3
は、単なる管理委託の枠を超えて、民間企業の業務
は、リスクが伴う政策は受け入れられにくく、成功
も認めている。これは、顧客である市民満足度を尺
事例に飛びつく傾向である。重視すべきは成功した
度にすることで、武雄市の活性化を含めた先進的な
プロセスであり、失敗事例も含めて、なぜ失敗した
取り組みであると評価したい。
かも十分研究する必要がある。
●自治体の役割と行政運営の発想転換
一方、自治体連携を成功させるには、政策の選択
と集中によるクリティカルマス
(ある商品やサービ
従来の自治体の行政運営では財政収支バランスに
スの普及率が一気に跳ね上がるための分岐点)を突
注意して行政サービスを供給していた。財政が厳し
破する必要がある。その際、単独の自治体が経済的
くなると自治体経営という発想の下、最小の経費で
な多様性をフルセットで担うのでなく、各自治体が
最大の効果(ベストプラクティス)を考えるようにな
それぞれの得意なところを担いながら自治体同士が
経済広報センターは、地方経済の発展・活性化に繋がる地方創生を広く考えてもらう機会として、関西
る。しかし、地域経済の活性化を政策目標に掲げる
協力し合い、連携全体で経済的な多様性を実現する
学院大学の林宜嗣経済学部教授を講師に招き、
「地方創生と日本経済の活性化」と題する講演会を東京(6月
と、自治体は民の役割であった分野へ関与を拡大す
ことが重要である。
25日)と大阪(7月2日)で開催した。参加者は社会広聴会員を含め東京55名、大阪32名。
ることが必要となり、自治体経営から地域経営の発
林 宜 嗣
(はやし・よしつぐ)
関西学院大学 経済学部教授
地方創生のための環境づくり
想に転換せざるを得ない。
東京一極集中化と地域間格差の拡大
●地域政策の基本的考え方
●これからの広域連携
ている。日本では東京一極集中が日本経済の高コス
地価は土地需要のバロメーターである。2014年
ト体質になっている。東京では交通機関が非常に混
まちの状態を「生き残り」の可能性という物差しで測
とした行政サービス供給の効率化を目指していた。
のデータによると、東京以外の地方圏の地価は下落
雑しているが、東京以外の地域では資産の遊休化や
り、どの程度の危険度にあるか、を正しく認識する
これからの広域連携は地域経営に必要な戦略的政策
傾向が続いており、地方の経済活動の回復が遅れて
居住地選択に制約があり、東京一極集中は社会的、
ことである。そして「そのまちは何によって生き残
を策定し、経済開発と社会開発を中心にした政策効
いることを示している。また、人口増減予測から、
経済的、財政的なロスの増大に繋がっている。しか
ろうとしているのか?」を判断することが重要とな
果の最大化を実現するために連携と役割分担を目指
2035年までに地方によっては労働人口が40%以上
し、東京一極集中を抑えるために国民に地方への居
る。例えば人口が少なく、消滅しそうなまちにおい
すべきである。よって連携の形態も、かつては技術
減少するとの見方もある。このように東京一極集中
住を単純に勧めるだけでは状況は良くならない。ま
て産業を興すのは非常に困難であり、むしろ経済的
的側面が中心であったが、これからは政治的側面で
には歯止めがかからず、今後も続くと予測されてい
ず、地方中枢都市の戦略的な育成が必要である。す
に中心的な役割を果たしているまちと一体となるこ
の連携が必要になる。というのも、行政区域の枠を
る。
なわち地域の広域的なエリアの中に中枢となる役割
とを考えるべきである。すなわち、まちの強みを生
超えて連携が進むと、利害の対立が発生する場合が
あり、調整の必要が生じるからだ。
一方、労働生産性の観点から、日本の生産性は欧
地域の活性化を目標とした場合、政策の基本は、
を担うことができる核都市を育て、戦略的連携を図
かすのか弱みをなくすのかを検討すべきであり、同
米諸国と比較して高くない上、国内においても東京が
ることを考えなければならない。そのために地域、
時に政策の費用対効果も分析する必要がある。
突出し、地方圏でも地域間格差が大きくなっている。
そしてその核を成す大都市を強化することが国民経
●管理者主義から企業家主義への転換
地域活性化の両輪
従来の広域連携は基礎的・必需的生活関連を中心
都市圏においても、連携を行うべき圏域は重層的
であり、単一ではない。圏域を超えて各種政策を一
済の再生に繋がるといった国の認識が不可欠であ
地域活性化の政策プランニングを考える上で最も
体的に進める際には、従来のような通勤圏、生活圏
る。欧州では既に首都以外の大都市の強化が進行中
重要な点は、企業家主義への転換である。従来のよ
だけではなく事業者が展開している企業活動圏も調
地域間格差をなくすためには地域を活性化させる
であり、そのための地方分権化が積極的に進められ
うな行政サービスをいかに効率よく低コストで提供
査した上で設定し、一体的政策の対象とする必要が
必要がある。地域活性化には、
「地方創生のための環
ている。地方分権は地方に対してより大きな自治と
できるかを目標とした管理者主義から、リスクを覚
ある。
境づくり」と
「地方の取り組み」の両輪が機能しなけ
政治的な裁量を与え、多くの欧州の都市や地域にお
悟してでも、経済成長戦略アプローチ、つまり、リ
●連携実現に向けた課題、必要な取り組み
ればならない。
「地方創生のための環境づくり」では
いて、新たな成長戦略が展開できるようになった。
スクテーキング、イノベーションといった民間部門
地域連携を実現するにはビジョンの共有化が不可
志向によって強く特徴付けられる企業家主義へ転換
欠である。東京一極集中やグローバル化が進み、地
しなければならない。また、企業家主義を強めるに
域経済の衰退が続く中で、危機意識を背景とした地
東京一極集中の抑制と地方分権改革がキーである。
「地方の取り組み」では抽象的なプランではなく、地
域の現状や課題の分析・調査、そして政策プランニ
ングの転換が重要である。次にこれら両輪について
詳しく述べる。
地方創生のための環境づくり
●地方中枢都市の強化と地方分権
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も有利な地域に本社を置くスタイルが一般的になっ
地方の取り組み
●地域政策の問題点
は公民連携と地域連携を強めざるを得ない。すなわ
域経済の活性化は共通のビジョンとなりやすい。連
従来の地域政策の第1の問題点は、政策目標が抽
ち、企業家主義により、以前は自治体が担う仕事は
携に伴う大きな制度改革などには副作用が課題とな
象的で網羅的なことである。これは、地域経済の強
全て税金で賄うとの考えがあったが、これからは公
る場合もあるが、副作用があるからやめるのではな
みや弱みが把握できていないなど、現状分析が不十
と民が連携する、さらには地域同士が連携して仕事
く、副作用の解消に向けた検討をすべきである。
分なことに起因している。第2は、政策プログラム
を進めるといった考え方に転換すべきである。 地域経済の活性化のビジョンを共有し、課題の解
が総花的なことである。事業効果の分析が不十分な
自治体と民間企業が利益とリスクを共有するとい
決に取り組むことで、公民連携・地域連携・広域連
世界的に見ても東京のような首都への一極集中は
ため、どの事業を進めればどのような影響があるか
う企業家主義的な行政運営が成功した例がある。佐
携が深まり、地方創生ひいては日本経済の活性化に
むしろ例外である。米国でもニューヨークに本社を
不明である。さらに財政状態が悪いので、住民に直
賀県武雄市は企業に公立図書館業務を委託し、来館
繋がると考えられる。
置くのは大企業の1割強であり、ビジネス戦略上最
接影響の少ない部門の職員やサービスから削減して
者数を増加させたケースである。しかしその背後に
〔経済広報〕2015年8月号
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(文責:国内広報部主任研究員 磯部 勤)
2015年8月号〔経済広報〕
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